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【転生・元服編】
014 苦い過去
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――徳川家縁の寺院で催事が行われたあの日。
寺院敷地内の池の辺で、めそめそと泣く背の小さい美少年に、大人達のつまらない話に付き合いたくなくて堂内から抜け出した幼き日の竹千代は、イケメン探知機で嗅ぎつけ、背後から声を掛けた。
「どうして泣いているの? お腹痛いの?」
「ひっく、ひっく……」
少年は一時、顔を上げて竹千代を見たものの、すぐに俯いて、泣き始めてしまう。
それを竹千代はしばらく側に立って頭を撫でてあげていた。
しばらくすると、泣き声が小さくなって、ぽつりぽつりと話し始めた。
自分の家は公家でも位の高い家柄であること。
そのために大切な知人が自分の所為で死んでしまったこと。
その知人の葬儀には出させて貰えないこと。
自分には将来決められた相手が居て、そこに自分の意思は反映されることはないということ。
この寺院から帰ったら、その為の厳しい教育を受けるだけの日々が待っているということ。
そんなことをたどたどしく語る少年を竹千代は黙ったまま頭を撫で続け、聞いていた。
そして、一通り少年の気が済むまで話させたあと、ついに竹千代は口を開く。
「……どうしても抗えない呪縛みたいなもんてあるんだよ(私の前世の顔なんかもー最低でさーあれはないわー)。人にはそれぞれ役目があるし、その中にでも希望が見出せるならそれもいいと思うんだよね。私も色々あったけど、とりあえず二度目は楽しもうと思ってて、実際楽しいし。君の人生も楽しくなるよう願ってる」
竹千代は人生を語るように少年に告げたのだった。
二度目の人生もそれなりに柵があって、身動きが取り辛いこともある。
千代時代なんて、酷いもんさ。
壊滅的不細工の切れない重い重い鎖。どこに行っても好奇の目で見られ笑われる。
その中でも密かな楽しみを見つけて健気に生きてたんだ、わたしゃ。
伊達に三十七年生きちゃいないさ、と励ましたつもりである。
「……お前、何か偉そうだな」
ところが、すっかり泣き止んでいた少年は竹千代の言葉に不貞腐れたように口を尖らせ、竹千代を睨みだしたではないか。
「え?」
「それとも、その歳で苦労してるのか? 可愛い顔してるくせに、この醜女。わかったようなこと言うんじゃねーよ!」
少年は突然語気を荒げ、その様子に呆気に取られた竹千代を余所に、鋭い棘のある口調で一気に捲くし立てる。
「あっ、元気になったね、おチビちゃん。良かったぁ!」
竹千代はよくはわからないが、さっきまでのめそめそぼそぼそと何だかはっきりしない少年がはっきり言い返して来たことで安心し、花が咲くような満面の笑みで、喜んだのだった。
「……っ、醜女」
少年は竹千代の笑顔にくらっとしてしまい、つい、この年代特有の照れ隠しで、竹千代を悪く言ってしまった。
「ん? あ、ねぇ、ぶおんなって、何?」
この時はまだ、醜女の意味を知らなかった竹千代は自分は生まれ変わって可愛いと思い込んでいたこともあり(実際城内でも秀忠似の国松と二分する人気ぶり)、まさか、またもブスと言われるとは思っていなかったのである。
「醜女は醜女だ!」
少年は説明するにもどう説明していいかわからず、連呼する。
そのうちに、少年の従者が迎えに来て、二人は別れた。
問題はその後である。
「ねぇ、福、ぶおんなって何て意味? ぶっ飛ぶくらいのびっくり美しい女性ってこと?」
中々戻ってこない竹千代を迎えに来た春日局に、竹千代は少年に言われた言葉を訊ねてみたのだった。
「ぶつとぶ、びつくり? ……いえ、醜女とは、顔の醜い女性のことを言うのですよ。醜女や、醜女とも言いますね」
春日局が言うや否や、
ガガガガーンッッ!!!!
ガラガラと竹千代の頭に大きな岩が落ちてきた気がした。
あんな美少年に面と向かってブスと言われたら立ち直れない。
私は生まれ変わっても不細工なままだったのか!?
