逆転!? 大奥喪女びっち

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【新妻編】

126 振ちゃん

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 中奥湯殿に向かう間、家光と振は何気ない会話を続けていた。
 振の声は終始穏やかで聞き上手、家光はぺらぺらとつい話し過ぎてしまうのだった。
 返す言葉も優しくて、話していると癒されていく気がする。


「え、じゃあ、振ちゃんは古那のお孫さんだったの!?」


 いつの間にか家光は振を“ちゃん”付けで呼んでいた。


「はい。お爺様を知っておいででしたか」

「お爺様って……」


 ――とてもお孫さんのいるお爺様には見えませんでしたが……。


 この世界の住人の見た目と実年齢は本当に当てにならないなと、家光は旅先で会った古那を思い浮かべる。


 ――つるつる頭の癒し系お兄さんだったよね……確か……、凄く和む人だったな……。


 古那の孫だと思って振を見ると、なるほど納得。
 雰囲気も癒し系で背丈こそ当て嵌らないが、どことなく目元が古那に似ている気がした。


「家光さまが上洛されている間、こちらで働かせて頂いておりました」

「そうだったの。もしかして、福……あ、春日局が呼んだとか……?」


 家光はどこでだったのかは忘れたが、“振”という名前を何となく聞いたことがある気がして訊ねてみる。


「いえ、どうでしょうか……。春日局様にはご指導を賜っておりますが、そういったお話は特には。父上からはお爺様からお話が来たからとだけ……」

「そうなんだ」

「……実は、あまり身体が丈夫ではないもので一度お断りしたのですが、春日局様がご助力下さるから安心して勤めるようにと勧められまして」


 振は家光の質問に答えると穏やかに微笑んだ。


「振ちゃん、どこか身体が悪いの……?」

「いえ、どこが悪いというわけではなく、生まれつき少々身体が弱いのです。すぐ熱を出しますし、背もお爺様や父上のように伸びませんし……」


 更に家光が訊ねると振はちらと目線を上向きにし、身長を気にしている様子で直ぐに家光の方を見て微笑む。

 春日局を始め、この城で仕える者は高身長な者が多い。
 こうして並んで歩くと、家光は大体いつも頭を上に向けて話すことが多いのだが、振とはそれ程身長差がないのか目線が合いやすく、話しやすかった。


 ――何より首に負担がないって楽……!


「そっか……。振ちゃんの背が低いとは思わないけど……、目線が合いやすくて話しやすいから私は嬉しいかな」


 家光は口角を上げ、にこにこと目を細める。


 ――私と十センチくらいしか違わない気がするけど……、充分じゃない?


 他の人達が高過ぎるんだよ、日本人の平均身長どこいった? と江戸城内での人々を見る度思っていた家光だった。


「……家光さま……。……そんなことを言われたのは初めてです……」

「……そうなの?」

「はい……。ありがとうございます、家光さま」


 振の瞳が優し気に弧を描く。
 嬉しいのだろう、頬をほんのりと赤く染め、花が一気に開いたような美しく朗らかな笑みを家光に見せてくれる。


「はい、どういたしまして……? あ、春日局が無理難題を持ちかけて来たら断っていいからね」


 ――わぉ……振ちゃんてば、可愛い笑顔……。尊い……。


 中性的な振の姿に家光は、益々女物の着物を着せてあげたくなってしまった。


「そんな恐れ多いこと……。あ、こちらです。つい話し込んでしまい通り過ぎるところでした」


 家光と話に夢中になっていたからか、湯殿の入口を通過してしまう所で「申し訳御座いません」と振は頭を下げる。


「ふふっ、いいよいいよ。私も振ちゃんとの話が楽しくて全然見てなかったし!」

「ふふふっ、そう仰って頂けて幸甚に存じます」


 では……と、振は湯殿の戸を開き家光に中へ入るよう促した。


「……今日は振ちゃんが湯殿番をする……の?」


 家光は脱衣所に足を踏み入れながら、おずおずと振を見る。


「はい……」

「っ……や、やっぱり……」


 ――出会ったばかりなのに、肌を晒さないといけないのかーーーー!!


 春日局や正勝とは入ったことはあるが、あの二人は身内みたいなもので、初対面で裸を見られるのは恥ずかしい。
 孝には初対面で裸を見られてはいるが、あの頃は羞恥心を感じていなかったわけで……。


 ――振ちゃん、女性に見えなくもないから……、いける……か!?


 家光は立ち止まって考え込んでしまった。


「……と、申し上げたい処なのですが、本日のご入浴は初夜の為、男である私はお手伝いが出来ないのです。……宜しかったでしょうか?」

「あっ、そうなんだ!(初夜ってさらっと言ったな……)」


 振の言葉に家光がほっと胸を撫で下ろす。
 すると、中から浴衣にたすき掛けをした女性がやって来て告げた。


「お待ちしておりました、家光様。ご案内致します」


 頭を深々と下げてから女性が顔を上げる、と。


「あっ! 朝の!!」

「最後の仕上げに参りました」


 家光が失礼ながらも女性を指差し、声を上げると女性はにっこりと満面の笑みを浮かべる。
 彼女は今朝、家光の剃毛を施した処理係の責任者の女性であった。


「……い、痛くしないでね……?」

「うふふ……。中へどうぞ」


 散々痛い思いをさせられたのがトラウマになったのか、家光が恐る恐る女性を窺うと、女性は意味深な笑みで家光を中へと通す。
 家光は“お風呂入るだけだから痛いことなんかないよね……”と自分に言い聞かせ大人しく中へと歩いて行った。

 どうせ、秀忠と春日局からの差し金だから逃げることなど出来やしない……、と悟っていた家光だった。


「それでは、殿方はご遠慮願います」

「……ああ、そうだ、こちらをお願い致します」


 女性が戸に手を掛けると、振は持っていた浴衣と手拭を女性に渡す。


「はい、ありがとうございます。では半刻程お時間をいただきますわ」

「わかりました。私はこちらでお待ちしております」


 浴衣と手拭を受け取り、女性が会釈すると振も頭を下げ、戸は閉じられた。

 振が待つ間、湯殿から時折「ぎゃー!」とか、「いったーいっ!」などという声が聞こえ、振は少々ハラハラしながら閉じられた戸を見守る。


「家光さま……、頑張って下さい……!」


 中で何が行われいるのかはわからなかったが、春日局から「中で悲鳴が聞こえても決して中に入らぬように」と浴衣を渡されながら申し渡されていた為、振には何も出来ず、ただ待つことしか出来なかったのだった……。
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