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【転生・元服編】
020 会議後の閑話
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「……とまぁ、こんなことがあってね」
部屋に戻ってから間もなく、正勝がお茶と三色団子を持って部屋にやって来ていた。
竹千代は桃色の団子を齧って、お茶を啜りながら先程の春日局の会話を正勝に話していた。
「……恋……ですか」
正勝は正座しながら背筋を伸ばし、もぐもぐと口を動かす竹千代を見つめている。
団子を咀嚼する姿も可愛いなぁ、などと若干ぽぉおっと竹千代を見ている正勝はもう病気である。
春日局……自分の父の恋話を聞くのは複雑なはずだが、そんなことは今の正勝にとってはどうでもいいらしい。
というか、むしろ春日局の家康を想う気持ちが何となくわかる正勝であった。
「いや正勝、重要なのそこじゃないから」
「あっ、はい」
びしっと、竹千代に自分の鼻先を人差し指で指さされ、正勝はさして崩れてもいない姿勢を正すように背筋をぴんと張った。
「私が将軍になったら、ここはもう出て、別の部屋になるんだね」
竹千代は正勝の様子を訝しげに思い、これ以上言ってもわかってもらえそうもないと思ってか、話題を変えることにした。
そして、感慨深げに部屋を見渡す。
「……ここで沢山遊びましたね」
昔を思い出しているのか、正勝は優しげに目を細めたのだった。
正勝の脳裏に幼い頃、竹千代と鬼ごっこや隠れん坊をした記憶が蘇る。
竹千代様の弾けるような笑顔に遊んだ日々。
剣術の稽古を部屋で行い障子を破ってしまい共に春日局様に怒られたこともあった。
この部屋の柱には互いの成長の記録も内緒で刻まれている。
自分の背が急に伸びた頃から竹千代様は記録を付けなくなった。
正勝の方が高いなんて悔しいと言っていたな。
竹千代様は勝負事に負けるのを嫌がっていたから。
弓道も、剣術も、華道も茶道も、始めは自分が巧かったものの、後に竹千代様の方がずっと上達された。
どうしても勝つことの出来ない背だけは悔しかったご様子。
背の高さなど勝負事ではないのだが、あの時のちょっと悔しそうな潤んだ瞳がすごく可愛かったのを憶えてる。
思えば、幼い頃から竹千代のことが好きだったのかもしれないと、正勝は改めて思う。
「うん。正勝に色々教えてもらったよね、楽しかったね」
「はい、とても」
正勝の笑顔に釣られて、竹千代もにこやかに微笑み返した。
そして、竹千代は改まって背筋を正す。
「正勝」
「はい」
真っ直ぐに自分を見つめる竹千代に、正勝は疑問ながら、返事をする。
「私が将軍になっても、側に居てくれる?」
窺うように竹千代は真摯な態度で正勝の瞳をじっと見つめた。
「はい」
何を言うかと思えば、そんなことかと思い、正勝は即答する。
「ずっと、側に居てくれる?」
「はい、居ります」
竹千代は今度は少しだけ、距離を詰めて訊ねたのだった。
当然じゃないですかと言わんばかりに正勝は再び即答する。
「ずっと、ずっとだよ?」
ずずずいっっと近付いて、互いの膝が当たる距離で竹千代は得意の必殺上目遣いに正勝を覗き込んだ。
「はい、ずっとです」
あまりの近距離に、正勝は後ろに両手を付いて、背を反らせながらごくりと唾を飲み込んで頬を紅くしつつも、即答を重ねるのだった。
「……ありがとう。私頑張るから、美味しいお茶、入れてね」
正勝の様子に竹千代は気付くことはなく、正勝の肯定の返事にやっとほっとしたように笑う。
「お、お茶ですか?」
