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【転生・元服編】
022 徳川家光となりまして
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――正勝がお茶を持って家光の部屋に戻って来ると、部屋の中から聞き慣れない声が聞こえて来る。
「……こちらが、それぞれ伊賀と甲賀で育った腕利きの忍びです。これから家光様が将軍になるにあたって、護衛の任に就くことになりました。つきましてはお二人に新たな名前を家光様より頂戴致したく……」
そう春日局の声が聞こえると、今声を掛けないと掛けそびれてしまいそうだなと思い、正勝は発声する。
「……こほんっ、お話中のところ申し訳ございません」
軽く咳払いをしてから正勝は襖越しに声を掛けたのだった。
「あ、正勝戻ってきた。大丈夫、入っていーよ」
「はい、失礼致します」
中から愛しい家光の声が聞こえ、静かに襖を開いて正勝は部屋の中へと入った。
「ああ正勝、丁度良いところに。お前にも紹介しておく」
「はい」
「この二人が前に言った、家光様の護衛の二人だ」
春日局が上座に座る家光の前に正座する二人を見ながら正勝に告げる。
一人は、濃紺色の忍び服を着た毬栗のような短髪黒髪の青年。
柘榴石に似たきつい印象を与えがちな強い目元は情が厚そうで、眉も凛々しく頼れる感じ。
高い鼻と薄い唇にスポーツマンのような筋肉質の身体は背も高い。
歳は二十前後という所か。
大奥の側室候補になってもおかしくない程の美貌を持っている。
もう一人は、柿渋色の忍び服を着た長い黒髪を二つに分けたお下げ髪の少女。
黄玉の瞳にぷっくりとした艶やかな唇。
丸顔で随分と愛らしい、十五~十六歳といったところか。
まだあどけなさが残る。
こちらは家光には劣るものの、城下にいたら数人に声を掛けられるレベルである。
「わぁ、春日局様のお子さん? さすがええ男やなぁ」
正勝が黙っているとお下げ髪の少女が、振り向いて瞳をキラキラ輝かせながら手を合わせ、じっと正勝の方を見た。
「……こら、家光様の前だろ」
「えへへ、ごめんなさーい。里にはいい男居なかったから、いい男見るとつい~」
男性がこんっと、少女の頭を軽く小突くと“てへぺろ”と、少女は可愛く舌を出した。
「……天然美少女恐ろしや」
家光は少女を見ながらぼそっと、口走るものの、その気持ちは分かると頷くのだった。
それを春日局は無言のまま、見下すように冷やかに少女を見ている。
「……ひーん、局様、怖いよう」
春日局の視線に気付くと、少女はしゅーんと小さく俯いてしまった。
「……福、そう怒るな、私は気にしない」
家光がそう言って、少女の頭を撫でると、少女ははきはきとした声音で発する。
「……家光様って、お優しいんですね!」
「そうか?」
少女は家光にもう懐いてしまったのか、家光の手を取り両手でしっかりと包むと、再び瞳をキラキラ輝かせ、
「家光様、大好きですっ!!」
そうはっきり言ってのけた。
「え?」
家光が目を点にすると同時、
「はっ!?」
一瞬眉を顰めた正勝の大きな声が部屋に響く。
私もまだ言ってないのに、出逢って初っ端から何言ってんだこの小娘!?
と、正勝は内心で憤っていた。
「……ふぅ。家光様、先程の名前の件なのですが……」
春日局は少女や正勝の様子に呆れ若者達の話が終わりそうに無いのを感じ、本題に戻そうとする(男性は空気)。
「あ、ああ、そうだった。そうだな~、じゃー、君が風鳥で、君が月花なんてどう?」
家光は男性を手の平で失礼のないように指し示し、風鳥と付け、少女に月花と名付けたのだった。
「はい、良き名をありがとうございます」
「やーん、可愛い名前~! さすが家光様!」
風鳥と名付けられた青年は、礼儀正しく座礼をする。
対照的に月花と名付けられた少女はよほど嬉しかったのか家光に抱きついていた。
「月花、ちょ、ちょっとっ!」
天然美少女に抱きつかれた家光は少し照れた様子で自分に抱きつく月花の額を軽くぺちぺちと叩いて、剥がそうとしている。
「だって、月花家光様好きなんですものー!」
月花は家光の小さな抵抗など気に留めることなく抱きついて離れようとはしなかった。
「……私の家光様に気安く触らないで下さい……」
ぼそっと正勝が呟いたが、じゃれ合う二人の声で聞こえなかった。
正勝にすれば女であっても家光の側に寄るものは許せないものらしい。
「……では、家光様、明日からの上洛の件よろしくお願いいたします。護衛に関することは風鳥からお聞きください」
