逆転!? 大奥喪女びっち

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【転生・元服編】

017 御婆様との思い出

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 ――あれは、そう、竹千代が三代目将軍に就くという確約を得てすぐのこと。

「竹千代、お前は不思議な娘じゃな」

 ――その日、駿府城の茶室で家康と竹千代は久しぶりに再会し、家康は足を崩し、竹千代はきちんと正座しながらお茶を飲んでいた。
 茶室には二人の他には誰も居らず、祖母と孫の楽しい時間が流れている。

 家康はお茶菓子を食べながら、ぽつりと呟いたのだった。

「へ? 突然なんですか?」

 竹千代もお茶菓子をぱくつきながら、にがー、うまーと、抹茶の椀を回しながら飲むと、首を傾げている。

「お前は大抵のことを知っている目をしている。三代目に指名されることも、わかっていたようじゃ」

 そういい終えると家康は、ははは、と豪快に笑った。
 そして、竹千代に興味津々といった顔でじっと、竹千代の目を見るのであった。

「あ、いやぁ、なんていうか、国松では先行きが心配ですしおすし……多分、私がやった方が派閥とかも丸く収まるんじゃないかなーって」

 竹千代は自分を見抜く家康の鋭い眼光に、前世のことを悟られたかのような錯覚をして、はぐらかす様に返事をする。

「それじゃ!」
「っえ?」

 びっっと、突然家康は竹千代の鼻先を人差し指で、弾く。
 いてっと、竹千代は弾かれた鼻を手で押さえた。

「お前はまだ十になったばかり。大老達の派閥のことなど、政に関わっていないお前が何故わかる?」

 家康は愉快そうに竹千代を窺う。

「え……あ、はい。だって、国松ダイスキーズと、竹千代マンセーズが居るのは知ってるし、国松ダイスキーズは性格逝っちゃてる人達が多いから、国松が三代目になったら竹千代マンセーズの人達首切られるかと思って。それは可哀想でしょ? どっちの派閥にも有能な大老は居るし、後の幕府のために必要だと思う。私なら国松ダイスキーズの人も首にはしないもの」

 当たり前のように竹千代は顎に手を宛てて、宙を見上げながら言い終えると、家康を見た。
 竹千代は奥住まいだが、時々抜け出して城内を徘徊するし、城下にも行ってしまう。その度に人の噂話はチェックしているし、当然派閥の話もそこで仕入れているのである。
 ちなみに、この時竹千代は十~十一歳頃|(ざっくり)。家康は竹千代の年齢はっきり憶えていません。子沢山だし憶えるのが大変。

「“だいすきいず”と“まんせえず”とやらは良くわからぬが、その歳から周りを把握しているというのは将軍の器を持っていると言わざるを得ん。それに、この菓子」

 満足気に頷きながら家康はお茶菓子を目上に掲げる。
 
「あ、美味しくなかったですか? モンブラン。御膳所で栗を見つけたので作ってもらったのです。バターを手に入れるのが大変でした。結局バターは作ったし」

 スポンジが上手くいかなかったんだーと、饅頭の皮に似た土台の上に栗と生クリームと砂糖で煮た餡を載せた和製なんちゃってモンブランを食べ終えると、上唇についた生クリームをぺろりと舐め取った。

 前世は料理得意でしたもんね……。

「もんぶらんというのか。名前もさることながら見た目も珍妙。味も不思議な味じゃ。だが、美味い。お前と居ると先を見ているようで何とも面白いな」

 家康は竹千代から聞く今まで聞いたことのない言葉の羅列が面白いのか、機嫌よく竹千代と同じく菓子を食べ終えると、上唇に付いた生クリームを舐め取った。
 変なところが似ている祖母と孫である。

「! さすがはお婆様。話がわかるなぁ! 何せ、平成の世に生きてたもんですから色々と知ってたりするわけですよ(令和になるまえにこっち来ちゃったからね)」

 竹千代の口からぽろっと、元居た時代のことが零れた。

「ん? へいせいとな? それはなんじゃ?」

 竹千代からの新たな言葉に家康は年甲斐もなく目を輝かせ、前のめりになって竹千代を覗き込む。

「あ、う、ええっと……未来……この時代より先の時代? (でも、この時代は私の居た世界と多分違うもんなぁ……)」

 家康のキラキラした瞳が可愛く思えて、竹千代は春日局が好きになるのも納得、同性でも惚れそうだと、思いつつ告げる。

「ほう! つまり、お前は未来とやらから来たと申すか! なるほどな! 面白い!」

 竹千代の言葉をすんなりと受け入れたかのように、家康は弾ける笑顔で竹千代の手を両手で握ったのだった。

「……あ、いや、そんな簡単に受け入れてもらわれても困るというか……はぁ」

 対して、竹千代は複雑にため息を吐く。
 今まで春日局にも正勝にも話したことはあるが、誰も信じなかった。
 ただ、家康の孫だから人とは違う言葉を使う、その程度にしか理解されていなかったのである。

 まさか、お婆様があっさり信じてくれるとは。

「なに、構わん。未来人が味方ならば我が徳川家は安泰じゃ。いや……徳川家は安泰なのじゃろうな?」

 探るように家康は上目遣いで竹千代を窺う。

「……言っちゃってもOK?」
「おうけえとは?」

 竹千代が訊ね返して来たので、家康は聞きなれない言葉を復誦する。

「あ、いいかって意味です。英語……あ、南蛮の言葉です」

 気がついたのか、竹千代は言い換える。

「……ふむ、南蛮の言葉か。その言葉は良くないな」

 南蛮の言葉と伝えると、家康は一瞬だけ黙り込み、急に目つきを険しくしたのだった。

「は、はぁ……」

(あ、そうか、鎖国してるんだっけ?)

