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【上洛の旅・窮地編】
048 お説教
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――どれくらい眠ったかわからない。
家光が目を覚ますと、知らない板張りの天井。
「……あー……ええっとー……ここは……」
おでこにひんやりとした感触。
濡れた手拭が置いてある。
少し、水を含み過ぎているのか頭の後ろまで水が垂れている。
いつの間に私は旅籠にワープしたの。
あれ、さっき何してたんだっけ?
家光の頭の中は瞬時に記憶を辿る。
「気分はどうだ?」
家光の隣から声が聞こえて家光は額に置かれたべちょべちょの手拭を取り去りながら上半身を起こす。
「ん……頭冷たいのと……ちょっとだるいくらいかなって、お前は孝っ!!」
「お、おう、久しぶり!」
上半身を起こすまでゆっくりな動きだった家光が突然自分の方に向いて不快感を露にしたので、孝は軽く片手を挙げて挨拶をする。
「久しぶりじゃないっ!! お前なんでここに!! ってか正勝は!?」
「あ、ああ、部屋の外に控えてるけど……」
孝が背後にある襖の方へと手を握り親指で指し示すと、
「家光様、お気づきになられましたか? ああ、よかった! 春日局様を呼んで参りますね!」
と襖越しに正勝の声が聞こえてきた。
「あんたが看病してくれたの……」
「ああ、お前が倒れてすぐに春日局に会ってここに運んだ時にそうするよう言われたんでな」
「そう……一応礼は言っとく。ありがとう、でも手拭もう少し絞ってもいいんじゃない? 背中結構びっしょり濡れてるんだけど……」
家光が自分の肩口に視線を投げると、寝ている間に着替えさせられたのだろう、浴衣の襟と襟付近が水に濡れていた。
「え? わ、悪ぃ!!」
「今日は水難の日かなぁ……」
ふぅと、家光は濡れた浴衣が気持ち悪いのか襟を広げ、風を入れて乾かそうとする。
「っ……」
家光の項が見えるその仕草が艶かしく見えて、孝はごほんっと咳払いをしたのだった。
どくどくと、心の臓が早鐘を打ち始めるのがわかる。
そういえば、家光はこういう女だったんだと、孝は改めて自分の妻がいい女なんだと認識する。
「……あんたも風邪引いた? そういえば、さっきくしゃみして着物汚しちゃったんじゃない?」
ああ、いやそんなことは別に……と言おうとしたところで、家光は孝の袖を引っ張り、汚れを探す。
「あー、きっちゃな。ごめんねー、軽く叩いて拭いとくから、あとは誰かに綺麗にしてもらって」
自分が付けた汚れを見つけると、家光は持っていた濡れた手拭を傍に置いてあった桶で絞ってからぽんぽんと優しく叩いて取り去る。
透明な痰だったようで、大した被害は無かった。
「……お前って」
家光って口は悪いけど、優しいとこあるよなーと、孝は思う。
「ん? 何よ」
ぶっきらぼうに答える家光に、孝は告げる。
「……お前は俺と夫婦になるんだからな」
俺はお前と夫婦になれるのが嬉しい。お前のことは大事にする。
そんな風に思っているのに口に出すのは下手である。
「……」
家光は心底嫌そうな顔で孝を見上げた。
んなもん、わかっとるわ、江戸に帰ったら考えるから今は放っておいて欲しい、家光の本音である。
「お前は俺のものなんだからな」
だから、大事にするし、こんな風に看病だっていくらだってしてやる。
そうは思うが、そこを言わない孝である。
「う、うるさいな、私はものじゃないって言ったでしょ」
こいつ大丈夫かな、と思いながら孝を睨む。
「……今日の夜、お前の部屋に行く、寝ないで待ってろ」
家光の手を取って、家光に語りかける。
こんなに俺を真剣に見つめてきてこいつも俺のことを……と孝の脳内はお花畑であった。
「命令すんなってか、来んな」
家光は手を振り払って孝にどっか行けと手で払う。
「お取り込み中の所、失礼いたします」
襖が僅かに開いて、春日局の声が聞こえる。
「入れ」
家光は助けが来たとばかりに中に入るよう言い渡す。
「……孝様、先程はありがとうございました。本日はもう日も暮れます、夕餉をご一緒致しませんか? その後お話がございますので……」
春日局は畏まりながら座礼したまま孝に向かって告げた。
「ん? ああ、春日局か。わかった、俺の連れは……」
孝からは背を向けた格好だったので、孝は振り返り春日局に訊ねる。
「お連れの方々の分までご用意できませんでしたが、申し伝えておりますので、夕餉の時刻まで控え室でお待ちください……正勝」
「はい、孝様、ご案内いたします」
「ああ、頼む」
春日局の後ろから正勝が現れ同じように座礼すると、立ち上がって、孝を別室へと案内していった。
部屋に残ったのは春日局と家光の二人。
孝と正勝の姿が消え、足音も無くなると家光は口を開く。
「助かったよ、福」
「助かったよではありません」
家光は半日振りに会った春日局にほっとしたのか気の抜けた笑みを向ける。と同時に春日局が超絶不機嫌なことに気付く。
眉間に僅かに皺が寄っている気がするのは気のせいでしょうか。
もしかして、春日局にあの格好を知られてしまったのでは?
