46 / 54
紅茶缶と踏み台
しおりを挟む
朝の空気は、すでに1日の気温の高さを予想させる日差しの強さ。
いつもと変わらないはずの朝の待ち合わせは、深雪の若干引いた顔と声で、いつもとだいぶ変わった自分を見せつけられたって言うか。
「香絵。前髪……」
「言わないでっ! 言わないでぇぇぇ」
スポバを肩に掛け、深雪のツッコミにヘアピンで斜めに留めまくった前髪を両手で抑えた。
短い毛がぴょこぴょこでてるけど、切り揃える訳にもいかず、下ろすわけにもいかず。
これが一番の打開策。
だと思いたい。
「マスクにデコガーゼ。日に日に付属品が増えていくのはなんで?」
深雪と並んで登校しながら訝しげな顔を向けられる。
「まさかっ。DVとかじゃないでしょうね? 足にも大きなアザ作ってたでしょ?」
うおっ。鋭い。
「いやいや、それはないって。
デコはちょっと火傷しちゃって。足は派手に転がっちゃって」
まぁ。嘘はついてない……かな。
「……。何したらオデコなんか火傷するのよ。女の子なんだから、もうちょっと普通に生きられないの?」
「んー。それは難しいかなぁ」
ここ数日の。いやいや、ここ1カ月の目まぐるしい日々を思い返して、しみじみ思ってみたりして……。
###
昨日は検査や点滴の終わる時間の都合で病院にお泊りだったイチも、午前中のうちにせりかさんがお迎えして退院している予定。
「カエっ」
今日は23日木曜日。
深雪は部活があるから、1人歩く昇降口で後ろから声を掛けられた。
振り返った先にはジュニアと、大きなスポーツバックにサッカーボールを抱えた男の子。
「ぐったいみぃぃん。一緒に帰ろ」
「うん。いいよ」
ジュニアに答えて、ちらりと隣の男の子に目を走らせる。
よくイチとジュニアと一緒にいる子だ。
名前は……。
「お。噂の香絵ちゃん。俺、1組の河内亮太。よろしくねぇ」
人なつっこい笑顔を見せてくれる。
「うん。3組の間宮だよ。よろしく。っていうか、噂のって何?」
じろりと、ジュニアを睨み付けちゃう。
「オデコ火傷したって噂の」
「うるさいっ!」
両手でオデコを隠す。
「んじゃ、太一にお大事にって伝えておいて」
「んー」
ジュニアが手を上げて河内くんとは別れた。
昨日リカコさんがこそっと教えてくれた。
軽口ばっかり叩いてるけど、現着するまでの車内ではすごく責任感じて2人を心配してたのよ。って。
ちょこぉぉぉっとだけでもその心配を垣間見せてくれればいいのに。
男の子ってホント、変なところで意地っ張りっていうか、よくわからない。
「昨日。〈おじいさま〉何か言ってた?」
ジュニアと並んで歩く帰り道。学校からはだいぶ離れた所でこの話題に触れてみる。
「別に。ただ、この数日で榎本も含めて四人も逮捕者が出てるからね。
それに東田副総監。昨日はなんだかバタバタしちゃって検索掛けられなかったから、この後帰ったら潜ってみるよ」
昨日か。
気づいたら病室で寝落ちしていたらしく、イチと話した後から電話で起こされるまでの記憶がない。
イチよりかは先に起きられたみたいだけど。
「あたしも見たいからついて行く」
イチも帰っていてるだろうし。
――――――
玄関の鍵を開ける音に、リビングのソファーから顔を覗かせた。
「イチー。ただいまっ!」
カエの元気な声に、昨日は一度捨てようとした、今ここにいられる普通の幸せがどれ程のものかを思い知らされる。
「お帰り」
「暑《あち》ぃー。久しぶりに歩いて帰ってきたけど、やっぱりチャリは偉大だね」
ジュニアが疲れた顔でリビングのソファーに転がった。
「休憩」
「イチ。退院おめでとう。デコガーゼ仲間が増えた」
包帯は取れても、額の縫い目には大きなガーゼが貼られたままだ。
「こら、ジュニア。手洗いうがい」
子供を叱る母親のようなカエの口調に自然と笑みがこぼれ、同時に昨日の一幕が脳裏に蘇る。
――――――
(少し休めば?
みんなが来たら起こしてあげるよ)
疲れていたのは事実で、カエの言葉に眠りに落ちた。
さっきもそうだった。
疲労や脱力感の中で、うつらうつらと眠りに落ちても、大男の首に手を掛けた感触、苦しげな声が耳元に聞こえた気がして、目が醒める。
心が休まらない。
そんな風に思いながら開いた瞳に、しっかりと指を絡めた手が映った。
見慣れた自分の手と、小さくて柔らかな手。
その先に視線を移すとカエの無防備な寝顔。
起こしてあげるよ。って言ってなかったか?
苦笑いが漏れる。
もちろん、カエが疲れているのもわかっている。
警戒心のない子供の様な寝顔に、胸の奥にわだかまっていた黒いモノが影を薄くしていく。
次はちゃんと正攻法で守るから。
少し眠れそうな気がして、しっかりと手を握ったまま瞳を閉じた。
――――――
「イチとジュニアは何飲む?」
キッチンから声が掛かる。
「何でもいいよ」
「俺もー」
「それが一番困るんだって。
ふっふっふっ。今日はちょっと暑いくらいだし。沸騰したお湯をさらに熱して紅茶を入れてやる」
「お湯は100度以上にはならないからね」
洗面所から出て来たジュニアがキッチンの前を通り過ぎて、自室に入って行った。
「んんーっ」
?
キッチンから聞こえるカエの声にソファーから立ちあがって中を覗き込むと、爪先立ちをして吊り戸棚の中に一生懸命手を伸ばしている。
あそこは紅茶とかコーヒーの買い置きが入ってたはず。
「あ」
カコン。
紅茶缶の倒れる音に、カエの顔がしょんぼりとうなだれる。
「ぶっ」
思わず吹き出した俺の声に、カエが素早く反応した。
「ああっっ! 見てたなら手伝いなさいよっ」
怒る頬が、見られていた恥ずかしさからかほんのりと赤くなっている。
ヤバい。普通に可愛い。
「カエ用に踏み台があるだろ」
キッチンに入り、倒れた紅茶缶を掴むとカエに手渡す。
「ありがとっ。でもあれを使ったら負けた気分になるからイヤなの」
食器棚と壁の隙間に押し込まれた折りたたみの踏み台にちらりと目を向ける。
なんの勝負だよ……。
ご丁寧に〈カエ用〉と明記までされている。
ちなみにジュニアの字で。
「俺が取るのはいいわけ?」
「……。ギリOK」
その口調、あんまりOKそうじゃないな。
「アイスティー。飲みたいな」
話題を変えがてら催促してみる。
「いいよ。じゃあアイスティーにしよう」
しょうがないなぁ。と言わんばかりのカエの笑顔。
目論見通りと言っていいのか。どうやら100度の紅茶は回避できそうだ。
いつもと変わらないはずの朝の待ち合わせは、深雪の若干引いた顔と声で、いつもとだいぶ変わった自分を見せつけられたって言うか。
「香絵。前髪……」
「言わないでっ! 言わないでぇぇぇ」
スポバを肩に掛け、深雪のツッコミにヘアピンで斜めに留めまくった前髪を両手で抑えた。
短い毛がぴょこぴょこでてるけど、切り揃える訳にもいかず、下ろすわけにもいかず。
これが一番の打開策。
だと思いたい。
「マスクにデコガーゼ。日に日に付属品が増えていくのはなんで?」
深雪と並んで登校しながら訝しげな顔を向けられる。
「まさかっ。DVとかじゃないでしょうね? 足にも大きなアザ作ってたでしょ?」
うおっ。鋭い。
「いやいや、それはないって。
デコはちょっと火傷しちゃって。足は派手に転がっちゃって」
まぁ。嘘はついてない……かな。
「……。何したらオデコなんか火傷するのよ。女の子なんだから、もうちょっと普通に生きられないの?」
「んー。それは難しいかなぁ」
ここ数日の。いやいや、ここ1カ月の目まぐるしい日々を思い返して、しみじみ思ってみたりして……。
###
昨日は検査や点滴の終わる時間の都合で病院にお泊りだったイチも、午前中のうちにせりかさんがお迎えして退院している予定。
「カエっ」
今日は23日木曜日。
深雪は部活があるから、1人歩く昇降口で後ろから声を掛けられた。
振り返った先にはジュニアと、大きなスポーツバックにサッカーボールを抱えた男の子。
「ぐったいみぃぃん。一緒に帰ろ」
「うん。いいよ」
ジュニアに答えて、ちらりと隣の男の子に目を走らせる。
よくイチとジュニアと一緒にいる子だ。
名前は……。
「お。噂の香絵ちゃん。俺、1組の河内亮太。よろしくねぇ」
人なつっこい笑顔を見せてくれる。
「うん。3組の間宮だよ。よろしく。っていうか、噂のって何?」
じろりと、ジュニアを睨み付けちゃう。
「オデコ火傷したって噂の」
「うるさいっ!」
両手でオデコを隠す。
「んじゃ、太一にお大事にって伝えておいて」
「んー」
ジュニアが手を上げて河内くんとは別れた。
昨日リカコさんがこそっと教えてくれた。
軽口ばっかり叩いてるけど、現着するまでの車内ではすごく責任感じて2人を心配してたのよ。って。
ちょこぉぉぉっとだけでもその心配を垣間見せてくれればいいのに。
男の子ってホント、変なところで意地っ張りっていうか、よくわからない。
「昨日。〈おじいさま〉何か言ってた?」
ジュニアと並んで歩く帰り道。学校からはだいぶ離れた所でこの話題に触れてみる。
