逆転!? 大奥喪女びっち

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【上洛の旅・窮地編】

058 村の惨劇

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「すん、わかるか? この臭い」
「うん?」

「肉の焼けた臭いだ、これ。ちょっと焦げてる臭いするけど、悪い臭いじゃないと思えばさ、美味そうな気がしない?」

 銀太が上を向いて鼻をすんすんと嗅いでみせると、お菊とお絹も同じように真似てみた。

 すると、先程よりも焼け焦げた臭いが強くなっていることに気付く。
 肉が炭になった後の焦げの臭い。
 家で魚を焼いたり、肉を焼いた時失敗した際に嗅いだことある臭いに似てる。
 家中煙って、一家総出で窓を一斉に開け換気が必要なくらいの燻った臭い。

 不快でしかない。

 銀太はそれを美味しそうな臭いと表現している。

「……私は……この臭いちょっと苦手」
「私も」

 お菊とお絹が鼻を摘んで二人で顔を見合わせる。

「そうかぁ?」

 銀太が首を傾げながら、また鼻を宙に向け何やら思案する。
 そんな中、

「あ、松ぼっくり~!」

 三人の会話に入ることも、周りのこともよくわかっていない寛太が別の松の木の下に松ぼっくりを見つけたのか、とてとてと走っていってしまう。
 方向的には村とは離れる側であるが、少し坂になっていて、奥に行くと本格的な山の斜面に繋がる。

「あ、寛太、待ってそっち危ない」
「私が連れ戻してくるよ」
「ごめん、お願い」

 お絹が離れていく寛太に気付いたが、お絹の足はあまり丈夫ではないので、お菊が変わりに、走り出す。


 びゅううううううっ!!


「わっ」

 お菊が走り出した途端、強い風が吹いた。
 松ぼっくりがもう少しで寛太の手が届くという所で、風が邪魔をしてしまう。

「お菊ちゃん、大丈夫!?」
「うん、寛太ちょっと先に走ってちゃったから連れて戻るから!」

 そう言い残してお菊は寛太を追って坂を下って行った。
 ころころと風に押されて転がっていく松ぼっくりを寛太は夢中で追いかける。

 寛太の足は年々速くなる。三、四歳児と侮ってはいけない。
 お菊の足は寛太よりは速かったと思ったが、寛太の足の速さには驚いてしまう。
 太助ならばあっという間に追い付くだろうが、お菊だと少々本気を出さないと追いつけない。


「寛太待って! そっちは駄目!」


 お菊の声は風のさざめきでかき消され、上に残った二人には聞こえない。

「あっ、(松ぼっくり行っちゃう)! わっ!?」

 にゅるり、と。

 寛太が松ぼっくりを一心不乱に追いかけて、足元が滑ったことに気付いたのは一瞬遅かった。


「あっ!! 寛太!!」


 寛太の後ろを追いかけていたお菊だが、寛太が急にスピードを上げた為、中々追いつかない。
 というより、緩い坂道に昨日の雨、そして落ち葉も手伝って、寛太がどんどん遠ざかっていく。

 そう、寛太は滑っているのだった。

「このまま先に行ったら……!!」

 お菊は一か八か走る速度を上げて、寛太目掛けて突進した。
 突進して寛太を捕まえて停まる。

 そんなことが巧くいくはずは無いが、このまま滑ったら途中にある山道も突っ切って崖に真っ逆さま。

 命はない。

 けれど、真っ逆さまに落ちるのさえ止ればぎりぎり山道で留まれるかもしれない。

 死ぬよりは怪我で済んだ方がいい、お菊はそう考えて突進したのだった。


 ずざざざざざっ!!!


