逆転!? 大奥喪女びっち

みく

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【新妻編】

123 メイク落とし

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 家光の部屋の前までやって来ると、襖の前で月花が正座し待っていた。
 今日の月花の服装は女性用の小袖姿である。婚礼衣裳を着た時に着付けてくれた女性が着ていたものと似ている。

 恐らく着替えを手伝いに来てくれたのだろう。
 月花は家光達が近付くと恭しく座礼する。


「月花! 顔を上げて」

「……家光様、お待ちしておりました。御着替えお手伝い致しますね!」

「ええ、この衣裳重くって!」


 月花が顔を上げ立ち上がると、家光の手を正勝から移そうと手を差し出したのだ、が。


「あ、私もお手伝いを」


 正勝は家光の手をぎゅっと握り、放さなかった。


「っと……、正勝?」

「……正勝様。申し訳御座いませんが、ここからは男子禁制となります。廊下でお控え下さい。御着替えが終わりましたら中へお通ししますので」


 家光が正勝を窺うと、月花が丁寧に淡々と告げて家光の手を正勝から移す。


「っ……。そうでしたね……。では、私はここでお待ちしております」

「……申し訳ありません。本日のみですから我慢下さいませ」


 正勝は一瞬だけ眉を寄せ息を詰まらせると、頭を下げた。
 そんな正勝の様子に月花は家光の手を引きつつ、眉をハの字にする。


「我慢? 何の我慢?」


 なんだそりゃ?
 正勝、そんなに着付けしたかったの?


 そういや正勝は着付けが上手いし早いんだった。と家光は俯く正勝を眺めていた。
 すると不意に正勝が顔を上げ、発言する。


「っ、月花殿。頼みがあります」

「月花……どの……? は、はぁ……何で御座いましょう?(正勝さまっ、そ、袖っ! 破れそうなんですけど!?)」


 顔を上げた正勝の表情は眉を顰め必死そのもので、月花に哀願するように彼女の袖を強く引いていた。


「……正勝? どしたの?」

「…………、月花殿、ちょっとこちらへ……。家光様、少々そこでお待ち頂けますか?」

「ん? あ、うん……?」



 正勝の咄嗟の行動にぽかんとする家光をその場に残し、正勝は月花の袖を乱暴に引いて家光に声が届かない場所まで連れて行く。


「っ、ちょ、ちょっと正勝さまっ! そんなに乱暴に引っ張ったら袖が破れちゃいますって!」

「……月花、後生だから家光様の紅を拭き取らせて頂けませんか?」


 月花が袖から手を放せと引っ張ってたしなめるも、正勝は袖を掴んだまま続けた。


「え……? 紅……ですか?」

「はい」


 月花がちらっと家光に振り返ると、家光はニカッと笑みを浮かべて手を振った。
 その唇周りに所々紅がはみ出している。
 今日月花は裏方の為、婚礼会場で何があったのかをまだ知らなかった(家光の護衛は風鳥が遂行中である)。


「確かに大分乱れてましたけど……何かあったんですか?」

「……それは申し上げたくありません。お部屋の中に入ることは致しませんから、紅だけ、どうか拭き取らせて下さい」

「……はぁ、まぁ……、それくらいなら……。では準備致します……(なんやようわからへん御人やなぁ……)」


 月花は正勝の必死な様子に首を傾げながら、家光の元に戻り、彼女をそのままに一度部屋へと入って行った。


「……月花どうしたの?」

「……さあ……?」


 正勝も戻って来ると、家光を見下ろす。
 そして、艶姿の家光と共に月花が戻るのを待った。









「……家光様、ここで紅を落としても宜しいですか?」


 大した時間も経たぬ内に部屋から月花が化粧落とし(柔らかい濡れた手拭い)を持って来た。


「ん? あ、うん、いいけど……」

「では、正勝さま、どうぞ」

「はい」


 家光が「ん?」と首を傾げる中、月花は正勝にそれを渡すと、


「家光様、失礼致します」

「ん? あ、正勝が落としてくれるのね? じゃ、お願い」


 家光は手拭いを手にした正勝に顎を上向け、唇を気持ち突き出した。


「っ……、綺麗に落とします。痛かったら仰って下さいね」

「ん」


 正勝はそっと家光の唇に触れ、赤い紅を丁寧に取り除いていく。
 家光の本来の唇は薄桃色で、健康的。
 ふっくらとしており、食んだらきっと美味しいのだろう……。

 正勝の咽喉がこくりと音を立てた。


 注視した唇は薄っすらと開いて、ふぅ、と息が漏れ出る。
 正勝の手にそれが触れた。


 ああ、家光様と吐息が私の手に……!


 正勝は手元がぶれそうになるのを片手で制し、押える。

 家光の長い睫毛に化粧で付けた頬紅が愛らしい。こんな間近で愛しい女性を見られるとは何という幸運なのだろうか。
 恐らく、こんな機会はもう二度とない……。目に焼き付けておこう……。

 正勝はゆっくりと家光の紅を落としていった。


「……終わりました」

「ありがと!」


 手拭いに赤い染料が移り紅を拭き終えると、家光は目を細め薄桃色の今は少し潤いを失った唇で弧を描いた。
 いつもの無邪気で美しい笑みである。


「…………っ……。家光様。唇が少々かさついております。実は、良い紅を手に入れまして……」

「ん……?」


 紅を落とした手拭いを月花に「はいこれ」と押し付け、正勝は袖から小さな可愛らしい丸い容器を取り出し、家光に見せる。


「ナニコレ?」

「……これも紅なのですが……。色はごく薄くて……これを塗ると乾燥しないそうです」


 正勝が容器を開くと、半透明の薄い紅らしきものが入っていた。
 蜂蜜のような甘い香りがする。

 一目見て家光が声を上げた。


「薬用リップみたい!」

「薬用りつぷですか……?」

「くれるの?」

「あっ、もちろんです! どうぞ、お使い下さい。というか、私が今お付けして差し上げ……、あ」


 正勝が紅に指を付けようとする前に、家光が薬指を正勝の持つ容器の中の紅に触れ、自ら唇に塗り塗り。


「……んぱっ。どう?」


 適当に塗り終えると、家光は上唇と下唇を何度か重ね合わせてから破顔する。

 色は薄っすらと付いているようないないかのような……。
 けれども艶を帯びて、先程までの“妖艶”というよりは“愛らしい”といった言葉が合う。


「ぁ……、とてもお似合いです……(私が塗って差し上げたかったけれど……、使っていただけただけでもいい……)」


 正勝の好みなのか、彼の瞳が惚けたように艶々と潤う家光の唇に注がれていた。






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江戸時代のメイク落としはぬるま湯か何かなんでしょうかね。
ちなみに正勝の差し出した紅は江戸時代にはないものです。
薬用リップ保湿剤的な。異世界なので……(汗・汗)
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