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【新妻編】
153 熱い視線
しおりを挟む――家光様、久方振りに城から出られご気分が良さそうだ……、私に恵比寿顔を見せて下さるとは……。
……正勝がそう思っていたのも束の間――。
「ん……? うん、まあね。ね、振ちゃん、楽しかったよね?」
「あ、はい。とても……」
家光が正勝の隣……振におずおずと目線をずらす。
それまで家光をずっと見つめたまま黙って聞いていた振は急に水を向けられたものの、いつものように穏やかに相槌を打っていた。
振の相槌を受け、家光は照れ臭そうにはにかんでいる。
正勝の目に映る二人の様子が先日とは何かが違う気がした。
何が違うのかはわからない。が、振の態度は以前と変わらない、家光の態度がしおらしい……とでもいうのか……。
「…………………………………………………………そう、ですか。それはそれは……良かった……」
明らかに二人の距離が以前よりも近くなっていることだけは正勝にも理解出来る。
一瞬だけ家光を見つめる振に冷ややかな目を向け、正勝は笑顔で告げていた。
家光もちらっと正勝を見たわけだが正勝の笑顔が張り付いているように見えたのは気の所為だろうか……。
(あれ? 正勝、今 振ちゃんのこと一瞬睨んで無かった……? 何よ……疲れて機嫌でも悪いわけ……?)
家光が気付いた正勝の視線に、振は気付かなかった様子で彼女に笑顔を向けたままだ。
正勝も目を細めて家光を眺めている。
(……二人共なんで私ばっかり見てるのよ……。ていうか何か喋らないの……?)
何か話題でも……と家光は探したが、注がれる振と正勝の熱い視線が気まずくて目を逸らすように俯いてしまい、何も言えなかった。
そんな家光は何となく畳の目を こすこすと人差し指で擦って弄ぶ。
畳は入れ替えたばかりらしく、青々として部屋は藺草の良い香りで爽やかだ。
だが、空気が重苦しい気がするのは何故なのか。
――……だ、大体、何で私が話題を提供しなくちゃなのよっ。私は将軍よ? 二人のどっちかが何か言えばいいでしょうがっ……!
負け犬のように目を逸らしてしまったため、家光からは話題を振りにくい。
何か……と、考えを巡らせたものの。結局何も思いつかなかった。
……その後しばらく三人は黙り込んだままだった。
◇
◇
◇
「…………っ」
――何なのっ!? 何でさっきから二人共、ひとっ言も喋らないのっ!?
沈黙が嫌いなわけではないが、黙ったまま男二人に見つめられている今のこの状況。
……どうにも居心地が悪い。
家光は男二人の視線に根を上げ観念したように顔を上げた。
「……っ、私、そろそろ湯浴みの時間だから!」
すくっ、と立ち上がった家光を正勝と振が見上げる。
その二人の様子を後目に家光は部屋から出ようと歩き出した。
……逃げるが勝ちというやつである。
(ああもう、気まずいったらありゃしないんだから……。何か言ってよねー……!)
さっさとお風呂に入って、さっさと寝よ……と家光は未だ背中に注がれる視線から逃れるため襖に手を掛ける。
すると正勝と振の二人は恭しく頭を垂れ、畳に平伏した。
「……充実した日を過ごされたようで何よりで御座いました。どうぞ湯殿でごゆるりと疲れを癒して下さいませ」
「……家光様。本日は有難う御座いました……。とても楽しい一日で御座いました……また………………ぁ、いえ……」
部屋から出る際、正勝と振が家光の背に向けそれぞれ言葉を掛けてくれたのだが、振は途中で躊躇うように発言を止めてしまう。
「二人共お疲れ様、ゆっくり休んでね……」
家光はまだ二人の視線が刺さったままの為、片手を軽く振るだけに留め、後ろを振り返らなかった。
(振ちゃん最後何か言おうとして止めたような……? 何を言おうとしたんだろ……)
独り井呂裏之間を出た家光は、直接湯殿に向かおうかとも思ったが、ふと今日の椿の様子が気になり一度自室に戻ることにする。
「正勝があれだけ疲れてたってことは…………、ははっ……」
――正勝ってば、珍しく愚痴を言いそうだったもんな……。
正勝から愚痴を聞いたことが無かった家光は、珍しいこともあるもんだと笑みを溢していた。
……時刻は夕暮れ時。
廊下は暗くなり始め、既に燈が灯されていた。
「は~……、舞台は観れなかったけど楽しかったな……」
――簪まで貰っちゃったし……、振ちゃん……。
“私は家光さまをお慕いしております”
はっきりとした振の告白を思い出すと、家光の鼓動が とくとくと逸る。
「……振ちゃん……」
――あんなイケメンに告白されるなんて……! これは夢っ!? いいえ、夢じゃないわっ……!
家光は振に挿してもらった簪を抜いて目の前に掲げてみた。
手の中に収まる簪は確かに存在しているようだ。
不意に手の中の簪で自らの額を こんっと小突いてみる。
「いたっ!」
……やはり、夢ではないらしい。
(悪い気はしなかったのよね……、むしろ嬉しかった……)
――だけど私が振ちゃんを好きかと言われると……、友達としてなんだよね……。
「ああっ! せっかくイケメンに告白されたってのに私ってば なんでこうなのよ……!! 勿体無い!」
呪は解けたはずなのだが何故だろうか。
振のことは一瞬どきりとしたが、やはり友達としてしか思えない。
明日からも振は世話を焼きに時々やって来るはずだ(家光の世話は日替わりである)。
その時、何事も無かったように振る舞う方がいいのか、それとも?
何だか次に会うのが気まずくなって来た家光は誰も居ない廊下で独り言を続けていた。
「ああ、これ、アレかな? イケメンばっか見てるから贅沢になってしまったのか……!? 前の私ならころっといってたっつーのに……、ああああっ、もうっ! わけわかんないっ!! くっそイケメン達めぇっ!!」
――乙女心を弄びおって……!!
振はただ自分の気持ちを素直に伝えただけなのだが、家光には悩みの種となってしまったようだ。
手の内の簪に振の愛情が込められていると気が付くと、心がむず痒くて仕方なかった。
「告白されても困るぅぅ~~……!」
――あの時の孝といい、振ちゃんといい……、これモテ期キターー↑↑!?
家光は照れて頭をぐしゃぐしゃと掻きながら自室の襖を開く。
家光が自室の襖を開くと、部屋の中から薄ぼんやりとした灯りが漏れ出ていた……。
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