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【新妻編】
147 倒れた振と共に
しおりを挟む「ちょ、振っ!! うぅ……!(重いぃ……お尻痛いぃ……!)」
家光は振のあまりの重さに尻餅を搗いてしまう。
尻餅を搗いた際に尻に触れた河原の小石がちくり。刺さると怪我をする程ではないが痛みを伴っていた。
――っ、私の所為だ……! 振ちゃんは身体が弱いって言っていたのに沢山走らせてしまった……!
家光は意識のない振を抱き止めながら、きょろきょろと辺りを窺う。
(……居るよね?)
「っ、っっ、居ないと思わないとやってらんないから嫌だったけど、しょうがないよねっっ!!」
独り言を呟いた家光は すぅっと息を大きく吸い込み……
『くぁ~~ざ~~どぉおお~~りぃぃいい~~~~!!』
……汗だくのまま、大きな声を張り上げていた。
◇
◇
◇
「……これでよし……と」
とある一室で水を張った桶と手拭を置いて、一人の僧侶が端座したまま目礼をする。
「有難う御座いました……」
家光は僧侶に軽く会釈を返していた。
……河原で風鳥の名を呼んだ家光だったが、あの後すぐに風鳥がどこからともなく やって来て振を抱え上げ歩き出した。
“どこに行くの?”と訊ねてみれば場所的に城に戻るより近い、知り合いの寺に連れて行く……というので家光もついて行くことに。
寺の門を潜ると以前吉原宿で出会った古那がおり、奥の部屋へと家光達を通して意識のない振を布団に寝かせ休ませてくれた。
古那は振の祖父である。
振は以前にも倒れたことがあるらしく、「少し休めば治りますから」と眠る振の傍で心配そうな顔をする家光に、古那が笑顔を見せていた。
「いえ、こちらこそ孫が家光様のお手を煩わせまして……。……これから客人が参ります故、私は一度失礼させて頂きますが……直ぐにお茶を持って来させましょう。家光様もお疲れでしょう、ゆっくりなさって下さい。ああ、お連れ様は如何なさいますか?」
古那は穏やかに目元を緩めると、風鳥にお茶が要るか訊ねる。
「…………私の分は必要御座いません。私は家光様の影ですので……」
「……そうですか。畏まりました」
風鳥は部屋の隅で腕組みし佇んでいたが、古那に話し掛けられ目を瞬かせていた。
腕を下ろし軽く頭を下げる。
側室候補ならば気を遣うこともあるかもしれないが、自分の事は恐らく春日局から聞いているはず……。
風鳥は家光の護衛であって側室候補ではない。
風鳥は自らが配慮されたことに面食らってしまった。
……古那は風鳥の返事を聞いてすぐ、部屋から出て行った。
古那が居なくなり、家光は穏やかに眠っている振に目を細め ほっと一息を吐く。
「ふぅ……、知り合いって……私の知り合いって意味だったのね。風鳥の知り合いなのかと思ったよ」
家光は足を伸ばし、リラックスしながら佇む風鳥に視線を移した。
「ああ……まあ……。俺の知り合いの家は遠いし……あそこじゃ狭くて無理だからな。さっきの場所からじゃ、この寺が最寄りだと思ったんだ」
“行く予定だった茶屋の近くなら伊達様のお屋敷という手も……”と続ける風鳥の口振りに、彼が城下に詳しいことが窺える。
「……ふーん、風鳥は江戸に知り合いがいるのね。知らなかったな」
――月花と一緒に伊賀と甲賀から来たって言ってたからてっきり城下のことはよく知らないのかと思っていたけど意外と詳しそう……。
図らずも上目遣いで見てしまっていたらしく、風鳥は部屋の隅から移動し家光の目の前までやって来てしゃがみ込む。
「……何、気になる?」
「う、ん? ……うん、まあ……、少しね。風鳥のこと、何も知らないし……」
――風鳥とはどこかで会ったことがある気がするんだけど……、思い出せないんだよねえ……。
首を傾げ訊ねて来る風鳥を家光は間近で見つめてみるものの、何となく会ったことがある気はしているのに思い出せない。
今更訊くのも悪い気がして家光は訊ねられないでいた。
ついでに、旅の間に何か約束した気がするのだが……それもよく思い出せない。
以前キスをした仲だ、早く思い出してやりたいところなのだが……。
(風鳥って好青年って感じよねぇ……)
柔和な顔で見つめて来る風鳥に家光の頬がほんのりと紅く色付く。
“ああ、私の護衛ってイケメンなんだから……!”
つい先日まで 初夜に助けてくれなかったことでショックを受けていた癖に、先程家光の声を聞いてすぐに駆け付け、振を軽々抱き上げここに連れて来てくれた風鳥……。
その頼もしさを目の当たりにした家光は、風鳥の評価をがらりと変えていた。
下がっていた信頼度が戻り、ちょっと見直してしまう。
その内風鳥が ここに至るまで走って来た家光の乱れた髪を直すように後れ毛を耳に掛けていた。
「……気になるなら訊けばいい。何でも訊いてくれ、あんたになら何でも教えてやるさ」
「……っ……風鳥ってば……」
風鳥の瞳は優し気で、見下ろされた家光は息を呑む。
――あ、何、そんなこと言ってくれちゃっても~……振ちゃんが寝てるのに……。
真っ直ぐに見下ろされ、家光は急に恥ずかしくなって風鳥の視線から逃れるように目を逸らした。
逸らした視線の先に眠る振の顔が見えたのだが、先程まで閉じていた目蓋が開き家光を見上げている。
「……ぁ……振ちゃん……! 目が覚めた……?」
「……………………はい。家光さま……」
振と目が合い、家光が「よかったぁ!」と破顔する。
と、振はちらり、風鳥を一瞥し布団から手を出すと家光の手を握った。
そんな振の視線に風鳥は“あ、やべ”と口元を手で覆う。
そうして気まずそうに目を逸らし直ぐ様家光からは距離を取り、控えるように端座した。
「振ちゃん……? 大丈夫……?」
「……家光さま、ここは……? 見覚えが……」
家光の声に振は横になったまま辺りを見回す。
部屋の匂いと造り、天井にある染みに見覚えがあり呟いていた。
「あ、うん。古那さんのお寺だよ」
「ああ……、道理で……」
――私は倒れてしまったのですね……、何と情けない……。
家光が ここが一体どこであるかを教えると、自分の身に起きた事を把握した振は握った彼女の手を放し、半身を起こす。
そうして くらっと来たのだろうか、一度だけ頭を抱えてから布団から出ると畳に端座し深々と身を伏せたのだった。
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