「別に。ただ、この数日で榎本も含めて四人も逮捕者が出てるからね。
それに東田副総監。昨日はなんだかバタバタしちゃって検索掛けられなかったから、この後帰ったら潜ってみるよ」
昨日か。
気づいたら病室で寝落ちしていたらしく、イチと話した後から電話で起こされるまでの記憶がない。
イチよりかは先に起きられたみたいだけど。
「あたしも見たいからついて行く」
イチも帰っていてるだろうし。
――――――
玄関の鍵を開ける音に、リビングのソファーから顔を覗かせた。
「イチー。ただいまっ!」
カエの元気な声に、昨日は一度捨てようとした、今ここにいられる普通の幸せがどれ程のものかを思い知らされる。
「お帰り」
「暑《あち》ぃー。久しぶりに歩いて帰ってきたけど、やっぱりチャリは偉大だね」
ジュニアが疲れた顔でリビングのソファーに転がった。
「休憩」
「イチ。退院おめでとう。デコガーゼ仲間が増えた」
包帯は取れても、額の縫い目には大きなガーゼが貼られたままだ。
「こら、ジュニア。手洗いうがい」
子供を叱る母親のようなカエの口調に自然と笑みがこぼれ、同時に昨日の一幕が脳裏に蘇る。
――――――
(少し休めば?
みんなが来たら起こしてあげるよ)
疲れていたのは事実で、カエの言葉に眠りに落ちた。
さっきもそうだった。
疲労や脱力感の中で、うつらうつらと眠りに落ちても、大男の首に手を掛けた感触、苦しげな声が耳元に聞こえた気がして、目が醒める。
心が休まらない。
そんな風に思いながら開いた瞳に、しっかりと指を絡めた手が映った。
見慣れた自分の手と、小さくて柔らかな手。
その先に視線を移すとカエの無防備な寝顔。
起こしてあげるよ。って言ってなかったか?
苦笑いが漏れる。
もちろん、カエが疲れているのもわかっている。
警戒心のない子供の様な寝顔に、胸の奥にわだかまっていた黒いモノが影を薄くしていく。
次はちゃんと正攻法で守るから。
少し眠れそうな気がして、しっかりと手を握ったまま瞳を閉じた。
――――――
「イチとジュニアは何飲む?」
キッチンから声が掛かる。
「何でもいいよ」
「俺もー」
「それが一番困るんだって。
ふっふっふっ。今日はちょっと暑いくらいだし。沸騰したお湯をさらに熱して紅茶を入れてやる」
「お湯は100度以上にはならないからね」
洗面所から出て来たジュニアがキッチンの前を通り過ぎて、自室に入って行った。
「んんーっ」
?
キッチンから聞こえるカエの声にソファーから立ちあがって中を覗き込むと、爪先立ちをして吊り戸棚の中に一生懸命手を伸ばしている。
あそこは紅茶とかコーヒーの買い置きが入ってたはず。
「あ」
カコン。
紅茶缶の倒れる音に、カエの顔がしょんぼりとうなだれる。
「ぶっ」
思わず吹き出した俺の声に、カエが素早く反応した。
「ああっっ! 見てたなら手伝いなさいよっ」
怒る頬が、見られていた恥ずかしさからかほんのりと赤くなっている。
ヤバい。普通に可愛い。
「カエ用に踏み台があるだろ」
キッチンに入り、倒れた紅茶缶を掴むとカエに手渡す。
「ありがとっ。でもあれを使ったら負けた気分になるからイヤなの」
食器棚と壁の隙間に押し込まれた折りたたみの踏み台にちらりと目を向ける。
なんの勝負だよ……。
ご丁寧に〈カエ用〉と明記までされている。
ちなみにジュニアの字で。
「俺が取るのはいいわけ?」
「……。ギリOK」
その口調、あんまりOKそうじゃないな。
「アイスティー。飲みたいな」
話題を変えがてら催促してみる。
「いいよ。じゃあアイスティーにしよう」
しょうがないなぁ。と言わんばかりのカエの笑顔。
目論見通りと言っていいのか。どうやら100度の紅茶は回避できそうだ。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
警視庁の特別な事情2~優雅な日常を取り戻せ~
綾乃 蕾夢
キャラ文芸
友達と出かけた渋谷のスクランブル交差点で運悪く通り魔事件に遭遇したあたしは、何というか、止むに止まれず犯人を投げ飛ばしちゃった。
SNSやらニュースなんかに投稿されたその動画が元で、何やら過去の因縁が蘇る。
ちょっとっ! 人に怨みを買うような記憶は……ないとは言わないけど……。
平日は現役女子高生。間宮香絵。
裏の顔は警視庁総監付き「何でも屋」。
無愛想なイチ。
頭は良いけど、ちょっと……。なジュニア。
仲間思いなのに報われないカイリ(厨二ぎみ)。
世話のやけるメンバーに悩みの絶えないリカコ。
元気でタチの悪いこの連中は、恋に仕事に学業に。毎日バタバタ騒がしい!
