逆転!? 大奥喪女びっち

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【京都・昇叙編】

093 御歴々

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 春日局が座礼する中、使者の間に伊達政宗、佐竹義宣(女)両名の武将を筆頭に、他大名達が入って来る。


「……伊達様!? な、何故こちらに……!?」


 正勝は驚き目を見開いた。


「春日局様。水臭いではありませんか! もっと早く連絡を下されば儀式にも参加できましたのに」


 正勝の声など聞こえていない風で、政宗が脇目も振らず春日局の元へと来ると、豪快に胡坐を掻いて座る。
 その表情は険しさを帯びていた。


「……家光様から皆様を御呼びしなくていいとのことでしたので……」


 春日局は軽く目礼をしながら静かに告げ、思い起す。







*



 ――あれは、私が此度の上洛の旅程を組んでいる時のことだ。


 家光様に随行させる大名達を選んで戴こうと、御年寄から予め選別された名簿を御渡ししたら……。


「……うわー……、いっぱいいるなぁー……、……いいよ、皆遠いし。ついこないだ元服式の時、来てもらったばっかじゃん。うちの従者達だけでも結構な人数だし、ぞろぞろと連れて歩くと管理も大変でしょ?」


 家光様が名簿をさらさらと捲って一通り眺めると、何を考えているのかわからないが遠い目をし、すぐにそれを閉じて私につき返して来たのだった。
 元服式からまだ然程日も経っていないことから、大名達の参席は遠慮し、少人数で行こう。


 ……と仰ったのだ。


「ですが、徳川の、いや、家光様の御威光を公家の者達に見せつける好機ではありませんか……!」


 私は家光様に進言する。

 私ごときが言う事ではないかもしれないが、三代目が将軍に就くということは、徳川による天下泰平の世がこの後何代も続くことを約束させるようなものだ。
 家康様が戦国の世を制し基礎を構築、秀忠様が家康様の御意志を引き継ぎ全国に徳川の統治を知らしめ、家康様、秀忠様の御意向を汲んだ戦を知らぬ家光様がこれからの国を治めていく。
 そして、家光様の御子様方々が代々それを担っていくのだ。
 三代目就任は国家の礎、その為の上洛なのだ。
 ならば、それに相応しい構成で向かうべきではないのか。


 私はそう思ったのだが。


 ……けれども、私の意思に反して家光様は表情を変えずに饒舌に語り始める。


「あ、そういうのいいって。向こうだって充分わかってるっしょ。三代目だよ? お婆様が将軍になるまでは、随分長い間国が混乱してたわけだしさ、向こうだってしばらく血なんか流したいと思ってないよ」

「は……?」

「そこにわらわら先の戦いの強面達が乗り込んで、威圧マウント取った所で余計に反感買うだけだって。それが次の争いの火種になっちゃあ困るっしょ?」


 私が訝しく眉を顰めても、家光様は腕組みをしながら首を縦に“うんうん”と独り納得するように告げる。


「まうんと? ……何ですか?(家光語か……?)」

「あっ、……あははっ。いやぁ……何て言うか……うん、歴戦の武将達にも平和な世を噛み締めて欲しいのさ……。もっとゆるっと…………で……」


 私が訊ねると家光様は途端しどろもどろになり、視線を逸らした。


 ん? ゆるっと?


 先程まで最もらしいことを云っていたが、何かおかしい。
 半分は本心の様だが、芯は違うようだ。


 ……揺さぶってみるか。


 そう思い、私はすぅ・・と一息吐いて、家光様に御声を掛けた。


「………………家光様」
「は、はい?」
「……成程」
「……ん?」


 家光様は取り繕うように目を細めて、口角を僅かに上げる。


「……元服式ではとても緊張されていましたね。御歴々と一緒に長旅を過ごすのは骨が折れますよね……?」


 私は少し毒を含む物言いで、家光様に薄っすらと微笑んでみせた。


 すると、どうだろうか。


「わーーーっ!! ち、違うって~! 私はただ、前回の登城の疲れが皆に出たらあれかなーって……気を遣ってだねー!! ほら、福も沢山人が居ると大変でしょぉ~? ほらほら、連日のお仕事で腕が凝ってるよ~?」


