69 / 226
【上洛の旅・邂逅編】
068 朝のひととき
しおりを挟む
「ふわぁああああ~!」
本陣の宛がわれた部屋で家光は目を覚まして、大きな欠伸と両手を上げて背伸びをする。
陽の光が障子越しに当たり、部屋を明るく照らしている。中庭の木々に留まった鳥達が歌い、穏やかな朝を迎えた。
次の日がやって来たのだ。
昨日の家光はこれといった事件もなく、部屋で夕餉を摂った後、正勝や風鳥達と楽しく話をしていたらいつの間にか眠ってしまって、久しぶりにたっぷり睡眠を取ったのだった。
エネルギーチャージ完了である。
「おはようございます、家光様」
「おはよー!」
正勝が声を掛けてから襖を静かに開ける。
座礼した正勝の隣に朝餉の膳が置いてあり、それを抱えながら正勝は立ち上がると部屋に入って来た。
「朝餉をお持ちしました」
「ありがとう、ご飯の前に顔洗いたいな」
「かしこまりました。ご用意いたしますね」
正勝は部屋の上座に置いてある座布団の前に膳を置いて、立ち上がり、踵を返す。
正勝が襖を開けたまま家光の部屋を出ていくと、家光は出来立ての朝餉を前にお腹をぐ~っと鳴らした。
「……お腹減ったな。先に食べちゃおうかな」
こくりと喉を鳴らして、家光は置かれた膳の前まで移動すると、お箸を手に取る。
「ふふっ、ほかほかごはん~!」
にこにこしながら上機嫌に、家光が炊き立てご飯の入ったお椀に手を伸ばすのだが……。
「おっと、家光様、お毒見がまだですよ」
「……ちっ」
さっと膳が宙に浮いて、家光の元には箸だけが残る。
家光は舌打ちして箸をぎゅっと握ったのだった。
(温かいご飯……食べたいよぉ)
家光の瞳の奥が熱くなる。
「ちょ、舌打ち」
「だって! 炊き立て食べたいじゃん!?」
膳を取り上げたのは風鳥だった。
風鳥が突っ込みを入れつつ、ひもじさから涙目になった家光を見下ろす。
「私が食べる食事って、いっつも冷めてんの。温かいのなんてお茶だけよ?」
「……それはそれは」
家光の訴えなど聞き入れる気はない風鳥だが、相槌だけは打ってくれる。
「他人事だよね……」
「まぁ、他人だし……」
「冷たーい!」
風鳥が悪戯に微笑みながら呟くと、ぶーっと家光は頬を膨らました。
「……お偉いさんってのは可哀想だよな。温かいものは冷めてから、冷たいものは温くなってからしか食べれないもんな」
「そうなんだよ、わかってるなら温かい内に食べさせてよ」
憐れむような眼で家光を眺めて、風鳥は告げる。
「駄目だ」
風鳥は家光が可哀想だという認識はあるものの、いつ誰に命を狙われるとも知れないため受け入れるわけにはいかない。
「けちー!」
家光は立ち上がって、風鳥に縋りつく。
風鳥は慌てて膳を頭上に掲げた。
「飯よこせ!! めしっ!!」
「目付きやべぇ!! もうすぐ食べれるんだから、ちょっと待ってろって!」
(どんだけ腹減ってんだよ!)