背を仰け反らせたまま、正勝は上擦った声で訊ねた。
「正勝の入れるお茶美味しくて好きなんだ~」
他に何があるの? とでも言わんばかりに首を一瞬傾げてふわりと微笑んでから、元居た位置へと戻り、正勝の入れたお茶を啜る。
「は、はぁ……」
正勝は何だが拍子抜けしてしまうものの、竹千代の側に居れるならまぁいいかとお茶を啜る竹千代を見つめていた。
その内、竹千代が正勝の視線に気がつくと、無垢な笑顔を送ってくれる。
「お団子おかわり!」
竹千代は団子を食べ終えると、口の近くに団子の欠片を付けたまま、二本目を要求する。
「はい、どうぞ。あ、竹千代様、頬に団子の欠片がついてます」
正勝はあらかじめ用意してあった二本目を出しつつ、竹千代の頬についた欠片を見つけると、自分の頬を指差して、教えたのだった。
「え、どこー?」
指摘されたものの見つけられないのか、竹千代は正勝から二本目を受け取ると、それをほうばる。
「お取りしますね」
正勝は内心どきどきと動揺しながら竹千代の頬に触れ、団子の欠片を取り去ると、それを無意識のまま口に入れたのだった。
「……っ……」
この行為に今まで全くの無反応だった竹千代が目を丸くして赤面する。
「……あっ、すみません……」
正勝はすぐさま元の場所まで下がり、座礼をする。
その耳は紅く染まっていた。
「……あー……うん、だ、大丈夫……」
竹千代は少しドキッとした様子で、口元を手で覆っている。
(いや、まさか食べちゃうなんて。
ちょっと、恥ずかしい……。
正勝は私の身の回りのこと何でもしてくれるけど……今のは恥ずかしい!
イケメンなのは確かだから、尚更……)
自然な感じに食べた行為が何だかとても恥ずかしいことのように感じて、竹千代はどうしたらいいか混乱するのだった。
「……だ、団子が食べたくなったのでっ!!」
大丈夫と言ったきり黙ったままの竹千代の様子が恐くなって、座礼したままの正勝が突然大きな声を発する。
「え?」
正勝の台詞に何とも間抜けな声で竹千代は首を傾げた。
「あのっ、私の分が無かったので、つい食べてしまいましたっ!」
耳は紅いままだが、必死で竹千代に伝える正勝。
「……な、なーんだ、じゃあ、言ってくれればいいのに~!」
やだなぁ、と言いながら、竹千代は正勝の肩を優しく叩いて顔を上げさせると、食べかけの団子を正勝の前に差し出した。
ちょっと意識しちゃったじゃない。
おばさんちょっときゅんとしちゃったわよ。
と、竹千代はおばさんモード全開で、開き直った。
正勝が何も言わなければフラグが立っていたかもしれなかったのに。
「え?」
正勝は呆気に取られ、目の前の団子を見る。
「食べかけだけどどうぞ、美味しいよ」
笑顔でそう言うと、三つ刺さった団子の内一つ無くなった団子を正勝に食べるよう促すのだった。
「あ、ありがとうございます……」
正勝は手渡された団子を一つ、口に運ぶ。
それを竹千代はにこにこしながら見守っていた。
竹千代が先程口を付けた団子。
いつも通りの作り方で丁寧に作ってはいたが、いつも通りの味のはず。
でも、何故か今日は違う味がする。
竹千代の唇が触れた団子。
それだけで今まで食べた団子のどれよりも美味しく感じた。
本当は団子など、食べたかったわけじゃない。
無意識でしてしまった。
本当に重症かも知れない。
喪が明けるまであと数日。
この数日間は正勝と竹千代、ほぼ二人きりの日々が約束されている。
元服式が行われれば、新たに護衛の者達がやって来て、こんな風に竹千代と話す機会もなくなるだろう。
まして、祝言を挙げてしまえば、竹千代は人妻。
遠い存在となってしまう。