警視庁の特別な事情1~JKカエの場合~
完結済みで、キャラ文芸大賞にエントリー中です。
~JKカエの場合~共々、ぜひ投票よろしくお願いします。
小説家の日常
くじら
キャラ文芸
くじらと皐月涼夜の中の人が
小説を書くことにしました。
自分達の周囲で起こったこと、
Twitter、pixiv、テレビのニュース、
小説、絵本、純文学にアニメや漫画など……
オタクとヲタクのため、
今、生きている人みんなに読んでほしい漫画の
元ネタを小説にすることにしました。
お時間のあるときは、
是非!!!!
読んでいただきたいです。
一応……登場人物さえ分かれば
どの話から読んでも理解できるようにしています。
(*´・ω・)(・ω・`*)
『アルファポリス』や『小説家になろう』などで
作品を投稿している方と繋がりたいです。
Twitterなどでおっしゃっていただければ、
この小説や漫画で宣伝したいと思います(。・ω・)ノ
何卒、よろしくお願いします。
群青の空
ゴリラ・ゴリラ・ゴリラ
キャラ文芸
十年前――
東京から引っ越し、友達も彼女もなく。退屈な日々を送り、隣の家から聴こえてくるピアノの音は、綺麗で穏やかな感じをさせるが、どこか腑に落ちないところがあった。そんな高校生・拓海がその土地で不思議な高校生美少女・空と出会う。
そんな彼女のと出会い、俺の一年は自分の人生の中で、何よりも大切なものになった。
ただ、俺は彼女に……。
これは十年前のたった一年の青春物語――
初芝オーシャンズ! 〜ファースト・ミッション〜
もちお
キャラ文芸
飯田羽澄はお嬢様学校の初芝女子高校に通う女の子。友達大好き、食べるの大好きな彼女はある日、教頭室から泣いて出てくる親友沙織の姿を目撃する。聞けば沙織は恋愛禁止の我が校で、こっそり彼氏と遊んでいたのを教頭に見つかってしまったらしい。退学か、それとも教頭と二人っきりで遊びにいくか?そんな究極の選択を迫られた沙織を助けるために、羽澄は友達を集めてチーム「初芝オーシャンズ」を結成! 今度は自分たちが教頭のスキャンダルを掴んで沙織を助けようとするのだが、それは更なる事件の幕開けだった!?
『遺産相続人』〜『猫たちの時間』7〜
segakiyui
キャラ文芸
俺は滝志郎。人に言わせれば『厄介事吸引器』。たまたま助けた爺さんは大富豪、遺産相続人として滝を指名する。出かけた滝を待っていたのは幽霊、音量、魑魅魍魎。舞うのは命、散るのはくれない、引き裂かれて行く人の絆。ったく人間てのは化け物よりタチが悪い。愛が絡めばなおのこと。おい、周一郎、早いとこ逃げ出そうぜ! 山村を舞台に展開する『猫たちの時間』シリーズ7。
CODE:HEXA
青出 風太
キャラ文芸
舞台は近未来の日本。
AI技術の発展によってAIを搭載したロボットの社会進出が進む中、発展の陰に隠された事故は多くの孤児を生んでいた。
孤児である主人公の吹雪六花はAIの暴走を阻止する組織の一員として暗躍する。
※「小説家になろう」「カクヨム」の方にも投稿しています。
※毎週金曜日の投稿を予定しています。変更の可能性があります。
同好怪!?
阿弥陀乃トンマージ
キャラ文芸
静岡県静岡市にある私立高校、『海道学園』に勤務する、若い男性地学教師、村松藤次。
ある日職員室で昼食中の彼の下に、不良、優等生、陽キャという個性バラバラな三人の女子生徒が揃って訪ねてくる。
これは一体何事かと構えていると、不良が口を開く。
「同好怪を立ち上げるから、顧問になってくれ」
同好……怪!?そして、その日の夜、学校の校庭で村松は驚くべきものを目撃することになる。
新感覚パニックアクション、ここにスタート!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる