逆転!? 大奥喪女びっち

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【城下逃亡編】

214 家光、お持ち帰りされる③

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「……(わぁ……長屋ってこんな感じなのね……!)」


 ――城もいいけど、ここも落ち着くわね……!


 満の前だ、家光は行儀よく端座して部屋を見回し、前世に住んでいた部屋と似たような広さに懐かしさで心が落ち着くのを感じる。

 城の自室は広い。広いのが悪くはないのだが広過ぎて落ち着かないこともたまにはあった。
 それに落ち着かない原因は広さだけではない。
 部屋の外には常に誰かが控え、護衛と言う名の監視も四六時中いるのだから慣れているとはいえ、落ち着かないのは当たり前といえば当たり前――。


「……ぁ」


 ――やば、月花のこと忘れてた。


 家光は満の作業を何とはなしに見守りつつ、月花を思い出し声を漏らした。
 ……月花を寺に置いて来たままである。

 彼女からあまり遠くへ行くなと言われていたが、そんなことなどすっかり忘れ満に攫われて来てしまった。
 だから今この場に月花は居ないはず……、今頃捜し回っているかもしれない。

 だが今すぐ寺に戻る気は無い。
 護衛を撒くのは初めてではないし心配するだろうが、昼食を摂ってから寺に戻れば愚痴を聞くだけで済むだろう。


「……(でも戻りたくないなぁ~……なんてね……)」


 手を動かす満をちらりと見やり、家光は再び部屋を眺める。

 まさか満が長屋に住んでいるとは思わなかったが、特に目新しいものはないこんな狭い部屋でも転生者である家光からすれば充分珍しく、楽しくてしょうがない。

 ……黙り込みじっとしていると竈の方から“とんとん”。何かを切る音が聞こえてくる。
 その音に目を向ければ満が朝に漬けたらしき漬物を取り出し切っている。
 家光は背中越しにそれを見ていた。


『あっ……!』


 満から小さな声が零れ落ちる。
 不意に作業中の満の横で火に掛けた味噌汁が沸騰し、鍋の蓋が浮き上がったのだ。
 何事かと満に集中していた家光がそちらに目をやれば、満が慌てて“あちち”と木の蓋をずらし、手拭いを取っ手に巻いて鍋を竈から持ち上げた。

 ……温まった鍋を手に畳に上がった満が長火鉢の上に置く。

 長火鉢には火が入っておらず、鍋が再沸騰することはない。
 季節柄、外は風が吹くと肌寒いが天候に恵まれたこともあり、部屋の中は温かい。
 これで雨が降り夜ともなれば変わってくるのだが、まだ火鉢を使う程寒くはなかった。


「……ふふふ。失敗してしまいました。少し緊張しているようです」

「へ? あ……、ひょ、ひょっとして、私の、せい……ですか?」

「ふふふ……どうでしょうね?」

「っっ……」


 緊張しているという彼は家光の問いに睫毛を伏せ、誘うような瞳で含み笑いをする。
 その様が妖艶で――“みちるさん色っぽい……♡♡”当てられた家光の喉がごくりと音を立てた。

 一見女とも見紛うこともある小柄な振とは違い、満は背も高く体躯もしっかりしている。
 襷掛けをしたために見える腕の筋肉は風鳥程ではないにしても、かなり鍛えられているように見える。
 初めて出会った際に持っていた満の錫杖は、一部が金属製で長さもありそれなりの重量があったはず。
 あれを軽々振り回していたのだから、頼もしいことこの上ない。
 それでいてドストライクな甘いマスク――からの艶のある微笑み。

 本人は気付いていないが、さっきから家光は知らず知らずのうちに満ばかり目で追ってしまっていた。


 ……満は鍋を置くとすぐ竈に戻り、今度は湯を沸かし始めて棚からお椀を取り戻って来る。ついでに畳に置かれた飯の入った“おひつ”も持ってきた。


「……なんかいいなぁ……(新婚さんみたいじゃない……?)」

「……はい?」

「あ……い、いえ……。あっ、私がご飯を装いますね!」


 家光は満の持って来たお椀を取り上げ、“おひつ”から飯を装う。
 昼餉をご馳走になるのだ、これくらいの手伝いはせねば――。

 ……満という男は何でも卒なくこなすタイプかと思ったらそうでもないらしい。
 味噌汁を沸騰させてしまうという可愛いミスに家光は“イケメンも失敗するんだな……”なんて新しい発見に胸をときめかせた。

 人間は失敗をする――当たり前のことなのだが、家光の周りの男達は隙を見せない男ばかり。
 謝罪してきたり泣かれたりしたことはあるが、何かに失敗し素直に非を認めてはにかみ、更に意味ありげに含み笑いを浮かべた男などいない。

 イケメンの笑顔は失敗を簡単に許せてしまう程の威力がある。
 ……これは所謂ギャップ萌えではなかろうか。


「ありがとうございます。千代さん」

「そ、そんなっ、ご飯を装うくらい……」


 満の視線が家光に向けられるが、向けられた本人は恥ずかしさに顔を上げられなかった。


「ふふ。では、そちらはお任せして私はお膳を持ってきますね」

「は、はいっ。お味噌汁も任せて下さい!」

「はい、お願いします」


 顔を上げられないまま受け答えする家光の耳が赤い。
 満は彼女が恥ずかしがり屋なのだろうと目を細めて、棚にある膳を取りにいく。
 すぐに膳を持って戻り、二人でそれぞれ配膳した。

 昼餉のメニューは白飯と御御御付、秋刀魚の塩焼きに野菜の煮物。そして満が付けた茄子の浅漬けである。


「わぁ~♡ すごい……♡」


 ――ザ・和食……!!


 家光は完成した昼餉の膳ランチセットを前に手を重ね合わせ破顔する。

 きすを見ない食卓を目にするのは久しぶりだ。
 縁起担ぎのために毎食鱚を食べさせられている家光には秋刀魚の塩焼きはご馳走である。
 しかも白米は朝に一日分纏めて炊くのが基本のため既に冷えているが、味噌汁からは立ち昇る湯気――。

 食事処であれば見られるものの、満の家で見られるとは思ってもみなかった。


「凄い……?」

「お味噌汁から湯気が出てるぅ~……♡ おかずもまだ温かそう……!」


 不思議顔をする満の前で家光は味噌汁の湯気に感動した。

 文吉が作ったらしい煮物の小鉢に手を近付ければ、まだほんのりと温かさを感じる。こんな温かい煮物を食べられるのはいつ振りだろう。
 ……考えてみたら将軍になってから城下に下りたのは今回が初めてだ。

 城では珍しい料理が出ることもたまにはあるが、前世の記憶がある家光にとっては大体が見知ったもの。何だったら家光自ら献立の提案なんかもしたことがある。
 新しい料理が考案されると献上されたが、そんなものより“温かいものは温かい内に食べさせてくれ”が家光の心内である。

 ……立ち昇る湯気に家光の唇の端が緩む。


 これだから城を抜け出すのはやめられないのだ。




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将軍なのに温かいものが食べられないんですよ…。
毒見している間にみんな冷めるぅ。
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