警視庁の特別な事情2~優雅な日常を取り戻せ~

綾乃 蕾夢

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カエは?

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 寮のあるマンションの裏手。
 フェンスの隙間を埋める立木を押しのけて顔を出す。

「ぷはっ。葉っぱがチクチク」
 小さなトゲトゲの付いた針葉樹は不法侵入者には実はあんまり意味をなさないのかも。

 またいだフェンスからスカートを抑えて飛び降りる。

 ジュニアが下げてきたビニールの買い物袋を受け取って、あたしは場所を空けた。

 あの後、リカコさんが連絡をとってくれた〈おじいさま〉のお使いにアギトを受け渡し、しっかりとお弁当用のナフキンと大根を返してもらってからの帰宅。

 カイリがお肉やお魚の生物なまものの心配をしてたけど、こっちの味方の数は多いに越したことは無いものね。
 受け渡しの最後までちゃんと付き合ったら、もうだいぶ夕日も傾いてるよ。

「ちょっとイチの様子を見てから上がる。先に行っててくれ」
 カイリの持っていた買い物袋を受け取って、あたしとジュニアは先にエレベーターへ。


 ###

「イチ」
 静かなエントランスは夕闇の侵食をさえぎるように電球の明かりをたくわえている。
 背後の物音に気付いていたのか、ゆっくりと振り返るイチの視線がカイリの姿をとらえた。

「カエは?」
「ジュニアと先に上がらせた。大丈夫だ。多少られたけど、動くのにも差し支えはない」
 カイリの返答に、イチの唇から安堵あんどの息がれる。

 2人の視線が、マンション前の駐車を抑制よくせいする白いパイプのガードに腰かけるキバに移った。

「時間を気にする素振そぶりが出た。もうすぐ7時だし、引き上げるかもな」
 スマホの画面で時間をチェックするイチにも、カイリの視線はキバから動かない。

「交代するからカエのところに行ってくれ」

「……。信用なんねぇな」
 イチのその一言に、やっとカイリの視線がイチを向く。
「俺たちがここに住んでいることはバレていない可能性が有るんだから、キバに突っかかって情報をさらすような真似はすんなよ」

 釘を刺すイチのセリフに、カイリがあからさまに視線を逸らした。
「アイ、ノウ(I know.)」
「本当に分かってるか? 絶対だぞっ!」
 荒げそうになる声をおさえ、この行動の分かりやすい年上の仲間を抑制よくせいして、イチは急ぐ心と共にエレベーターホールに走った。

 ###

「カエは?」
 寮のドアを開けて、イチの視線はソファーに腰を下ろすジュニアを過ぎその場にいるはずのカエを探す。

「お疲れさん。洗面所だよ」
 その言葉に足を速める背後から、ジュニアののんびりした声が追いかけてくる。
「でもぉ。傷の手当中ぅ」

 ガラリと開けてしまった洗面所の引き戸の中では、足元に血のついたブラウスを落とし、上半身に柔らかそうな膨らみを見せる下着姿のカエと手に消毒液を持ったリカコが映る。

「ぶわわわわっ!」
「あらら」

 女性陣とは対照的に、声も出せずに固まったイチの顔面目掛けて包帯やらガーゼやら破れたブラウスが飛んでくる。

「ほら、あっちにいってなさい」
 結局引戸を閉めたリカコに追いやられたイチは、すごすごとリビングのソファに腰を下ろした。

「にひひ。やったねラッキースケベ。
 頭にブラウス乗ってるよ」
 笑うジュニアを睨みつける。
「わざとだろっ!」
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