 家光様は慌てたように、名簿を持つ私の腕を揉み出したのだ。
 その行動で私は気付いてしまった。


 ……全く、どうかしている。


「……あれ・・、ですよねー……。御面倒である……、と?」

「……えっ? あ、あれれ~? そ、そんなこと言ってないけど~……?」


 私が横目で冷やかな視線を送ると、家光様は気まずそうに視線を私から外して、口を尖らせ“ぴい、ぷう”と上手く鳴らない口笛を吹いてみせたのだ。



 白を切るつもりのようだ……。



 ……面倒臭いから大名達を呼ばなくていいと仰っているのだ、この御方は!



「……御歴々は喜び勇んで随行されるでしょうに……特に外様の伊達様などは家光様を敬愛されておりますし」

「……伊達のおじ様か……、うん。確かに来てくれたら嬉しいし、頼もしいけれども……、伊達のおじ様って仙台でしょう?」


 私の言葉に家光様は顎に手を当てて、俯き考え込んでしまった。


「仙台藩ですが……、それが何か?」

「帰ったばっかりでまた来てもらうって……、向こうでの仕事もあるでしょ? 元服式のために一月以上領地を留守にしてるんだし……、他の大名達も同じ。お金だってすっごく掛かるよ……?」


 顔を上げた家光様の表情は真剣そのもので、ただ単に面倒臭いだけということでもないようだった。


 何を考えているかと思えば……。


 家光様は大名達の心配をしていたのだ。
 全く、お優しいというか、甘いというか……。


 家光様は、時折こういう所が出るのが、玉に瑕だと私は思う。


「……はぁ。あなたがそんなことを気にする必要は全くないと思いますが……」


 私は深く溜息を吐いた。

 大名達が随行することになれば、その藩の財を使うことになる。
 さすれば、倒幕を企てる(やも知れぬ)道も多少なりとも遠のくというのに。


 家光様は国の礎、徳川の世を確固たるものにしなければならないのですよ?
 あなたはそれをわかっておいでなのですか?


 と、ただの養育係の私が進言するわけにもいかず。


 ……家光様は優し過ぎるのかもしれない。


(ここは私が何人か選別して……)


 家光様を無視し、私は名簿を開いた。
 何人か見繕うかと指で人名をなぞっていると。


「……とにかく、大名達には報せないでいいから。江戸に戻ったら“将軍になりましたー”って書簡を送ればいいでしょ?」


 さっと、私から家光様は名簿を取り上げ、襟元へと無理矢理それを突っ込んでしまった。


「っ、家光様! そういうわけにはっ! ……っ」


 私は取り返そうと家光様に手を伸ばすが、そこは成人した女性の胸元だと気付き、その手を引っ込めた。
 今居る部屋は私と家光様だけだが、部屋の襖は開いており、奥には複数の人間が働きながら時折こちらを見ている。

 これでは着付けだと言い訳し、取り返すことなど出来ない。


「い・い・のっ! 将軍になるのは私よ?」


 家光様は私が手を出せないのをわかっているのか、挑発的に下から見上げ口角を上げた。


「家光様っ、おいたが過ぎますよっ」

「福、これは命令だよ。私がいいって言ったらいいの! 福だってその方が日程組みやすいっしょ? ウィンウィンじゃないっ!?」

「ういんういん…………、……はぁ……家光語ですか……。どうなっても知りませんよ……?」


 家光様が満面の笑みで仰るから、私は頭を抱えるしかなかった。

 彼女の笑顔にはどうも……弱い。
 どうやら私もまだまだ甘いらしい。


「ふふっ、大丈夫大丈夫! 私が責任取るからさっ!」


 家光様は片目をぱちりと瞬間閉じると私に優しく笑い掛ける。


 その笑顔に、私は目元を緩めるしかできなかった……――。
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