春日局がこの場からさっさと去りたい様子で立ち上がり、月花の首根っこを掴むと家光から引き剥がして、彼女を引き摺って襖を開いた。
「うん、わかったよ~」
月花を剥がしてもらい、ほっとした面持ちの家光が月花ににこやかに手を振る。
「いやっ私はまだ家光様と居るー!!」
月花が抵抗するも、背が高い大人の男である春日局の力には適わないのかそのまま引き摺られていくのであった。
「月花、これから私と大事なお話をしましょうね」
「いやぁああああ――!!!!」
襖が閉まる直前、春日局の氷のような冷たく鋭い目が月花を射抜いて、月花が怯えたのを見ながら部屋に残った三人は 春日局を怒らせてはいけないと肝に銘じる。
「……あの眼、見た? 超こえぇ……」
「はい……」
身震いした家光に残った二人が相槌を打ったのだった。
「……改めまして家光様、風鳥の名ありがとうございます。月花も良き名を戴いて喜んでいることと思います。私は基本的には表には出ることはない護衛でして……」
気を取り直して、風鳥が明日の予定を語り始めた。
「隠密ってやつだもんね」
「そうです。護衛に辺り、これから家光様の身の回りのことも一部させていただきます。これは家光様の行動を把捉させていただくためですので、そこは正勝殿にもご了承願います」
家光が口を挟むと、風鳥は真っ直ぐに家光を見ながら言い、最後に正勝に視線を移して告げる。
「はい、春日局様より伺っておりますので構いません」
正勝は本当は嫌だったが、春日局の言い付けなので仕方なく了承するしかなかった。
「え? そうなんだ、把捉ってことは……監視するってこと? 私結構抜け出すけどよろしくね」
家光は春日局の意向なんだろうなと感づいて、挑戦的ににやりとほくそ笑んだ。
「はは……」
風鳥はそんな家光に面白い女だな、と思いながら空笑いする。
「それで、明日は風鳥と月花もついて来るわけだよね?」
家光は春日局に言われた通り、明日の護衛について風鳥に訊ねたのだった。
「はい、家光様からは見えない位置ではありますが、私も月花もすぐ側に居ります。有事の際はすぐに駆けつけられますのでご安心ください」
「わかった。それにしても、月花って可愛いね。ここって母上と妹抜けば男ばっかりだから何か新鮮だったよ」
家光は風鳥からの話を聞き終えると、月花を思い出し優しく微笑む。
同性、しかも歳の近い他人と話をしたのは久しぶりだった。
しかも、いい男好きときた。
友達になれそうな予感♪
家光は先程べたつかれたのも忘れて、もう一度月花と話をしてみたいと思うのだった。
「ああ、先程は失礼しました。月花はまだ幼いのか、言葉使いもままならなくて。ただ、腕だけは一人前なので家光様さえ宜しければお側に置いてやってください」
風鳥は月花をよく知っているのか代わりに謝罪し、家光に頭を下げたのだった。
「あ、別に頭下げなくていいよ。うん、そうだね、同性の子とお茶飲むのも楽しいし、春日局の説教が終わったら部屋に来るように言ってくれる?」
家光は前に乗り出し、風鳥の肩に触れて頭を上げるよう促す。
「はい、承知しました」
風鳥はそれに応えるように頭を上げて、側かに笑った。
「あれ……? 風鳥って……どっかで私と会ったことあった?」
間近で、風鳥を見た家光は風鳥の顔をじっと見つめる。
(この顔どっかで見たような……? はて、いつのことだったか……)
今すぐは思い当たらないので、家光は風鳥に訊ねてみたのだが、
「……さぁ……どうでしょうか、会ったかも知れませんし、会ってないかもしれませんし」
風鳥ははぐらかすように笑うだけだった。
「いや、あのね、私イケメンの顔って忘れないんだよね……」
家光は自分の記憶を探るように宙を見やる。
だがやはり、すぐには出てこないようである。
「それでは、思い出したら教えてください。もしかしたら、初めてお会いしたのかもしれませんし」
風鳥は楽しげに笑って、宿題とでも言わんばかりに家光に告げた。
「え、あ、うん、そうだね。別の人と勘違いしてるだけかもしれないし」
家光もよくはわからないが、風鳥の笑顔に釣られて微笑み返す。
「そうですよね」
そうしてにこにこと二人が対話する中置いてけぼりの正勝は、
(……風鳥は家光様と昔お会いしている!?)
月花といい、風鳥といい、強力な恋敵が現れたと内心修羅場を迎えていた。
その後、春日局のお説教を聴き終えた月花が、家光の部屋から戻った風鳥に言われて家光の元へと向かい、家光と話が合ったらしく、互いに楽しい時間を過ごし、そのまま家光の部屋で眠ってしまうのだった。
――そして、夜が明けた!
