逆転!? 大奥喪女びっち

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【新妻編】

183 家光、べそをかく

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「……い、家光様……!」

「嫌です、家光様……! どうか男などに穢されないで下さい……!」


 春日局が出て行った途端、隣の部屋から正盛と重澄が駆け付けて来る。
 未だ平伏したままの正勝を押し退けるように、二人はそれぞれ家光の手を握り涙目で訴えかけていた。


「あははは……」


 ――いや、これもお役目なんで……。


 正盛と重澄の目は血走り、本気である。
 ……本気で家光が奥へ行くのを嫌がっている。


「どうせなら私と……!」

「どさくさに紛れて何を言っているんですか、重澄殿!」


 重澄の手が家光の袖の中へと這おうとするのを、正盛が止めに入った。


「……仕方ないよ。これもお役目だからね」

「「家光さまぁ……」」


 家光の言葉に正盛と重澄は顔を歪ませる。


「私が生娘じゃなくなっても、仕えてくれるよね……?」

「「もちろんですぅうううっっ!!」」


 そんなの当たり前じゃないですか……! と、二人は家光の手にそれぞれ頬擦りをした。

 重澄からぼそっと「いつか私とも是非一夜を共に……☆」なんて聞こえたが、正盛が手刀を額に入れるものだから、睨み合いを始めてしまう。

 正盛と重澄の二人にとって、正勝は天敵――。
 ……正勝の前では言い争うことが少ないから今日は比較的静かだ。

 ちょっとこの二人、同性だというのに毎度距離が近過ぎる。
 だが、優秀だし二人が揃っていれば互いに牽制し合うから実害がない。

 家光に盲目であるから裏切ることもないだろう。
 家光の周りには、かなり個性的な面々が集まっているようだ……。


 そんな二人に押し退けられた正勝は黙ったまま静かに立ち上がる。


「……家光様、先程お渡しした開墾に関する嘆願書で御座いますが、別の藩で似たような事例があったと思います。もう一度大老様達に差し戻し……――」

「……あ、うん……」


 正盛と重澄に頬擦りされている家光に、正勝が淡々と仕事の話を進める。


 ――正勝が御添寝役か……。


 家光がどうしても無理だった場合に正勝は助けに入ってくれるであろう、頼もしい味方なのだが、何となく気まずい。

 正勝は初夜含めてもう二度目の御添寝役……、これも仕事だからと慣れたのだろうか。
 淡々と仕事の話しているのを見るに、特に動揺した様子もなく何でもないように見える。

 御添寝役は正勝――。
 では御伽坊主は……?

 春日局は御伽坊主について言及しなかった。白橿がまた来るのだろうか……。


(いや、そんなことはもうどうでもいい。どうせ監視の下やらなきゃなんだから)


 家光は今夜のことを考えると手に汗が滲むのを感じ、その後の仕事は全く捗らなかった。









「うわぁぁぁ……」

「家光さま? なに蹲ってるんです?」


 仕事が終わり湯浴みを済ませ、家光はこれから御鈴廊下を渡って奥へと赴く。

 錠の付いた大きな扉の前で、寝衣に身を包んだ家光はしゃがみ込み、頭を抱えていた。

 事前に人払いをしたからか、今家光はここまで付き添ってくれた月花(男装中)と二人きり。

 月花は奥に滅多なことではついてこないが、家光が頼み込み今夜だけ……ということで閨まで送ってくれることになっている。


「ぅ……私、今日で死娘になるんだよ!?」


 家光が泣きべそをかきながら月花を見上げて告げる。


「しむすめ……? なんですかそれ」

「生娘の反対だから死娘……?」

「んな阿呆な……と、失礼しました。家光さまは死んだ娘にはなりませんよ?」


 涙目の家光が可愛いなと萌えつつ、月花は薄っすら口角を上げた。


「んなことはわかってるよ! 振ちゃんは嫌いじゃないけど……でも……彼は友達だもん……」


 まだまだ踏ん切りがつかないのだろう、家光はまたしても頭を抱え俯いてしまう。

 いつもは思い切りのいい家光がここまでぐだぐだになるとは……。


「あの家光さま。さっき御自身で仰っていましたよね? そろそろ腹を括らないとって……!」


 家光が嫌だというなら、「嫌ならしゃーないな」と味方になってやりたい。
 自分はいつだって家光の味方であるが、こればかりはいつかは通らねばならぬ道。

 ここは踏ん張ってもらわねば――、月花は獅子の子落としとばかりに家光の背をばちんと叩いた。


「う……」

「ご結婚もされましたし、次はお世継ぎですよ……? 振さまはお優しい方ですし、孝さまのようなことにはならないと思いますが?」


 家光様、私の初めてを知っていますよね……?
 それより百倍ましじゃないですか。


 ……背中の衝撃に顔を上げた家光の瞳が、月花の目を見ると揺れる。


「わ、わかってるよ」


 ――そうだ、月花の初めては無理矢理……。


 月花の前で言うことではなかった――、自分は我儘で贅沢者なのだ。


 ……家光は慌てて笑顔を取り繕った。


「前にも言いましたが、初めては痛いですけど、慣れれば大丈夫ですよ。それに、家光さまは徳川の血を引いてらっしゃるのですから、絶対大丈夫です!」


 何の自信なのだろうか、自信満々にそう言って月花は拳を握りしめ肘を下に引く。
 鼻からふんすと、息を吹き出す音が聞こえた。


「……? どういうこと?」

「えーと……、局さまからそう聞いています」

「福が何でそんなことを……?」

「……ははっ。さあ、参りましょう。振さまをお待たせしてしまいますよ」


 家光が首を傾げる中、月花は彼女を立たせすぅと息を吸い込む。
 次には低く大きな声で「解錠、解錠……!」と言い放った。

 その声に距離を置いて控えていた用人達がやって来て、御鈴廊下の錠を外してくれる。

 重い扉が音を立てて開き――。


 しゃんしゃん。
 しゃんしゃん……と。


 薄暗い御鈴廊下の鈴が一斉に鳴り響く。
 大奥側に近い場所で、振らしき白い寝衣を纏った男が平伏へいふくしていた。


「……振ちゃん……」

「……」


 振に近付き、家光は名を呼ぶが、彼は頭を上げようとはしない。
 振の両隣には付添人の男が二人……、家光は見たことのない者達である。

 振と同じように頭を垂れている為、顔はまだよくわからないが、柄物の服装からして御伽坊主ではなさそうだ。

 そして、春日局――。


 春日局が少し離れた場所で背筋を正し、家光を真っ直ぐ見ていた。


 ……成程ね、と家光は春日局の態度にぴんとくる。
 ここは将軍として威厳ある振る舞いを……ということか。


「面を上げよ」

「……はい、家光さま」


 家光の命に振は静かに身体を起こした。
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