逆転!? 大奥喪女びっち

みく

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【新妻編】

175 和解に向けて

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「ちょっ……」


 ――なに……? あんたのそんな顔……見たことないんですが……?


 今、頬が熱くなったような……。


 家光は動揺して頬に手を添え孝の視線から目を逸らす。
 ……動揺するのも無理はない。孝の瞳がこの間のような ぎらぎらとしたものではなく――優し気なのだ。

 孝からそんな目を向けられたのは初めてである。

 イケメン故にその破壊力たるや……――。




(いやいや、こいつ孝だよ!? しっかりしろ私……!)




 恐る恐るちらりと視線を戻せば、孝の瞳は優し気なまま。家光と目が合うと一層嬉しそうに目尻に皺を寄せた。




(ああっ、孝あんたってホント、顔だけは最高なんだからっ……!!)




 ……元々タイプの顔だからか、家光は孝の姿に釘付けになり、鼓動はどくどくと逸る。
 ついさっきまでは“強姦魔許すまじ!”と思っていた癖に、許し、その上見惚れてしまうとは……。


「……お前、今度側室と寝るんだってな」


 家光がぼぅっとしていると、不意に孝の笑顔が消え真面目な顔をみせた。


「ぅ……、そうはっきり言わないでよ……」


 ――っ、危なかった……、あのまま微笑まれてたらちょっといいなと思ってしまうところだった……!! 私はちょろインか……!


 家光は孝の笑顔で簡単に絆されそうになった自身にツッコミを入れつつ、告げられたはっきりした文句に口を尖らせた。

 すると孝の目が伏せられる。


「……初めては俺として欲しかった……、けど。俺はいつかお前が求めてくれた時に応じることにするよ……」

「孝……」


 淋し気に薄っすらと口角を上げる孝に、家光は何て言ってあげればいいのかわからない。


 ……孝は家光を好きだというが、家光は孝を好きではなかった。

 結婚した正式な夫だというのに、孝はさっきまで嫌っていた相手で今は――、「イケメンだなぁ」という感情のみだ。
 嫌いでなくなった分、以前よりましにはなっているが、友達にすらなれていない状態で、子を成す必要のない相手と致す意味を家光は見出せない。

 いずれ義務でしろとでも言われるのだろうが、ならばその時に致せばいい。
 叶わないとわかってはいるが、初めてはせめて好きな相手と……と、家光は夢見る――以下略。


 ――ごめんね孝……私みたいなのが奥さんでさ……。


 ……夫婦とあらば営みを――というのが一般的。例え性別が逆転していようともそこは変わらない。

 孝の相手は家光しかいないというのに、若ければ辛かろう。
 家光は何かオカズになるものでも見繕ってやろう……なんて、それくらいの慈悲は持ち合わせていた。

 ……なにせ家光、前世ではありとあらゆる大人の玩具を揃えた“ひとりエッチマスター”(?)である。
 エロ本、エロ動画、動く玩具はシチュエーション別に保存済み。……手を出していないのは女風(女性風俗)のみ――なのは料金が高かったし、なんだかんだと初心だったからだ。

 そんな表向き堅実な生活(?)を送っていた家光こと、前世の千代は自身の欲求を慰める術を色々と知っている。
 男である孝とは性別こそ違うが、性的欲求が現れた場合の辛さはわかるつもりである。

 ここは理解ある伴侶として何かないか……、家光は視線を右上に動かし考えを巡らせた。


(この時代のオカズ……なら……春画……、か……?)


 正室が城外に出て遊郭に通うことは不可能だ。ならば代わりになるものを――と思い当たったのがこの時代のエッチな絵画である。

 明日春日局に相談して贈ってやろうと思うが、果たして孝がそれを喜ぶのかどうか……。

 この気遣い、のちに孝に怒られることになるのだが、それはまた別の話である。


 ……そんな余計な気遣いを家光が考えている間、孝は黙り込んでいた。




 …………。…………。…………。




 二人の間に暫しの沈黙――。
 家光はついでに自分も春画をちょっと見てみたいと妄想していたが、孝は一体何を考えているのか黙ったまま。


 ……それから少しして漸く孝が口を開いた。


「……春日局には、正室なら“時を待て”と言われた。どういうことなのかはわからないが、今夜離縁されなければ理由も教えてくれるそうだ。お前が許してくれたから離縁の話はなくなった。その内教えてくれると思う」


 家光が暫く黙って聞いていると、孝は先程よりは明るい笑顔をみせる。
 ……気持ちの折り合いでも付けていたのだろうか。


「福はまた何を意味深なこと言ったんだか……」


 ――時を待てって何よ~……! 福ってば何を企んでるの……!?


 ……春日局は毎度意味深な発言が多い。孝の話に家光は苦笑いを零した。



「……まあ、とにかくだ。俺はもう、お前を絶対傷付けないし、何があってもお前の味方になる。愚痴の一つや二つ、言いたくなったら俺のところへ来てくれ。なんでも聞いてやるよ。今晩みたくこうして布団を並べて話すだけ話して、すっきりして眠るってのも悪くないだろ?」


 “ぱんっ!”


 突然大きな破裂音が孝の上腿で響く。
 同時、隣の部屋の襖も“がたっ”と音がした気がした。


「っ!? …………」


 孝が勢いよく腿を両手ではたき、にやっと小首を傾げるので家光の身体は即座に反応を示し、警戒するように自らの身体を抱きしめ彼を睨み付ける。


「っ、手は出さないって……! 今日だってまだお前に指一本触れてないだろ?」


 あっ、やべ。……と孝の顔には焦りの色が見えた。
 自らに言い聞かせるために腿を叩き気合を入れただけなのだが、家光を怯えさせてしまったかと瞬時に諸手を挙げ、首を左右に振って弁明する。

 ……その指先が小さく震えている。


 ――ああ、俺って奴は何でこう……!


 これでも随分ましになったと思っていたのだが、やることなすこと家光を怯えさせてしまう自らが孝は憎かった。


「……そう、だけど……」


 家光は孝の手の震えに気付き、腕はまだ身を守ったままだったが、ほんの少しだけ警戒心を解く。


「正勝」

「へ?」

「……春日局の息子……小姓の正勝だったよな……? そいつ、隣りの部屋にいるんだろ?」

「あ、うん」


 急に孝の視線が隣の部屋に続く襖に投げられ、正勝の名を出されてなんのことやら。
 ……家光は訊かれるままに頷いた。


「……心配ならそいつを連れて来ればいい。そいつなら、もしお前になにかあっても守り通すだろ……?」

「も・し……?」


 孝の言葉に家光は眉を寄せる。


「あっ、いやそれは言葉の綾であって、俺は自分からはれないからっ!」


 家光に凄まれて、あちゃ~……。孝は気まずそうに自らの額を“ぱちんっ!”と勢いよく叩いた。
 そして額を手で覆ったまま小さく「……すまん」と呟く。

 ……自己嫌悪なのか、呟いた後は口をへの字にして鼻に皺を寄せていた。

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