「……こちらが、それぞれ伊賀と甲賀で育った腕利きの忍びです。これから家光様が将軍になるにあたって、護衛の任に就くことになりました。つきましてはお二人に新たな名前を家光様より頂戴致したく……」
そう春日局の声が聞こえると、今声を掛けないと掛けそびれてしまいそうだなと思い、正勝は発声する。
「……こほんっ、お話中のところ申し訳ございません」
軽く咳払いをしてから正勝は襖越しに声を掛けたのだった。
「あ、正勝戻ってきた。大丈夫、入っていーよ」
「はい、失礼致します」
中から愛しい家光の声が聞こえ、静かに襖を開いて正勝は部屋の中へと入った。
「ああ正勝、丁度良いところに。お前にも紹介しておく」
「はい」
「この二人が前に言った、家光様の護衛の二人だ」
春日局が上座に座る家光の前に正座する二人を見ながら正勝に告げる。
一人は、濃紺色の忍び服を着た毬栗のような短髪黒髪の青年。
柘榴石に似たきつい印象を与えがちな強い目元は情が厚そうで、眉も凛々しく頼れる感じ。
高い鼻と薄い唇にスポーツマンのような筋肉質の身体は背も高い。
歳は二十前後という所か。
大奥の側室候補になってもおかしくない程の美貌を持っている。
もう一人は、柿渋色の忍び服を着た長い黒髪を二つに分けたお下げ髪の少女。
黄玉の瞳にぷっくりとした艶やかな唇。
丸顔で随分と愛らしい、十五~十六歳といったところか。
まだあどけなさが残る。
こちらは家光には劣るものの、城下にいたら数人に声を掛けられるレベルである。
「わぁ、春日局様のお子さん? さすがええ男やなぁ」
正勝が黙っているとお下げ髪の少女が、振り向いて瞳をキラキラ輝かせながら手を合わせ、じっと正勝の方を見た。
「……こら、家光様の前だろ」
「えへへ、ごめんなさーい。里にはいい男居なかったから、いい男見るとつい~」
男性がこんっと、少女の頭を軽く小突くと“てへぺろ”と、少女は可愛く舌を出した。
「……天然美少女恐ろしや」
家光は少女を見ながらぼそっと、口走るものの、その気持ちは分かると頷くのだった。
それを春日局は無言のまま、見下すように冷やかに少女を見ている。
「……ひーん、局様、怖いよう」
春日局の視線に気付くと、少女はしゅーんと小さく俯いてしまった。
「……福、そう怒るな、私は気にしない」
家光がそう言って、少女の頭を撫でると、少女ははきはきとした声音で発する。
「……家光様って、お優しいんですね!」
「そうか?」
少女は家光にもう懐いてしまったのか、家光の手を取り両手でしっかりと包むと、再び瞳をキラキラ輝かせ、
「家光様、大好きですっ!!」
そうはっきり言ってのけた。
「え?」
家光が目を点にすると同時、
「はっ!?」
一瞬眉を顰めた正勝の大きな声が部屋に響く。
私もまだ言ってないのに、出逢って初っ端から何言ってんだこの小娘!?
と、正勝は内心で憤っていた。
「……ふぅ。家光様、先程の名前の件なのですが……」
春日局は少女や正勝の様子に呆れ若者達の話が終わりそうに無いのを感じ、本題に戻そうとする(男性は空気)。
「あ、ああ、そうだった。そうだな~、じゃー、君が風鳥で、君が月花なんてどう?」
家光は男性を手の平で失礼のないように指し示し、風鳥と付け、少女に月花と名付けたのだった。
「はい、良き名をありがとうございます」
「やーん、可愛い名前~! さすが家光様!」
風鳥と名付けられた青年は、礼儀正しく座礼をする。
対照的に月花と名付けられた少女はよほど嬉しかったのか家光に抱きついていた。
「月花、ちょ、ちょっとっ!」
天然美少女に抱きつかれた家光は少し照れた様子で自分に抱きつく月花の額を軽くぺちぺちと叩いて、剥がそうとしている。
「だって、月花家光様好きなんですものー!」
月花は家光の小さな抵抗など気に留めることなく抱きついて離れようとはしなかった。
「……私の家光様に気安く触らないで下さい……」
ぼそっと正勝が呟いたが、じゃれ合う二人の声で聞こえなかった。
正勝にすれば女であっても家光の側に寄るものは許せないものらしい。
「……では、家光様、明日からの上洛の件よろしくお願いいたします。護衛に関することは風鳥からお聞きください」
春日局がこの場からさっさと去りたい様子で立ち上がり、月花の首根っこを掴むと家光から引き剥がして、彼女を引き摺って襖を開いた。
「うん、わかったよ~」
月花を剥がしてもらい、ほっとした面持ちの家光が月花ににこやかに手を振る。
