逆転!? 大奥喪女びっち

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【江戸帰還編】

115 祝杯

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 家光が緊張したのも束の間、御披露目はあれよあれよという間に終わりを迎えていた。

 秀忠が今後大御所として君臨し、政を引き続き行うということ。
 家光が紹介され、彼女も将軍として表の仕事に携わること(表向きにはそうなっているだけで内情は少し異なる)。
 大広間に集まった者の内、今宵の宴に招待されていないものは速やかに帰ること。

 それらを説明するだけで、半刻もしない内にあっさりと終わってしまった。


「……というわけだ。皆の者、これからも宜しく頼むぞ」


 秀忠が告げると、一同が『ははーーっ!!』と恭しく畳に手をつき座礼する。
 上段之間前列から順に、中段之間、下段之間と頭が下げられていく様は壮観である。
 後ろの方まできっちり座礼が行き渡ると、下段之間左手の二之間の者達も頭を下げだすので、


「はぁー……すご」


 ドミノ倒しみたいだな……。
 ここに居る人達全員が私の部下か……。


 家光は小さく溜息を吐いたのだった。


「……では、行こうか」

「はい」


 秀忠が一歩前に足を踏み出すと、家光も後に続く。
 頭を下げ続ける者達の前を通り、二人は廊下へと出るのだった。







「ふぅ、終わったな」


 廊下に出て襖が閉じられると、秀忠は額に掻いた汗を拭う。
 よもや緊張していたのだろうか、気が付けば秀忠の顔がしっとりと上気したように汗ばんでいた。
 艶やかな唇が弧を描く様子にまるで事後のような錯覚を覚えさせる。

 何故かとても好い香りがした。


「お、お疲れさまでした……(お母様エロイな……何故だ……?)」


 家光は秀忠の様子に“ほぅ”と一瞬見惚れてしまう。
 そうしている内に、秀忠は前を行く案内の武士の後について行くので、家光も続いていた。


「何、お前もよくやった。あの中でよく発情せんかったな」

「は?」


 どゆこと?


 二人並びながら廊下を歩き話していると、家光は秀忠に爽やかな笑顔を向けて首を傾げる。


「……あれだけの人数を目の前にすると、こう、なんだ……。胸が逸るであろう? するとな、身体の奥がぞくぞくっとだな……。全く、困った血だ……。おい、江をすぐ呼んでおくれ」

「なんですと!? そんなこと全然無かったんですけど……!?」


 秀忠が後ろを振り返り襖を閉じる役の武士に告げると、武士は「畏まりました。すぐお呼び致します」と頭を下げ、大広間に入って行った。
 家光は目を丸くしてなんのことだという表情である。


「生娘め……。お前も、一つ貫通すれば儂の言ってることがわかるだろう。身を滅ぼすことの無いよう、精々気を付けることだ。儂からの有難い助言だ、心に留めておけ」


 家光はじろっと、秀忠に睨まれてしまった。


「っ……血ですか……?」

「ふ……、そういうことだ」


 秀忠はくすりと妖艶に嗤う。


「やっぱり……」


 あー……淫乱の血ねー……、と云ってしまうのは容易いが、秀忠には言えない家光だった。


 私、そんなに淫乱じゃないと思うんだけどなぁ……。
 普通だよねぇ……?


