逆転!? 大奥喪女びっち

みく

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【城下逃亡編】

246 どっきどきの同棲生活⑥

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「あ、満ちゃん。ふふふ。やだなあ、悪口なんて言ってないさー。ちよちゃんに知ってもらっておいた方がいいかなって思って、満ちゃんのことをちょっと教えてあげただけだよ」

「ふぅ、まったく……文吉さんには敵いませんね。この間の男性の話ですか? それなら誤解ですよ。たまたま道を尋ねられただけで」


 文吉にこれまで何度か悪口でもいわれたのだろうか……。
 だが溜息交じりに告げつつ、家光の洗濯物に手を伸ばす満の表情に、怒りは感じられない。


「ああっ! そっか。そっちもあったねえ! ちよちゃん、満ちゃんはね、男にも大人気なんだよ。気を付けな~」

「ええっ!?」


 ――男性にもモテるから気を付けな、と……言われましても~!


 やはり満は男女問わずにモテるのだとわかり、家光の瞳は動揺に揺れた。
 女性だけ警戒すればいいと思っていたが、そうはいかないとなれば、今日のデートが心配になってくる。
 前回のデートでも満への視線を感じたことはあったが、まさか女性に紛れて男性も見ていたとは思わなかった。


「あれ? 違いましたか? 一体何の話をして……」


 文吉の話は満には聞こえなかったらしい。
 彼は首を傾げ、家光の洗った洗濯物を絞った。


「んふふ♡ 満ちゃん、ちよちゃんの手が冷たそうだ。ふうふうして温めてやんな。お邪魔虫のあたしゃ、もう行くからさ」

「っ、文吉さんっ……!」

「いや~、見事な秋晴れだねえ~! お出掛け日和だ、はっはっはっ!」


 にまにまと満にわざとらしい笑みを向けて、文吉が洗い終わった洗濯物を絞り、たらいに詰めて立ち上がる。
 頬を赤く染めた満が声を掛けても、彼女は“あとは若い二人で”と気を使っているつもりなのか、聞こえない振りで青空を見上げ去って行った。


「はは……文吉さんには参りましたね……」

「ふふふっ。文吉さん、明るい方ですね」

「ええ、とてもお話上手な方で……、とても気持ちの良い方ですよ」

「ふふふっ、そうですね」


 共同井戸に残ったのは家光と満の二人。今は他に誰もいない。
 満は家光の手を取り、井戸水で冷たくなった手に息を吹きかけた。


「み、みちるさん……?(手っ! 手を繋いでるぅぅううっ!?)」


 ふうふう……と、満の吐息が手にかかる。
 手を繋がれただけで、家光の体温が瞬時に上昇した。頬も熱い気がする――顔が赤くなっているに違いない。
 抱いてはくれなくとも、手を繋ぐことはしてくれるらしい。

 文吉が言い残していったそのままを実践されて、嬉し過ぎるが、どうしていいかわからず動けなくなってしまった。


「こんなに冷えて……。濯ぎは私が致しますから、千代さんは先に部屋へ戻っていて下さい」

「えっ!? でも、下着が」

「千代さんの褌でしたらお任せください。不思議な胸当ても一緒に 以前洗っていますから」

「ぐあっ、そうでした……! けど、その、恥ずかしいというか……」


 既に下着は満の手によって一度洗濯されている。
 今さらと言えば今さらなのだが、恥ずかしいものは恥ずかしい。
 ところが満に恥ずかしがる様子がないのはなぜなのか……。


「お任せください」

「あう……。わかりました、ではお願いしますぅ……(恥ずかしいよぉ……)」


 なぜか自信満々で満が言い切る。
 その勢いに押し切られ、家光は渋々先に部屋に戻ることにした。
 まあ、洗いは終ってるから汚れているわけではないし……と、早々に諦める。

 部屋に向かいながら、満が戻る前に出掛ける準備でもするか――、なんて下着については気にしないことにした。




 ……家光が部屋へ入ったことを確認すると、満は家光の残した洗濯物を見下ろす。


「それにしても面妖な褌と胸当てですね……」


 洗濯物を手に取り広げてみる。

 ……褌によく似た穿くものと、乳房を覆う胸当て。
 女性のことは詳しくないが、家光の下着が見慣れないものであることは、理解しているつもりだ。
 なぜなら仕立てが再利用できない作り、というのは珍しい。

 着物は男女問わず、下着に至るまで再利用可能なように作られている。
 満が今身に付けている褌もいずれは雑巾に変わるだろう。

 家光の下着は複雑な形をしており、身に付ける以外の利用法が思い浮かばない。


「千代さんが身に付けると、とてもよく似合うのがまた……(ああ、千代さん、この布をまた身に付けるのですね……)」


 満は家光を部屋に連れ帰った夜を思い出し、ほんのりと頬を赤く染め、丁寧に下着を濯ぐと部屋へ戻った。

 それから二人は洗濯を干し終え、デートをするべく長屋をあとにする。
 近所を散策がてら目当ての店に行き着き、満からのプレゼントを家光は、恐縮しつつも笑顔で受け取った。
 その店では、二人並んで歩けば夫婦に見えたのだろう、「いいねえ、美男美女でお似合いだよ」と持てはやされ、二人で見合って笑い合う。

 昼は外で食べようとのことで、煮売屋と呼ばれる飲食店にて昼餉を済ませ、野菜なども買い入れ、二人は仲良く満の家へと帰宅。
 時刻は夕暮れ時で、二人は慌てて干していた洗濯物を取り込み、褥の準備に取り掛かった。
 今夜は昼を食べ過ぎたせいか、二人共腹は減っておらず、夕餉はなしだ。

 薄暗い部屋で一組の褥を前に家光は、今日買って来た野菜類を仕分けする満にちらと目配せし、拳を握り締める。
 満はやらなければならないことがあるようで、昨夜と同様、忙しそうに「先に眠って下さい」と土間で作業をしていた。

 今夜は満が褥に入るまで寝てなんてやらない。
 一日動きっ放しで、身体の疲れは多少感じるが、彼の作業が終わるまで家光は待つつもりである。


 (今夜こそ、みちるさんと添い寝を……! あ)


 褥に横になり、満の背中を眺め意気込んだものの、はたと気付いてしまう。
 そういえば満と再会してから、一度も風呂に入っていないではないか。

 江戸の庶民は週に二、三度湯屋に行くらしいが、満も家光もまだ一度も行っていない。
 城にいる時は毎日入っていたというのに……。
 一応湯に付けた手拭いで、身体を拭きはしているが、髪も洗えていないし、汚れが落ちた感は全くない。


 (きったなっ!! こんな汚れた身体で、満さんの隣でなんて寝ちゃダメだわ)


 くんくん、と――。
 家光は片腕を鼻元に持って来て匂いを嗅いでみる。
 自分では臭いが判別できなかったが、臭かったらどうしようと、気付いた途端に上掛けを剥いで上半身を起こした。


「……千代さん? どうかしましたか?」

「あっ、いえっ、わ、わたし、今日はそっちで寝てもいいですか?」


 作業中の満が急な衣擦れの音に驚き、振り返る。
 普段は褥を隠す枕屏風の奥を指差した家光が、傍にあった褞袍を掴んでいた。

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