皆私に可愛い可愛いって言ってくれたのはお世辞だったってことか!
本当は国松だけが可愛く生まれてて、私の美しさなんてまやかしだったのか!
今まで鏡に映っていた可愛い私は、私がそう思い込んでたからそう見えてただけだったのか!?
イケメンの言うことは本当だと妄信してしまう性質らしい。
(いやしかし、私は将来将軍なのよね?
ああ、見た目なんて気にしなければいいのか。
……そうか、そうだよね。
……もう鏡なんて見なけりゃいいんだ。
周りのものなんか権力で捩じ伏せれば、私の容姿など蔑むこともない。
権力万歳!!
私は三代将軍家光になるんだ!
そうだそうだ……。
大奥には美しい者ばかりだが、
美しさがなんだ、
男女がなんだ、
エロはまぁまぁ好きだけど、色欲にまみれた人生など要らん。
ただ、容姿を気にせず、楽しくおかしく笑って暮らすんだ!!
それが私の二度目の人生の目標!?)
とまぁ、竹千代は思うわけであります。
その後は自分の容姿を見ることをやめ、陰々滅々と自室の鏡を叩き割ってしまうのであった。
「ですが、竹千代様には生涯縁のない言葉です。貴女は家康様に似てとても愛らしく美しいのですから。……それがどうかされたのですか?」
この時、春日局は続けてこう付け加えていたのだが、心の闇に囚われてしまった竹千代には届かず、トラウマとなって現在まで続くことになったのである。
◇
――在りし日の苦い思い出から戻った竹千代はというと。
「……最悪、無理無理」
寺院で会ったあいつは泣いていた。
理由を聞いたら、知人が死んだとか言ってた。
私は慰めて、元気付けたはず。
あいつはその善意をたった一言でぶち壊しやがった。
二度目の人生の第二の人生(結婚後の人生)、ぶち壊されてたまるか。
忌々しいと、苦虫を噛み潰したような面持ちで、心底嫌そうに首を横に振る。
「これは、家康様と相談し、決まったこと。貴女の意思などどうでも良いのです」
竹千代の反応など全て把握しているとでも言いたげに春日局はぴしゃりと言い放つ。
「嫌過ぎる!! あいつだって、私のこと、嫌いなはずっ!」
「いやー、それがそうでもなくてですね」
必死に拒否する竹千代に棒読みで春日局は返事をする。
――それはつい先程のことである。
孝が湯殿から出てくると、こう言い放ったのだった。
「さっきここにいた女中とも関係もっていいなら、輿入れしてやると春日局に伝えてくれ」
「まぁ……」
湯殿に孝を案内していた男性にそう告げ、それはすぐさま春日局に伝わったのである。
「とまぁ、こんなことがありまして」
春日局はぱっと、口元だけ僅かにはにかませて、またすぐに真顔に戻る。
「女中じゃねぇ~……っつか関係もつとか嫌スギィ!!!」
おええっと、吐く振りまでして、竹千代は想像してしまったのか、盛大に嫌々モードで両手で描かれたピンクな映像を振り払う。
どうせ、あのイケメン、しれっと毒吐いて私を精神的に追い詰める気なんだ。
そして、私が弱ったらこの奥で権力振るいまくるに決まってる。
私は反抗も出来なくなって、あいつに従うようになるかもしれん。
モラハラもいいとこじゃんか。
竹千代は行く末を案じてか顔を青くしたのだった。
「すごい嫌がりようですね」
竹千代の様子に春日局は何故か嬉しそうににこりと嗤う。
