逆転!? 大奥喪女びっち

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【喪女歴ウン十年編】

004 ハピバ、アンハピバ、ビバビバ

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 ――次の日。

「んー、今日も良い天気ー!!」

 千代は皇居のお堀を歩いていく。梅雨が終わり、夏が始まって昼間は三十度を優に越え暑い日も増えてきた今日この頃だが、それでも朝はいくらか涼しい。

「そういや、皇居って江戸城跡なんだっけ。ここで色々あったんだと思うと胸熱。私もここで黒田くんと色々あったらどうしよう!?」

 散歩する足を止めて、お堀の下を何となく覗いてみると、亀が数匹泳いでいる。

 今日は早起きをして、麦藁帽子とサングラスを装着。
 服装はというと、5年前にしもむらで買った薄っぺらいグレーの模様が謎の英語と謎の虎っぽい絵が描かれたボロTシャツに、いつ買ったか忘れた(多分七年以上前)何度も洗って色が薄くなって所々小さな穴が開いているカーキ色の短パン、靴はかかと部分が擦れて破けた白いサンダル。
肩にはいつも使っているこれまた使い込まれた汚れた肩掛け鞄というもの(全てファッションセンターしもむら製、立派なしもらーです)。

「ええっとー……そろそろかな。黒田くんは……」

 千代は遠くから走ってくる黒田を見つけ、ゆっくりと歩き出す。

「今日のシャツは何色かな~? きゃ、赤だわっ」

 千代がサングラスをずらし戻しつつ、黒田の本日の服装チェックをしていると、少し遅れて白いポロシャツとピンクの短パンを穿き、サンバイザーを被った小奇麗な女がやって来て、黒田に声を掛け、一緒に走り出した。
 よく見ると、黒田も色は違えど女と似たような格好で、二人共お揃いのリストバンドをしている。
 美男美女、一見してお似合いの二人。
 そして、千代はその顔に見覚えがあった。

「……あれ、浅井……さん?」

 黒田の隣で走る女が見知った顔で、千代は首を傾げた。
 どうして、浅井さんが、黒田くんと?

 どうして?

 動揺した千代は散歩する足を止めた。

 すると、こちらに向ってくる二人も走り疲れたのか、ゆっくりと歩き始める。
 こちらに近づいて来るにつれ、二人の楽しげな会話が千代の耳に入ってくる。
 何となく嫌な予感がして、千代は素知らぬ振りをしようと俯いた。

「……にしてもさ、竹さんにアリバイ頼むとか、マジありえないんだけど」
「えー、だって竹さんいい人だよー? 都合の良い人っていう意味のねー」

「っつか、可哀想じゃん、知らない内に不倫のアリバイにされるとか。悪い女だよなー、浅ちゃんは」
「そんなことないわよー、仲良くしてあげてるんだからそれくらいして欲しいわよ。友情だってタダじゃないんだから」

「いっつも弁当のオカズ貰ってんじゃん」

「そーそー、私主婦だけど、料理下手だからな~。彼女顔はともかく、料理だけは美人級よね」
「なんぞ、それ(笑)」
「あんだけ不細工だと、やっぱ一人で生きていかないといけないから料理とか無駄に上手くなっちゃうんだろうね、カワイソ~。私なんて旦那いるし、こんなに素敵な彼氏までいるのに、料理はてんで駄目だけど、一人じゃないしー」
「浅ちゃん、あんまそういうこと言うなよ」

「えー、元はといえば黒ちゃんが竹さんの顔が不細工で面白いって言って私に声掛けてきたんでしょーが」
「そうだけど、それは浅ちゃんと仲良くしたくて、きっかけっていうか……って、え??」

 話題の本人が側に居るとも知らず、二人は会話を楽しんでいるようだ。
 千代は下唇を噛み、眉を顰める。

 そうか、私はこの二人に利用されていた?

 都合の良い人か。
 そうか。
 実際は私を蔑んで哀れんだ目で下に見ていたというわけか。

 なんていう人達なんだろう。

 丁度、すれ違い掛かるところで、千代は黒田の腕を俯いたままがしっと掴んだ。

「……どう、いう、こと……ですか?」

 千代の足元に汗とは違う黒い染みがアスファルトを塗らす。

 三十六年間、生きてきてこんな屈辱、あっただろうか。
 時々話し掛けて来てくれた黒田くんは、浅井さんと話をしたくて、私を利用しただけだった。
 この歳になってもまだ、こんな風に誰かの軽忽な悪意に苦しめられなければならないのか。
 けど、私はそんなことに泣き寝入りするような若さはもうない。
 ただ悪意に晒されて、一方的に打たれるだけのサンドバックでもない。

「……も、もしかし……た、竹さ、ん?」

 黒田の腕を握り、俯く奇妙なおばさんの正体に先に気付いたのは浅井だった。
 浅井の言葉をきっかけに二人共目を見開いて、驚いている。

「……浅井、さん、あなたが私に良くしてくれたのは、この為なの?」

 千代はサングラスを外しながら黒田の隣にいる浅井に話しかける。
 声は泣いているからか掠れ、やや聞き取りにくい。

「……た、竹さんっ! ご、ごめんっ、俺っ」

 千代の様子に気持ち悪くなったのか、黒田は千代の手を慌てて剥がし、浅井の手を掴んで逃げようとする。

「……逃げんなっ!! バラされてーのか!?」

 逃げようと走り出した二人の背に向けて、どこからそんな声が出たのか、いつもよりはっきりと通る声が朝の平和な皇居のお堀に不和をもたらす。

「……逃げないわよっ、別に、私達、そういう仲じゃないし」

 千代の怒声に驚いて、浅井がびくっと身体を一瞬強張らせると、黒田の手を振り払い千代の元へ戻った。
 その後ろに黒田も続いてばつの悪そうな顔で戻ってくる。

 ちなみに、千代も自分の声に驚いたのか、瞬時目を丸くしていた。

「……そうそう、俺達、さっきそこで会って。た、竹さんは、散歩? こ、こないだも会ったよね~……」

 黒田は誤魔化そうと目を泳がせながら苦笑いを浮かべて、“やぁ”とでも言うように片手を軽く振る。

「……浅井さんの旦那さんて、土曜日休みだった?」

 さっき大声を張り上げ自分の声に驚いた所為か涙が止まっていた千代は、無表情で滑らかに鞄からスマホを取り出し、連絡先を検索し始めた。

「ぐっ……やめてよっ! あんた関係ないでしょ!」

 浅井は千代のスマホを奪うべく、千代に掴みかかる。

「あっ……! 他人を巻き込んでおいて何言ってるの」

 千代は抵抗するべく力を込めて自分のスマホを守ろうとするものの、火事場の馬鹿力なのか、もともと千代の力が非力過ぎるのか浅井に頬や手の甲などを引っ掻かれ、あっという間にスマホは浅井の手中に収められてしまった。
 浅井は手に入れたスマホから自分の自宅番号が選択されていたので素早く取り消しを押す。

「……なによこれっ!! 気持ち悪い待ち受けねっ!!」

 取り消しを押すと待ち受け画面に移行したらしく、浅井はその待ち受け画像に反応し、眉を顰めるとスマホをお堀の中目掛けて投げ捨てた。

「何するのっ!!」

 千代の目の前で、スマホが弧を描いて水掘へと落下していく。
 それを目線で追ったものの、スマホは”ポチャン”と、水の中へと小さな音を立てて見えなくなった。

「あんたが余計なことしようとするからよ!」

 自分の仕出かしたことに内心不味いと思いながらも、浅井は先程見た待ち受け画像に腹を立てて逆切れをする。
 浅井の見た待ち受けには三人で撮った写真をトリミングして、千代と黒田だけが写っていたのだった。浅井の顔が半分切れていた。

