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【京都・昇叙編】
079 京言葉って怖い
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「…………という訳でございまして」
正勝が回想から戻って来ると、家光は整った身支度を遠目の鏡で凛々しく見えるよう背筋を真っ直ぐ伸ばしポージングを取っていた。
「うーん、結局よくわからないってことね(あのお母様が苦手とする人物ねぇ……)」
(一体どんな人物なんだか。……まぁ、そんなこと今考えても仕方ないか)
家光が思案するも、考えたところでどうせ会わなければいけないのだからと鏡に映る自分の襟を正す。
鏡の中の自分に、“うん、中々じゃない?”と口角を上げて問い掛けてみるのだった。
「はは……そう、ですね、余計な事をお御伝えし、申し訳ありません」
「いや、いいけど……」
正勝は最後の仕上げにと帯の確認を取ると、数歩下がって家光を上から下から眺める。
「…………、家光様、御美しいです!」
うんうん、と納得するように頷きながら目を細めて、正勝は家光を褒めたのだった。
「っ……う、美しいとかっ……!(お世辞だってわかってても嬉しいんだけどっ!?)」
自分でも珍しくちょっとイケてるかもなんて思っていたところに、正勝の賛辞を贈られ家光の頬はほんのりと桜色に染まった。
◇
――着付けを終え家光は正勝と共に二の間を出ると、本丸御殿へと向かう。
「あ、お母様」
「あぁ、家光、目覚めて何よりだ」
途中、秀忠と合流し二人は並んで歩くことに。
自然と秀忠と家光の後ろに従者達が列を成し、後に続く。
秀忠の後ろには秀忠のお付きの者が数名、家光の後ろには春日局、正勝、男装した月花、他多数の従者が摺り足で静々と歩いていた。
風鳥の姿は今は見当たらない。休憩でもしているのだろうか。
「全く、五日間も惰眠を貪りおって。……羨ましい奴め」
黒を基調とした金の蝶や、真っ赤な花を咲かせた派手めな装いの秀忠の言葉は簡素だったが、目元は優し気である。
「御心配をお掛けして……」
「何、あまり心配はしておらんかったよ。目覚めると思っておったからな」
「へ?」
「……お前は、悪運が強いからなぁ? 何があっても大丈夫だろう?」
家光が軽く頭を下げると、秀忠はからから笑って流し目を送る。
「え? あ、はぁ……悪運……ですか(それってチート能力のこと言ってるのかな?)」
「……本丸御殿で後水尾天皇がお待ちだ。彼女の居る部屋には儂とお前しか入れん。なるべくお前が矢面に立たぬよう何とかするつもりだが、そもそも今回はお前の位を賜りに来たのだし、それも難しいだろう。今日は公家の人間が多い。くれぐれも隙を見せて失態を犯すなよ? ってか儂、あいつ苦手だから家光が上手くやってくれれば楽なんだけどなー……」
秀忠が家光から視線を逸らし前を向きながら言葉を紡いだ。
それは遠目で見ると凛とした佇まいで、時折妖艶な微笑みを挟みつつ、会話しているように見えるのだが、実際の会話はそうでもなかったりする。
「え? あっ、はい!(……お母様、本音が駄々洩れですよ!)」
家光も秀忠に倣い、前を見て上品に振る舞う。
――ここは二条城。
公家の人々があちらこちらに控えているではないか。
武家が公家に隙を見せるわけにはいかないのである。
そんな秀忠と家光を、本丸御殿側に立つ公家の者達が眺めながら何やら耳打ちをしている。
『あれが徳川の……――はぁー……いきりやなぁ……』
『……では、あの白い御着物の…………――ふぅ、よろしいなぁ』
ちらちらと秀忠と家光を見ながら、公家の二人が口元に蝙蝠扇を宛て嗤笑する。
『……後水尾天皇に比べればまだまだ……いや、中々どうしてよういわんわぁ』
更にこそこそと、隣の者は僻目なのか悪意に満ちた瞳をして、家光と秀忠を見ていた。
『……可愛いらしなぁ……』
ただ、その更に隣に居る者は惚けた様子で秀忠と家光を見送る。
そんな公家人の声が思いの外大きく、嫌味を含めた声が耳に付く(内一人は家光を見てうっとりしている様子だったが)。
「……あ、嫌味かな?」
初めて向けられる悪意の目に家光は気まずさを覚えて目を泳がせると、小さく呟いたのだった。
「……はぁ、後水尾天皇の従者達は余計なお喋りが好きなのだな…………、嫌味もしっかり込めて頂けるとは…………、おおきに……? 公家の御方々は余程暇人らしい……ふっ」
公家達の前を通り過ぎる際に一言告げて、秀忠が妖しく艶やかな唇で弧を描いてみせる(この笑顔でも喰らえである)。
すると、秀忠の色のある微笑にそれまで喋っていた者達は、口を開けたまま惚けて釘付けになった。
「っ!?(う、美しい!!)」
さっきまでの嫌味は何だったのか、公家達は魅入られたように秀忠を目で追う。
「お、おおー……(お母様凄い!)」
家光が感心してちらりと振り返ると、公家の御方々はうっとりとした顔で手を振り見送っていたのだった。
「お前もあれくらい出来るようにならねばな?」
「……えー……無理っす無理っす」
家光は片腕を顔の前で左右に振って、とんでもないと否定する。
「…………はぁ、まずはその言葉遣いから正さねばならんかな?」
「秀忠様、草履を」
秀忠のお付きが恭しく手を差し伸べると、秀忠は薄っすら笑みを浮かべてその手を取り草履を脱いで、御殿に上がる。
「…………はは(お母様に言われたくないんですが……)」
家光は秀忠がどうにも掴みづらくて乾いた笑いを浮かべるしかなかった。
「家光様、草履を」
春日局に促され、家光も“ふっ”とはにかみ、春日局の手を取り草履を脱いで御殿へと上がる。
春日局はそんな家光の所作に満足そうに頷いた。
そうして二人は本丸御殿に入り、廊下を歩くのだが。
「従者御方々はこちらで御控え頂きたく願います」
後水尾天皇の従者が春日局達に使者の間で待つ様に告げて来る。
「……ここまでのようです」
春日局の手が離れ、彼はその場に残り頭を下げた。
「だね」
家光は静かに頷き了承する。
「御二方はこちらへ……」
引き続き後水尾天皇の従者が家光と秀忠に、奥へ向かうようにと促す。
案内人のようである。
「……まぁ、何とかなる。行くぞ」
「あ、はい」
秀忠が従者に続き、その後ろに家光が続いた。
「家光様っ!」
「……ん?」
不意に正勝に呼び止められ家光が振り返ると、正勝は胸の高さの位置で両手の拳をぐっと握って勇気づけるように力強く頷いたのだった。
「……任せてっ!(何とかなるさ~!)」
家光は親指を立ててし、ウインクしながら白い歯を見せると秀忠の後を追った。
「……なんということを。嘆かわしい……(あのように歯を見せるとは品が無い……)」
「……なんと御可愛らしい……(家光様は歯まで白く美しい!)」
春日局と正勝が彼女を見送りながらそれぞれ呟くと、二人は顔を見合わせる。
「……正勝、ここがどこかわかっているのか?」
「春日局。お言葉ですが、ここがどこであろうといつでも家光様が可憐なことに変わりはございません」
正勝の言葉に春日局は面食らう。
「…………全く、お前はどうかしているな……」
ふぅやれやれと、春日局は使者の間へと向かってしまった。
(家光様、頑張って下さいねっ!)
正勝は家光の姿が廊下の奥に消えるまでその背中を見守っていたのだった。
◇
「お母様、先程の嫌味返しですが……」
「ふ、何、武家に対してあのような悪し様ではな。全く、言葉が解らないとでも思うたか。性悪な従者も居るものよなぁ? 誰に似ておるのやら……」
廊下を進みながら家光の言葉に秀忠がくすくすと嗤う。
「……管理が行き届かず、申し訳御座いません。ですが、天子様が指示したものではございません故、御寛恕いただきたく伏してお願い申し上げます」
前を案内する従者が首を傾げ落ち着いた口調で告げると、目礼する。
家光と秀忠の会話が何の事を指しているのかわからないはずだが、以前にも同じようなことがあったのだろう、ぼやきとして受け取ったらしく許しを請うのだった。
「……ふふ、まぁ、構わんよ。あれはまだ可愛い方だしな。これから真打登場と相成るわけだ。前座として慣れておくには丁度良い。……京言葉は解り辛いからな、家光?」
秀忠が含み笑みを浮かべながら語り終えると、家光に流し目を送った。
「……あ、はぁ……(京言葉って怖いなぁ……)」
“何か言い返せよ?”と秀忠の言葉に込められた意図に気付いて、家光は生返事をする。
(ぶぶ漬けでもどうどす? なんて言われたらどう返そう……?)
秀忠でさえよく掴めなくて四苦八苦しているのに、その彼女が苦手とする人物後水尾天皇とは一体どんな人物なのだろうか。
家光は不安までとは行かないが、面倒臭くない人だといいなと思うのだった。
正勝が回想から戻って来ると、家光は整った身支度を遠目の鏡で凛々しく見えるよう背筋を真っ直ぐ伸ばしポージングを取っていた。
「うーん、結局よくわからないってことね(あのお母様が苦手とする人物ねぇ……)」
(一体どんな人物なんだか。……まぁ、そんなこと今考えても仕方ないか)
家光が思案するも、考えたところでどうせ会わなければいけないのだからと鏡に映る自分の襟を正す。
鏡の中の自分に、“うん、中々じゃない?”と口角を上げて問い掛けてみるのだった。
「はは……そう、ですね、余計な事をお御伝えし、申し訳ありません」
「いや、いいけど……」
正勝は最後の仕上げにと帯の確認を取ると、数歩下がって家光を上から下から眺める。
「…………、家光様、御美しいです!」
うんうん、と納得するように頷きながら目を細めて、正勝は家光を褒めたのだった。
「っ……う、美しいとかっ……!(お世辞だってわかってても嬉しいんだけどっ!?)」
自分でも珍しくちょっとイケてるかもなんて思っていたところに、正勝の賛辞を贈られ家光の頬はほんのりと桜色に染まった。
◇
――着付けを終え家光は正勝と共に二の間を出ると、本丸御殿へと向かう。
「あ、お母様」
「あぁ、家光、目覚めて何よりだ」
途中、秀忠と合流し二人は並んで歩くことに。
自然と秀忠と家光の後ろに従者達が列を成し、後に続く。
秀忠の後ろには秀忠のお付きの者が数名、家光の後ろには春日局、正勝、男装した月花、他多数の従者が摺り足で静々と歩いていた。
風鳥の姿は今は見当たらない。休憩でもしているのだろうか。
「全く、五日間も惰眠を貪りおって。……羨ましい奴め」
黒を基調とした金の蝶や、真っ赤な花を咲かせた派手めな装いの秀忠の言葉は簡素だったが、目元は優し気である。
「御心配をお掛けして……」
「何、あまり心配はしておらんかったよ。目覚めると思っておったからな」
「へ?」
「……お前は、悪運が強いからなぁ? 何があっても大丈夫だろう?」
家光が軽く頭を下げると、秀忠はからから笑って流し目を送る。
「え? あ、はぁ……悪運……ですか(それってチート能力のこと言ってるのかな?)」
「……本丸御殿で後水尾天皇がお待ちだ。彼女の居る部屋には儂とお前しか入れん。なるべくお前が矢面に立たぬよう何とかするつもりだが、そもそも今回はお前の位を賜りに来たのだし、それも難しいだろう。今日は公家の人間が多い。くれぐれも隙を見せて失態を犯すなよ? ってか儂、あいつ苦手だから家光が上手くやってくれれば楽なんだけどなー……」
秀忠が家光から視線を逸らし前を向きながら言葉を紡いだ。
それは遠目で見ると凛とした佇まいで、時折妖艶な微笑みを挟みつつ、会話しているように見えるのだが、実際の会話はそうでもなかったりする。
「え? あっ、はい!(……お母様、本音が駄々洩れですよ!)」
家光も秀忠に倣い、前を見て上品に振る舞う。
――ここは二条城。
公家の人々があちらこちらに控えているではないか。
武家が公家に隙を見せるわけにはいかないのである。
そんな秀忠と家光を、本丸御殿側に立つ公家の者達が眺めながら何やら耳打ちをしている。
『あれが徳川の……――はぁー……いきりやなぁ……』
『……では、あの白い御着物の…………――ふぅ、よろしいなぁ』
ちらちらと秀忠と家光を見ながら、公家の二人が口元に蝙蝠扇を宛て嗤笑する。
『……後水尾天皇に比べればまだまだ……いや、中々どうしてよういわんわぁ』
更にこそこそと、隣の者は僻目なのか悪意に満ちた瞳をして、家光と秀忠を見ていた。
『……可愛いらしなぁ……』
ただ、その更に隣に居る者は惚けた様子で秀忠と家光を見送る。
そんな公家人の声が思いの外大きく、嫌味を含めた声が耳に付く(内一人は家光を見てうっとりしている様子だったが)。
「……あ、嫌味かな?」
初めて向けられる悪意の目に家光は気まずさを覚えて目を泳がせると、小さく呟いたのだった。
「……はぁ、後水尾天皇の従者達は余計なお喋りが好きなのだな…………、嫌味もしっかり込めて頂けるとは…………、おおきに……? 公家の御方々は余程暇人らしい……ふっ」
公家達の前を通り過ぎる際に一言告げて、秀忠が妖しく艶やかな唇で弧を描いてみせる(この笑顔でも喰らえである)。
すると、秀忠の色のある微笑にそれまで喋っていた者達は、口を開けたまま惚けて釘付けになった。
「っ!?(う、美しい!!)」
さっきまでの嫌味は何だったのか、公家達は魅入られたように秀忠を目で追う。
「お、おおー……(お母様凄い!)」
家光が感心してちらりと振り返ると、公家の御方々はうっとりとした顔で手を振り見送っていたのだった。
「お前もあれくらい出来るようにならねばな?」
「……えー……無理っす無理っす」
家光は片腕を顔の前で左右に振って、とんでもないと否定する。
「…………はぁ、まずはその言葉遣いから正さねばならんかな?」
「秀忠様、草履を」
秀忠のお付きが恭しく手を差し伸べると、秀忠は薄っすら笑みを浮かべてその手を取り草履を脱いで、御殿に上がる。
「…………はは(お母様に言われたくないんですが……)」
家光は秀忠がどうにも掴みづらくて乾いた笑いを浮かべるしかなかった。
「家光様、草履を」
春日局に促され、家光も“ふっ”とはにかみ、春日局の手を取り草履を脱いで御殿へと上がる。
春日局はそんな家光の所作に満足そうに頷いた。
そうして二人は本丸御殿に入り、廊下を歩くのだが。
「従者御方々はこちらで御控え頂きたく願います」
後水尾天皇の従者が春日局達に使者の間で待つ様に告げて来る。
「……ここまでのようです」
春日局の手が離れ、彼はその場に残り頭を下げた。
「だね」
家光は静かに頷き了承する。
「御二方はこちらへ……」
引き続き後水尾天皇の従者が家光と秀忠に、奥へ向かうようにと促す。
案内人のようである。
「……まぁ、何とかなる。行くぞ」
「あ、はい」
秀忠が従者に続き、その後ろに家光が続いた。
「家光様っ!」
「……ん?」
不意に正勝に呼び止められ家光が振り返ると、正勝は胸の高さの位置で両手の拳をぐっと握って勇気づけるように力強く頷いたのだった。
「……任せてっ!(何とかなるさ~!)」
家光は親指を立ててし、ウインクしながら白い歯を見せると秀忠の後を追った。
「……なんということを。嘆かわしい……(あのように歯を見せるとは品が無い……)」
「……なんと御可愛らしい……(家光様は歯まで白く美しい!)」
春日局と正勝が彼女を見送りながらそれぞれ呟くと、二人は顔を見合わせる。
「……正勝、ここがどこかわかっているのか?」
「春日局。お言葉ですが、ここがどこであろうといつでも家光様が可憐なことに変わりはございません」
正勝の言葉に春日局は面食らう。
「…………全く、お前はどうかしているな……」
ふぅやれやれと、春日局は使者の間へと向かってしまった。
(家光様、頑張って下さいねっ!)
正勝は家光の姿が廊下の奥に消えるまでその背中を見守っていたのだった。
◇
「お母様、先程の嫌味返しですが……」
「ふ、何、武家に対してあのような悪し様ではな。全く、言葉が解らないとでも思うたか。性悪な従者も居るものよなぁ? 誰に似ておるのやら……」
廊下を進みながら家光の言葉に秀忠がくすくすと嗤う。
「……管理が行き届かず、申し訳御座いません。ですが、天子様が指示したものではございません故、御寛恕いただきたく伏してお願い申し上げます」
前を案内する従者が首を傾げ落ち着いた口調で告げると、目礼する。
家光と秀忠の会話が何の事を指しているのかわからないはずだが、以前にも同じようなことがあったのだろう、ぼやきとして受け取ったらしく許しを請うのだった。
「……ふふ、まぁ、構わんよ。あれはまだ可愛い方だしな。これから真打登場と相成るわけだ。前座として慣れておくには丁度良い。……京言葉は解り辛いからな、家光?」
秀忠が含み笑みを浮かべながら語り終えると、家光に流し目を送った。
「……あ、はぁ……(京言葉って怖いなぁ……)」
“何か言い返せよ?”と秀忠の言葉に込められた意図に気付いて、家光は生返事をする。
(ぶぶ漬けでもどうどす? なんて言われたらどう返そう……?)
秀忠でさえよく掴めなくて四苦八苦しているのに、その彼女が苦手とする人物後水尾天皇とは一体どんな人物なのだろうか。
家光は不安までとは行かないが、面倒臭くない人だといいなと思うのだった。
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