「……あ」
「何という格好をしておられたのですか」
「何という格好でしょうねぇ……」
やっぱりかーと、これから小言を聞かなきゃなーと、家光は思考を停止モードへと脳内スイッチを切り替えるのだった。
「家光様、貴女という方は自分のお立場をきちんと弁えておいでなのですか?」
「ソウデスネーソノトオリデスネー」
「あんな格好で誰に悪戯されるともわからないものを……云々」
云々部分がとにかく長い。
五分は話してたかな。
何だか長くなったので後半は覚えていないが、とりあえず家光も反論してみる。
「風鳥も正勝も一緒だからそれはないっしょー」
「それこそ、二人に何をされるか……云々」
家光の反論も虚しく、春日局はまた長々と話し始めため(云々部分は省略である)、前半部分だけ、反論。
「風鳥と正勝は私の護衛とお世話係だよ?」
「貴女はまだ自分のことをお分かりでないから……云々」
またも……以下略。
「……だって、着物乾いてなかったからしょうがないでしょ」
「こんな風に触られたらどうするんですかっ!?」
ふいに、春日局は浴衣の裾の中に手を入れて、家光の太股を撫でる。
「ひゃっ!?」
どんっと、家光は驚いて春日局を突き飛ばした。
「……失礼しました」
「春日局の変態」
突き飛ばされ、姿勢を崩した春日局は冷静になったのか、座り直して姿勢を正すと、口を開く。
「……とにかく、あのような格好はもうお止めください」
「はーい、なるべくそのようにしますー」
小言が煩いので家光は流すように返事をした。
「では、私は他に用がありますので、湯には月花をお連れ下さい。夕餉の連絡は正勝からさせます」
「はーい」
「全く、家光様は……」
ぶつぶつと、春日局は何かいいながら部屋を出て行った。
そして、春日局は何とはなしに家光の太腿に触れた自分の掌を見てあることに気付く。
家光様の脚は何て滑らかなのだろう、事故とはいえ、触ってしまって後悔したのだった。
(あの太股にもっと触れたい)
そして、あの脚を見た男共が憎い。
そう思ってしまう春日局である。
春日局も重症なんじゃないかと思う今日この頃であった。
夏が訪れ皆どっかぶっ壊れてるのかもしれない。
家光が目を覚ますと、知らない板張りの天井。
「……あー……ええっとー……ここは……」
おでこにひんやりとした感触。
濡れた手拭が置いてある。
少し、水を含み過ぎているのか頭の後ろまで水が垂れている。
いつの間に私は旅籠にワープしたの。
あれ、さっき何してたんだっけ?
家光の頭の中は瞬時に記憶を辿る。
「気分はどうだ?」
家光の隣から声が聞こえて家光は額に置かれたべちょべちょの手拭を取り去りながら上半身を起こす。
「ん……頭冷たいのと……ちょっとだるいくらいかなって、お前は孝っ!!」
「お、おう、久しぶり!」
上半身を起こすまでゆっくりな動きだった家光が突然自分の方に向いて不快感を露にしたので、孝は軽く片手を挙げて挨拶をする。
「久しぶりじゃないっ!! お前なんでここに!! ってか正勝は!?」
「あ、ああ、部屋の外に控えてるけど……」
孝が背後にある襖の方へと手を握り親指で指し示すと、
「家光様、お気づきになられましたか? ああ、よかった! 春日局様を呼んで参りますね!」
と襖越しに正勝の声が聞こえてきた。
「あんたが看病してくれたの……」
「ああ、お前が倒れてすぐに春日局に会ってここに運んだ時にそうするよう言われたんでな」
「そう……一応礼は言っとく。ありがとう、でも手拭もう少し絞ってもいいんじゃない? 背中結構びっしょり濡れてるんだけど……」
家光が自分の肩口に視線を投げると、寝ている間に着替えさせられたのだろう、浴衣の襟と襟付近が水に濡れていた。
「え? わ、悪ぃ!!」
「今日は水難の日かなぁ……」
ふぅと、家光は濡れた浴衣が気持ち悪いのか襟を広げ、風を入れて乾かそうとする。
「っ……」
家光の項が見えるその仕草が艶かしく見えて、孝はごほんっと咳払いをしたのだった。
どくどくと、心の臓が早鐘を打ち始めるのがわかる。
そういえば、家光はこういう女だったんだと、孝は改めて自分の妻がいい女なんだと認識する。
「……あんたも風邪引いた? そういえば、さっきくしゃみして着物汚しちゃったんじゃない?」
ああ、いやそんなことは別に……と言おうとしたところで、家光は孝の袖を引っ張り、汚れを探す。
「あー、きっちゃな。ごめんねー、軽く叩いて拭いとくから、あとは誰かに綺麗にしてもらって」
自分が付けた汚れを見つけると、家光は持っていた濡れた手拭を傍に置いてあった桶で絞ってからぽんぽんと優しく叩いて取り去る。
透明な痰だったようで、大した被害は無かった。
