警視庁の特別な事情2～優雅な日常を取り戻せ～

おかえり

　ギュッと。
　包み込まれるような安心感に全身が支配された。

　あ……。全然違う。

　さっきの夢の一幕なんて、霧が晴れるみたいに散っていく。
　キバから逃げられなかった恐怖や、抱きしめられた嫌悪感けんおかんがまとめてあたしの中から押し出されていった。

　居心地いごこちがいい。
　無意識に、利き手がイチのTシャツの裾を掴む。
　ビックリして早鐘はやがねを打った鼓動こどうも落ち着きを取り戻す中で、あたしはゆっくりと瞳を閉じてイチに身体を預けた。

（落ち着いたみたいだな。ひどい顔してた。どんな夢を見たんだか）



　どれくらいこうしていたんだろ。
　ポフポフッとイチの手が、あたしの頭の上で跳ねた。
　ゆっくりと上げた視線が、しっかりとイチと交わって自然と顔がほころぶ。

　あ。今イチの顔がホッとした。
「大丈夫そうだな」
「うん」
　心配、させちゃったんだな。

「カエは顔に出るからな、すぐにわかる」
　むぅ。
「心が純粋なの」
「自分で言うなよ」
　苦笑いのイチと笑いあって、その手があたしの頬にそっと触れた。

　ゆっくりと閉じるまぶたの裏で、玄関のチャイムの音を聞く。
　チャイムの音を……。

　ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン。
　ピンポォォォォンン。

「これは」
「ジュニアだね」

　イチのむむむって顔。
　その言葉を継いで、つい笑っちゃった。
　つま先立ちしたあたしの唇がそっとイチの唇に触れて、踵きびすを返すとそのままインターフォンのボタンを押す。

「はーい」
『イチいる？』
　やっぱり。
　ジュニアの声に振り返ると、ゆっくりとこちらに歩いてくるイチの姿。
「何だよ」
『30分、延長なさいますかぁ？』
「しないっ！」

　背中にイチの声を聞きながら、あたしは玄関のドアを開いた。

「おかえり」