「ええ、まぁ、当たり前でしょ。あいつだけは無理ですわ……」
若干涙目で、竹千代は拒否をする。
トラウマの原因である男と結婚だなんて、側に置くなんてありえない。
「もう決まったことですので」
春日局はにこにこと、嗜虐的な笑みで、竹千代を生暖かく見つめる。
「……うう。そうですか、そうですか。つまり彼が鷹司孝……子?」
竹千代は部屋にあった、昔作らせたバナナ型の抱き枕(適当に形を描いてこんなん作れと命じた)を抱きしめ、それに顔を埋めながら、呟いた。
「惜しい。孝様ですよ。子をつけるのは女のみですから」
春日局の笑顔は変わることなく、先程よりも楽しそうである。
竹千代を苛めるのはある種、趣味と言ってもいいかもしれない。
打てば響く竹千代を、笑わせても泣かせても面白……もとい、可愛いと思っているのである。
「やっぱり……なるほど、なるほど~」
竹千代はうんうんと、納得するように頷くと、その様子を春日局は黙ったまま見ていた。
竹千代は時々変に物分りがよくて、最初からわかっている的な発言をすることがある。
それは単に元居た世界での歴史を覚えているから(鷹司孝子のこともそう。名前がちょっと違うけど)だけなのだが、春日局は竹千代が天才だからだと思っていた。
一方で、竹千代は、
(歴史にそって動くわけですね~、徳川家光は正室の孝子を冷遇してたって聞いた。私が彼を嫌がるのはむしろ必然なわけか。なるほどね! 歴史体験おもすろ~い! 子が付くのは女だけとか、ルールも存在するわけか、なるほどね~)
などと、鼻の下を伸ばし、視線を天井に向けるという変顔をしながら感心していたのだった。
春日局はその変顔に小さくため息を吐くだけ。
「……わかった、結婚してやる。但し、夜の相手はしないからな」
竹千代は面と向かって言うには恥ずかしかったのか、最後は尻すぼみになりながらも、何とか春日局に伝える。
結婚はいいけど、孝となんかエッチしたくないよ! と。
そんなこと、通るはずもないが。
「は? 何言ってるんですか。元服、婚姻とくれば、次はお世継ぎですよ」
春日局は呆れた顔で、竹千代に冷淡な視線を送る。
「私はまだ若い。もうしばらく見識を広げたいのだ。夜伽などやってる暇はない」
が、竹千代も怯むことなく続ける。
二度目の人生をもっと楽しみたいんだよ!
この世界面白いんだよ。
前と違ってあらゆる事柄が新鮮過ぎて、全然飽きない。
それに、私には今、金も権力もあるわけだし!
色恋はまだ先でいいっす!
そして、せめて竹千代としての初めてのエッチは優しい人がいい。
好きな人は出来ても多分、すぐ飽きる。
だからこそ、せめて優しくて蕩けるようなエッチがしたい。
前世では、キャッチセールスで捉まった男にやられて、騙された。
あの時の虚しさは忘れていない。
目隠しをされ、顔を見ないで欲しいと言われ、声も出すな、気持ち悪いからと。
終わったら金も取られたっけ。
ローンを組まされて、訳のわからんオブジェを買わされ、また連絡するねと言って、二度と来なかったっけ。
思えば大した男でもなかった。
ここにいる男達の方が数倍、数十倍イケメンだよね。
モテ期キター!! と思ってたんだよ。
二十二歳社会人デビューね! 私変わったんだわ!
