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【京都・昇叙編】
080 拝謁
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従者に導かれ家光と秀忠は中書院、三の間にやってくる。
そこは板の間になっており、中央に置き畳が敷かれ、金色の座布団に脇息が設置されていたが、空席であった。
そして、置き畳を中央に通路を作るよう左右に公家達が数人、並んで控えている。
(って、後水尾天皇来てないじゃん! 待ってるんじゃなかったんかい!)
控える場所まで案内されながら、家光は心の中で突っ込みを入れる。
「ぁの……後水尾天皇は……?」
「……儂等を待たせる恰好を取って面子を保っておるのだ」
秀忠にこっそり訊ねると、涼しげな顔で教えてくれる。
「へ?」
「……こういう些細な事を気にする女だからな、あれは」
ふぅ、と秀忠が溜息を一つ。
「はぁ……(どっちが先でもいーじゃん!?)」
家光は要領を得ない顔で息を吐いた。
「こちらでお待ち下さい」
置き畳から少し離れた位置に案内され、座布団も敷かれていない場所に座るよう促される。
公家達と同じ板の間に座らされる事実に“ぴくり”と秀忠の眉が僅かに動いた。
「……ふぅ(……まぁ、今回はこちらがお願いしているわけだし……しょうがないか)」
秀忠は背筋を伸ばして優雅に端座する。家光もそれに倣って着座した。
そうして、後水尾天皇が現れるのを待つ。
「……まだかな……」
家光と秀忠が座して然程掛からない内に、両脇に控える公家達がざわめいた。
『……天子様っ』
『ぁあ、何と麗しい……』
皆一様に魂が抜けたように瞳を爛々とさせ、家光と秀忠の背後を見つめている。
「……皆の者、おおきに。今日はよう集まってくれたなぁ、客人に失礼のあらへんようもてなしたってや? 頼むえ?」
『ははーっ!!』
柔らかく透き通るような玉音が背後から聞こえて来ると、公家達が一斉に跪いた。
そして、秀忠もゆったりと頭を下げ、身体を伏せる。
「……ぁ(来た!?)」
家光も秀忠に続く。
座礼した二人の間をしゃなりしゃなりと、優美な身のこなしで後水尾天皇が通り過ぎ、置き畳の先程空席だった場所へと腰を下ろした。
「顔を上げ……。……これはこれは、遠路遥々よう来んはったなぁ、秀忠はんもまた一段と美しゅうならはって。朕の心を掻き乱そうと御思いか?」
美声に誘われ、秀忠も家光も顔を上げる。
顔を上げ、後水尾天皇の姿を捉えると家光は目を見開いた。
そこには家光ですら圧倒される程の妖艶な美女が安座しながら、妖しげに微笑んでいるではないか。
優しげな瞳で……と言いたいところだが、その瞳は鋭く獲物を狙う蛇の目に似ているように見える。
(ほえぇ~! ものすごい別嬪さん! って……あれ? 何かこの人……どっかで…………?)
どこでだっけ? と家光は思案するが、思い出せない。
「…………ご無沙汰しております、後水尾天皇。此度は娘家光の位を叙するに辺り、ここ二条城に行幸いただき深謝いたしております」
家光が記憶を辿っている間に秀忠が話し始めてしまう。
「さて……出発してどれ位や? 折角の旅路や、あちこち物見遊山してはったんやろうなぁ? 朕はあまり京から出んのでな、外のことはよう知らへん。土産話の一つでもしてもらえたら嬉しいのやけど……?」
くすくすと後水尾天皇が扇で口元を隠しながら妖しく嗤う。
その瞳は家光を見ずに、真っ直ぐ秀忠を見つめていた。
「……そうですね……、まぁ、お菓子の話ならいくらでも……」
凛と澄ました表情の秀忠が両手五指の腹同士を合わせて告げる。
(ちょっ、お母様! 嫌味込められてるけど普通に返すの!?)