獲物を狩る獰猛な鷹の如き目付きで、風鳥の着物に縋りつく家光に呆れて風鳥がどうどうと落ち着かせようと試みた。
「はっ、はぁっ、よこせ、そいつを……!!」
家光の様子がおかしい。
風鳥は膳を落とさないように手はそのままに身体だけ振って、家光から逃れようと動かす。
「家光様、準備が整いましたよ、お顔洗いま……しょ、う?」
正勝が水の入った盥と手拭を持って戻って来ると、家光と風鳥のやり取りに固まる。
「あっ、正勝様、家光様を止めて下さい!」
「どうしたんですか?」
正勝は盥と手拭を足元に置くと、二人の傍に近寄った。
「どうしたもこうしたもありません、家光様お腹が減って、お毒見無しで食べようとしていたので御止めしたんですよ」
「ああ……なるほど」
家光の目付きを見ながら、正勝は思う。
(必死な家光様も可愛いなぁ)
……恋煩いとは困った病気である。
「正勝様っ、早くっ」
「家光様、少々お待ち下さい、先にお顔を洗いましょう。……ああ、そうだ、先ずはお水を飲みましょうか」
正勝は風鳥の言うことなど聞く耳持たずで、暴走している家光にそう声を掛けて、部屋にあった水差しから湯呑に水を入れると家光の元にやって来て飲ませた。
「んぐ、んぐ……」
家光は水を飲むと胃が少し落ち着いたかのように“ふぅ”と息を吐く。
「……はぁ……お腹空いたよぉ~」
水を飲んで胃を誤魔化した家光は、風鳥から手を放して座り込む。
「ほっ……」
風鳥はやっと家光に解放され、頭上に掲げた膳を胸の高さまで下ろしたのだった。
「さぁ、どうぞ」
正勝が家光の前に用意した盥を家光の前に置いてくれる。
ざばざばと顔を洗うと、さっぱりした。
「ふぅ……あー、風鳥、ごめんね。取り乱したわ」
「あ、いえ……ふっ」
(家光様、面白過ぎだろ)
顔を洗って頭が冴えたのか、家光はばつが悪そうに風鳥から視線を逸らす。
恥ずかしかったのかその頬がほんのり赤らんでいたので、風鳥は小さく吹いてしまった。
「ん?」
「いえ、何でもありません」
訝し気に風鳥を見てから、家光は再び置かれた膳の前に座り直す。
「では、家光様、お毒見させていただきます」
「うん」
正勝が膳を挟んで対面に座ると毒見を始める。実は幼い頃から毒見は続いている。
毒見で過去に何人か倒れたことがあり、その内亡くなった者も居た。実行犯は掴まるのだが、裏に居る大物は中々尻尾を出さないので毎度蜥蜴の尻尾切り状態である。
大方、家康の子等か、国松派の者の仕業だとは予想がついているものの、江戸城の出入りが激しい為に黒幕を見つけられないでいた。
最近は毒が入ってることも減ってきては居るが、油断は禁物である。多少は毒の耐性もある家光ではあるが、摂取しないに越したことはない。
正勝が毎回毒見をするわけではないが、今回はそうするようだ。
「……うん、大丈夫なようです」
少量ずつ、お米、汁椀、鱚の佃煮、芋煮、香の物と正勝が口に入れて、にこりと口角を上げる。
一汁三菜の食事は質素だけども健康的である。
城に居る時も似たような質素な食事をしているので、ここにヨーグルトとフルーツが欲しいなと家光はいつも思っていた。
「食べていい?」
「はい」
正勝が了承すると、家光は手を合わせた。
「いただきますっ!」
そうして、もう既に冷えてしまった朝餉を平らげるのだった。
(温かいの、食べたいなぁ……ラーメン食べたい、カレーもいいな……)
家光の頭上にもくもくとラーメンやカレーライスの映像が浮かぶ。
この世界にはないものだ。
ラーメンはどうにかなるかも知れないが、カレーライスはスパイスが無いと成り立たないもんなぁと、昔作ったカレーを思い出して懐かしく思った。
(エスピーのカレールー好きなんだよ。スパイスが効いててさ)
「はー、食べた食べた。ごちそうさま」
家光が朝餉を食べ終えてお腹を撫でると、正勝が温かいお茶を淹れてくれる。
「お茶です」
「ありがと」
ズズズ、とお茶を啜って、ほっと息を吐く。
「はぁ……さぁて、ちょっと休んだら出発の準備でもしますか」
「はい、では私はこちらを下げて参ります。四半刻後、戻ります」
正勝は空になった膳を抱え上げると、部屋から出て行った。
「そういや風鳥は朝ごはん食べたの?」
「とっくにな」
正勝が居ないので風鳥は直ぐに二人きりの時の口調で話してくれる。
距離を感じさせない風鳥の言葉に、家光は嬉しくてつい話し掛けてしまうのだった。
「起きるの早いんだね」
「……あー、昨日は夜中に交代だったからなぁ……ふぁ……あ、いけね」
風鳥が欠伸を噛み殺して、口元を手で覆う。
「あ」
(欠伸してる風鳥、可愛いな……福も正勝も欠伸してるとこなんて……見た事あったっけ……?)