正勝はこの数日を大事に過ごそうと決意するのだった。
哀しいかな……そんな日はあっという間に過ぎちゃうけどね。
部屋に戻ってから間もなく、正勝がお茶と三色団子を持って部屋にやって来ていた。
竹千代は桃色の団子を齧って、お茶を啜りながら先程の春日局の会話を正勝に話していた。
「……恋……ですか」
正勝は正座しながら背筋を伸ばし、もぐもぐと口を動かす竹千代を見つめている。
団子を咀嚼する姿も可愛いなぁ、などと若干ぽぉおっと竹千代を見ている正勝はもう病気である。
春日局……自分の父の恋話を聞くのは複雑なはずだが、そんなことは今の正勝にとってはどうでもいいらしい。
というか、むしろ春日局の家康を想う気持ちが何となくわかる正勝であった。
「いや正勝、重要なのそこじゃないから」
「あっ、はい」
びしっと、竹千代に自分の鼻先を人差し指で指さされ、正勝はさして崩れてもいない姿勢を正すように背筋をぴんと張った。
「私が将軍になったら、ここはもう出て、別の部屋になるんだね」
竹千代は正勝の様子を訝しげに思い、これ以上言ってもわかってもらえそうもないと思ってか、話題を変えることにした。
そして、感慨深げに部屋を見渡す。
「……ここで沢山遊びましたね」
昔を思い出しているのか、正勝は優しげに目を細めたのだった。
正勝の脳裏に幼い頃、竹千代と鬼ごっこや隠れん坊をした記憶が蘇る。
竹千代様の弾けるような笑顔に遊んだ日々。
剣術の稽古を部屋で行い障子を破ってしまい共に春日局様に怒られたこともあった。
この部屋の柱には互いの成長の記録も内緒で刻まれている。
自分の背が急に伸びた頃から竹千代様は記録を付けなくなった。
正勝の方が高いなんて悔しいと言っていたな。
竹千代様は勝負事に負けるのを嫌がっていたから。
弓道も、剣術も、華道も茶道も、始めは自分が巧かったものの、後に竹千代様の方がずっと上達された。
どうしても勝つことの出来ない背だけは悔しかったご様子。
背の高さなど勝負事ではないのだが、あの時のちょっと悔しそうな潤んだ瞳がすごく可愛かったのを憶えてる。
思えば、幼い頃から竹千代のことが好きだったのかもしれないと、正勝は改めて思う。
「うん。正勝に色々教えてもらったよね、楽しかったね」
「はい、とても」
正勝の笑顔に釣られて、竹千代もにこやかに微笑み返した。
そして、竹千代は改まって背筋を正す。
「正勝」
「はい」
真っ直ぐに自分を見つめる竹千代に、正勝は疑問ながら、返事をする。
「私が将軍になっても、側に居てくれる?」
窺うように竹千代は真摯な態度で正勝の瞳をじっと見つめた。
「はい」
何を言うかと思えば、そんなことかと思い、正勝は即答する。
「ずっと、側に居てくれる?」
「はい、居ります」
竹千代は今度は少しだけ、距離を詰めて訊ねたのだった。
当然じゃないですかと言わんばかりに正勝は再び即答する。
「ずっと、ずっとだよ?」
ずずずいっっと近付いて、互いの膝が当たる距離で竹千代は得意の必殺上目遣いに正勝を覗き込んだ。
「はい、ずっとです」
あまりの近距離に、正勝は後ろに両手を付いて、背を反らせながらごくりと唾を飲み込んで頬を紅くしつつも、即答を重ねるのだった。
「……ありがとう。私頑張るから、美味しいお茶、入れてね」
正勝の様子に竹千代は気付くことはなく、正勝の肯定の返事にやっとほっとしたように笑う。
「お、お茶ですか?」
背を仰け反らせたまま、正勝は上擦った声で訊ねた。
「正勝の入れるお茶美味しくて好きなんだ~」
他に何があるの? とでも言わんばかりに首を一瞬傾げてふわりと微笑んでから、元居た位置へと戻り、正勝の入れたお茶を啜る。
