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【京都・昇叙編】
096 風鳥の報告
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「……なぜ、もっと早く言わぬ!」
「っ、だ、だってぇ……(局様怖いねんもん!)」
春日局の怒声が廊下に響く。
彼の眉根が寄せられ、弱り目の月花を鋭く睨みつけていた。
声を聞きつけ、すぐに公家達がやって来るが、春日局と月花は既に移動を始め使者の間に戻りながら澄まし顔で軽く会釈して通り過ぎる。
公家達は「何か問題でもございましたか?」と訳を知っているのか否か、にやにやと通り過ぎる二人を見ていた。
「……伊達様と正勝に言っておかねばな」
使者の間に戻る途中でこっそり告げると、月花は静かに頷いた。
そうして使者の間に一度戻って来た二人。
政宗には春日局から、正勝には月花から家光を迎えに行って来ると伝え、再び使者の間を後にする。
中書院、三の間へと向かおうというのだ。
部屋から出て奥へと続く廊下で、中書院、三の間に行きたい旨を見張りの公家に伝える。
と。
「……何、土御門殿に呼ばれたと? …………いいでしょう」
後水尾天皇の拝謁も終わったからか、見張りの男は不服そうな顔ではあるが了承する。
先へと行くことを許されたのだった。
そうして、二人は足早に中書院、三の間へと辿り着く。
「……っ、家光様っ!!」
三の間まで来ると、丁度家光が風鳥に横抱きに抱き抱えられ奥の廊下から出てくるのが見える。
春日局は駆け出していた。
足袋がよく磨かれた板の上を擦る音がきゅっきゅっと響く。
家光は目を閉じていて、両手を胸の前で握るようにして重ね合わせぐったりしている様子。
「何があったのだっ! こんなっ、こんなことっ!! あってはならぬことっ!!」
春日局は風鳥と家光の前に駆け寄ると、声を荒げたのだった。
「……っ、それが、ですね……」
風鳥は言葉を選んでいるのか、口篭る。
風鳥の頬や、服や皮膚が所々切れて、すでに処置されているものの血が滲んでいる。
「っ、……お前も月花も家光様がこのような状態でよく落ち着いていられるな! 何があったのだ!!」
「つ、局様っ、違うんですよ」
「ああ……! 家光様、一体何があったのですかっ!? 家光様っ!!」
風鳥が止めに入るものの、春日局は取り乱し大きな声で家光の肩を揺すった。
「……うぅ……」
「家光様っ、家光様っっ!!」
「……うぅ……、福うるさい……。頭痛いんだから静かに喋ってよぉ……」
家光は眉を顰めながらゆっくりと目蓋を開いた。
「な……、は……?」
春日局は目を見開く。
「……ちょっと、目を閉じて落ち着かせて。あと五分でいいから」
家光は不機嫌そうに再び目を閉じる。
「ご、ごふん……?」
「あ、家光様はしばし心を落ち着かせたい、とのことで目を閉じておられるのです。……局様、先程あったことを俺からご報告しても?」
「な……、っ、……ごほんっ! …………わかった」
落ち着いて話す風鳥に春日局は気まずさを覚え、平静を取り戻した。
「家光様が、こうなった原因なのですが……」
◇
風鳥は家光を抱き上げたまま説明を始める。
自分は春日局に言われた通り護衛として家光から離れることなく、天井から一部始終を見ていたこと。
後水尾天皇との拝謁、家光の弟との再会の様子やら、昇叙やらを見守り、その後家光が居残り別室へと連れられて行った先で、後水尾天皇と久脩から将軍になるにあたっての餞別として、贈り物をいただいたこと。
その際、家光は終始二人と和やかに話をしていたのだが、長い間端座していたため、足が痺れてこうなったこと。
つまり要約すると、
“家光様からは離れていません”
“後水尾天皇と土御門の御当主は、家光様に贈り物を下さっただけです”
“家光様は足が痺れて立てないだけです”
と、以上の三点を告げたのだった。
「……端座くらいでこんなことになるわけがなかろう。それに、そなた、怪我をしているではないか」
風鳥の怪我に当然のように春日局は懐疑的な目を向ける。
「これは、その……、天井が低くてあちこち引っ掛けてしまい……まして……(で通じればいいけど……)」
風鳥の視線が腕の中の家光を見下ろした。
気まずいのか、語尾が萎んでしまう。
