156 / 255
【新妻編】
155 椿推し
しおりを挟む……秀忠曰く。
“儂もそうだったんだから、娘のお前も同じ目にあえ”
……ということらしい。
何とも地味な嫌がらせではないか。
父の江と家光は和解しているが、妹の国松を秀忠と江の二人は相変わらず溺愛している。
考えたくはないが、江や国松が手を回し、この回りくどい嫌がらせを……とも考えられなくもない。
はたまた、単に秀忠の若い娘に対する嫉妬からの嫌がらせなのか……。
仕事があるのは有難いが何の前触れもなく書類だけを渡され“承認せよ”と無茶振りされてもいい迷惑だ。
例え世継ぎを産んだとしても、ひょっとすると秀忠が健在の内はこのまま雑務だけをさせられるという可能性もある……。
秀忠……彼女は仕事を明け渡す気がそもそも ないのかもしれない。
“薊がいれば家光様はいつでも安心してご懐妊出来ますよ”
「っ、懐妊って……」
春日局の微笑に家光は むっと頬を膨らませる。
――また子作りの話……!
口を開けば世継ぎ、世継ぎと、最近の春日局はそればかりだ。
孝の一件から暫く大人しかったと思ったのに、そろそろ傷も癒えた頃だろうとでも思っているのか。
(いくら何でも早過ぎない? ……まあ、確かに傷は癒えてるっちゃ癒えてるけども……!)
……家光は立ち直るのが早い方だ。
だが、直ぐに“側室連れて来いやーー!”という気にはなれていない。
春日局も早く世継ぎが欲しいのはわかっているが、なれど、彼もまた側室を連れて来る気配がないではないか。
独りで子供は作れないのだが。
(……まあ、いいか。適当にスルーしとこ。)
家光は続く春日局の話を聞くことにした。
家光の不満顔を尻目に春日局は続ける。
「幸い、薊は家光様に似せてはおりますが、化粧無しではそこまで似ておらず……他の者に化けることも可能です」
「あ、化粧映えする顔なのね。いいわね」
――私なんて生まれ変わる前は化粧しても酷かったもんね……!
転生前はむしろ、化粧をするなと云われた程である……。
化粧映えする薊がちょっと羨ましい……。
とはいえ、今の自分も化粧をすれば中々のもの。
ここで張り合うのは可笑しいが“私だって化粧映えするもの……!”と声に出して言いたくなった家光だった。
……が、春日局にまた窘められることは解っていたので堪える。
いつも化粧せずとも綺麗だの、美しいだのと春日局は伝えてくれていたが、何せ家光は最高権力者である。それが世辞であることくらい解っているのだ。
……実際はそうではないのだが……、思う様に自己肯定感は上がらないものである。
「…………化粧映え……そう、ですね。……まあ……、はい」
家光の意見に同意するも、春日局の歯切れが悪い。
何か気になることでもあるのだろうかと家光は首を傾げた。
「何、福……? 何か気になることでもあるの……?」
「……いいえ、特には……」
「ふーん……?」
家光が訊ねると春日局は首をゆったりと左右に振り、その後でいつものように澄ました顔をする。
――何か気になってることがありそうだけど……気の所為だったかな……。
春日局、彼のことだ。例え何か問題があっても良しなに処理してくれるだろう。
家光は“福に任せとけばいっか”と、気にしないことにした。
……何せ今の家光には、表向き子作りだけやっていればいいと言われている期間だというのに仕事が多い。
その仕事も春日局が介入できる仕事ではない為、彼を頼ることは出来ない。
やっていればいい……も何も、まだ処女だ。
ちょっと気掛かりがあったところで、それを訊くことは出来ても対処できる時間などない。
面倒事なら春日局に任せておけば良いのである。
家光がそう考えている内に、春日局は話を続けていた。
「……薊は武家の人間です。何でも卒なくこなすでしょう。椿の教育に関してはもう少々お時間を頂こうと思いますが宜しいですか?」
「…………なるほど、福は薊推しなわけね」
――ほう、だからさっき言い淀んだわけか……。
春日局の話に、先程薊について躊躇いがちだったのはこの所為かと合点がいった家光は、理解したとばかりに腕組みして首を縦に深く下ろす。
……ところが、それは違ったらしい。
「……と申しますと……?」
春日局は、家光の深い頷きに要領を得ず、眉を訝し気に顰めていた。
春日局の推しが薊とわかった以上、今後、何かと影武者は薊を使えと言われるのだろう……。
そう思った家光はそう言わせまいと口を開いた。
「椿ちゃんって可愛いよね! 無邪気でさ。私に似てる気がしない?」
――私は断然椿ちゃん推し!! うっかり屋っぽいけど、無邪気だし、可愛いし!
って、顔は私か……!?
椿の無邪気な様子を見ると、可愛くて笑ってしまう。
前世の記憶が無ければ自分もあんなにも無邪気でいられたのだろうか。
純真無垢な穢れていない彼女を見ると、素直に可愛いと思えるから不思議だ。
……ただ、少々思考が幼いのは残念ではあるが。
「…………見目はそっくりです。余計なお喋りさえなければ私とて騙されかねませんね。ですが、あれは恐らく制御不可能な気がします……」
はぁ……。
春日局の口から深い溜息が漏れ出る。
今日一日で彼にこんなに深い溜息を吐かせるとは。
そういえば正勝もぐったりしていたなと家光は思い出した。
春日局と正勝をここまで疲弊させるところまでも一緒だとは面白いではないか。
「……ふふっ、福が弱音吐いてる……!」
家光の口からつい、笑みが零れてしまう。
「……あの娘は何というか……、暖簾に腕押し……。私の説教を恐れる癖に直さないという……一体どういう思考だとああなるのか……」
「あはははっ! それこそ私にそっくりじゃない!」
春日局の珍しいぼやきに、家光が腹を抱えた。
――椿ともっとお話してみたいわね……!
今度一席設けようかな……と、家光は当分取れないであろう休みを考え巡らせてみる。
(ん~……休みは……ないか……。じゃあ数時間だけでも……。スケジュールは……あれか。正盛あたりに訊けばわかるかな……?)
目まぐるしい毎日を過ごしている家光の、現在のスケジュール管理は正盛と重澄二人に一任している。
春日局と正勝も恐らく把握くらいはしていることだろう。
正盛と重澄の二人は家光との休憩時間を楽しみにしているから、好い顔をしないかもしれないが、隙を見てお茶を飲む時間くらいは取りたいものである。
……正盛と重澄は影武者の存在を知らない。
なんて説明しようか……などと早速思案していると、春日局が むっと眉を顰めていた。
0
お気に入りに追加
85
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
女性が全く生まれない世界とか嘘ですよね?
青海 兎稀
恋愛
ただの一般人である主人公・ユヅキは、知らぬうちに全く知らない街の中にいた。ここがどこだかも分からず、ただ当てもなく歩いていた時、誰かにぶつかってしまい、そのまま意識を失う。
そして、意識を取り戻し、助けてくれたイケメンにこの世界には全く女性がいないことを知らされる。
そんなユヅキの逆ハーレムのお話。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?
明智さんちの旦那さんたちR
明智 颯茄
恋愛
あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。
奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。
ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。
*BL描写あり
毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる