逆転!? 大奥喪女びっち

みく

文字の大きさ
上 下
201 / 255
【新妻編】

200 孝の提案

しおりを挟む

 しばしの間を置き、孝が口を開く。


「……ふぅむ……、家光の初めての相手が、俺以外の男っつーのは腹立たしいことではあるが……振、昨日の話を詳しく聞かせてもらえないか? あ、協力してやりたいんだ」

「……え? あ……」


 孝に訊かれては話すしかない。
 別の男との閨事など訊きたくもないだろうに訊ねたのだ、彼は真に協力するつもりなのだろう。

 “あまり憶えていません”――などと言い逃れることはできない。
 何故ならそもそも昨夜は忘れられない一夜である。
 心の臓が高鳴り続け、興奮に幾度も気が遠くなりそうになったが、家光の様子はすべて憶えている。

 ……艶のある虚ろな瞳、甘さを含んだ声音、陶器のような肌の滑らかさ、豊かな乳房に実る二つの小さな桃色の実、とろとろとしとどに潤う甘い蜜――。


「――と、すごく恥ずかしがっておられて……」


 振は恐る恐るながら、事細かに昨夜の事を打ち明けていった。
 話を進めていく内、孝の眉間の皺が何度も深く刻まれたが、彼は最後まで黙って聞いていた。


「――…………うわ……、そりゃあいつも恥ずかしいだろうよ……。そういうのはもっと慣れた関係になってからの常套手段なんだがな……」


 最後まで聞き取りを終えた孝は口元を手で覆い、何とも言えない表情をしたかと思うと脇息に傾けていた身体を起こし、今度はずいっと上半身を前方に傾ける。
 孝の目は鳥でも射抜くように真っ直ぐ振を捉えており、正面に座る振との距離が間近に縮まった。


「え……」

「振、お前天性の才能持ちなのか……?」

「……はい?」


 探るように孝が腕組みしつつ、まじまじと見つめてくる。
 孝の頬がほんのり赤い気がするが、一体どうしたというのか――。

 一体何のことなのだろう……、振は孝の鋭い瞳に気後れするように身を竦ませた。


「……俺からの助言は、不用意に事細かな様子を口にするなってことくらいだな。あとは実践してみればいいんだが――、あ、娼妓……」


 身体を元の位置に戻し、孝は腕組みをする。
 するとふと何かに思い当たったかのように、口から“娼妓”と漏れ聞こえた。


「え……?(娼妓……?)」

「召喚した娼妓と寝てみるってのはどうだ? 明日来るようだし」


 俺は娼妓とは寝ないから譲ってやる――と、孝の表情は良い解決策が見つかったと満悦そうだ。
 だが奨められた振の瞳は驚きに見開いていた。


「そっ、それは嫌ですっ! 私は家光さまとしかっ……!!」

「っ――……わかる! 俺も家光以外嫌だ!」


 やにわに振が畳を叩くように手を突き音が弾け、前のめりに訴えかける。
 いつもゆったりした動作と言動の振らしからぬ行動。孝は一瞬面食らったが口角を上げて同意した。


「っ、では何故そのようなことを……!!」


 ――私は家光さまにだけしか……!


 振の眉が訝し気に歪められる。

 まだ側室候補・・の身分で御台所の前だというのに、ここまで不快感を露わにするのは如何なものか。
 身の程知らず……だが、振が家光を心から慕っているのだろうと孝には伝わったようで――。


「ふっ、別に実際に寝なくてもいいんだよ。女の喜ばせ方は女に訊くのが一番だろ?」


 微笑ましかったのか、鼻息が漏れた孝の目は細くなり、気付けば振の肩にぽんと手をのせていた。


「へ?」


 ――それは一体、どういう……?