家光は隣の秀忠に横目を使うも、彼女はそれに気付く余裕も無いようだった。
さっきまでの威勢はどうしたというのか。
まるで蛇に見込まれた蛙の様である。
(お母様何でこんな反応してるの? 何かあったのかな……)
家光は秀忠の反応に怪訝な視線を送るも、秀忠は後水尾天皇を真っ直ぐ見つめていて気付かなかった。
「……ふぅん? お菓子かぁ……、あんたは菓子が好きなんやったか? 帰りに京菓子を持たせたろ。……にしてもそちらとこちら、えらい遠いなぁ? そう思わへんか?」
艶麗な後水尾天皇がねっとりと纏わり付く様に微笑む。
互いの距離のことを言っているらしい。
「…………そ、そう……ですね……本日は……娘のことで参りました故……」
後水尾天皇に微笑まれ秀忠は何とか体裁を保ちつつ、澄ました顔を崩さぬように努めていた。
だが、後水尾天皇の目に射抜かれたのか、秀忠の額は僅かに汗で滲んでいる。
「……ふぅん? そうかぁ、家光……」
「え……は、はいっ!」
突然後水尾天皇の視線が秀忠の隣に移り、じっと見つめられ家光は背筋を伸ばした。
(はぁ……綺麗な目してるなぁ……深い蒼とか海みたい……。まるで外人さん……)
蛇の目の様に鋭い目付きではあるが美しいその瞳を、家光はつい注視してしまう。
「…………久しぶりやねぇ?」
「っ!? ひ、久しぶりっ……とは!?」
やっぱりどこかで会ってる!? と家光の胸が性急に脈を打ち始めた。
「……ふふっ、そうかぁ……、あんた憶えてへんのやねぇ? まぁ……何と、まぁ……」
「え? ん?」
後水尾天皇が愉快そうに一笑すると、家光は首を傾げたのだった。
そして次には。
「ちこぅ……」
後水尾天皇が小さく手招きをする。
「は?」
「家光、行って来なさい」
「は? え? あ、はい」
意図がわからず家光はまたも首を逆方向へ傾けたのだが、隣の秀忠から告げられ立ち上がると後水尾天皇の傍に寄ったのだった。
後水尾天皇の目の前までやって来ると、座るよう扇で床を突かれ促されるので、家光は大人しく座る。
「……はぁ……家康はんによう似てきたなぁ」
「そ、そうですか?」
後水尾天皇が双眸を見開き家光を凝視してくる。
長い睫毛に大きな眼は輝きを宿していた。そんな彼女の瞳に家光はこくりと咽喉を鳴らす。
先程弧を描いていた唇も今は引き結ばれ、無表情である。
(何だろう……この人、凄い目力が強い……というか、纏う空気が……神々しい? ……オーラ……っていうか……お婆様に勝るとも劣らない感じ……)
後水尾天皇の雰囲気に自然と緊張してしまい背筋が伸びてしまう。
けれども次の瞬間、ふっと唇が緩んで口角が上がった。
「……残念やったねぇ、徳川も惜しい女を亡くしたもんやわ……」
後水尾天皇が口元に扇を宛て、憂戚に瞳を伏せる。
それはどことなく淋しそうな口振りで、家光は後水尾天皇の様子を窺った。
「っ、後水尾天皇……?」
「……朕とやりおうて負けなんだ女は彼女だけや。せやから彼女に頼まれてあんたに呪を掛けてやったんやから」
家光の声掛けに伏せた瞳を上げると、今度は含み笑みを浮かべて、またも強い目力で見つめてくる。
「は……? 呪でございますか?(なんじゃそら?)」
一体何のことなのだろう? と家光は首を傾げて訊ねていた。
「うんうん。家康はんに頼まれてな、久脩がちょいちょいっとな?」
後水尾天皇は愉快そうに色艶のある唇で微笑んでみせる。
「……え? 何か……ちょっと意味わかんないんですけど……」
「ふふふっ、今は、まだ、な? 後で解る」
「あ、はぁ……」
うーん……。
家光が唸るも、後水尾天皇は悪戯っぽく微笑んでいるだけでそれ以上は教えてくれなかった。
(呪って、何なんですかね……?)
思い当たらないので、家光は後水尾天皇をただ見つめていた。
「さぁ、もう戻って良い。儀式を始めよか……っ、……(ちょっとお腹苦しなってきたわ)」
後水尾天皇が腰辺りを撫で付けようとするも、着物の所為で届きにくいようで眉を顰める。
大きなお腹を抱えたその姿は苦しそうだった。
「あっ、大丈夫ですか!? 御懐妊中だとか。あのっ……すぐ横になって下さい! 誰かっ!」
「平気や、何人目や思てんねん」
家光が告げると傍に控えている従者が立ち上がり傍に寄ろうとするが、後水尾天皇がそれを掌で制止する。
「や、だけどっ! 鼻の頭に脂汗が……(苦しいんじゃ?)」
「っ……、ははっ、目がええんやねぇ……ぅ……(あかん、腰が痛すぎる)」
ずきっと、後水尾天皇の腰が軋むように痛む。
今すぐにでも脚を投げ出して楽に座りたい。
腰をとんとんと叩いて欲しい!
腹が苦しい。
そう思ったが、後水尾天皇は鼻の頭に汗を掻きつつ、余裕を持った振りをする。
「っ、もーっ! やせ我慢とかいいですからっ!!」
家光はつい、御節介を焼いて後水尾天皇にぴったりと寄り添うと、腰辺りを叩いてやる。
「家光っ!?」
秀忠が座したまま、家光の行動に目を見開き驚いていた。
「っ!? な、何を……!?」
「脚、投げ出して下さい。楽にして下さい。腰痛いのでしょう? この辺ですか?」
後水尾天皇がうろたえる中、家光は彼女の腰を拳固を作り探る。
そして厚い着物の所為であまり伝わらないかもしれないので“どんどん”と、少し強めに腰を叩いた。
「家光……。何故子も産んだこともないのにそんなことを……!?(あ、そこそこ!)」
従者達が再び寄って来ようと反応するも、後水尾天皇は首を横に振り、閉じられた扇を前に突き出しそれを止める。
「いや、昔やけ食いで一時期太ったことがありまして、腰に来ちゃったことがあってですね……」
「何と! そなたがやけ食いとはな!」
後水尾天皇は脚を投げ出しながら家光を見上げ、「はっはっは」と愉快そうに目を細める。
「はは……、まー……前の……ことなんですけどね……」
家光は後水尾天皇に聞こえないくらいの小さな声で呟いたのだった。
後水尾天皇に止められた従者達は、その場に立ったままハラハラしながら二人の様子を見ているしか出来ずにいた。
そこは板の間になっており、中央に置き畳が敷かれ、金色の座布団に脇息が設置されていたが、空席であった。
そして、置き畳を中央に通路を作るよう左右に公家達が数人、並んで控えている。
(って、後水尾天皇来てないじゃん! 待ってるんじゃなかったんかい!)
控える場所まで案内されながら、家光は心の中で突っ込みを入れる。
「ぁの……後水尾天皇は……?」
「……儂等を待たせる恰好を取って面子を保っておるのだ」
秀忠にこっそり訊ねると、涼しげな顔で教えてくれる。
「へ?」
「……こういう些細な事を気にする女だからな、あれは」
ふぅ、と秀忠が溜息を一つ。
「はぁ……(どっちが先でもいーじゃん!?)」
家光は要領を得ない顔で息を吐いた。
「こちらでお待ち下さい」
置き畳から少し離れた位置に案内され、座布団も敷かれていない場所に座るよう促される。
公家達と同じ板の間に座らされる事実に“ぴくり”と秀忠の眉が僅かに動いた。
「……ふぅ(……まぁ、今回はこちらがお願いしているわけだし……しょうがないか)」
秀忠は背筋を伸ばして優雅に端座する。家光もそれに倣って着座した。
そうして、後水尾天皇が現れるのを待つ。
「……まだかな……」
家光と秀忠が座して然程掛からない内に、両脇に控える公家達がざわめいた。
『……天子様っ』
『ぁあ、何と麗しい……』
皆一様に魂が抜けたように瞳を爛々とさせ、家光と秀忠の背後を見つめている。
「……皆の者、おおきに。今日はよう集まってくれたなぁ、客人に失礼のあらへんようもてなしたってや? 頼むえ?」
『ははーっ!!』
柔らかく透き通るような玉音が背後から聞こえて来ると、公家達が一斉に跪いた。
そして、秀忠もゆったりと頭を下げ、身体を伏せる。
「……ぁ(来た!?)」
家光も秀忠に続く。
座礼した二人の間をしゃなりしゃなりと、優美な身のこなしで後水尾天皇が通り過ぎ、置き畳の先程空席だった場所へと腰を下ろした。
「顔を上げ……。……これはこれは、遠路遥々よう来んはったなぁ、秀忠はんもまた一段と美しゅうならはって。朕の心を掻き乱そうと御思いか?」
美声に誘われ、秀忠も家光も顔を上げる。
顔を上げ、後水尾天皇の姿を捉えると家光は目を見開いた。
そこには家光ですら圧倒される程の妖艶な美女が安座しながら、妖しげに微笑んでいるではないか。
優しげな瞳で……と言いたいところだが、その瞳は鋭く獲物を狙う蛇の目に似ているように見える。
(ほえぇ~! ものすごい別嬪さん! って……あれ? 何かこの人……どっかで…………?)
どこでだっけ? と家光は思案するが、思い出せない。
「…………ご無沙汰しております、後水尾天皇。此度は娘家光の位を叙するに辺り、ここ二条城に行幸いただき深謝いたしております」
家光が記憶を辿っている間に秀忠が話し始めてしまう。
「さて……出発してどれ位や? 折角の旅路や、あちこち物見遊山してはったんやろうなぁ? 朕はあまり京から出んのでな、外のことはよう知らへん。土産話の一つでもしてもらえたら嬉しいのやけど……?」
くすくすと後水尾天皇が扇で口元を隠しながら妖しく嗤う。
その瞳は家光を見ずに、真っ直ぐ秀忠を見つめていた。
「……そうですね……、まぁ、お菓子の話ならいくらでも……」
凛と澄ました表情の秀忠が両手五指の腹同士を合わせて告げる。
(ちょっ、お母様! 嫌味込められてるけど普通に返すの!?)
家光は隣の秀忠に横目を使うも、彼女はそれに気付く余裕も無いようだった。
さっきまでの威勢はどうしたというのか。
まるで蛇に見込まれた蛙の様である。
(お母様何でこんな反応してるの? 何かあったのかな……)
家光は秀忠の反応に怪訝な視線を送るも、秀忠は後水尾天皇を真っ直ぐ見つめていて気付かなかった。
「……ふぅん? お菓子かぁ……、あんたは菓子が好きなんやったか? 帰りに京菓子を持たせたろ。……にしてもそちらとこちら、えらい遠いなぁ? そう思わへんか?」
艶麗な後水尾天皇がねっとりと纏わり付く様に微笑む。
互いの距離のことを言っているらしい。
「…………そ、そう……ですね……本日は……娘のことで参りました故……」
後水尾天皇に微笑まれ秀忠は何とか体裁を保ちつつ、澄ました顔を崩さぬように努めていた。
だが、後水尾天皇の目に射抜かれたのか、秀忠の額は僅かに汗で滲んでいる。
「……ふぅん? そうかぁ、家光……」
「え……は、はいっ!」
突然後水尾天皇の視線が秀忠の隣に移り、じっと見つめられ家光は背筋を伸ばした。
(はぁ……綺麗な目してるなぁ……深い蒼とか海みたい……。まるで外人さん……)
蛇の目の様に鋭い目付きではあるが美しいその瞳を、家光はつい注視してしまう。
「…………久しぶりやねぇ?」
「っ!? ひ、久しぶりっ……とは!?」
やっぱりどこかで会ってる!? と家光の胸が性急に脈を打ち始めた。
「……ふふっ、そうかぁ……、あんた憶えてへんのやねぇ? まぁ……何と、まぁ……」
「え? ん?」
後水尾天皇が愉快そうに一笑すると、家光は首を傾げたのだった。
そして次には。
「ちこぅ……」
後水尾天皇が小さく手招きをする。
「は?」
「家光、行って来なさい」
「は? え? あ、はい」
意図がわからず家光はまたも首を逆方向へ傾けたのだが、隣の秀忠から告げられ立ち上がると後水尾天皇の傍に寄ったのだった。
後水尾天皇の目の前までやって来ると、座るよう扇で床を突かれ促されるので、家光は大人しく座る。
「……はぁ……家康はんによう似てきたなぁ」
「そ、そうですか?」
後水尾天皇が双眸を見開き家光を凝視してくる。
長い睫毛に大きな眼は輝きを宿していた。そんな彼女の瞳に家光はこくりと咽喉を鳴らす。
先程弧を描いていた唇も今は引き結ばれ、無表情である。
(何だろう……この人、凄い目力が強い……というか、纏う空気が……神々しい? ……オーラ……っていうか……お婆様に勝るとも劣らない感じ……)
後水尾天皇の雰囲気に自然と緊張してしまい背筋が伸びてしまう。
けれども次の瞬間、ふっと唇が緩んで口角が上がった。
「……残念やったねぇ、徳川も惜しい女を亡くしたもんやわ……」
後水尾天皇が口元に扇を宛て、憂戚に瞳を伏せる。
それはどことなく淋しそうな口振りで、家光は後水尾天皇の様子を窺った。
「っ、後水尾天皇……?」
「……朕とやりおうて負けなんだ女は彼女だけや。せやから彼女に頼まれてあんたに呪を掛けてやったんやから」
家光の声掛けに伏せた瞳を上げると、今度は含み笑みを浮かべて、またも強い目力で見つめてくる。
「は……? 呪でございますか?(なんじゃそら?)」
一体何のことなのだろう? と家光は首を傾げて訊ねていた。
「うんうん。家康はんに頼まれてな、久脩がちょいちょいっとな?」
後水尾天皇は愉快そうに色艶のある唇で微笑んでみせる。
「……え? 何か……ちょっと意味わかんないんですけど……」
「ふふふっ、今は、まだ、な? 後で解る」
「あ、はぁ……」
うーん……。
家光が唸るも、後水尾天皇は悪戯っぽく微笑んでいるだけでそれ以上は教えてくれなかった。
(呪って、何なんですかね……?)
思い当たらないので、家光は後水尾天皇をただ見つめていた。
「さぁ、もう戻って良い。儀式を始めよか……っ、……(ちょっとお腹苦しなってきたわ)」
後水尾天皇が腰辺りを撫で付けようとするも、着物の所為で届きにくいようで眉を顰める。
大きなお腹を抱えたその姿は苦しそうだった。
「あっ、大丈夫ですか!? 御懐妊中だとか。あのっ……すぐ横になって下さい! 誰かっ!」
「平気や、何人目や思てんねん」
家光が告げると傍に控えている従者が立ち上がり傍に寄ろうとするが、後水尾天皇がそれを掌で制止する。
「や、だけどっ! 鼻の頭に脂汗が……(苦しいんじゃ?)」
「っ……、ははっ、目がええんやねぇ……ぅ……(あかん、腰が痛すぎる)」
ずきっと、後水尾天皇の腰が軋むように痛む。
今すぐにでも脚を投げ出して楽に座りたい。
腰をとんとんと叩いて欲しい!
腹が苦しい。
そう思ったが、後水尾天皇は鼻の頭に汗を掻きつつ、余裕を持った振りをする。
「っ、もーっ! やせ我慢とかいいですからっ!!」
家光はつい、御節介を焼いて後水尾天皇にぴったりと寄り添うと、腰辺りを叩いてやる。
「家光っ!?」
秀忠が座したまま、家光の行動に目を見開き驚いていた。
「っ!? な、何を……!?」
「脚、投げ出して下さい。楽にして下さい。腰痛いのでしょう? この辺ですか?」
後水尾天皇がうろたえる中、家光は彼女の腰を拳固を作り探る。
そして厚い着物の所為であまり伝わらないかもしれないので“どんどん”と、少し強めに腰を叩いた。
「家光……。何故子も産んだこともないのにそんなことを……!?(あ、そこそこ!)」
従者達が再び寄って来ようと反応するも、後水尾天皇は首を横に振り、閉じられた扇を前に突き出しそれを止める。
「いや、昔やけ食いで一時期太ったことがありまして、腰に来ちゃったことがあってですね……」
「何と! そなたがやけ食いとはな!」
後水尾天皇は脚を投げ出しながら家光を見上げ、「はっはっは」と愉快そうに目を細める。
「はは……、まー……前の……ことなんですけどね……」
家光は後水尾天皇に聞こえないくらいの小さな声で呟いたのだった。
後水尾天皇に止められた従者達は、その場に立ったままハラハラしながら二人の様子を見ているしか出来ずにいた。
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