「…………ふぅ、風鳥の云った通りだよ。私正座嫌いなんだよね~。足痺れるから」
風鳥の弱り声に家光が目を開いて「風鳥どじ踏んじゃったね~」と、笑い掛けたのだった。
「……家光様、そん」
家光がああ言ったものの、春日局が納得するはずもなく追及しようと口を開くのだが。
「もう大丈夫だからさ、隣に戻ろうよ。あ、まだ足痺れてるから風鳥……、お、お願いね……?」
家光は春日局を無視して風鳥の袖をぎゅっと掴み告げた。
その家光の頬がぽっと、色付いている。
「…………っ、はい(何だ……? さっきから妙に可愛くなっちゃって……)」
家光の態度に風鳥も釣られて僅かに頬を赤く染めると、春日局と月花の前を通り使者の間傍の、玄関の間に向けて歩き出した。
その背を春日局は面白くなさそうに眺める。
すると。
「……風鳥」
「え? あ、はい」
春日局が風鳥を呼び止めると、振り返る。
「……私が家光様をお運びしよう」
「あ、え……? ですが」
「……大名達が来られている。お前は表に出るべきではない」
「あ、はい……(ちぇ……)」
春日局の云うことはもっともなのだが、風鳥は面白くなさそうに口を一瞬歪ませた。
「あ」
二人の様子を見ていた家光は、風鳥の表情の変化を見つけ“ふっ”と笑う。
目元は楽しそうに細められていた。
そんな家光を余所に、
「不満なようだな?」
「い・い・えっ! そのようなことは決して!!」
「ではさっさと、こちらに家光様を」
春日局がツンとした顔で両手を差し出してくる。
「…………ふふっ。ごめんね、風鳥。重いのにここまでありがとう」
「いや、そんな…………、全然…………」
家光の声が優しげで、風鳥は首を左右に数度振って否定したのだった。
「……早くしろ。伊達様達がお待ちなんだぞ」
「あ、はい。では…………どうぞ」
風鳥は春日局に家光を渡す。
「っ、福っ、今何て? 伊達のおじさまが来てるのっ!!?」
「はい。伊達様の他に佐竹様や他の方々も」
家光の瞳が光り輝くと、春日局の腕に移った彼女は彼の袖を引っ張った。
「おじさまに会えるのっ!?」
「ええ、使者の間にてお待ちですよ」
“それなら早く戻ろ!”と家光は満面の笑みを浮かべ、大人しく春日局に抱き抱えられる。
「風鳥、お前は身を隠せ。月花は共に来るように」
春日局が家光を抱えたまま、戻って行った。
「っ、だ、だってぇ……(局様怖いねんもん!)」
春日局の怒声が廊下に響く。
彼の眉根が寄せられ、弱り目の月花を鋭く睨みつけていた。
声を聞きつけ、すぐに公家達がやって来るが、春日局と月花は既に移動を始め使者の間に戻りながら澄まし顔で軽く会釈して通り過ぎる。
公家達は「何か問題でもございましたか?」と訳を知っているのか否か、にやにやと通り過ぎる二人を見ていた。
「……伊達様と正勝に言っておかねばな」
使者の間に戻る途中でこっそり告げると、月花は静かに頷いた。
そうして使者の間に一度戻って来た二人。
政宗には春日局から、正勝には月花から家光を迎えに行って来ると伝え、再び使者の間を後にする。
中書院、三の間へと向かおうというのだ。
部屋から出て奥へと続く廊下で、中書院、三の間に行きたい旨を見張りの公家に伝える。
と。
「……何、土御門殿に呼ばれたと? …………いいでしょう」
後水尾天皇の拝謁も終わったからか、見張りの男は不服そうな顔ではあるが了承する。
先へと行くことを許されたのだった。
そうして、二人は足早に中書院、三の間へと辿り着く。
「……っ、家光様っ!!」
三の間まで来ると、丁度家光が風鳥に横抱きに抱き抱えられ奥の廊下から出てくるのが見える。
春日局は駆け出していた。
足袋がよく磨かれた板の上を擦る音がきゅっきゅっと響く。
家光は目を閉じていて、両手を胸の前で握るようにして重ね合わせぐったりしている様子。
「何があったのだっ! こんなっ、こんなことっ!! あってはならぬことっ!!」
春日局は風鳥と家光の前に駆け寄ると、声を荒げたのだった。
「……っ、それが、ですね……」
風鳥は言葉を選んでいるのか、口篭る。
風鳥の頬や、服や皮膚が所々切れて、すでに処置されているものの血が滲んでいる。
「っ、……お前も月花も家光様がこのような状態でよく落ち着いていられるな! 何があったのだ!!」
「つ、局様っ、違うんですよ」
「ああ……! 家光様、一体何があったのですかっ!? 家光様っ!!」
風鳥が止めに入るものの、春日局は取り乱し大きな声で家光の肩を揺すった。
