逆転!? 大奥喪女びっち

みく

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【新妻編】

177 “まる”

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 夜が明けて間もなく――ちゅん、ちゅん。と。
 廊下、中庭側から雀の鳴き声が聞こえ、朝は気温が下がりいつも肌寒く感じるものだが、今日はなんだか温かい。
 不思議に思いつつも家光はふと目を覚ます。


「ん……、温か~い……――ぅ、ん?」


 ――なんで温かいんだろ……? なんだ……?


 寝ぼけ頭の家光の前には、寝衣の開けた厚い胸板があるではないか――。


 家光は程よく鍛え抜かれた艶やかな素肌を眺めて“いい身体してる……、はて、これは一体誰の……?”と、目を瞬かせた。

 ぼぅっとする頭で家光が考えていると、頭上から孝の声が降り注ぐ。


「……ん? 起きたか……?」

「……ふぇっ!? 孝!? ちょっ!? わぁああああっっ!! あんた何してんのよっ!?」


 その声に家光は即座に反応を示し、孝を見上げ思い切り腕を真っ直ぐに張り出すと彼を突き飛ばした。


「ぃった……! ひっで……!」


 家光の奴、結構力が強いのな……なんて思いながら孝は突き飛ばされた胸を押さえる。
 ……ちょっと苦しそうだが彼は眉間に皺を寄せつつも、なぜか嬉しそうにはにかみ、半身を起こした。


「な、何もしないって言ったじゃん……!」


 ――私の寝間着も開けてるじゃん――! 何? 寝てる間に何があったわけ……!?


 家光は家光で孝から距離を取り、こちらもすぐに半身を起こして正座をすると涙目である。
 自己を見下ろすと、僅かだが寝衣の衿元が緩んでいた。


「してねえよ! そっちから勝手に抱きついて来たんだろうが……!」

「なっ! そんなわけないでしょ……!! なんで私があんたに抱きつくのよ……!!」


 孝が胡坐あぐらを掻きながら股座またぐらに両手を突っ込み、自分は無罪だと訴えるが家光の眼光は鋭い。


 “騙したな……!!”


 ……彼女の瞳は孝を睨み付けていた。


「はぁ……俺の睡眠を奪っておいてそりゃねえだろうよ……ふわぁああああ……」


 孝の口から大きな欠伸が漏れて、彼は気まずそうに頭を掻き掻き。


 ――こちとら一睡もしてないってのに……、けど……朝の家光も可愛いなぁ。


 つい目の前の、妻の顔に目元が緩む――。










 初夜を迎えた日の朝、孝が目覚めた時には家光の姿は既になかった。

 朝起きたら真っ先に挨拶をしたかった孝だったが、その日を境に昨夜まで家光と顔を合わせることはなく、自らは軟禁と共に春日局から指導を受け猛省の日々……。

 ……先程見た家光の寝惚け眼といい、自らに食って掛かってくる姿といい、表情豊かなその様子に、孝は愛おしさが込み上げて仕方ない。


 昨夜 家光が寝入った後、孝は隣の褥に横になり家光の寝顔をじっと見詰めていたのだが、彼女の寝顔があまりに可愛くて眠気など吹っ飛んでしまい、折角だから眠くなるまで……とぼぅっと眺めていた。
 ……なにせ家光と会うのは数週間振りである。次に彼女の寝顔を見られるのは一体いつになることやら。

 正室とはいえ、愛しい伴侶と毎日褥を共に出来ないのは辛いものだな……などと孝が思考しながら、家光から聞こえる小さな寝息に目を細めていると、その内に彼女は寝苦しくなったのだろう。眠ったまま掛布団を剥いで蹴り出してしまったのだ。

 ……家光は丁度孝の側を向いており、寝衣の裾からは白く艶やかな脚と、袖からも細い滑らかな二の腕がちらりと覗いている。
 孝の目は大きく見開き益々眠れなくなってしまい――だが、触れるわけにはいかないため、微動だにせず凝視するだけに留めた。


(触りたい……! けど我慢だ……!)


