逆転!? 大奥喪女びっち

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【上洛の旅・旅情編】

031 身体を洗う時には糠袋!

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「……月花、お前は余程与太話が好きだと見える」

 目隠しをしながらも、月花へ向けて唇の端を片方だけ上げ、春日局は冷笑する。

「……申し訳ありません……そのぅ、つい……」

 視線が見えないはずなのにきっちりと自分の位置を捉えている春日局に月花は睨まれているような気がして、縮こまってしまった。
 それから春日局を家光の前まで誘導する。
 家光の前までやってくると、春日局は膝立ちをして月花から糠袋を貰い、家光の身体を洗い出したのだった。

「福、月花をあんまり苛めないでやって」

 家光は背中越しに春日局に話しかける。

「苛めたつもりはありませんよ。ただ、家光様に好からぬことを言われては困りますので注意したまで」
「好からぬこと? 何か言ったっけ……」

 家光が宙を見上げ思い返すも、春日局はそれを遮るように告げた。

「さぁ、前も洗いますよ」

 春日局は立ち上がり、今度は家光の前へと回り込むと膝立ちをする。

「っ……前は自分で洗うから……」

 僅かにずれた胸元の手拭を引き上げながら、目の前に居る春日局に懇願した。

「何言ってるんですか。いつも洗って貰っているはずでしょう?」
「まぁそうなんだけどっ! 急に恥ずかしくなっちゃって!」 

 春日局は首を傾げ不機嫌な声を発しながら両手を宙に向け抗議する。
 家光は弁解しながら俯いてしまう。

「見ませんから大丈夫ですよ? ああ、胸とそこはご自分で洗いたいのでしたね」

 春日局が今度は優しく諭すように言うと、家光は真っ赤に染めた顔を上げたのだった。

「う、うん……」

 小さく頷いて、それから家光は大人しく春日局に身体を洗われていった。

 そう、湯殿番には身体を洗わせるのである。
 本来なら全身湯殿番に任せるのだが、家光は胸と大事な陰部だけはいつも自分で洗うようにしていた。

 そうなったのは物心ついた頃。

 といっても生まれてからすぐ物心はついていたので、二~三歳頃だろうか。それまでは春日局に身体を洗ってもらっていた。
 胸や陰部も何もかも。
 けれど、身体が自由になり、言葉も自由に発することが出来るようになってからは拒否するようになったのだった。

 あくまで身体を洗うだけでやらしい手付きで触られたわけではないが、平成の世に生きていた喪女にとっては、他人に触れられたこともないところを他意もなく触れられるのは逆に耐えられないのである。
 本当は自分一人で入りたいが、それだと春日局の仕事を取り上げることになるため、そこは許容した。

 春日局から正勝に代わってもそれは続いていて、次第に裸を見られるのは慣れ、平気になったはずだったのだが、春日局との一件や月花の言葉もあり、羞恥に目覚めたというわけだった。

 ちなみに、秀忠や亡き家康は全身洗って貰って、その場で情交などの流れもままあったりしたわけで。

 その内家光にもそんな日が来るかもしれない。

「……貸して」
「はい、どうぞ。終わりましたら流しましょう」

 家光は春日局から糠袋を受け取ると、無言で胸と股を洗い始めた。
 男の目の前で股をわしゃわしゃ洗うその図は絵に起こすと中々滑稽である。

「……よし、おっけー、綺麗になったよー!」

 一通り綺麗になったのか、満足そうな家光の声に月花と春日局は家光に湯を掛け、垢を洗い流していく。

「んじゃー、浸かるね!」

 ざっぶーんっ! と勢いよく家光は湯船に浸かる。
 その反動で湯が跳ね、洗い場の二人にその湯が掛かってしまう。

「……家光様、子供みたいにはしゃがないでいただけますか? 濡れてしまいましたよ」
「私もですぅ」

 春日局と月花がびしょ濡れで、家光の方を見ていた。

「ご、ごっめーん!!」

 家光は謝りながら、手を伸ばせば届く距離に居る二人の腕を立ち上がって掴むと、それに力を込めて一息に引っ張った。

「え?」

 ざばぁああああっ!! と水飛沫を巻き上げて、春日局と月花が湯船へと落ちる。


「……家光様っ!? あなたという方はっ!!」
「ぷはっ!」


 春日局と月花は何が起きたか瞬時に理解し、素早く立ち上がった。
 湯船に落ちた反動で目隠しが半分取れた春日局は家光の肩を掴み抗議しようとするが……、

「……あっ」
「っ……!」
「まぁっ」

 三人の声が同時に発せられ、場の空気が固まった。
 春日局は家光の肩を掴んだつもりだったが、それは家光の乳房だったのだ。
 家光の持っていた手拭は先程両手で二人の腕を掴んでいた時点で外れている。

