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小さく動いた唇と、大きく動いた1歩

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「俺たちだって……!」
「おい」
 上から抑え込むようなキバの声に、ビクッと大きく震えた杉山が視線を向けたとき。

 リカコは自分に向けられた視線があることに気が付いた。
 しっかりと先を見据えた強い瞳。普段は見せないからこそ、こういった時には有無を言わさぬ強さがある。
 警棒を握る手が親指を立て、人差し指がリカコをした。

 て。

 小さく動いた唇と、大きく動いた1歩。
 そのジュニアの1歩にこの場にいた全員の視線が集中した。

「ぅわぁっ」
 なさけない杉山の叫び声に離れたナイフの感触。カイリの血の匂い。
 リカコの中で先程の一幕が蘇る。

 ――リカコが自分の身を守る時に使えばいいんだ――

(こんなところで止まってなんていられない)

「ナイフを戻せ!」
 キバの声に再び時間が動き始めた。
 イチが力強く地面を蹴り、カエが後に続く。

(大丈夫、後はジュニアが何とかしてくれる)

 乱れた呼吸は整えきれず、集中力なんて戻りもしない。
 でも、引き金トリガーを引くくらいならなんとか出来る。
 そのことだけを考えて、リカコの手が腰に隠したテイザーガンに伸びた。
 銃口だけをウエストから引き抜いて、身体の密着している至近距離から引き金トリガーを引く。

 バジュンッ!

 テイザーがんは、銃口をふさぐそのプラスチック板をはじき飛ばし、電極につながる小さな2つの針が対象に刺さることで電気ショックを与える。
 言うなれば撃つスタンガン。

 至近距離から放たれた電気のたまは、杉山と身体の密着していたリカコ自身も巻き込んではじけた。

 あまりの衝撃ショックに、声も出ない。
 磁石の同じきょくが反発し合うように、お互いに弾き飛ばされた身体が地面に叩きつけられる。
 耳の触れる大地が、走ってくる足音を振動とともに伝えてきた。

 力が分散されたからか、意識が飛ぶ程の衝撃ショックはなかったが、しびれる身体はもがくばかりで起き上がれない。
 リカコはそれでもどうにか首を動かすと、杉山の姿を探す。

(ジュニア……)
 地面に倒れた杉山を取り押さえるその姿に、リカコに中に安堵あんどの感情が溢れ出した。
(まだ。まだよ)
 溢れそうになる涙をこらえ、状況を少しでも正確に捉えようと視界をめぐらせる。

 足を押さえるカイリ。
 消防車のサイレン。
 余裕を見せるキバの顔。

「待ってくれ」

 すがりつくような杉山の声に答えたのは、冷たいキバの言葉。
 今、全てが終わったことを突き付けられた杉山の顔が、呆然ぼうぜんと沈んだ。

 走り出したキバの後を追おうと、イチとカエが動く。

「ストップ! 深追い厳禁よ」
 どうにか身体を起こし、リカコが声を張り上げた。
 今、2人がここを離れたらまともに動ける者がいなくなる。
 カイリの状態も気になるところ。

「とりあえずここから離脱するわよ」
 手を差し伸べたカエにつかまり、リカコは痛む身体を立ち上がらせた。
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