「まぁまぁ浅ちゃん、あれは不味いっしょ、何見たの」
 黒田は腕組みをして二人のやり取りを見ていたが、御冠の浅井の肩に手を添えて宥め、千代の様子を探る。

「……弁償してください。先月買い換えたばかりなんです。高かったんですよ?」

 千代は先程からの浅井の直情径行な物言いに何だか冷め始めてしまい、淡々と無表情で告げた。

「知らないわよそんなのっ! あんな悪趣味な待ち受けの入ったスマホなんて! どうして私が弁償しなきゃいけないの!?」

 一方対照的に浅井は逆上したまま、今度は千代の胸倉に掴みかかる。

「器物破損で、被害届出しときますね。……それじゃ」

 浅井の頭に血が昇る程に、千代は冷静になっていく。
 千代は浅井の手を払い除け尚も淡々に告げ、その場を去ろうとすると浅井が一瞬何やら閃いたように口を開いた。

「ま、待って! 竹さん、黒ちゃん……いや黒田くんのこと好きなんでしょう? 一回デートさせてあげるからっ!」
「はぁっ!?」
「ちょっ、えっ!?」

 千代と黒田が同時に声を発する。
 浅井の台詞に驚いたのは千代だけではなかった。黒田が目を見開いて千代と浅井を交互に見る。

「一回じゃ駄目なら、二回でどう? 主人に黙っててくれたらエッチもつけるから! ほら、今からデートしてもいいわよ!」

 バナナの叩き売りのように浅井は黒田の背を押し、千代の方へと追いたてる。

「えっ、いや、俺、竹さんとデートはいいけど、ヤルのはちょっと……」
「私の為なら何でもするってこないだ言ったじゃないっ!!」

 浅井に背を押されながら黒田は訴えかけるように言うものの、浅井は自身の保身が第一らしく、黒田を差し出す腕の力を弱めることは無かった。

「そうだけどっ……でもなぁ……勃たないと思うし……」

 黒田は目前にせまる千代になんとなく近づきたくなくて、足を踏ん張って、その場に留まろうとする。

「適当にその辺の棒でも突っ込んどけばいいでしょうが!! わかりゃしないわよ、竹さん処女なんだから!!」

 先程から二人の会話は全て千代の耳に届いており、浅井のその一言は、千代の怒りに再び火を点けるのに充分だった。

「……馬鹿にすんじゃないわよっ!! 私がやりたいだけで、黒田くんを好きだったとでも思ってるの!? それにっ! 私は処女じゃないわよっ!!」

 千代はそれだけ言うと唇を痛いほどにかみ締める。そう、確かに千代は処女ではない。

 喪女ではあるが。

 その詳細はいずれまた別の機会に語ろう。

「えっ!? マジっ!? すげえっ! そんな男いたんだ! 竹さんやりますねっ!!」
「わっ!」

 黒田が純粋に驚いて足の力を緩めると、その反動で浅井が黒田の背に倒れ込む。
 そして黒田は浅井の手を自分を包むように腹に回させて、浅井は黒田の身体を抱きしめる格好となった。
 さらに、浅井の手に自分の手を重ねる。

「竹さん。俺、浅ちゃんのこと好きだから、竹さんとデートしてあげてもいいっすよ。あ、エッチはなしの方向で頼みますね。で、いいかな、浅ちゃん」

「……うん、私も竹さんとエッチして欲しくないからいいよ……」

 黒田が背後にいる浅井に声を掛けて優しく微笑むと、浅井も落ち着いたのか、微笑み返した。何だかんだ言って、千代の前でいちゃつきながら二人の世界である。

「……最低っ!! アンタみたいな男、こちらから願い下げよっ!!」

 千代は二人の様子にどうしようもない居心地悪さを感じてその場から脱兎の如く逃げ出した。

「あっ、竹さんっ!! 主人にはっ、どうかっ!!」

 浅井が逃げ出す千代の手を取ろうとすると、千代は嫌がるように手を振り払う、そこへ――。
 
 キキキキキキィィィィィ――――!!!?

 けたたましいゴムの擦れる音が千代の耳に届く。
 同時、「危ない!」という男性の声も。
 
「危ないっ!!」

 黒田の声と手が浅井をその場に留める。

「えっ!?」

 千代が耳を劈くブレーキ音と共に後ろから迫り来るロードバイクに気付いたのはそのすぐ後だった。
 誰も留めてくれなかった千代が次に聞いた音はこうだ。
 
 ドンッ!!
 
 それは鈍く、何かが弾け飛んだ音だった。

「竹さんっ!!」

 黒田が咄嗟に手を差し伸べるものの、千代の身体は打ち上げられ、自分のスマホと同様に弧を描いてお堀の中へ落下していく。

「……わっわぁああああああああっ!!!?!? (っ死ぬっ、これ、絶対死ぬっ!!)」

 お堀に落下していく中、最期に見たのはこちらに手を差し伸べている黒田の複雑そうな顔だった。
 私が死ねば、二人の関係はとりあえず今はばれない。

(なるほどな……ふっ)

 と千代は鼻で笑いながら、今までの人生を振り返っていた。

 ――今日は私の誕生日。
 私は三十七年前の今日、お昼頃に生まれたんだって。
 千代という名前、本当は、小さい頃身体が弱くて、何度か死に掛けたお母さんが私もそうなったら大変と、長生きするように、千代って。
 それだと徳川家康の幼名と一緒じゃん。竹千代になっちゃうじゃん。

 お父さんてば、

「上様ぁ~!! ……なんてな! わっはっは!!」

 って、豪快に笑ってたな。
 完全に馬鹿にしてるよな、父親のくせに。
 その後に、千代に美しく綺麗になるようにとかなんとかも言ってたっけ。いや、”美”なんて字入ってねーし。
 結局綺麗には成れなかったな……。

 これが走馬灯というやつか、あぁ、私、今振り返ってみても、大した人生じゃなかったな。

 千代は自分のこれまでを振り返るのかと、思考を巡らせる。


 幼稚園のときは……。
 小学生の頃は……。
 高校生になって……。


 待てども待てども、人が死ぬ時に見るという過去の映像はまるで現れない。

(……あれ? 何にも出てきませんが? 走馬灯キター!! じゃないの?)

 そんなことを思っていた千代だが、段々と意識だけが遠のいていく感じがした。


 “死ぬときって、何もないんだなぁー”


 千代は不細工と言われ続けた灰色の人生を振り返らないで済んだことに内心ほっとして、薄れゆく意識のまま願う。


 次の人生は美人に生まれて、人生イージーモードで頼むよ、神様。


 千代は心で願って、意識を手放した――。
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