「……福のえっち!」

 ぱちんっ! と、春日局の頬に家光の平手が飛んできた。

「不可抗力です。家光様が性懲りもなく、悪戯をするからですよ」

 春日局は叩かれた頬を手で押さえ、半分ずれた目隠しを取り去り冷やかに話すと、静かに湯船から上がる。

「……さぁ、もう時間もありませんからこのまま御髪を洗いましょうか」

 洗い場に戻り家光に振り返る春日局の目は鋭く、けれど唇は艶やかに笑みを浮かべ誘うように告げた。

「……は、はい……」

 家光は裸を見られてはいるものの、それが気にならない程怖い目をした春日局の言うままに返事をしていた。
 月花はその目が怖くて、家光の背後に隠れて温かい湯船の中、何故か震えていた。

「……福は、動じないんだね」
「何がですか?」

 家光は再び湯船に浸かり、春日局に背を向けていた。
 春日局は家光の髪を手に取り、結ってある髪の紐を解いてから湯を掛け、洗ってゆく。

「……私、そんなに魅力ない?」
「ああ、そのことですか? 襲って欲しいのですか?」

 会話を続けながら、くしゅくしゅと優しく髪を洗い、丁寧に流していった。

「いやっ、そういうわけじゃないんだけどっ……っていうかそんなこと言わなくても……」
「……その内、あなたも女になる。そうすれば、私の今の気持ちも多少はわかるかもしれませんね」

 春日局は苦笑しながらも済ました顔で湯を髪に流し、絞る。

「……ん? 何か言った?」

 お湯の流れる音で、春日局の声は家光には聞こえなかったようだった。

「……いいえ。家光様には魅力がありますよとだけ」
「そう……えへ。なんか、そう言って貰えると女としては嬉しいな」

 春日局の気持ちなどわかる様子もなく、家光は振り返って無邪気に微笑む。

「ただ、もうあのような悪戯は御止めください。もう子供ではありませんよ?」
「はぁい」

 春日局が湯船からいつの間にか湯船から出ていた月花に糠袋を渡しながら、家光を諫める。
 その声を耳に軽く留め、家光はざばぁっと勢い良く立ち上がると洗い場へと上がった。

「……前、隠さなくていいんですか?」

 家光を洗うという仕事が終わった春日局は、いつもと同じ冷やかな口調で目の前の全裸の家光につっこみを入れつつ着流しを脱ぎ始めたのだった。

「あっ、か、隠しますっ! って、福、脱ぐのっ!?」

 突然の春日局の裸にどきんっと心臓が跳ねて、家光は頬を赤く染める。
 普段見ることのない意外と筋肉質な胸元、割れた腹筋に、先程の湯と春日局の汗が髪から、首から伝って流れていく。
 腕も引き締まっていて、いつもは着物で隠されているが、何とも逞しい身体つきである。
 手も大きくて指も長く骨ばっており、崩れた前髪を掻き上げる仕草が色っぽい。
 褌姿の下は腿も筋肉質で長い脚、現代ならば美術のヌードモデルでも出来るんじゃないかと思う程である。
 そして立派な男の象徴は少し大きくなっているような気もするが、家光はそんな所見ていないので本当の所はわからない。

 正勝と比べれば春日局の方が背も高いし、髪も長くて、艶っぽいのである。
 男としての魅力というか、大人の色気みたいなものが脱ぐと溢れ出でてむんむんである。
 むんむんて何だ。

「当たり前です、このままでは風邪を引きますからね。……月花も脱いで、替えの浴衣を持って来るように」
「はい」

 春日局の言葉に月花はそそくさと出入り口へと向かって扉の向こう側へと姿を消した。

「あ! 月花は別のとこで脱ぐの!?」
「月花は家光様ではありませんからね」

 家光が口を尖らせ問うも、春日局は着流しを絞りながら応える。

「えー、何それー、差別ー」
「……区別です。あなたは将軍家の三代目なのですから」

 春日局は濡れた髪を結んでいた紐を一度取って、その紐を口で挟み、髪を絞ると手櫛で掻き揚げ、邪魔にならないように手早く纏めた。
 その所作が美しく艶かしくて、家光はぼぅっと見ていた。

「……」
「? 家光様、どうしたんですか?」

 自分を見る家光の視線に気が付き、春日局は首を傾げる。

「……いやっ、何でもないよっ。上がる」

 はっとするように家光は頬を紅くしたまま、脱衣所へと向かうのだった。

「? はい」

 春日局もそれに続くように家光の一糸纏わぬ背を眺めながら脱衣所に向かう。

(家光様のお背中、美しくなられた……臀部なども良い形ではないか。 
 これなら多くの御子を産めるだろう)

 などと家光のお尻を真剣に見つめつつ、満足気に頷く春日局であった。
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