「いやっ私はまだ家光様と居るー!!」
月花が抵抗するも、背が高い大人の男である春日局の力には適わないのかそのまま引き摺られていくのであった。
「月花、これから私と大事なお話をしましょうね」
「いやぁああああ――!!!!」
襖が閉まる直前、春日局の氷のような冷たく鋭い目が月花を射抜いて、月花が怯えたのを見ながら部屋に残った三人は 春日局を怒らせてはいけないと肝に銘じる。
「……あの眼、見た? 超こえぇ……」
「はい……」
身震いした家光に残った二人が相槌を打ったのだった。
「……改めまして家光様、風鳥の名ありがとうございます。月花も良き名を戴いて喜んでいることと思います。私は基本的には表には出ることはない護衛でして……」
気を取り直して、風鳥が明日の予定を語り始めた。
「隠密ってやつだもんね」
「そうです。護衛に辺り、これから家光様の身の回りのことも一部させていただきます。これは家光様の行動を把捉させていただくためですので、そこは正勝殿にもご了承願います」
家光が口を挟むと、風鳥は真っ直ぐに家光を見ながら言い、最後に正勝に視線を移して告げる。
「はい、春日局様より伺っておりますので構いません」
正勝は本当は嫌だったが、春日局の言い付けなので仕方なく了承するしかなかった。
「え? そうなんだ、把捉ってことは……監視するってこと? 私結構抜け出すけどよろしくね」
家光は春日局の意向なんだろうなと感づいて、挑戦的ににやりとほくそ笑んだ。
「はは……」
風鳥はそんな家光に面白い女だな、と思いながら空笑いする。
「それで、明日は風鳥と月花もついて来るわけだよね?」
家光は春日局に言われた通り、明日の護衛について風鳥に訊ねたのだった。
「はい、家光様からは見えない位置ではありますが、私も月花もすぐ側に居ります。有事の際はすぐに駆けつけられますのでご安心ください」
「わかった。それにしても、月花って可愛いね。ここって母上と妹抜けば男ばっかりだから何か新鮮だったよ」
家光は風鳥からの話を聞き終えると、月花を思い出し優しく微笑む。
同性、しかも歳の近い他人と話をしたのは久しぶりだった。
しかも、いい男好きときた。
友達になれそうな予感♪
家光は先程べたつかれたのも忘れて、もう一度月花と話をしてみたいと思うのだった。
「ああ、先程は失礼しました。月花はまだ幼いのか、言葉使いもままならなくて。ただ、腕だけは一人前なので家光様さえ宜しければお側に置いてやってください」
風鳥は月花をよく知っているのか代わりに謝罪し、家光に頭を下げたのだった。
「あ、別に頭下げなくていいよ。うん、そうだね、同性の子とお茶飲むのも楽しいし、春日局の説教が終わったら部屋に来るように言ってくれる?」
家光は前に乗り出し、風鳥の肩に触れて頭を上げるよう促す。
「はい、承知しました」
風鳥はそれに応えるように頭を上げて、側かに笑った。
「あれ……? 風鳥って……どっかで私と会ったことあった?」
間近で、風鳥を見た家光は風鳥の顔をじっと見つめる。
(この顔どっかで見たような……? はて、いつのことだったか……)
今すぐは思い当たらないので、家光は風鳥に訊ねてみたのだが、
「……さぁ……どうでしょうか、会ったかも知れませんし、会ってないかもしれませんし」
風鳥ははぐらかすように笑うだけだった。
「いや、あのね、私イケメンの顔って忘れないんだよね……」
家光は自分の記憶を探るように宙を見やる。
だがやはり、すぐには出てこないようである。
「それでは、思い出したら教えてください。もしかしたら、初めてお会いしたのかもしれませんし」
風鳥は楽しげに笑って、宿題とでも言わんばかりに家光に告げた。
「え、あ、うん、そうだね。別の人と勘違いしてるだけかもしれないし」
家光もよくはわからないが、風鳥の笑顔に釣られて微笑み返す。
「そうですよね」
そうしてにこにこと二人が対話する中置いてけぼりの正勝は、
(……風鳥は家光様と昔お会いしている!?)
月花といい、風鳥といい、強力な恋敵が現れたと内心修羅場を迎えていた。
その後、春日局のお説教を聴き終えた月花が、家光の部屋から戻った風鳥に言われて家光の元へと向かい、家光と話が合ったらしく、互いに楽しい時間を過ごし、そのまま家光の部屋で眠ってしまうのだった。
――そして、夜が明けた!
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