春日局や正勝が自分の目の前で欠伸をしたことなど、記憶にはない(吐いたことならあったな)。
あの二人は家光の前では常に自らを厳しく律しているのだから。つまり常に緊張感を持っているということである。
(私と一緒じゃ、安らげないんだろうか……そりゃそうか)
福はお父さんで、正勝はお兄ちゃん……いや、弟? みたいなもんなんだけどなぁ……。
家光はうーんと、眉間に皺を寄せ唸るのだった。
「悪い、ちょっと眠い……かも」
「……寝る?」
「え?」
家光は足を投げ出し、ぽんぽんと大腿を叩く。
「ま、まっさか~?(そこに頭を乗せろと?)」
「正勝、三十分は戻って来ないし、私の太腿柔らかいよ?」
ぽんぽん。
再び大腿を叩くと、にこにこと微笑みながら家光は風鳥を誘うのだった。
「っ、あんた……そういうのは……ちょっと……(嬉しいけども!)」
風鳥は口元を手で覆いながら躊躇う。頬が赤く染まり、耳までも染まっていた。
(照れてる、可愛い……)
家光は笑顔を絶やさず待ってみる。
「……さ、邪魔が入らない内にどうぞ? 少しだけでも眠ると頭すっきりするよ」
「……っ、けどっ、だな……(俺護衛なんだけど……いいのか?)」
そうは言いつつ、風鳥は家光に近づいて来る。
「うんうん、そうだよ。おいでおいでー!」
家光が猫か犬でも誘う様に手招きしてくるので、風鳥は吸い寄せられていった。
家光の傍まで来ると、風鳥はくるりと反転し、家光に背を向けるようにして畳の上に胡坐を掻いて座る。
そして家光の手が伸びたかと思うと、風鳥の肩を背後から引かれるように倒されたのだった。
「ふふふっ、いい子だねー!(大きな犬みたい……)」
「……っ、捕まった……(何これ、恥ずかしいっ!)」
家光の太腿に頭が乗ると、柔らかい感触がして何だか気恥ずかしさを感じてしまい、風鳥は両手で顔を覆った。
「…………すんません……これ、無理……かも」
風鳥の声がか細く紡がれる。
好きな女の膝枕に喜びがないわけではないが、あまりに距離が近すぎて風鳥の心の臓が早鐘を打つのである。
(童貞でもないのに、何で……)
風鳥は指の隙間から家光の顔をそっと見る。
「恥ずかしいの? 私は平気だよ?」
「え……」
家光はふわりと優しい笑みを浮かべて、風鳥の頭を撫でる。その笑顔は柔らかな陽の光に似ている気がして、温かさを感じた。
「おやすみ、風鳥」
「っ……はぃ、おやすみなさい……」
家光に告げられて、何となく敬語になってしまう。
(あ、俺、家光大好きだわ……)
風鳥は家光の顔を見れないまま、目を閉じたのだった。
本陣の宛がわれた部屋で家光は目を覚まして、大きな欠伸と両手を上げて背伸びをする。
陽の光が障子越しに当たり、部屋を明るく照らしている。中庭の木々に留まった鳥達が歌い、穏やかな朝を迎えた。
次の日がやって来たのだ。
昨日の家光はこれといった事件もなく、部屋で夕餉を摂った後、正勝や風鳥達と楽しく話をしていたらいつの間にか眠ってしまって、久しぶりにたっぷり睡眠を取ったのだった。
エネルギーチャージ完了である。
「おはようございます、家光様」
「おはよー!」
正勝が声を掛けてから襖を静かに開ける。
座礼した正勝の隣に朝餉の膳が置いてあり、それを抱えながら正勝は立ち上がると部屋に入って来た。
「朝餉をお持ちしました」
「ありがとう、ご飯の前に顔洗いたいな」
「かしこまりました。ご用意いたしますね」
正勝は部屋の上座に置いてある座布団の前に膳を置いて、立ち上がり、踵を返す。
正勝が襖を開けたまま家光の部屋を出ていくと、家光は出来立ての朝餉を前にお腹をぐ~っと鳴らした。
「……お腹減ったな。先に食べちゃおうかな」
こくりと喉を鳴らして、家光は置かれた膳の前まで移動すると、お箸を手に取る。
「ふふっ、ほかほかごはん~!」
にこにこしながら上機嫌に、家光が炊き立てご飯の入ったお椀に手を伸ばすのだが……。
「おっと、家光様、お毒見がまだですよ」
「……ちっ」
さっと膳が宙に浮いて、家光の元には箸だけが残る。
家光は舌打ちして箸をぎゅっと握ったのだった。
(温かいご飯……食べたいよぉ)
家光の瞳の奥が熱くなる。
「ちょ、舌打ち」
「だって! 炊き立て食べたいじゃん!?」
膳を取り上げたのは風鳥だった。
風鳥が突っ込みを入れつつ、ひもじさから涙目になった家光を見下ろす。
「私が食べる食事って、いっつも冷めてんの。温かいのなんてお茶だけよ?」
「……それはそれは」
家光の訴えなど聞き入れる気はない風鳥だが、相槌だけは打ってくれる。
「他人事だよね……」
「まぁ、他人だし……」
「冷たーい!」
風鳥が悪戯に微笑みながら呟くと、ぶーっと家光は頬を膨らました。
「……お偉いさんってのは可哀想だよな。温かいものは冷めてから、冷たいものは温くなってからしか食べれないもんな」
「そうなんだよ、わかってるなら温かい内に食べさせてよ」
憐れむような眼で家光を眺めて、風鳥は告げる。
「駄目だ」
風鳥は家光が可哀想だという認識はあるものの、いつ誰に命を狙われるとも知れないため受け入れるわけにはいかない。
「けちー!」
家光は立ち上がって、風鳥に縋りつく。
風鳥は慌てて膳を頭上に掲げた。
「飯よこせ!! めしっ!!」
「目付きやべぇ!! もうすぐ食べれるんだから、ちょっと待ってろって!」
(どんだけ腹減ってんだよ!)
獲物を狩る獰猛な鷹の如き目付きで、風鳥の着物に縋りつく家光に呆れて風鳥がどうどうと落ち着かせようと試みた。
「はっ、はぁっ、よこせ、そいつを……!!」
家光の様子がおかしい。
風鳥は膳を落とさないように手はそのままに身体だけ振って、家光から逃れようと動かす。
「家光様、準備が整いましたよ、お顔洗いま……しょ、う?」
正勝が水の入った盥と手拭を持って戻って来ると、家光と風鳥のやり取りに固まる。
「あっ、正勝様、家光様を止めて下さい!」
「どうしたんですか?」
正勝は盥と手拭を足元に置くと、二人の傍に近寄った。
「どうしたもこうしたもありません、家光様お腹が減って、お毒見無しで食べようとしていたので御止めしたんですよ」
「ああ……なるほど」
家光の目付きを見ながら、正勝は思う。
(必死な家光様も可愛いなぁ)
……恋煩いとは困った病気である。
「正勝様っ、早くっ」
「家光様、少々お待ち下さい、先にお顔を洗いましょう。……ああ、そうだ、先ずはお水を飲みましょうか」
正勝は風鳥の言うことなど聞く耳持たずで、暴走している家光にそう声を掛けて、部屋にあった水差しから湯呑に水を入れると家光の元にやって来て飲ませた。
「んぐ、んぐ……」
家光は水を飲むと胃が少し落ち着いたかのように“ふぅ”と息を吐く。
「……はぁ……お腹空いたよぉ~」
水を飲んで胃を誤魔化した家光は、風鳥から手を放して座り込む。
「ほっ……」
風鳥はやっと家光に解放され、頭上に掲げた膳を胸の高さまで下ろしたのだった。
「さぁ、どうぞ」
正勝が家光の前に用意した盥を家光の前に置いてくれる。
ざばざばと顔を洗うと、さっぱりした。
「ふぅ……あー、風鳥、ごめんね。取り乱したわ」
「あ、いえ……ふっ」
(家光様、面白過ぎだろ)
顔を洗って頭が冴えたのか、家光はばつが悪そうに風鳥から視線を逸らす。
恥ずかしかったのかその頬がほんのり赤らんでいたので、風鳥は小さく吹いてしまった。
「ん?」
「いえ、何でもありません」
訝し気に風鳥を見てから、家光は再び置かれた膳の前に座り直す。
「では、家光様、お毒見させていただきます」
「うん」
正勝が膳を挟んで対面に座ると毒見を始める。実は幼い頃から毒見は続いている。
毒見で過去に何人か倒れたことがあり、その内亡くなった者も居た。実行犯は掴まるのだが、裏に居る大物は中々尻尾を出さないので毎度蜥蜴の尻尾切り状態である。
大方、家康の子等か、国松派の者の仕業だとは予想がついているものの、江戸城の出入りが激しい為に黒幕を見つけられないでいた。
最近は毒が入ってることも減ってきては居るが、油断は禁物である。多少は毒の耐性もある家光ではあるが、摂取しないに越したことはない。
正勝が毎回毒見をするわけではないが、今回はそうするようだ。
「……うん、大丈夫なようです」
少量ずつ、お米、汁椀、鱚の佃煮、芋煮、香の物と正勝が口に入れて、にこりと口角を上げる。
一汁三菜の食事は質素だけども健康的である。
城に居る時も似たような質素な食事をしているので、ここにヨーグルトとフルーツが欲しいなと家光はいつも思っていた。
「食べていい?」
「はい」
正勝が了承すると、家光は手を合わせた。
「いただきますっ!」
そうして、もう既に冷えてしまった朝餉を平らげるのだった。
(温かいの、食べたいなぁ……ラーメン食べたい、カレーもいいな……)
家光の頭上にもくもくとラーメンやカレーライスの映像が浮かぶ。
この世界にはないものだ。
ラーメンはどうにかなるかも知れないが、カレーライスはスパイスが無いと成り立たないもんなぁと、昔作ったカレーを思い出して懐かしく思った。
(エスピーのカレールー好きなんだよ。スパイスが効いててさ)
「はー、食べた食べた。ごちそうさま」
家光が朝餉を食べ終えてお腹を撫でると、正勝が温かいお茶を淹れてくれる。
「お茶です」
「ありがと」
ズズズ、とお茶を啜って、ほっと息を吐く。
「はぁ……さぁて、ちょっと休んだら出発の準備でもしますか」
「はい、では私はこちらを下げて参ります。四半刻後、戻ります」
正勝は空になった膳を抱え上げると、部屋から出て行った。
「そういや風鳥は朝ごはん食べたの?」
「とっくにな」
正勝が居ないので風鳥は直ぐに二人きりの時の口調で話してくれる。
距離を感じさせない風鳥の言葉に、家光は嬉しくてつい話し掛けてしまうのだった。
「起きるの早いんだね」
「……あー、昨日は夜中に交代だったからなぁ……ふぁ……あ、いけね」
風鳥が欠伸を噛み殺して、口元を手で覆う。
「あ」
(欠伸してる風鳥、可愛いな……福も正勝も欠伸してるとこなんて……見た事あったっけ……?)
春日局や正勝が自分の目の前で欠伸をしたことなど、記憶にはない(吐いたことならあったな)。
あの二人は家光の前では常に自らを厳しく律しているのだから。つまり常に緊張感を持っているということである。
(私と一緒じゃ、安らげないんだろうか……そりゃそうか)
福はお父さんで、正勝はお兄ちゃん……いや、弟? みたいなもんなんだけどなぁ……。
家光はうーんと、眉間に皺を寄せ唸るのだった。
「悪い、ちょっと眠い……かも」
「……寝る?」
「え?」
家光は足を投げ出し、ぽんぽんと大腿を叩く。
「ま、まっさか~?(そこに頭を乗せろと?)」
「正勝、三十分は戻って来ないし、私の太腿柔らかいよ?」
ぽんぽん。
再び大腿を叩くと、にこにこと微笑みながら家光は風鳥を誘うのだった。
「っ、あんた……そういうのは……ちょっと……(嬉しいけども!)」
風鳥は口元を手で覆いながら躊躇う。頬が赤く染まり、耳までも染まっていた。
(照れてる、可愛い……)
家光は笑顔を絶やさず待ってみる。
「……さ、邪魔が入らない内にどうぞ? 少しだけでも眠ると頭すっきりするよ」
「……っ、けどっ、だな……(俺護衛なんだけど……いいのか?)」
そうは言いつつ、風鳥は家光に近づいて来る。
「うんうん、そうだよ。おいでおいでー!」
家光が猫か犬でも誘う様に手招きしてくるので、風鳥は吸い寄せられていった。
家光の傍まで来ると、風鳥はくるりと反転し、家光に背を向けるようにして畳の上に胡坐を掻いて座る。
そして家光の手が伸びたかと思うと、風鳥の肩を背後から引かれるように倒されたのだった。
「ふふふっ、いい子だねー!(大きな犬みたい……)」
「……っ、捕まった……(何これ、恥ずかしいっ!)」
家光の太腿に頭が乗ると、柔らかい感触がして何だか気恥ずかしさを感じてしまい、風鳥は両手で顔を覆った。
「…………すんません……これ、無理……かも」
風鳥の声がか細く紡がれる。
好きな女の膝枕に喜びがないわけではないが、あまりに距離が近すぎて風鳥の心の臓が早鐘を打つのである。
(童貞でもないのに、何で……)
風鳥は指の隙間から家光の顔をそっと見る。
「恥ずかしいの? 私は平気だよ?」
「え……」
家光はふわりと優しい笑みを浮かべて、風鳥の頭を撫でる。その笑顔は柔らかな陽の光に似ている気がして、温かさを感じた。
「おやすみ、風鳥」
「っ……はぃ、おやすみなさい……」
家光に告げられて、何となく敬語になってしまう。
(あ、俺、家光大好きだわ……)
風鳥は家光の顔を見れないまま、目を閉じたのだった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
82
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる