逆転!? 大奥喪女びっち

みく

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【上洛の旅・旅情編】

040 キス魔

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 ――さて、先に朝餉を食べに向かった家光達であるが……。

 月花は何時の間にか姿を消しており、風鳥と家光だけが歩いていた。
 二人が同時に警護することはないようである。

「……ねーねー、風鳥」
「何でしょうか?」

 家光が隣を歩く風鳥を横目でちらちらと見上げていた。

「……どうして手ぇ繋いでるの?」

 もじもじと言い難そうに繋ぐ手へと視線を時々落とす。
 若干挙動不審である。

「家光様の顔色が悪いからですよ。倒れないようにです」

 風鳥は家光の方を見ないまま、前方を見ながら話す。

「そ、そっか……」

 家光は何となくそっけない風鳥に今度は自分の足元に視線を落とした。
 すると、風鳥が家光の方に向いたのか、頭上から風鳥の低音が降ってくる。

「……昨日は何も無かったですよ、本当に。憶えてないですもんね?」
「っ!? ごめっ、私憶えてなくって……そのっ……」

 家光が慌てて顔を上げると、風鳥と視線が絡んで瞬時に頬を真っ赤に染めた。

「……えっ? 何、その反応……」

 風鳥はつい、素で口走ってしまう。

「……あ、えと……」
「……憶えてる……んですか?」

 答えを躊躇う家光に憶えてるのかと問い掛けつつ、憶えていたとしたら自分の失態も? と、頬が熱くなる風鳥であった。

「……お、憶えてないっ! 憶えてないよっ!!」

 家光は恥ずかしいのか、視線を外して頭を振るう。

「あ、そ。ふーん」

 風鳥は宙を見上げて辺りの景色へなんとはなしに目線を投げた。

「……か、風鳥って、そういうキャラだったの!?」
「伽羅? 香ですか?」

 風鳥の様子に目を瞬き、家光が自分の口元に手を宛てると、風鳥はいつもの家光語に首を傾げる。

「あ、えっと、その口の訊き方……」
「あっ、っと、すみません、俺、あ、いや私は……」

 おずおずと家光が告げると、素が出ていたことに気付いて風鳥も口元に手を宛てた。
 片手が繋がれているため、向かい合わせになると二人共同じポージングである。

「ぷっ!! ううんいいよ、別に構わない。寧ろ親近感感じるし、二人の時は良かったらそうして?」

 風鳥が話しにくそうに何度も言い直す様に、家光は吹き出してからからと笑うのだった。

「え……いいのか?」

 屈託無く微笑む家光に、風鳥は視線を再び絡ませる。

「うん、何か話し辛そうだったし、私も畏まった話し方の人ばっかだったから新鮮だよ」

 上機嫌で家光は語るが、風鳥は呆気に取られるのだった。

「あんた、上様になるんだろうに、そんなんでいいのか?」

(俺はあんたの護衛なんですけど……家臣が主君に軽口訊いて良いものなのか?)

 基本的に忠実なのか、風鳥はもう一度家光に尋ねる。

「だから、二人きりの時だけだってば。他の人が居たら不味いっしょ。だからね、約束!」

 家光は小指を差し出し、約束するように迫った。

「約束って……またかよ……」
「ん? また?」

 二度目の約束に風鳥が肩を竦めると、家光が呆けた顔で風鳥を見上げていた。

「いや……何でもない、二人きりの時だけな?」
「うん、そう」

「……約束ならこっちがいいんだけど」
「へ? ちょ、ちょっとどこ……に……っぅ!?」

 突然風鳥は家光の手を引いて、隣の旅籠との境界にある小路の物陰に家光を連れ込むと、唇を重ねる。
 ただ触れるだけの口付けだが、互いにぬくもりを感じて、唇が離れると頬を染めて見つめ合った。

「……本当に憶えてない?」
「……お、憶えてないよっ、で、でも、キスは嫌いじゃない」

 風鳥が切羽詰ったように家光を覗き込むものの、家光ははぐらかすように伝える。

「きすってなんだよ……っ?」

 家光の言ってることがわからなくて風鳥は軽く眉を顰めるが、その首に家光の手が回り家光の方へと引き寄せられた。
 家光がつま先で立ち、風鳥の唇にもう一度口付けをすると、直ぐに離れて俯く。

「……こ、これのこと。口付けのことだよっ」

 自分からしたくせに、家光は耳まで赤い。


「……あ、そ」


 風鳥は目の前の家光の頭に手を置いて呟いた。

「……な、何よ、あそって、早くご飯食べに……んむっ……!!」

 家光が赤い顔を上げて小路から出ようとするが、風鳥は未だ繋いだままの手を引き、旅籠の壁に家光を縫い留めて、空いてる手を壁に付けて逃がさないようにしてから荒々しく口付けをする。

