薄桜記1

綾乃 蕾夢

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彩【いろ】

大きな黒い翼

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 嫌な天気だ。

 縁側から眺める空は、黒く重い雲が低く垂れ込めている。
 昨日の暖かな日和が嘘のように。

 兄様は笠を持って行かなかったな。
 昼頃まではもってくれればよいが……。

「ごめんください。
 緑陰さまはご在宅か?」
 お社の方か。
 男の声に縁側に背を向ける。

「どうなさいました?
 兄は今朝から穂波の方に出ております」
 住居側から神社の入り口に回ると、村長の所の奉公人みの吉さんが立っていた。
「おられないのか」
 明らかに狼狽ろうばいしている。

「何があったのです?」
 女に話しても仕方ないが、緑陰がいないのなら仕方がない。
 そんな空気を出しつつ口を開く。

「昨日の夕刻に、ミヨが山菜を採りに行ったまま帰らない。
 村の子供が、林に妖魔が降りるのを見たと言い出して、ちょっとした騒ぎになっておって。
 旦那さまに使わされたというに、こんな時に緑陰さまがいないとはっ」

 また大岩に妖魔が近づいている……。
 恐怖心からか、みの吉さんも強い口調で当たってくる。

「わかりました。
 私も村に参ります」
 可愛らしい、りんご色の頬をしたおミヨの笑顔が脳裏に浮かぶ。
 無事でいてくれればいいけど。


 護符に、結界用の縄。
 思いつく物をいくつかまとめ、村長の家へ向かうと、庭には村の人達が不安そうに集まっている。
「緑陰さまは?」
「兄は朝から穂波へ」
 駆け寄ってくる村長も、落胆の色を見せた。
 人の口に戸は立てられない。
 村の人間には、私が刀隠れであることは伏せてある。

「おミヨが行方知れずとか。
 それから、妖魔を見たと言う子供と話がしたいのですが」
「見たよ」
 足下から聞こえる声に視線を落とすと、妹の手を引くおヨウが真っ直ぐな瞳で私を見上げていた。

 おヨウは確か今年で五つ。
 三つになる妹、おフウの面倒もよく見るしっかり者だが、証言となると信憑性は高いとは言えないか。

 膝を折り、おヨウと目の高さを合わせる。
「どんなモノが林に降りたか、お話できるか?」
 私の問いに少し考えると
「大きな黒い羽が生えてたの。
 着物べべを着ていてね……」
「トットよ。トットぉ」
 あどけないおフウの声。
 小さな手が空を指す。

 瘴気!

 見上げた空から、黒い邪気の塊が韋駄天いだてんのごとく駆け降りて来たっ!
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