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6章:覚醒

分裂する帝国、巻き込まれるリベルタ王国【side:アーサー】

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 両国会談は特に大きな問題もなく、意外なほど和やかな雰囲気で進んだ。

 リベルタ側は、不法越境問題により受けた被害規模や損失額を訴えた。
 
 それと同時に、早急な対応と損害賠償の請求、および責任の所在を明らかにするよう帝国側に求める。


 使節団のまとめ役となっている高齢の貴族は、【リベルタ王国には数々のご迷惑をおかけし、大変申し訳ございません】と帝国語で丁寧に謝罪した。
 

【急な訪問をお許しください。実を申しますと……我々は正式な使節団ではございません。そちらもご存じの通り、我が国は多数派閥の貴族が実権を握っております。私たちは、本来ならこの場に来ることすら叶わない少数派の集まり……しかし、何としてでもお伝えしたい意があり、参りました】

 アーサーは通訳を介して、彼らの要件を伺った。

【ありがとうございます。我々のような一部の貴族と国民はリベルタ王国との紛争を望んではおりません。先の和平条約に基づき、友好的関係を続けたい……しかし……】

「多数派閥は開戦を望んでいる――、と」

【……左様です。我が国の事情に巻き込む形となってしまい大変心苦しいのですが……帝国にも、平和を望む者が居ることをリベルタ王国にも知っていただきたかったのです】

「この場にいらっしゃる皆様のご意志はよく分かりました。我々リベルタ王国も血で血を洗う武力紛争は避けたい。どうか、我が国の意志と早急な対応等の願いを、皇帝陛下と帝国議会の方々にお伝えください」

【かしこまりました。私達は、帝国とリベルタ王国の架け橋になるためせ参じた身、必ずや申し伝えます】


 非公式使節団との会談はつつがなく進み、昼に一旦の休憩を挟んで午後に再び続行された。
 
 再開直後、事態は急変した――。


 会議場に入室してきた伝令騎士がこう告げる――。


「国境の城塞関所に、セヴィル帝国使節団の皆様がご到着されました」と。


 その瞬間、目の前の使者達が目に見えてうろたえ、【嘘だろう……もう追いついてきたのか】【あいつら、どれだけ馬を乗り潰して来たんだ】と小さな声で呟いた。

 使節団のまとめ役の男性が一つ咳払いをして場を鎮めると、【どうやら、予想以上に我々には時間がないようです】と言い、先程よりも迅速に話を進め始める。


 互いの今後について情報を共有し協議していると、帝国側の席の後ろの方で一人の青年――ルカ・クレーベルが立ち上がり、議場を後にするのが見えた。


 帝国側の使者が数人、小声で何かを話している。

 声は聞こえないが口元の動きで会話を読むと、『クレーベル家の長男は病弱』といった趣旨の話をしているようだ。


 ルカ・クレーベル。

 
 昼休憩の間、ソフィアにそれとなく話を聞いたところ、彼女の弟で間違いないらしい。 

 情報統制が厳しい帝国とは中々手紙のやりとりが出来ず、リベルタ王国に来てから全く連絡を取れていないという。
 

 「寂しいですが、全て覚悟した上で私はリベルタ王国に来ましたから」ーー。

 そう言う彼女は、普段通りのほほ笑みを浮かべていたものの、やはりどこか悲しげだった。


 家族のもとを離れ、女性が一人で他国へ渡るのはどれほど勇気と覚悟が必要なのか。

 アーサーには想像すら出来なかった。


――何とか会わせてあげたい……が、難しいだろうな。


 両国が緊迫したこの状況下で、リベルタ王国に住む姉とセヴィル帝国使者として遣わされた弟が会えば、お互い周囲から要らぬ疑いをかけられ、双方にとって良くない結末になるのは容易に想像がつく。


 同じ建物内にいるのに、姉と弟が会う、そんな簡単な願いすら叶わない。

 二人の間にあるのは物理的距離ではなく、国家間の衝突や両国の隔たり――それぞれの国の人間が勝手に作り上げた目に見えない障害だ。


――自分で自分達の世界を狭め、壁を作り生き辛くしている。僕たち人間は本当にどうしようもなく……難しい生き物だな。
 

 アーサーは本日の会談を終えると、退出する使者たちを見送る。

 非公式使節団は、迎賓館の敷地内にある宿泊離宮に今夜滞在し、明日の朝、強制的に帰国させられるらしい。

 会議室に残ったロイド達と今後の対応について小一時間ほど話し合ったあと、その場を後にした。



 大会議室を出て廊下を進み、執務室がある別棟へ続く回廊に足を踏み入れた瞬間――、後ろに人の気配を感じて振り向く。


 そこには…………。


「ソフィア……?」

 執務室で待っているはずの灰桜色の髪の彼女が立っていた。

 中庭から吹き込む風に薄水色のドレスをはためかせ、うつむき加減でこちらを見つめている。

 一見、髪も目の色もソフィアとほぼ同じだが、何かが違う。

 彼女に比べて眼前の人物は髪がやや短く、目つきも鋭く、背も高い。



――これは、別人だ。

 

 とっさに警戒しアーサーが身構えた瞬間、眼前の人物が「貴方と話がしたい。アーサー・オルランド様」と囁いた。
 
 発音に少し癖のあるリベルタ語。その音色はハスキーな青少年のもの。
 
 昼下がりの陽光に照らされた切れ長の瞳は、彼女よりも数段濃い翡翠色。
 
 ようやく合点がいった。
 アーサーは瞬きの間、思案する。

 目の前の人物から殺気は感じられず、またこの場で自分に危害を加えることに何のメリットもない。
 

 ……であれば、執務室で話を聞くくらい良いだろう。


 分かった――と頷き返した直後、「どうした、アーサー?」と声をかけられた。

 視線を向けると、ソフィア(仮)の後ろからロイドがこちらをいぶかしげに見つめている。

「ん? ソフィア殿、わざわざここまでアーサーを迎えに来たのか? しかし……何だかいつもと様子が違うような……。何だかでかいな。少し背が伸びたか?」

 姪や甥と久しぶりに再会した親戚のおじさんみたいな台詞を口にしながら、ロイドがこちらに近付いてくる。
 
 アーサーがフォローしようと一歩前に出た瞬間、ソフィア(仮)がすかさずアーサーの懐に入り込み、腕に手を絡めてきた。

 ……いや、絡めてくるなど生やさしいものではなく、二の腕を異常な腕力で固定される。

 アーサーも力は強い方だが、それでも腕を振りほどけない。
 

 可憐な見た目に似合わぬ豪腕なソフィア(仮)は、ロイドにほほ笑みかけると「ごきげんよう」とかすれた裏声で挨拶をして、アーサーの腕を引っ張る。

 半ば引きずられるようにしてロイドに背を向けたアーサーは、首だけ向けて振り返ると「すまない、先を急ぐから失礼するよ!」と言って立ち去った。



 いつもとは若干様子がおかしい二人を見送って、ロイドは呆然と「何なんだあの二人は……?」と首をかしげた。



 次話『完全変装テクニック』

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