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歪んだ喜び

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 ガラス戸を開けたイチは、土足でリビングに上がることを一瞬躊躇ちゅうちょするもキバの足元の靴と、散らばる家具やガラス片にそのまま足を踏み入れた。

 せりかの首をロックしたまま、リビングの中央へジリジリと後ずさるキバを追う。

(子供の足手まといにはなれない)

 ロックするキバの腕をしっかりと掴んだまま、イチに送っていた視線を自分の足元へ移す。

 キバに悟られないように反応はしないが、イチにも何かを仕掛けるであろう意思は伝わったはず。

(キバのような格闘技術のある相手なら、正攻法でロックを外しにかかるより、もっと小さくて単純なほころびを……)

 引きずられる波に合わせ、キバの両足の間に自らの片足を滑り込ませる。

「どわっ」
 足同士が絡み合い、無理に腰を落としたせりかの体重を受けて、キバの身体が背中からフローリングに沈んだ。

(っ!)
 巻き込んだせりかの足が、キバの足と打ち付けるフローリングの間でおかしな角度のまま下敷きになる。
 痛みを声には出さず、せりかもキバの身体の上に重なるように崩れた。

「くっそ。どけ!」
 せりかの身体を押し退けようと振る腕には、しっかりとせりかがしがみついている。
 さらに巻き込まれた足が絡み、立ち上がる動作をもたつかせた。

 ザッ。

 フローリングを蹴る足音に、飛び上がったイチの靴底がせりかより優に頭1つ分は飛び出したキバの顔面を狙う。

 せりかを巻き込んだまま床を転がり一撃をかわしたキバは、2人の身体の間に足を入れるとせりかを蹴り剥がし、転がるせりかの身体がテーブルの脚に激突して停止した。

 振り返るイチの視界に、身を起こそうともがくせりかが映る。
 そして、そのせりかを狙うキバの影。

 靴底が床を鳴らし間合いを詰める。

 一瞬早く放ったキバのローキックが、せりかの身体をとらえ、床を滑り和室の入り口まで転がされていく。

 その背後に入るイチの上段蹴りを予測していたのか、せりかを追うように前へ出たキバの背中を、音を立ててイチの蹴りが通り過ぎて行った。

(せりかさん、動かない)
 キバからは注意を逸らさないように、視界の隅のせりかを願うように捉える。

「こんなに時間取るつもりじゃなかったんだけどな。お前、イラつくんだよ」
 イチを振り返るキバの顔は怒りを露わにし、間合いを取ったままにらみ合う。

 無駄話に声を掛けてやるつもりはない。
 ジリジリと間合いを詰め、一手を伺う。

 遠くから響いてきたパトカーのサイレン音に一瞬キバの意識がれた。

 踏み込むイチの上段蹴りを、低く構えたキバの両上腕が受ける。
 ビリビリと腕を揺らし、衝撃を緩和しきれずにたたらを踏んだ身体に畳み掛けるように後ろ回し蹴りを放つ。

(体幹が強い。こいつはカイリ並みに硬いな)

 体勢を戻すイチに、正面から拳が飛んで来た。

「くっ」
 首を傾げギリギリのところで避けるイチの右耳を、キバの拳がかすって行く。

 戦いを楽しむ。と言うよりも、弱者をしいたげる歪んだ喜びに、キバの顔が笑う。
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