 ピンときて、竹千代は黙り込み、視線を床に落としてしまう。

「……いや、お前が本当に未来人であっても、徳川の未来は聞かないでおこう。聞いたら儂はもっと長生きしたくなってしまうからな」

 家康は竹千代の手を解くと立ち上がり、黙り込んだ竹千代の頭を優しく撫でた。
 その口振りから、竹千代は自分の前世の話は半信半疑なのだとわかり、そりゃそうだよね、半分でも信じてくれてるならいいかと家康を見上げる。
 家康の顔は柔和に微笑んでいて見守るようで、竹千代にはそれが天女のように見えたのだった。

「……お婆様は素敵な方です。私はこうしてお婆様とお話する時間が大好きです」

 家康に竹千代は心からの笑顔で返す。

「そうか儂もじゃ。これは内密にして欲しいのだが、儂には沢山の子も孫もおるが、そちと話すのが一番楽しい。もっと会いに来て欲しい」

 家康は急に眉を顰め口を尖らせ、ちょっぴり変顔をして小声で竹千代に耳打ちをしてくる。
 この部屋の外には正勝や家康の小姓が控えているが、側室の誰が通らないとも限らない。
 まして、家康の子が聞こえていは無用な嫉妬を招くことにもなる。それを恐れ聞こえないように配慮したのである。

「はい、参りますよ。お婆様の都合の良いとき、いつでも」

 竹千代は少し歪んだ美女の顔が可笑しくて、吹き出しながら快諾したのだった。
 そんな風に家康とは暇さえあれば駿府城、江戸城、はたまた城下で交流を深めていた竹千代であった――。





 ――家康の笑顔を思い出すと、いつの間にか竹千代の瞳から一筋の涙が伝っていた。
 竹千代はすんっと鼻を啜ると、自分を抱きしめ返す春日局のぬくもりに、同じ痛みを分け合い、癒されていく気持ちになる。
 そうこうしている内に、数人の小姓を引き連れ正勝が戻ってきた。

「竹千代様っ、大広間に参りましょう! 皆さんお集まりになっておられ……春日局様?」

 正勝は竹千代に無言のまま抱きつき、どこか空ろな生気の抜けた春日局に少し嫉妬を覚えながらも、そっとその肩に触れる。

「……うん、そうだね」

 竹千代は静かに春日局を剥がし、一筋流した涙を拭うと、淋しげに微笑んだ。

「竹千代様……」

 第一報を聞いた時、竹千代は泣かなかった。
 それどころか気丈に振る舞い、皆に報告するよう正勝にも命じた。
 春日局にも伝えに行こうということで、こちらに来たわけだ。
 その竹千代が泣いている。
 正勝の胸がずきっと針を刺したように痛む。

 私が癒して差し上げられたらいいのに、と。

 今まで竹千代の泣いた顔など見たことの無かった正勝はどうしようもない不安に駆られていたのだった。

 正勝心の修羅場である。
 
 ――それから未だ生気の戻らない春日局を数人の小姓達で抱え、大広間にて秀忠から詳しい話を聞いたのだった。

 詳細はこうだった。

 家康は、夕餉に好物の鯛の天ぷらをたらふく食べ、眠くなったのか次の日の公務の準備が残っているから半刻後に起こせと小姓に命じて眠ってしまった。
 ところが、小姓が時間通り起こしに部屋の外から声を掛けたものの、家康の返事がない。
 何度か声掛けをするも一向に返ってこない。その小姓の声がたまたま廊下を歩いていた城主の徳川頼宣(性別は女)の耳に届き、彼女は家康の部屋の前までやってきた。

「母上はお忙しい身だから疲れているのだろう」
「しかし、起こしませんと後が恐ろしゅうございます」
「それもそうだな」

 家康は自分の思い通りにならないと怒り、手酷い罰(鞭打ちやら、蝋燭攻め、島流し等々)を与える残忍な一面も持ち合わせており、家康の小姓は恐れつつも、敬愛の念を抱いていたのだった。
 罰を求める輩も居るから参ると家康が愚痴っていたこともあるにはあったのだけど。

「また島流しにされては適わん、私が起こそう」

 一月前だったか、家康は駿府の優秀な役人を数人、島流しにしてしまっていたのだった。
 特に恨みはなく、家康の嫌いなものを献上してきたとか、おべっかばかり使うとか、その辺りらしい。
 そんな経緯もあり、頼宣が小姓の代わりに障子に手を掛け、開け放つ。

「……大御所、お目覚めでおいでですか?」

 部屋に入ると、ぼんやりと小さな行灯が揺らめいていて、布団の上に横たわったままの家康が確認できた。

 頼宣は家康に近付いて、声を掛ける。

 だが、返事はなく、眠るように亡くなっていたのだった。
 家康の傍らには一族や縁の者達に宛てた書簡が残されていた……。
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