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こんな近くに

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 えっと、今日は月曜日だから深雪の部活はなし。

 最近は変なのにからまれないようにイチとジュニアが学校帰りの護衛をしてくれているせいもあってか、渋谷の1件の余波もそれ程感じないけど、むしろ今怖いのはキバとアギトの襲撃っていうか。

 なので、一応イチとジュニアには、深雪たちとお茶に行くことをLINEでお知らせしておいたんだけど。

「行くの?」
 お昼休みの中央階段。特別教室が並ぶ廊下の端をのぞみつつ開口一番。
 ジュニアのあんまり乗り気じゃない一言に、イチももちろんいい顔はしない。

「やっぱりだめかな」

 みんなとのお茶は楽しみだけど、今はタイミングが悪いよね。
「今回は、深雪たちに『ごめんね』しておく。深雪の帰り道も夏美と愛梨が一緒だから大丈夫だろうし」

 腰を下ろす階段から、イチとジュニアを見上げてニコッと笑う。

「……今日は僕が当番だからカイリの買い出しに付き合わなくちゃならないんだ」
 急にジュニアがイチに向かって切り出す。

「昨日は訓練日で買い出しに行けなかったから。今日行かないと、明日の朝ごはんは卵焼きに目玉焼きにスクランブルエッグとゆで卵だって言われちゃった」
 卵しかないのね。

「カエ。インカム持ってきてる?」
「え? うん」
 ジュニアの問いかけに制服のポケットを押さえる。

「お店を出るときにちゃんと連絡して、何かあっても交戦しないで逃走すること。
そしてなにかあったら僕たち3人の連帯責任。
 プライベートまでお仕事に侵食されるのは好きじゃないよ。
 僕はカエを行かせてあげたいけど、イチはどう思う?」

 急に話を振られたイチが目を丸くする。
「もちろん心配ならイチだけついていくのも有りだけど、深雪ちゃん達にはなんて束縛そくばくの強いやつだって思われるの、覚悟のうえでね」

 ジュニア……。

 ついイチの顔を覗き込むように見上げちゃう。
 いいかな?

 きまり悪そうな顔をしたイチが小さくため息をついた。
「早めに切り上げて帰れよ」

「ありがとうっ」
 嬉しい。
「ちゃんと楽しんでくるね」

「カエにあんな風に上目遣うわめづかいで見つめられたら、断れないよ」
 笑うジュニアに視線を移す。

「うええっ。そんなつもりじゃないんだけど。
 でも約束はちゃんと守るね」
「この前のファミレスみたいに何時間も居座るなよ」
 心なしか柔らかいイチの視線に笑顔をむける。

「うんっ」


 ###

 小さく響く可愛らしいドアベルの音に、心もおなかも満ち足りてお店の外に立つ。

「新作ケーキ美味しかった」
 女の子のパワーのみなもとは、やっぱりおしゃべりと美味しいスイーツだよね。

「香絵の食べてたチョコレートケーキ、ラズベリーが乗っててえもよかったよね」
「ん。夏美インスタ始めたの?」
「それがさぁ……」
 とどまるところのない話題に笑みがこぼれる。

 あっと。イチとジュニアに帰るよLINEしておかないと。

「あー。なに? ラブコール?」
 スマホを出したあたしに、深雪の鋭い視線が走る。

「違うよっ。ただの帰るよコール」
「違わないじゃん。あたしも彼氏欲しぃ」


 途中で夏美と愛梨とは別れて、寄り道したおかげでいつもの通学路とは違う道を進む。

 順調順調。

 家にも寮にもほど近い住宅街。
 なんの特徴もない、住宅街なのに。
 深雪との会話に顔を向けたあたしの視界が、映した何か・・に反応して、警報を発した。

 なん、だ。

 身体が収縮するような感覚に、視界に入った全てを脳裏に焼き付ける。
 ちょっと古いアパート。
 錆(さ)びた手すりの外階段。
 一階の角部屋に鍵をさす。黒い服の男。
 その、横顔は。

 っキバ!

「どうしたの?」
 深雪の声に瞬時に意識が戻る。
 今はだめだ。

「なんでもないよ」
 出来るだけ普通に笑って、足早に行き過ぎる。

 身体中が心臓になったみたいにバクバクと脈打ってる。
 こんなところにいた。
 こんな近くに。

 今はだめ。
 深雪を送ったら戻ってくる。
 この場所。
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