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お行儀の悪い子ね
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聞きなれた電子音のコールはジュニアの思っていたよりも短く終わって、不機嫌そうな相手の声を届けてくれた。
『何の用だ』
「あ。巽さん。今大丈夫? もー。何って、ラ・ブ・コ・ー・ル」
『……切るぞ』
クネクネっと身をくねらせてスマホを握るジュニアを見ながら、イチが呆れたため息をつく。
ジュニアに任せていたら話が進まない。
「巽さん。太一だけど」
上からスルッとスマホを取り上げて電話を代わると、ジュニアからのブーイングを受けながら、イチは視線を路地に目を向けた。
「リカコさんから話しがあったと思うんだけど、銀龍会の残党捕まえたから引き取ってくれないかな」
『何人だ?』
「2人」
たんたんと必要事項を述べると、巽がため息ともつかない息をもらした。
『そうか助かった。うちの平野とは面識あったな。迎えに行かせるから、現在地をLINEしておいてくれ。
ちょっと剣士と代われるか?』
「ちょっと待って」
ちらりと目をやると、当の本人はふてくされた顔で月極め駐車場の軽自動車に向かって何やら話しかけている。
「ジュニア。交代」
のそのそとスマホをイチから受け取って電話口に出ると。
「やっぱり僕と話したくなっちゃったんでしょう?」
うろうろと落ち着きなく、動きながら話し始める。
『確認なんだが。ヤクザ、生きてるか?』
心なしか小さな声で聞いてくる巽に、ジュニアはイチに背を向けるタイミングで返事をした。
「うん。大丈夫だよん。ちょっとドキドキしちゃったけどね~。
あ。カエに聞いたかな? 週末、署の道場に顔出すんだけど」
『……わかった。時間作って話し聞いてやるから、勝手にあれこれ調べるなよ』
「お。巽さん太っ腹。じゃあね」
通話を切ってほくほく顔でスマホをしまう。
「なんだって?」
巽のLINEに現在地を送信し終えたイチがジュニアに尋ねた。
その特に何でもない一言に、ジュニアはにぱっと微笑む。
「週末会えるの楽しみにしてるって」
###
まだ帰宅路の途中にいるかな。
深雪を送り届けたその足で、カエは脇目も振らず来た道を引き返す。
(あーあ。行っちゃった)
その背中を見送って、斜めに伸びる三叉路から覗き込む人影が、踵を返し奥へと歩み出した。
黒いTシャツにゆったりした黒いパンツ。
目つきの鋭い、若いその男は楽しそうに歩みを進めると、一軒の家の前に立つ。
ありふれた建売の住宅街。その中の一軒〈間宮〉の表札の横のチャイムを鳴らす。
『はぁい』
インターホンから聞こえる、おっとりと優しそうな声に、出来うる限りの笑顔を見せた。
「こんにちは。カエちゃん帰っていますか?」
『あら、ごめんなさい。もうすぐだとは思うんだけど、まだ帰ってないの。お友達かしら?』
「まぁ、そんなトコです。中で待たせてもらってもいいですよね」
男はそのまま、玄関のドアに手を掛ける。
『え?』
インターホンは、せりかの警戒した声を吐き出した。
そろそろカエの帰る時間という事もあって、玄関の鍵は外してある。
カチャリと音を立てて開くドアの奥に、デニム生地のワイドパンツを履いた小柄なせりかが姿を見せた。
「おっと、ずいぶんと可愛らしいお母さんだね。これは期待しちゃうな」
小馬鹿にしたように微笑む男は、中に入ると玄関のドアに鍵をかける。
スッとせりかの顔が冷ややかなものになった。
「お行儀の悪い子ね。名前を聞いておこうかしら」
いつもの穏やかさとは打って変わった冷たい声。
男は土足のまま玄関を上がると、前髪を搔き上げる。
「キバ」
獲物を狩る獣の目がせりかを捉えた。
『何の用だ』
「あ。巽さん。今大丈夫? もー。何って、ラ・ブ・コ・ー・ル」
『……切るぞ』
クネクネっと身をくねらせてスマホを握るジュニアを見ながら、イチが呆れたため息をつく。
ジュニアに任せていたら話が進まない。
「巽さん。太一だけど」
上からスルッとスマホを取り上げて電話を代わると、ジュニアからのブーイングを受けながら、イチは視線を路地に目を向けた。
「リカコさんから話しがあったと思うんだけど、銀龍会の残党捕まえたから引き取ってくれないかな」
『何人だ?』
「2人」
たんたんと必要事項を述べると、巽がため息ともつかない息をもらした。
『そうか助かった。うちの平野とは面識あったな。迎えに行かせるから、現在地をLINEしておいてくれ。
ちょっと剣士と代われるか?』
「ちょっと待って」
ちらりと目をやると、当の本人はふてくされた顔で月極め駐車場の軽自動車に向かって何やら話しかけている。
「ジュニア。交代」
のそのそとスマホをイチから受け取って電話口に出ると。
「やっぱり僕と話したくなっちゃったんでしょう?」
うろうろと落ち着きなく、動きながら話し始める。
『確認なんだが。ヤクザ、生きてるか?』
心なしか小さな声で聞いてくる巽に、ジュニアはイチに背を向けるタイミングで返事をした。
「うん。大丈夫だよん。ちょっとドキドキしちゃったけどね~。
あ。カエに聞いたかな? 週末、署の道場に顔出すんだけど」
『……わかった。時間作って話し聞いてやるから、勝手にあれこれ調べるなよ』
「お。巽さん太っ腹。じゃあね」
通話を切ってほくほく顔でスマホをしまう。
「なんだって?」
巽のLINEに現在地を送信し終えたイチがジュニアに尋ねた。
その特に何でもない一言に、ジュニアはにぱっと微笑む。
「週末会えるの楽しみにしてるって」
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まだ帰宅路の途中にいるかな。
深雪を送り届けたその足で、カエは脇目も振らず来た道を引き返す。
(あーあ。行っちゃった)
その背中を見送って、斜めに伸びる三叉路から覗き込む人影が、踵を返し奥へと歩み出した。
黒いTシャツにゆったりした黒いパンツ。
目つきの鋭い、若いその男は楽しそうに歩みを進めると、一軒の家の前に立つ。
ありふれた建売の住宅街。その中の一軒〈間宮〉の表札の横のチャイムを鳴らす。
『はぁい』
インターホンから聞こえる、おっとりと優しそうな声に、出来うる限りの笑顔を見せた。
「こんにちは。カエちゃん帰っていますか?」
『あら、ごめんなさい。もうすぐだとは思うんだけど、まだ帰ってないの。お友達かしら?』
「まぁ、そんなトコです。中で待たせてもらってもいいですよね」
男はそのまま、玄関のドアに手を掛ける。
『え?』
インターホンは、せりかの警戒した声を吐き出した。
そろそろカエの帰る時間という事もあって、玄関の鍵は外してある。
カチャリと音を立てて開くドアの奥に、デニム生地のワイドパンツを履いた小柄なせりかが姿を見せた。
「おっと、ずいぶんと可愛らしいお母さんだね。これは期待しちゃうな」
小馬鹿にしたように微笑む男は、中に入ると玄関のドアに鍵をかける。
スッとせりかの顔が冷ややかなものになった。
「お行儀の悪い子ね。名前を聞いておこうかしら」
いつもの穏やかさとは打って変わった冷たい声。
男は土足のまま玄関を上がると、前髪を搔き上げる。
「キバ」
獲物を狩る獣の目がせりかを捉えた。
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