「……お前って」
家光って口は悪いけど、優しいとこあるよなーと、孝は思う。
「ん? 何よ」
ぶっきらぼうに答える家光に、孝は告げる。
「……お前は俺と夫婦になるんだからな」
俺はお前と夫婦になれるのが嬉しい。お前のことは大事にする。
そんな風に思っているのに口に出すのは下手である。
「……」
家光は心底嫌そうな顔で孝を見上げた。
んなもん、わかっとるわ、江戸に帰ったら考えるから今は放っておいて欲しい、家光の本音である。
「お前は俺のものなんだからな」
だから、大事にするし、こんな風に看病だっていくらだってしてやる。
そうは思うが、そこを言わない孝である。
「う、うるさいな、私はものじゃないって言ったでしょ」
こいつ大丈夫かな、と思いながら孝を睨む。
「……今日の夜、お前の部屋に行く、寝ないで待ってろ」
家光の手を取って、家光に語りかける。
こんなに俺を真剣に見つめてきてこいつも俺のことを……と孝の脳内はお花畑であった。
「命令すんなってか、来んな」
家光は手を振り払って孝にどっか行けと手で払う。
「お取り込み中の所、失礼いたします」
襖が僅かに開いて、春日局の声が聞こえる。
「入れ」
家光は助けが来たとばかりに中に入るよう言い渡す。
「……孝様、先程はありがとうございました。本日はもう日も暮れます、夕餉をご一緒致しませんか? その後お話がございますので……」
春日局は畏まりながら座礼したまま孝に向かって告げた。
「ん? ああ、春日局か。わかった、俺の連れは……」
孝からは背を向けた格好だったので、孝は振り返り春日局に訊ねる。
「お連れの方々の分までご用意できませんでしたが、申し伝えておりますので、夕餉の時刻まで控え室でお待ちください……正勝」
「はい、孝様、ご案内いたします」
「ああ、頼む」
春日局の後ろから正勝が現れ同じように座礼すると、立ち上がって、孝を別室へと案内していった。
部屋に残ったのは春日局と家光の二人。
孝と正勝の姿が消え、足音も無くなると家光は口を開く。
「助かったよ、福」
「助かったよではありません」
家光は半日振りに会った春日局にほっとしたのか気の抜けた笑みを向ける。と同時に春日局が超絶不機嫌なことに気付く。
眉間に僅かに皺が寄っている気がするのは気のせいでしょうか。
もしかして、春日局にあの格好を知られてしまったのでは?
「……あ」
「何という格好をしておられたのですか」
「何という格好でしょうねぇ……」
やっぱりかーと、これから小言を聞かなきゃなーと、家光は思考を停止モードへと脳内スイッチを切り替えるのだった。
「家光様、貴女という方は自分のお立場をきちんと弁えておいでなのですか?」
「ソウデスネーソノトオリデスネー」
「あんな格好で誰に悪戯されるともわからないものを……云々」
云々部分がとにかく長い。
五分は話してたかな。
何だか長くなったので後半は覚えていないが、とりあえず家光も反論してみる。
「風鳥も正勝も一緒だからそれはないっしょー」
「それこそ、二人に何をされるか……云々」
家光の反論も虚しく、春日局はまた長々と話し始めため(云々部分は省略である)、前半部分だけ、反論。
「風鳥と正勝は私の護衛とお世話係だよ?」
「貴女はまだ自分のことをお分かりでないから……云々」
またも……以下略。
「……だって、着物乾いてなかったからしょうがないでしょ」
「こんな風に触られたらどうするんですかっ!?」
ふいに、春日局は浴衣の裾の中に手を入れて、家光の太股を撫でる。
「ひゃっ!?」
どんっと、家光は驚いて春日局を突き飛ばした。
「……失礼しました」
「春日局の変態」
突き飛ばされ、姿勢を崩した春日局は冷静になったのか、座り直して姿勢を正すと、口を開く。
「……とにかく、あのような格好はもうお止めください」
「はーい、なるべくそのようにしますー」
小言が煩いので家光は流すように返事をした。
「では、私は他に用がありますので、湯には月花をお連れ下さい。夕餉の連絡は正勝からさせます」
「はーい」
「全く、家光様は……」
ぶつぶつと、春日局は何かいいながら部屋を出て行った。
そして、春日局は何とはなしに家光の太腿に触れた自分の掌を見てあることに気付く。
家光様の脚は何て滑らかなのだろう、事故とはいえ、触ってしまって後悔したのだった。
(あの太股にもっと触れたい)
そして、あの脚を見た男共が憎い。
そう思ってしまう春日局である。
春日局も重症なんじゃないかと思う今日この頃であった。
夏が訪れ皆どっかぶっ壊れてるのかもしれない。
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