そう思ってたのに、見事に打ち砕かれた。
もうあんな想いしたくない――。
千代時代の出来事が竹千代の頭に走馬灯のように勢い良く流れていった。
――だからこそ、あんな暴言野郎が初めてじゃ駄目なんだ。
前世のことは言わないものの(過去に言ったことはあるが、信じてもらえないので)、訴えかけるのだった。
「夜伽も見識の一つ。」
だが、春日局に通じるはずもなく、竹千代に痛い視線を送り続ける。
「……わ、わかってるよ……」
仕方なく了承するものの、竹千代は内心、実際そうなったら逃げてしまえばいいと、画策を始めたのだった。
「元服式は三日後。お怪我などなさいませんようお願い申し上げます。また、元服の折には会わせたい者がおりますので、式典が済み次第、お部屋にてお控えください」
竹千代の了承を得ると、春日局は今度は満足そうに優しく笑い立ち上がって、部屋を出て行くのであった。
「……はぁーい」
諦めたような返事が一人残された部屋に響く。
竹千代は返事をしたあとで、抱き枕を抱きしめたまま、その場に横になって、色々あって疲れたからか、すぐに寝入ってしまった。
寺院敷地内の池の辺で、めそめそと泣く背の小さい美少年に、大人達のつまらない話に付き合いたくなくて堂内から抜け出した幼き日の竹千代は、イケメン探知機で嗅ぎつけ、背後から声を掛けた。
「どうして泣いているの? お腹痛いの?」
「ひっく、ひっく……」
少年は一時、顔を上げて竹千代を見たものの、すぐに俯いて、泣き始めてしまう。
それを竹千代はしばらく側に立って頭を撫でてあげていた。
しばらくすると、泣き声が小さくなって、ぽつりぽつりと話し始めた。
自分の家は公家でも位の高い家柄であること。
そのために大切な知人が自分の所為で死んでしまったこと。
その知人の葬儀には出させて貰えないこと。
自分には将来決められた相手が居て、そこに自分の意思は反映されることはないということ。
この寺院から帰ったら、その為の厳しい教育を受けるだけの日々が待っているということ。
そんなことをたどたどしく語る少年を竹千代は黙ったまま頭を撫で続け、聞いていた。
そして、一通り少年の気が済むまで話させたあと、ついに竹千代は口を開く。
「……どうしても抗えない呪縛みたいなもんてあるんだよ(私の前世の顔なんかもー最低でさーあれはないわー)。人にはそれぞれ役目があるし、その中にでも希望が見出せるならそれもいいと思うんだよね。私も色々あったけど、とりあえず二度目は楽しもうと思ってて、実際楽しいし。君の人生も楽しくなるよう願ってる」
竹千代は人生を語るように少年に告げたのだった。
二度目の人生もそれなりに柵があって、身動きが取り辛いこともある。
千代時代なんて、酷いもんさ。
壊滅的不細工の切れない重い重い鎖。どこに行っても好奇の目で見られ笑われる。
その中でも密かな楽しみを見つけて健気に生きてたんだ、わたしゃ。
伊達に三十七年生きちゃいないさ、と励ましたつもりである。
「……お前、何か偉そうだな」
ところが、すっかり泣き止んでいた少年は竹千代の言葉に不貞腐れたように口を尖らせ、竹千代を睨みだしたではないか。
「え?」
「それとも、その歳で苦労してるのか? 可愛い顔してるくせに、この醜女。わかったようなこと言うんじゃねーよ!」
少年は突然語気を荒げ、その様子に呆気に取られた竹千代を余所に、鋭い棘のある口調で一気に捲くし立てる。
「あっ、元気になったね、おチビちゃん。良かったぁ!」
竹千代はよくはわからないが、さっきまでのめそめそぼそぼそと何だかはっきりしない少年がはっきり言い返して来たことで安心し、花が咲くような満面の笑みで、喜んだのだった。
「……っ、醜女」
少年は竹千代の笑顔にくらっとしてしまい、つい、この年代特有の照れ隠しで、竹千代を悪く言ってしまった。
「ん? あ、ねぇ、ぶおんなって、何?」
この時はまだ、醜女の意味を知らなかった竹千代は自分は生まれ変わって可愛いと思い込んでいたこともあり(実際城内でも秀忠似の国松と二分する人気ぶり)、まさか、またもブスと言われるとは思っていなかったのである。
「醜女は醜女だ!」
少年は説明するにもどう説明していいかわからず、連呼する。
そのうちに、少年の従者が迎えに来て、二人は別れた。
問題はその後である。
「ねぇ、福、ぶおんなって何て意味? ぶっ飛ぶくらいのびっくり美しい女性ってこと?」
中々戻ってこない竹千代を迎えに来た春日局に、竹千代は少年に言われた言葉を訊ねてみたのだった。
「ぶつとぶ、びつくり? ……いえ、醜女とは、顔の醜い女性のことを言うのですよ。醜女や、醜女とも言いますね」
春日局が言うや否や、
ガガガガーンッッ!!!!
ガラガラと竹千代の頭に大きな岩が落ちてきた気がした。
あんな美少年に面と向かってブスと言われたら立ち直れない。
私は生まれ変わっても不細工なままだったのか!?