 振はどういうことなのか、理解が及ばず目を瞬かせる。
 孝は邪気の無い笑顔を浮かべているではないか――。


 “女の喜ばせ方は女に訊くといい”


 ……その言葉に始めは要領を得なかった振だが、翌日、孝の奨めにより召喚した娼妓と会うことになってしまった。

 振は嫌だと抵抗したが御台所の権力は強く、孝に止めてもらうよう懇願している途中で、上臈御年寄の男が戻って来てしまったこともあり、「御台様の命に従えぬとは随分と高貴なお方のようで――云々――上様に抗議文を提出させて――云々かんぬん――」……嫌味のたっぷり込もった長いお喋りの果て、最終的に受け入れざるを得ない状況に陥ってしまう。
 上臈御年寄が話す間、孝はうんざり顔で聞いていたのにも関わらず、止める気配はなかった。

 孝も家光以外とは嫌だと云い、また振、自らも嫌だと同じ想いを持つ者同士、解り合えると思ったのは早計過ぎたかもしれない。
 同情したのは間違いだった。正室と側室が解り合うことなどないのだ……と、後悔に駆られた振だがもう後の祭りである。

 その日振は疲れ切った顔で孝の部屋を後にした。









 ……翌日。


(孝さま、なぜこのような仕打ちを……。私は家光さま以外の女性を抱くなど……。)


 朝の総触れが終わり振は、美人の部類に入るが家光とは似ても似つかない、見るからに経験豊富そうな娼妓を前に、真昼間から指定された奥の部屋へと通され、赤い褥に寝衣という格好で座らされていた。


「……(なぜ私はこんな所にいるのでしょうか……)」


 孝が協力してくれると云ったのは虚偽だったか……。自らを罠に嵌め、家光との仲を引き裂こうというのか――。
 振には家光以外の女と契りを交わすくらいなら、死を選ぶ覚悟がある。それ程に家光を慕っているのだ。


 ……だが、この今の状況はどう考えてもおかしい。


「……御台さま、振さま、わっちは初寧はつねと申しんす。本日はご召喚頂き誠に有難うござりんす」

「初寧か。へえ、江戸の遊女は初めて見たな」


 振が座る褥を挟み、下座で恭しくこうべを垂れる娼妓の初寧と、上座で寛ぐように胡坐を掻く孝が挨拶を交わしていた。

 ……初寧、彼女は美しく妖艶、装いは明るく艶やかで、家光に懸想していなければ惚れる者も多い、男受けをする美貌の持ち主だ。
 この奥に何度か召喚されている娼妓で、奥に住まう男達の癒しの存在であり、愛好者が多くいるという玄人である。
 だが、彼女は振の好みではない。


「……(孝さまは何故ここに……、やはり初寧さんと……?)」


 ……振は黙って二人の様子を窺う。

 孝を見やれば初寧を物珍しそうに眺め、口角を上げている。
 昨日は「俺は娼妓なんて――」と、不機嫌に吐き捨てていた孝の顔とはまるで正反対だ。初寧に好意的な気さえする。
 一目見て気でも変わったというのか……、彼女に対する印象は悪くなさそうだ。

 では初寧はといえば、顔を上げると目の前の振、そして部屋の奥、上座に座る孝と交互に視線を移して困惑したように眉を下げていた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

落ち込んでいたら綺麗なお姉さんにナンパされてお持ち帰りされた話

水無瀬雨音
恋愛
実家の花屋で働く璃子。落ち込んでいたら綺麗なお姉さんに花束をプレゼントされ……? 恋の始まりの話。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

女性が全く生まれない世界とか嘘ですよね?

青海 兎稀
恋愛
ただの一般人である主人公・ユヅキは、知らぬうちに全く知らない街の中にいた。ここがどこだかも分からず、ただ当てもなく歩いていた時、誰かにぶつかってしまい、そのまま意識を失う。 そして、意識を取り戻し、助けてくれたイケメンにこの世界には全く女性がいないことを知らされる。 そんなユヅキの逆ハーレムのお話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

処理中です...