警視庁の特別な事情2～優雅な日常を取り戻せ～

精神衛生上よろしくない

　杉山兄の確保から3日。今日の午後の飛行機でアギトの身柄は日本からの退去強制になっちゃった。

「むぅぅ。すごく悔くやしいっ」
　一般的に見たら小さな傷害事件を起こした犯人の退去強制。
　新聞の片隅でちぃぃぃっちゃい記事になったくらいで、ニュースにもならなかったし。

　土曜日の夕方は、ベランダに続く寮の大きな窓から入る日差しに部屋全体が朱色にかげり始めた。
「偽造パスポートとなれば不法入国だし、本人が帰る意思を示したらどうにもならいよ。向こうの国も受け入れ拒否しなかったみたいだし」
　退去強制の情報を拾ってきた時同様に、ジュニアは淡々とパソコンのキーボードをたたいてる。

「だからってさ、でもさ、悔しいものは悔しいの」
　どこにもぶつけようがないイライラムカムカピリピリで、むぅぅってなっちゃう。

　リカコさんが電気を点けると、落ちた気分とは反対に部屋の隅々までを明るい光が照らしてくれた。
「警戒していた羽田にも、キバは姿を現さなかったんだろう？」
　リビングのソファからイチがジュニアを振り返ると、ジュニアも椅子をくるりと回転させてこちらに向き直る。

「うん。キバは間宮家襲撃で指名手配かかってるからね。現れたら確保したかったけど、やっぱりそこまで挑発的じゃなかったみたい。
　アギトも向こうの空港で引き渡したら、あとは情報が追えなくなっちゃうし、気になるところだよね」

　キバかぁ。
　杉山弟と共に本庁に姿を見せてから、たま行方不明。
　しっかり投げ飛ばされていたたむたむに聞いた話だと、散々暴れまくった後姿を消して、後で1階の男子トイレの窓ガラスが割られていたのが発見されたんだとか。

　捜1としての見解は「逃亡」らしいけど、ジュニアもリカコさんも鍵を開ければ済むのに、わざわざ窓ガラスを割る行為に違和感を感じるって言って目下もっか(こっそり)捜査中。

　ちなみに杉山弟は、騒ぎのどさくさに紛れて正面エントランスから出ていくのを防犯カメラがしっかりと捉えてた。

「アギトは杉山弟と何を話してたんだろう」
　ジュニアの拾ってきた映像は、留置所で鉄格子越しに話す2人の姿を捉えてた。
「打ち合わせ。と見るべきかしらね」
「そうだな。アギトが退去強制を持ち出したタイミングを見たら、伝言なりで退去強制を促したんだろう」
　あたしに答えてくれたリカコさんの言葉に、カイリが続く。

「このままキバも帰ってくれるのかな。
　その方がありがたいような。でもやっぱりケリが付かないのは精神衛生上よろしくない！」