逆転!? 大奥喪女びっち

みく

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【転生・元服編】

012 春日局、直訴する

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 時は数年前に遡る――。

 この頃の春日局は、竹千代を溺愛し、勉学や所作といった事柄に関して厳しい躾はしていたものの、甘やかしも半端なかった。
 例えば、身の回りの世話は勿論のこと、竹千代が望むものは何でも与え、城下に行きたいといえば連れ出し、仕事があっても、休めと言われれば休んでいた。
 お江与の方からの呼び出しにも応えないこともあった程。

(ちなみに、元は三十七歳一人暮らしなので、何も出来ないということはないので、二度目の人生は堕落の限りを尽くしていただけである)

 全てが竹千代中心で回り、竹千代の側に居られることが最高に幸せだった。
 そう、竹千代の妹君である国松君が生まれるまでは。

 妹の国松君が生まれてからというもの、それまで両親とあまり城内で会うことも無かったが、竹千代は程よい距離感を持って付き合っていた。
 だが、両親はそうは思っていなかった。
 春日局が竹千代に一日中べったりとしているものだから、会う隙もないと思っていたのだ。

 国松君は両親である秀忠と江に良く似ていたこともあり、あまり両親に似ておらず、祖母である家康似の竹千代から遠ざかっていったのは必然だった。
 秀忠と江は国松を溺愛するようになり、竹千代などまるで始めから居なかったかのように大奥内の催しも、商人からの着物買い付けも、竹千代を呼ばずにする始末。
 ついには国松君が竹千代を馬鹿にし始めたのだった。
 ゆくゆくは三代目を継がせようと思っていたのかもしれない。


『これでは、竹千代様があんまりです!』


 現在より少し若く、髪の短い春日局は駿府城に出向き内情を家康に暴露し、怒りを露に直談判したのだった。
 それを家康は肘掛に頬杖を吐きながらもう片方の手で扇を開いたり閉じたりしながら静かに聴いた。

 春日局の心内はこうだ。

 竹千代様の生まれた後、国松君が生まれ、ご両親が国松君ばかり可愛がられ、竹千代様はお淋しい幼少期をお過ごしになられていた。
 こんなことを言ってはなんだが、竹千代様の方が美しいし、賢い。

 けれども、このまま両親の態度が変わらないままであれば、その所為で竹千代様は壊れてしまう。

 それに、国松君の頭はすっからかん。
 勉学は憶える気なし、武術もまるで出来ない。
 見識を増やそうなどと考える脳もなく、家康様の不思議な色香を孫だからかやはり継いでいて、あの歳(六歳頃)で大奥の男性を誑し込み股を開く毎日など、色欲が強すぎる。

 まして、私にまで誘いを掛けて来るとは恐ろしい(勿論断ったが)。
 そんな方が三代目になるなどと、後の将軍家に血が残っていくなどあり得ない。
 家康様程聡明な方は居ない。

 なぜ、その孫の片方がああなるのか、理解しがたい。
 一方で竹千代様は少々やんちゃな所もあるが、本を読めば一度で憶えてしまうし、武術も得意で、まだお小さいのにどこか大人びた発言はされるし(中身が……以下略)、自分の色香を振りまいて男を誘うことはしないし、清く正しく、美しくとは竹千代様にある言葉で、完璧ではないか、と。


 まぁ、当の本人中身は三十七歳喪女なんで、現在の両親に対しては結構ドライなわけで。
 多少は傷ついてもいるが、

(あー、やっぱそうなっちゃいます? だって春日局とずーっと一緒だもんね~。歴史で両親に愛されなかった的なこと書いてあったような気がするけど、本当なのね~すごーい。男女逆転の世界でもちゃんと繰り返されるんだねー。竹千代って可哀想ー!)

 と、自分の記憶の中の歴史と照らし合わせ傍観しており、今更どうというわけでもなかった。





 ――ある日の駿府城。
 春日局は単身、家康に直訴するために僅かなお供を引き連れ城へと足を運び、家康に謁見していた。

「……わかった。春日局の言うことが本当なら、秀忠の跡目は竹千代に継がせることとしよう」

 家康はピンと背筋を伸ばし、持っていた扇をぱちんと音を鳴らし閉じると、春日局の欲しかった言葉を告げた。

「はっ! ありがとうございます! ……ところで、家康様、また一段とお美しくなられましたね。貴女様はお年を召すたびに美しさが増していく……」

 満足気に春日局が座礼をし、顔を上げて家康に今まで大奥の誰にもしたことのない甘い男の顔で、告げる。

「な、何を言って……春日……いや、福、今日はこちらで泊まって行くのであろう?」

 急に言われたものだから、家康は頬を紅く染め、扇を落として春日局の本名をつい呼んで誘うのだった。

「家康様さえ宜しければ喜んで」

 当然春日局は優しく微笑み、応える。

「……何をそんな離れた場所におる、近ぅ」

 春日局の言葉に家康は少女のようにはにかみ、手招きで春日局を呼ぶ。
 家康は還暦を過ぎてはいるが、見た目はまだ三十代後半。
 この世界では老いが姿形に表れにくいようである(衰えはあるけども)。

「……はい、家康様」

 春日局は頷いて、静かに立ち上がり家康に寄り添うのだった。
 あらかじめここ、謁見の間には誰も入れるなとのお達しがしてあり、大正解であった。
 
 この二人出来ておる。
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