「……っ、ばかっ、お前可愛すぎる……っ……」

 家光の甘い舌を絡め取って、歯列に舌を這わせ、吐息が漏れることすら許さないように何度も何度も口付けをしてそれを徐々に深くしていった。

「ぅ……んぅ……」

(もう……何なの、昨日からキスばっかり、気持ちいい……頭痛い、のに……上せる……ふわぁー……ってかんじぃ……ていうか壁ドンされてる~……これが憧れの壁ドン~……)

 家光の頭の中には心地良さと、長年の夢だった(?)壁ドンが叶って夢いっぱい、そして、昨日の酒の残りで僅かな頭痛がずきんずきんと脳を締め付けていた。
 それらが何とも複雑に絡み合っていたのだった。
 ちゅっ、ちゅっと、次第に風鳥は家光の唇の端から頬やらおでこやら、鼻に耳元やらと次から次へと口付けを落としていく。

「ちょ、ちょっと、風鳥っ、ここっ、外っ!」
「ん、知ってる」

 くすぐったいのか身を捩りながら風鳥を制止するが、風鳥は構わずに続ける。

「っ……もうっ! 風鳥って、キス魔?」
「ん? そうか?」

 家光が風鳥の頬に手を添えて少し押すと、風鳥はやっと口付けを止め、一歩距離を取った。

「昨日だって、デコルテにキスマーク残したでしょ!?」

 家光は自分のデコルテ部分を擦って離れた風鳥を見上げた。

「でこるて? あー……その辺か? 悪かったな、つい、強く吸っちまった」

 家光の手の動きを見てぴんと来たのか、風鳥は悪びれなく笑って謝るのだが、その笑顔が少年のように屈託無くて、家光はつい見とれてしまい、唇を尖らせる。

「べ、別にいいけど、そういうことは言ってよね。正勝が気にするから!」

 “事前に隠しておかないと正勝がめちゃくちゃ不機嫌になるんだから”と、家光は頬を膨らますのだった。

「正勝殿は嫉妬深いお人だからなぁ……俺は別に嫉妬なんてしないけどな」
「え……?」

「俺、これからあんたが結婚して、誰かと寝てても平気だぜ? ほら、正室もそうだし、側室も居るだろうし」

「な、な、何言って……」

 思いもしない言葉が風鳥から告げられ、家光の頬が熱くなる。

(そ、それって、私正室の孝だけじゃなく、側室ともってこと……?)

 いや、わかってたけど、実際口に出されると恥ずかしい。

(私、何人もの人と、寝る……の?)

 子作りしなきゃいけないのは知ってる。跡継ぎが必要だから。

(でも、そうか……。幾人との間に子を作るってことは……そういうことなのか……?

 それじゃあまりに不誠実じゃない……)

 家光は将軍になるということの意味について今一度考えを改めないとと思うのだった。

 まぁ、もう既に何人もキスまではしているわけですが。

「まぁ、でも俺はあんたの側室になるつもりはないし……でも、約束はいつか果たしてくれんだろ?」

 風鳥が再び距離を詰めて、家光の頭上、斜め上に空いてる手を伸ばし壁に触れると、見下ろす。

「や、約束? さっきも言ってたけど、何のことよ……」

 再びの壁ドンであるが、やに圧迫感のある視線に家光は眉を寄せて風鳥を見上げた。

(……さっきはちょっとどきっとしたけど……壁ドンって、意外と嬉しくないかも)

 逃げ道を塞がれ身動きが取れないので、家光は頬を膨らまし不快感を露にするのだった。

「あー、憶えてないって言ってたっけ? でも、昨日だってどうのとか言ってたよな?」

 唇に笑みを乗せて、少し意地悪な言い方をする風鳥に、家光が視線を外して気まずそうに小さく言葉を発する。

「う……正確には……半分憶えてないのよ」
「え……?」

「私、何か約束した?」

 真摯に風鳥を見つめて、目で訴え掛ける家光。

「……うーん……本当に憶えてないみたいだな」

 家光の目を見ていた風鳥は壁から手を放して、頭を掻いた。

「……すみません……」

 家光は風鳥の袖を引いて自覚の無いまま可愛く目礼すると、風鳥は口を開く。

「……そっか……それならそれでいい。思い出しても思い出さなくてもどっちでも」

 失態をしでかしてるし、まぁいいかと、風鳥は家光の頭を乱暴に撫でる。

「っ、何それ」

 家光は髪がぐしゃぐしゃになるーと、その手を払うが、風鳥は手を直ぐに離して今度は家光の顎に指を添えると上向きにさせる。

「……その気になったら俺を誘えよ、いつでも相手してやる」

 ちゅっと、軽く触れるだけの口付けをした後に、再び手を引いて隣の旅籠を目指した。

「はっ!? えっ、なっ……ちょっ!?」

 手を引かれる家光はわけがわからないまま自分の唇に手を宛てて、風鳥が触れた余韻に頬を染めていた。
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