薄桜記1

綾乃 蕾夢

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彩【いろ】

魄皇鬼 3

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 ここに立ち寄ったのはまさに偶然。
 目的の討伐を終えて帰る道すがら、一夜の宿を求めるつもりだった。
 黄昏たそがれの空に舞い上がる火の粉、妖魔の放つ瘴気に村が襲われているのは明白で、まさかこのような片田舎の農村で、鬼に出くわすなどとは思っても見なかった。


 村の中では妖魔の討伐はほぼ終わったと言っていい。
 生き残った者は村外れで結界の中にかくまってある。

 茅葺屋根の大屋敷。膝をつく、刀隠れの巫女を狙う白い鬼に矢を放つ、数人の陰陽師。

 先程の和紙の式神も、こやつらか。
「こざかしいっ!」
 折れた三日月刀をかなぐり捨て、禍々まがまがしく闇を放つ手の平から鋭い爪が力を放つ。

「切り裂いてくれるっ!」
 背中に無数の矢を受けたまま、屋根から跳ぼうとした魄皇鬼の首に、背後から刀が突き刺さった。
 まるで豆腐でも切るかのように、音も無く衝撃も無く。

 巫女。

 振り返る魄皇鬼の瞳にはもはや事切れた巫女の顔が映る。
 ひと塊りに屋根から落ちるその手から、刀の柄が離れた瞬間。
 人知れず、刀は桜の花びらの様な淡い光を放ち、虚空に散った。

「囲めっ!
 鬼封じの札を持て!」

 落ちる魄皇鬼に鬼封じの札が幾重いくえにも貼られ、その身は岩の様に硬く重く、動きを封じられた。

「……巫女は……」
「刀の行方……隠れの巫女……」
 途切れ途切れの会話が届く。
「……事切れた。さやの役目も、終わりだ」

 鞘の、役目?

 燃える茅葺屋根の熱に、大きな桜の木から焼け焦げた花びらが魄皇鬼の髪に頬に触れる。

 のちに大岩に封じられ、数十年の時を待つ。


 神刀〈紅桜〉忘れはせぬ。

 ◾︎◽︎◾︎◽︎
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