 初夜の時のように乱暴に触れようとは思わないが、家光のあの吸い付くような肌にもう一度触れたいと思うのは、男として当たり前の衝動である。まして家光は好きな女なのだから仕様がない。


(あの時の家光、色っぽかったよな……あ、やべ……勃ってきた……。)


 初夜の家光の甘い声を思い出すだけで孝の下半身は熱くなってくる。
 ……あの夜は途中からあんなことになってしまったが、本当は優しくするつもりだったのだ。

 それが拗れて今に至るわけで……と、暫くすると、部屋の気温も随分と下がり家光が寒さに身震いを始めた。
 季節は夏とはいえ、夜から朝にかけてが一番冷え込む。

 孝は“ふっ”と笑みを浮かべて、家光が蹴り出してしまった掛布団を取りにゆき、掛けてやることにした。


 その時のことだったのだが――。










「それ本当なの!?」

「うーーん……出来ることなら二度寝したいくらいだ……。ってかずっと抱きつかれてたから身体がいてぇ……」


 家光が信じられないといった表情で口元に手を当てているが、孝は再び大きな欠伸をしながら両腕を上げ背伸びをする。
 そのあとで首を左右に捻り、肩をこきこきと鳴らした。


 ――いや~、俺って我慢強いよな~……頑張った。


 ……そう、昨夜家光は掛布団を掛けてやろうと、近付いた孝に抱きつき一晩中彼を寝かせてくれなかったのだ――。


「何? どういうこと……!?」

「……お前が朝目覚めた時のままだよ。俺からはお前に触れてない。お前が勝手に俺に触れただけだ。……お前って結構大胆なのな……」


 そういうのも嫌いじゃないぜ……! と、困惑気味の家光に孝は頬を赤らめ開けていた衿の合わせをそれとなく戻す。


「……うそっ!! 寝間着がずれてるもん!」

「嘘じゃねぇよ……。寝衣だって寝てたら多少は崩れるだろ……。それに、嘘だったら俺、捕縛されて今ここに居ないと思うんだが……? 嘘だと思うなら護衛にでも聞いてみれば?」

「護衛って……」


 家光が訊ねると孝は無言で天井を指差した。


「控えてたのは隣の正勝だけじゃなかったんだなー……」

「え、ひょっとして風鳥のこと言ってるの?」


 孝の呟きに家光も天井を見上げる。


「あー……なんかお前に抱きつかれた時に俺が声を上げたら 天井の板がちょっと開いてさ、丁度俺、上向いてて目が合ったんだよ。なんか気まずそうな顔してたけど指で“まる”を作るからさ、あ、これはいいんだなってことで俺は大人しくしてたってわけ」

「……なん……?(マル……だと!?)」

「天井の板は元に戻されたけど、その後も何回か開いて、そのたんびに風鳥か……? そいつ“まる”を作ってやんの。……へへっ、俺 一晩中お前に抱きしめられてて一睡もしてねえんだぜ?」

「はぅわっ!?(マジか!?)」


 家光が孝の顔を見ると嬉しそうだが、なんとなく眠そうでもある。目の下に薄っすら隈があるような……?
 ……嘘を吐いているようには見えなかった。


 ――確かに私、いつも抱き枕抱いて寝てるけどもっっ……!


 家光は羞恥に顔を真っ赤に染めていく。
 普段、独りで休む時はお手製の抱き枕を抱いて寝ている。

 その所為なのだろう……。
 孝を抱き枕と勘違いでもしたのか。

 ……まさか自分から孝に抱きついていたとは――。


 家光の瞳は動揺に揺れていた。




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カタッ(天井の板を外す音)

孝「……(あれ……護衛か……?)」
孝、万歳の恰好で微動だにせず。

風鳥「……(あ。やべ、孝様と目が合っちまった……ん? ……ぅーん……、家光から抱きついてるから……)」
風鳥、無言のまま手で〇を形作って板閉じる。

……という一幕がありました。
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