皆私に可愛い可愛いって言ってくれたのはお世辞だったってことか!
本当は国松だけが可愛く生まれてて、私の美しさなんてまやかしだったのか!
今まで鏡に映っていた可愛い私は、私がそう思い込んでたからそう見えてただけだったのか!?
イケメンの言うことは本当だと妄信してしまう性質らしい。
(いやしかし、私は将来将軍なのよね?
ああ、見た目なんて気にしなければいいのか。
……そうか、そうだよね。
……もう鏡なんて見なけりゃいいんだ。
周りのものなんか権力で捩じ伏せれば、私の容姿など蔑むこともない。
権力万歳!!
私は三代将軍家光になるんだ!
そうだそうだ……。
大奥には美しい者ばかりだが、
美しさがなんだ、
男女がなんだ、
エロはまぁまぁ好きだけど、色欲にまみれた人生など要らん。
ただ、容姿を気にせず、楽しくおかしく笑って暮らすんだ!!
それが私の二度目の人生の目標!?)
とまぁ、竹千代は思うわけであります。
その後は自分の容姿を見ることをやめ、陰々滅々と自室の鏡を叩き割ってしまうのであった。
「ですが、竹千代様には生涯縁のない言葉です。貴女は家康様に似てとても愛らしく美しいのですから。……それがどうかされたのですか?」
この時、春日局は続けてこう付け加えていたのだが、心の闇に囚われてしまった竹千代には届かず、トラウマとなって現在まで続くことになったのである。
◇
――在りし日の苦い思い出から戻った竹千代はというと。
「……最悪、無理無理」
寺院で会ったあいつは泣いていた。
理由を聞いたら、知人が死んだとか言ってた。
私は慰めて、元気付けたはず。
あいつはその善意をたった一言でぶち壊しやがった。
二度目の人生の第二の人生(結婚後の人生)、ぶち壊されてたまるか。
忌々しいと、苦虫を噛み潰したような面持ちで、心底嫌そうに首を横に振る。
「これは、家康様と相談し、決まったこと。貴女の意思などどうでも良いのです」
竹千代の反応など全て把握しているとでも言いたげに春日局はぴしゃりと言い放つ。
「嫌過ぎる!! あいつだって、私のこと、嫌いなはずっ!」
「いやー、それがそうでもなくてですね」
必死に拒否する竹千代に棒読みで春日局は返事をする。
――それはつい先程のことである。
孝が湯殿から出てくると、こう言い放ったのだった。
「さっきここにいた女中とも関係もっていいなら、輿入れしてやると春日局に伝えてくれ」
「まぁ……」
湯殿に孝を案内していた男性にそう告げ、それはすぐさま春日局に伝わったのである。
「とまぁ、こんなことがありまして」
春日局はぱっと、口元だけ僅かにはにかませて、またすぐに真顔に戻る。
「女中じゃねぇ~……っつか関係もつとか嫌スギィ!!!」
おええっと、吐く振りまでして、竹千代は想像してしまったのか、盛大に嫌々モードで両手で描かれたピンクな映像を振り払う。
どうせ、あのイケメン、しれっと毒吐いて私を精神的に追い詰める気なんだ。
そして、私が弱ったらこの奥で権力振るいまくるに決まってる。
私は反抗も出来なくなって、あいつに従うようになるかもしれん。
モラハラもいいとこじゃんか。
竹千代は行く末を案じてか顔を青くしたのだった。
「すごい嫌がりようですね」
竹千代の様子に春日局は何故か嬉しそうににこりと嗤う。
「ええ、まぁ、当たり前でしょ。あいつだけは無理ですわ……」
若干涙目で、竹千代は拒否をする。
トラウマの原因である男と結婚だなんて、側に置くなんてありえない。
「もう決まったことですので」
春日局はにこにこと、嗜虐的な笑みで、竹千代を生暖かく見つめる。
「……うう。そうですか、そうですか。つまり彼が鷹司孝……子?」
竹千代は部屋にあった、昔作らせたバナナ型の抱き枕(適当に形を描いてこんなん作れと命じた)を抱きしめ、それに顔を埋めながら、呟いた。
「惜しい。孝様ですよ。子をつけるのは女のみですから」
春日局の笑顔は変わることなく、先程よりも楽しそうである。
竹千代を苛めるのはある種、趣味と言ってもいいかもしれない。
打てば響く竹千代を、笑わせても泣かせても面白……もとい、可愛いと思っているのである。
「やっぱり……なるほど、なるほど~」
竹千代はうんうんと、納得するように頷くと、その様子を春日局は黙ったまま見ていた。
竹千代は時々変に物分りがよくて、最初からわかっている的な発言をすることがある。
それは単に元居た世界での歴史を覚えているから(鷹司孝子のこともそう。名前がちょっと違うけど)だけなのだが、春日局は竹千代が天才だからだと思っていた。
一方で、竹千代は、
(歴史にそって動くわけですね~、徳川家光は正室の孝子を冷遇してたって聞いた。私が彼を嫌がるのはむしろ必然なわけか。なるほどね! 歴史体験おもすろ~い! 子が付くのは女だけとか、ルールも存在するわけか、なるほどね~)
などと、鼻の下を伸ばし、視線を天井に向けるという変顔をしながら感心していたのだった。
春日局はその変顔に小さくため息を吐くだけ。
「……わかった、結婚してやる。但し、夜の相手はしないからな」
竹千代は面と向かって言うには恥ずかしかったのか、最後は尻すぼみになりながらも、何とか春日局に伝える。
結婚はいいけど、孝となんかエッチしたくないよ! と。
そんなこと、通るはずもないが。
「は? 何言ってるんですか。元服、婚姻とくれば、次はお世継ぎですよ」
春日局は呆れた顔で、竹千代に冷淡な視線を送る。
「私はまだ若い。もうしばらく見識を広げたいのだ。夜伽などやってる暇はない」
が、竹千代も怯むことなく続ける。
二度目の人生をもっと楽しみたいんだよ!
この世界面白いんだよ。
前と違ってあらゆる事柄が新鮮過ぎて、全然飽きない。
それに、私には今、金も権力もあるわけだし!
色恋はまだ先でいいっす!
そして、せめて竹千代としての初めてのエッチは優しい人がいい。
好きな人は出来ても多分、すぐ飽きる。
だからこそ、せめて優しくて蕩けるようなエッチがしたい。
前世では、キャッチセールスで捉まった男にやられて、騙された。
あの時の虚しさは忘れていない。
目隠しをされ、顔を見ないで欲しいと言われ、声も出すな、気持ち悪いからと。
終わったら金も取られたっけ。
ローンを組まされて、訳のわからんオブジェを買わされ、また連絡するねと言って、二度と来なかったっけ。
思えば大した男でもなかった。
ここにいる男達の方が数倍、数十倍イケメンだよね。
モテ期キター!! と思ってたんだよ。
二十二歳社会人デビューね! 私変わったんだわ!
そう思ってたのに、見事に打ち砕かれた。
もうあんな想いしたくない――。
千代時代の出来事が竹千代の頭に走馬灯のように勢い良く流れていった。
――だからこそ、あんな暴言野郎が初めてじゃ駄目なんだ。
前世のことは言わないものの(過去に言ったことはあるが、信じてもらえないので)、訴えかけるのだった。
「夜伽も見識の一つ。」
だが、春日局に通じるはずもなく、竹千代に痛い視線を送り続ける。
「……わ、わかってるよ……」
仕方なく了承するものの、竹千代は内心、実際そうなったら逃げてしまえばいいと、画策を始めたのだった。
「元服式は三日後。お怪我などなさいませんようお願い申し上げます。また、元服の折には会わせたい者がおりますので、式典が済み次第、お部屋にてお控えください」
竹千代の了承を得ると、春日局は今度は満足そうに優しく笑い立ち上がって、部屋を出て行くのであった。
「……はぁーい」
諦めたような返事が一人残された部屋に響く。
竹千代は返事をしたあとで、抱き枕を抱きしめたまま、その場に横になって、色々あって疲れたからか、すぐに寝入ってしまった。
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