 お菊と寛太の耳元で木の葉や枝が擦れる音が聞こえる、そして、手の甲や太股、脇腹に痛みが走る。

「っ……い、いだいぃぃぃぃ……!!!! いだだだだだっっ!!」
「うわっ、うわぁぁああ!!」

 お菊は何とか寛太を捕まえることには成功した。
 真っ逆さまに落ちていくことも回避できた。

 だが、速度はやや遅くなったが、停まらないのである。

 二人は斜めに滑って行く。

 こちら側の方ならば山道へと続くはずなので落ちる心配は無いが、スピードによるが軽い二人はどこまでも落ちていく可能性があった。

「と、停まってぇ……痛いよぉぉおおおおお!!!!」
「うわぁあああああああんん!!!!」

 静かな山の中に子供の泣き声が響くもその声は風によって掻き消されていく。


(お絹ちゃん、銀にぃ、そしてお兄ちゃん、ごめん……)


 お菊は痛む身体に死を覚悟し、もう銀太やお絹、そして兄、太助には会えないのだと悟ったのだった――。





 ――お菊と寛太がそんな事になっているとも知らず、銀太とお絹はというと。

「なぁ、絹」
「何?」

「お前は猪肉食べたくないか?」

「まだ言ってるの? 太助兄ちゃんがここに居ろっていってたじゃない」
「太助が本当のこと言ってるかなんてわかんないだろ? いつだってあいつの言うことばっかり。俺の鼻はいいんだぜ? 今は太助だって居ないんだし、たまには俺の言うことを聞けよ」

 銀太は目をぎらぎらさせてお絹に村へ行こうと促す。

「でも……お菊ちゃんと寛太が……」

 お絹は戻らないお菊と寛太が消えた方へと視線を移す。

「何、二人だって戻ってきたら村に来るさ」
「だけど」


「お兄ちゃんの言うことが聞けないのか?」


 銀太が鋭い目付きでお絹を覗き込んだかと思うとぞくりと寒気を覚えたのか、お絹は唾一こくりと音を立てて飲み込んだ。

「う、うん、わかったよ」

 お絹がそう相槌を打つと銀太は鋭い瞳を潜め、嬉しそうにはにかんでお絹の手を取った。

「なぁに、もし何かあってもお前くらい背負ってやるって」

「……背負ってもらったこと無いけどね」

 お絹は銀太に促されるままに村に向かって歩を進めたのだった。





 ――一足先に村へと着いた太助は、目の前の出来事に目を疑った。


「な、何だこれ……」


 太助の目に焼けた家々が炎を燻っている様子が見える。そしてあちこちに見覚えのない真っ黒に焼けた人型の何かが幾つも転がっていたのだ。

「……っ、どうし、……こんなっ……」

 太助は村の裏口近くの大きな岩に身を隠しながら、鼻につく異臭を嗅がないよう手の甲で鼻を覆う。
 それでも辺りにけむもやが太助の衣服に染み付いて、袖から移り香が香ってくる。
 それはとてもじゃないがいい匂いなどではなかった。

「……俺の家もやられてる、他も全部」

 鼻を覆いながら焦げ臭い空気を口から吸い込む。
 ここの空気は吸いたくない。
 村人達の焼け焦げた臭いが充満しているここの空気は。


「あーっはっはっはっ!!」


 ふいに、村の中央に大きな笑い声が聞こえる。


「……あいつ等か、……はぁっ、はぁっ」


 はぁっ、はぁっ、はっ、と緊張感からか息を荒げた太助は、村の中央、共用の井戸の辺りに五、六人の盗賊らしき大男達を見つける。
 井戸の前にこの貧乏な村のどこに在ったのか、大判小判の入った蓋の開いた千両箱が置かれている。
 ここからは数十メートルも離れていないが、男達は太助に気付く様子はなかった。
 太助は耳と目が良い、ぱちぱちと音を立てて燃える家々の中でも男達の会話を必死で拾う。

「お頭、良かったんですかい? 何もお輪まで殺すこたぁ……」
「いーんだよ、あの女俺じゃなく、あいつを選んじまったんだからよ」

 ひょろひょろっとした三十代だろうか、細身の盗賊(以下ひょろ男)が“お頭”と四十代位の髭をこさえた恰幅のいい目付きがすこぶる悪く、大きめの酒徳利を持った顔の赤い大男に話し掛けると、鼻息をふんと一つ吹いて、しゃがれた声で言い終えると下卑た笑いを浮かべた。

 どうやらこいつが、親玉らしい。

「おーこわ。そもそもお輪は元々あいつの女房だったのに」

 そう告げながら中肉中背の髪を束ねた男が、片手に何か抱えている。
 というか、摘んでぶらぶらさせていた。

『っ、あれはいち!!』

 太助は大声に出してしまいそうになるのを慌てて自制する。
 太助の目がなまじいいだけに、男の手元をよく見ると、首を項垂れぴくりとも動かないさっきまで元気だったいちの姿が認識できた。
 ぷらーんぷらーんと、男が何度かいちを揺らしながら振ると、それを井戸へと放り込む。


『!! っ、何でっ!? 何があったんだ!?』


 もう助からないと知って、困惑しながら太助はその場に背を向けへたり込む。
 恐怖からなのか、瞳から何故だか涙が溢れて止まらなかった。

 それに、先程鎮めた足の震えが再び襲ってくる。

 何とか気を奮い立たせようと試みるも、膝は笑ってかたかたと小刻みに震えていた。

「るせー、ちょっと乳が大きいから遊んでやっただけのことじゃねーか」
「またまたお頭はー。お輪のこと昔から好きだったくせにー」

「お頭、このガキどうしましょう? そこそこ可愛い顔してますが、どうにも気が強くて」

 頭とひょろ男が楽しげに会話する中、もう一人別の男が小さな子を抱えやって来る。


「あ、あ……ぁ……ぅぁ……っ……っつ!!!!」


 小さな身体を羽交い絞めにされ、宙に持ち上げられたその子は半狂乱になって泣き叫んでいる……ようなのだが、恐怖から声が出ない様子で、必死に叫ぼうと口をぱくぱくさせ、涙だけを地面に零していた。
 太助は笑う膝をそのままに、何とか確認しようと身体を村の中央へと再び向ける。


(小梅っ!!)


 太助も声を忘れたように、声にならない声を心の中で叫ぶ。
 掴まっている子はいちと共に戻った小梅だった。

「あー、女かぁ、そうだなぁ、女は売れるからなぁ、ふふん。どれ」
「っ、……っ……っ……!!」

 鬼のように鋭く冷たい瞳といやらしい笑みを浮かべて、手に持った酒を煽ると、品定めをするように抱え揚げられた小梅を見る。
 小梅を抱えた男の腕には小梅が抵抗したのか擦り傷がいくつか出来ていた。
 小梅の腕を抱え上げている者とは別の男が乱暴に顎を掴んで、掲げさせる。

 頭はにやにやと舐め回すように小梅を見てからべろりと小梅の頬を舐めた。
 小梅の顔が苦痛に歪み、恐怖が頂点に達したのか、


 じょろろろろ。


 小梅は尿を漏らしてしまった。

「あっ、汚ぇ!! こいつ小便漏らしやがった!!」

 小梅を抱える男の足に小梅の尿が掛かる。

「っ……っ……!!」

 小梅は唇を噛み締め涙を零す。

「泣く子も黙る……様とは俺様のことよ。なぁ、お嬢ちゃん、お前さんはさっきのガキと一緒のとこでおねむしたいかい?」
「っ……っ……!!」

 ふるふると、小梅は首を横に何度も振るう。
 小梅に話しかける頭の声は小さく、太助からは聞こえなかった。

「なら、おじちゃん達と一緒に行こうか。なぁに、飯も食わしてやるし、綺麗なおべべも用意してやるよ? たぁだぁし、おじちゃん達の言うことをちゃんと聞けるなら、だ」

「……!」

 頭が薄ら笑みを浮かべながら小梅を覗き込むように言うと、今度はうんうんと、小梅は何度も首を縦に振ったのだった。


『……あいつ等、人攫いか』


 何故俺達の村に人攫いが来たのかはわからないし、お輪とかいう人が誰かもわからない。
 村の人達は殺されてしまったみたいだし、恐らく俺達の家族ももう……。
 小梅を何とか助けてやりたいが……、今の俺じゃとてもじゃないが助けられない。


 どうしたら……。


 そう考えながら太助は一旦その場を離れ、村から出る事にした。


「……すまない、小梅」

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