 秀忠の瞳が妖しく揺らめいた気がして家光は咽喉をこくりと鳴らす。


「お辛いですか……?」

「ふっ、……何、儂には江が居るから問題ないわっ、っはぁ……、ンッ……」


 秀忠の額に汗が滲む。
 急に悶えたような声と共に、秀忠は肩を揺らし立ち止まってしまった。


「お、お母様?」

「ンン~~~ッッ!!」


 家光はただならぬ秀忠の様子に驚き、彼女の肩を支えようとする。
 ところが秀忠は肩をぶるぶると震わせ顔を真っ赤にしていた。


 すると、


「秀忠様っ!!」

「ぇ、あっ、お父様っ!?」


 背後から江が家光達の元に走り寄って来る。


「家光、今日は素晴らしいお披露目だった。明日の婚礼の儀も立ち会おうぞ。ただ今は秀忠様の症状を治すのが先だ。失礼させてもらう」

「へ?」


 江がやって来ると急いたように早口で告げ、家光の頭をささっと撫でた。
 そして、立ち止まって俯く秀忠を江は担ぎ上げる。


「秀忠様、参りますよ」

「…………っ、江っ…………うんっ! やろう! 治めてくれ!」

「ええ! では、御免っ」


 江は秀忠を担いだままさっさと歩いて行ってしまった。


「また、明日なっ!」


 担がれた秀忠が遠くなる家光に手を振ると、二人は角を曲がって見えなくなる。
 残された家光はというと、


「えぇー……。やろうって……、…………えぇぇ……」


 えっちしに行ったんかーい!!


 家光は心の中でツッコミを入れた。





「……家光様、お部屋に戻りましょうか……」

「あ、うん。そうね……」

「秀忠様とお江与の方様はいつまでも仲睦まじいご夫婦ですね」

「だね……」


 暫し茫然としていた家光だったが、案内する武士に促され自室へと戻ったのだった。







 夕刻には表の役人達……、重要なポストに就いている者達の宴があるのだが、家光は参加しないでいいことになっている。
 ただ、顔だけちらっと出した方がいいだろうと、秀忠には言われていた。


『後で儂も顔を出す』


 と云うので、大御所が顔を出すなら私も顔を出さないわけにはいかないと、家光が律儀に顔を出したものの、当の本人は来ていないとのことだった。

 未だ大好きな旦那と睦み合っているのだろう……。


「っ、騙されたっ!!」


 家光は顔だけ出すつもりで来たのだが、宴会場を訪れると上座に座らされ、刷新された(実はあまり役職の入れ替えはないのだが)者達に次々と酒を注がれていた。


「ささ、家光様、どうぞどうぞ……。今宵の酒は私の故郷より取り寄せた美酒で……」


 もう何人目かはわからないが、出来上がった赤ら顔の男性が家光の元にやって来ると家光用に用意された徳利(毒見済みのもの)を手に取る。
 そして、家光の猪口に中身を注ぐ。


「……あ~……もう飲めないって……(……水で良かった……)」


 誰かが家光にお酌する酒を水とすり替えてくれたらしく、酔うことは無かったものの、水ばかり飲むのも限度というものがある。


 お腹たぷたぷだよ……。


 そう思っていると宴会場の出入口の襖が開き、着流し姿の春日局がやって来た。


「家光様、そろそろ……」

「福、いいところに!」


 春日局が傍にやって来ると家光は頷いて立ち上がる。
 酔ったていで、家光は春日局の腕に手を置いた。部下の酒をたんと飲んでやったぞという家光なりの心遣いである。


「皆様、家光様は明日御婚礼の儀が御座います故、この辺で……」

「おおっ! おめでとうございます! 家光様!」


 家光に代わり春日局が皆に軽く立礼すると、一同が口々に祝いの言葉を述べていく。

 皆一様に赤い顔をして、無礼講ではないのだがすっかり出来上がっていた。
 派閥の垣根を越え、酒を酌み交わしている者もいる。

 大抵こういった宴の席ではそれぞれの思惑が交錯し、羽目を外すような飲み方はしないものなのだが、今日に至っては家康の死後以降、喪も明け新しい大御所、将軍が決まり漸く訪れた慶事に皆喜びも一入なのだろう、空になった徳利がそこかしこに転がっていた。

 部屋を見渡せば飲み潰れ寝ている者まで出ている始末。
 この中の何人かは明日の婚礼の儀に参加する者もいるはずなのだが、こんなへべれけに酔っぱらっていて平気なのだろうか……。

 少し心配になったが、自分には関係ないかと家光は春日局に連れられるまま宴会場を後にしたのだった。
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