「……うぅ……」
「家光様っ、家光様っっ!!」
「……うぅ……、福うるさい……。頭痛いんだから静かに喋ってよぉ……」
家光は眉を顰めながらゆっくりと目蓋を開いた。
「な……、は……?」
春日局は目を見開く。
「……ちょっと、目を閉じて落ち着かせて。あと五分でいいから」
家光は不機嫌そうに再び目を閉じる。
「ご、ごふん……?」
「あ、家光様はしばし心を落ち着かせたい、とのことで目を閉じておられるのです。……局様、先程あったことを俺からご報告しても?」
「な……、っ、……ごほんっ! …………わかった」
落ち着いて話す風鳥に春日局は気まずさを覚え、平静を取り戻した。
「家光様が、こうなった原因なのですが……」
◇
風鳥は家光を抱き上げたまま説明を始める。
自分は春日局に言われた通り護衛として家光から離れることなく、天井から一部始終を見ていたこと。
後水尾天皇との拝謁、家光の弟との再会の様子やら、昇叙やらを見守り、その後家光が居残り別室へと連れられて行った先で、後水尾天皇と久脩から将軍になるにあたっての餞別として、贈り物をいただいたこと。
その際、家光は終始二人と和やかに話をしていたのだが、長い間端座していたため、足が痺れてこうなったこと。
つまり要約すると、
“家光様からは離れていません”
“後水尾天皇と土御門の御当主は、家光様に贈り物を下さっただけです”
“家光様は足が痺れて立てないだけです”
と、以上の三点を告げたのだった。
「……端座くらいでこんなことになるわけがなかろう。それに、そなた、怪我をしているではないか」
風鳥の怪我に当然のように春日局は懐疑的な目を向ける。
「これは、その……、天井が低くてあちこち引っ掛けてしまい……まして……(で通じればいいけど……)」
風鳥の視線が腕の中の家光を見下ろした。
気まずいのか、語尾が萎んでしまう。
「…………ふぅ、風鳥の云った通りだよ。私正座嫌いなんだよね~。足痺れるから」
風鳥の弱り声に家光が目を開いて「風鳥どじ踏んじゃったね~」と、笑い掛けたのだった。
「……家光様、そん」
家光がああ言ったものの、春日局が納得するはずもなく追及しようと口を開くのだが。
「もう大丈夫だからさ、隣に戻ろうよ。あ、まだ足痺れてるから風鳥……、お、お願いね……?」
家光は春日局を無視して風鳥の袖をぎゅっと掴み告げた。
その家光の頬がぽっと、色付いている。
「…………っ、はい(何だ……? さっきから妙に可愛くなっちゃって……)」
家光の態度に風鳥も釣られて僅かに頬を赤く染めると、春日局と月花の前を通り使者の間傍の、玄関の間に向けて歩き出した。
その背を春日局は面白くなさそうに眺める。
すると。
「……風鳥」
「え? あ、はい」
春日局が風鳥を呼び止めると、振り返る。
「……私が家光様をお運びしよう」
「あ、え……? ですが」
「……大名達が来られている。お前は表に出るべきではない」
「あ、はい……(ちぇ……)」
春日局の云うことはもっともなのだが、風鳥は面白くなさそうに口を一瞬歪ませた。
「あ」
二人の様子を見ていた家光は、風鳥の表情の変化を見つけ“ふっ”と笑う。
目元は楽しそうに細められていた。
そんな家光を余所に、
「不満なようだな?」
「い・い・えっ! そのようなことは決して!!」
「ではさっさと、こちらに家光様を」
春日局がツンとした顔で両手を差し出してくる。
「…………ふふっ。ごめんね、風鳥。重いのにここまでありがとう」
「いや、そんな…………、全然…………」
家光の声が優しげで、風鳥は首を左右に数度振って否定したのだった。
「……早くしろ。伊達様達がお待ちなんだぞ」
「あ、はい。では…………どうぞ」
風鳥は春日局に家光を渡す。
「っ、福っ、今何て? 伊達のおじさまが来てるのっ!!?」
「はい。伊達様の他に佐竹様や他の方々も」
家光の瞳が光り輝くと、春日局の腕に移った彼女は彼の袖を引っ張った。
「おじさまに会えるのっ!?」
「ええ、使者の間にてお待ちですよ」
“それなら早く戻ろ!”と家光は満面の笑みを浮かべ、大人しく春日局に抱き抱えられる。
「風鳥、お前は身を隠せ。月花は共に来るように」
春日局が家光を抱えたまま、戻って行った。
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