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溽暑
2.
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経済雑誌の世襲の社長特集。
写真でもわかる身仕舞のよさ、見間違えるはずがない。
片桐秀貴。名はひでたか、か。明治から続く背広屋の、世襲社長四代目。ベンチャー系じゃあないとは思ってた。幾ら金をうならせたって、あんな物腰は一朝一夕には身に付くものじゃない。教育と、多分歴史しか磨き上げることのできない洗練。
別にあいつ自身に興味があるわけじゃない。飛ばし読みしないで、一人一人、七光り社長の経歴やらコメントやらを、記事の最初からじっくり読んだ。
(当たり前だけど、世襲社長全員が目ぇ剥くような美男子ってわけでもないな)
───なんてくだらないことまで考えながら。
途中で一旦戻った綿貫が鞄の中のファイルを取り出しながら片手で「悪い」と拝むのに、気にするな、と手を降って見せて、奴の記事に目を落とす。
世襲社長も色々でやたら手を広げてビジョンを売りにする奴や、隠し切れない傲慢さを覗かせる中で、唯一人、将来の夢を諦めて、莫大な負債を抱えた会社を継いだ……。
写真はそんなに大きく無いけど、何人か特集されているうち、一人だけ説明会だかの全身写真と、足先まで映った座り写真が入って、他の社長たちより写真が二枚多い。カメラマンか、編集者か───多分両方が視覚の誘惑に負けたんだろう。
「は。悪目立ちしてやんの」
借金で。そう言う前に、自分の声の力無さに驚いた。
「わっり~。石澤っち、ホントわりぃ」
綿貫が騒々しく帰ってきた。
「何だ。おまえのビールは抜ける前においしく飲んどいてやったぞ」
空のジョッキを顎で指す。
「あ、ひでえ。
───おネエさん、お冷やちょうだい」
二人分入れてくれたのを、両方とも一息で飲み干した。
「オレちょっと行かなきゃいけなくなってさ」
「ほー。で、気の毒な友人を放り出して行くから謝ってたわけか」
「ホント悪い。今度改めて奢るから」
「今日もお前持ちな」
「しっかりしてるよな。……そのつもりだったけどよ」
綿貫がぐるりとテーブルを見渡して───俺がちゃんと食ったのか確認したらしい───立ったまま伝票を手にする。
こちらも相手に合わせて立ち上がって、あ、と気付いたふりで。
「これ、面白いな。もう読んだ?」
さり気なく、気負い無く。
「いや、まだ。けっこうつまんない月もあるんだけどな。こっちは読んだけど、それはさっき買ったばっか」
自分でも意外な程がっかりした。ちょっと譲り受けづらい。
「どこで売ってる?」
「あ、やるよ。今日のお詫び」
「やっすい詫びだな。いいよ、おまえも読んで、ちゃんと学べ」
まあまあ、と押し付けられて。
───苦虫を噛み潰すふりをして受け取った。
写真でもわかる身仕舞のよさ、見間違えるはずがない。
片桐秀貴。名はひでたか、か。明治から続く背広屋の、世襲社長四代目。ベンチャー系じゃあないとは思ってた。幾ら金をうならせたって、あんな物腰は一朝一夕には身に付くものじゃない。教育と、多分歴史しか磨き上げることのできない洗練。
別にあいつ自身に興味があるわけじゃない。飛ばし読みしないで、一人一人、七光り社長の経歴やらコメントやらを、記事の最初からじっくり読んだ。
(当たり前だけど、世襲社長全員が目ぇ剥くような美男子ってわけでもないな)
───なんてくだらないことまで考えながら。
途中で一旦戻った綿貫が鞄の中のファイルを取り出しながら片手で「悪い」と拝むのに、気にするな、と手を降って見せて、奴の記事に目を落とす。
世襲社長も色々でやたら手を広げてビジョンを売りにする奴や、隠し切れない傲慢さを覗かせる中で、唯一人、将来の夢を諦めて、莫大な負債を抱えた会社を継いだ……。
写真はそんなに大きく無いけど、何人か特集されているうち、一人だけ説明会だかの全身写真と、足先まで映った座り写真が入って、他の社長たちより写真が二枚多い。カメラマンか、編集者か───多分両方が視覚の誘惑に負けたんだろう。
「は。悪目立ちしてやんの」
借金で。そう言う前に、自分の声の力無さに驚いた。
「わっり~。石澤っち、ホントわりぃ」
綿貫が騒々しく帰ってきた。
「何だ。おまえのビールは抜ける前においしく飲んどいてやったぞ」
空のジョッキを顎で指す。
「あ、ひでえ。
───おネエさん、お冷やちょうだい」
二人分入れてくれたのを、両方とも一息で飲み干した。
「オレちょっと行かなきゃいけなくなってさ」
「ほー。で、気の毒な友人を放り出して行くから謝ってたわけか」
「ホント悪い。今度改めて奢るから」
「今日もお前持ちな」
「しっかりしてるよな。……そのつもりだったけどよ」
綿貫がぐるりとテーブルを見渡して───俺がちゃんと食ったのか確認したらしい───立ったまま伝票を手にする。
こちらも相手に合わせて立ち上がって、あ、と気付いたふりで。
「これ、面白いな。もう読んだ?」
さり気なく、気負い無く。
「いや、まだ。けっこうつまんない月もあるんだけどな。こっちは読んだけど、それはさっき買ったばっか」
自分でも意外な程がっかりした。ちょっと譲り受けづらい。
「どこで売ってる?」
「あ、やるよ。今日のお詫び」
「やっすい詫びだな。いいよ、おまえも読んで、ちゃんと学べ」
まあまあ、と押し付けられて。
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