「は、はぁ……」
正勝は何だが拍子抜けしてしまうものの、竹千代の側に居れるならまぁいいかとお茶を啜る竹千代を見つめていた。
その内、竹千代が正勝の視線に気がつくと、無垢な笑顔を送ってくれる。
「お団子おかわり!」
竹千代は団子を食べ終えると、口の近くに団子の欠片を付けたまま、二本目を要求する。
「はい、どうぞ。あ、竹千代様、頬に団子の欠片がついてます」
正勝はあらかじめ用意してあった二本目を出しつつ、竹千代の頬についた欠片を見つけると、自分の頬を指差して、教えたのだった。
「え、どこー?」
指摘されたものの見つけられないのか、竹千代は正勝から二本目を受け取ると、それをほうばる。
「お取りしますね」
正勝は内心どきどきと動揺しながら竹千代の頬に触れ、団子の欠片を取り去ると、それを無意識のまま口に入れたのだった。
「……っ……」
この行為に今まで全くの無反応だった竹千代が目を丸くして赤面する。
「……あっ、すみません……」
正勝はすぐさま元の場所まで下がり、座礼をする。
その耳は紅く染まっていた。
「……あー……うん、だ、大丈夫……」
竹千代は少しドキッとした様子で、口元を手で覆っている。
(いや、まさか食べちゃうなんて。
ちょっと、恥ずかしい……。
正勝は私の身の回りのこと何でもしてくれるけど……今のは恥ずかしい!
イケメンなのは確かだから、尚更……)
自然な感じに食べた行為が何だかとても恥ずかしいことのように感じて、竹千代はどうしたらいいか混乱するのだった。
「……だ、団子が食べたくなったのでっ!!」
大丈夫と言ったきり黙ったままの竹千代の様子が恐くなって、座礼したままの正勝が突然大きな声を発する。
「え?」
正勝の台詞に何とも間抜けな声で竹千代は首を傾げた。
「あのっ、私の分が無かったので、つい食べてしまいましたっ!」
耳は紅いままだが、必死で竹千代に伝える正勝。
「……な、なーんだ、じゃあ、言ってくれればいいのに~!」
やだなぁ、と言いながら、竹千代は正勝の肩を優しく叩いて顔を上げさせると、食べかけの団子を正勝の前に差し出した。
ちょっと意識しちゃったじゃない。
おばさんちょっときゅんとしちゃったわよ。
と、竹千代はおばさんモード全開で、開き直った。
正勝が何も言わなければフラグが立っていたかもしれなかったのに。
「え?」
正勝は呆気に取られ、目の前の団子を見る。
「食べかけだけどどうぞ、美味しいよ」
笑顔でそう言うと、三つ刺さった団子の内一つ無くなった団子を正勝に食べるよう促すのだった。
「あ、ありがとうございます……」
正勝は手渡された団子を一つ、口に運ぶ。
それを竹千代はにこにこしながら見守っていた。
竹千代が先程口を付けた団子。
いつも通りの作り方で丁寧に作ってはいたが、いつも通りの味のはず。
でも、何故か今日は違う味がする。
竹千代の唇が触れた団子。
それだけで今まで食べた団子のどれよりも美味しく感じた。
本当は団子など、食べたかったわけじゃない。
無意識でしてしまった。
本当に重症かも知れない。
喪が明けるまであと数日。
この数日間は正勝と竹千代、ほぼ二人きりの日々が約束されている。
元服式が行われれば、新たに護衛の者達がやって来て、こんな風に竹千代と話す機会もなくなるだろう。
まして、祝言を挙げてしまえば、竹千代は人妻。
遠い存在となってしまう。
正勝はこの数日を大事に過ごそうと決意するのだった。
哀しいかな……そんな日はあっという間に過ぎちゃうけどね。
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