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2章:芸術と文化のリベルタ王国

「いいえ、人違いです」

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 季節は夏から秋に移り変わり。

 ソフィアは迎賓館職員の採用試験を受けるため、会場に向かっていた。

 寮のある学生地区から乗り合い馬車で行政地区に移動し、最寄りの停留所で下車する。

 歩いていると、先程から全く同じ方に進む人の気配を感じて横をチラリと見る。

 隣を歩いていたのは、ソフィアと同じ学院の制服を着た女学生だった。

 顔にどこか見覚えがあってしばらく考え、ようやく思い出す。

 彼女は以前、学院の廊下でデイジーの足を引っかけて転ばせていた三人組のうちの一人だ。

 ソフィアの視線を感じたのか、隣を歩く少女がふいにこちらを横目で見て、すぐさま驚いた様子ですっとんきょうな声を上げた。

「はっ!あんたは……北の貧しい野蛮な国から来た女、ソフト・クレープ!」

「いいえ、人違いです」

 思わず即答すると、彼女は「嘘つくんじゃないわよ!」とわめき、ソフィアの頭のてっぺんから爪先までじーっくりと眺めて、「ふん!」と小馬鹿にしたように鼻で笑った。

「あんたみたいな外国の子が、迎賓館試験に受かるわけないじゃない! 大体ね、何でリベルタに来たわけ? 帝国の女って結婚して家庭に入るのが普通なんでしょ? あんた一体何やらかしたのよ? 気になるじゃない、教えなさいよ。ねぇ、ちょっと! 聞いてんの? ソフト・クレープ!クレープってば!」

 彼女はずっと何事かを喋り続けているが、ソフィアはまともに取り合わず、ただひたすら前を見て歩調を早めた。

 しかし、彼女はしつこかった。

 まだ何か言い足りないのか、ぜぇぜぇと息切れしながら「ちょっと歩くの速すぎよ!」と文句を言いつつ必死でソフィアについてくる。

 あまりに執拗に追いかけてくる姿に、呆れるどころか『この子、よっぽど私のことが気になるのね』なんて妙な感心すら覚えてしまう。

 無言で姿勢良く歩くソフィアと、子犬のようにキャンキャンと鳴き声を上げてつきまとう彼女。

 ちぐはぐな二人の様子は、端から見たらちょっと面白い光景だろう。
 
 名も知らぬ少女にストーキングされながら歩くこと数分。

 迎賓館の門が見える場所まで来た時、ソフィアは急にぴたっと足を止めた。

「わっ! 何よ! 急に止まらないでよ! びっくりするじゃない!」

 グチグチと文句を言う彼女の顔を初めてまっすぐ見つめ、ソフィアはよく通る声ではっきり告げた。

「あの門をくぐった瞬間から既に試験開始です。ですから、お喋りはここまでにして、お互い別々に行きましょう」

「別に方向同じなんだから、一緒に行けばいいじゃない? 何か問題でも――」

 なおも話し続けるお喋りインコのような口を封じるため、ソフィアは自分の口元に人差し指を当てて、優雅に微笑んだ。

 リベルタ社会に溶け込むため、普段は抑え気味にしている貴族の風格を存分に解放して「お静かに」と囁く。

 その瞬間、目の前の少女はぽかんと口を開けたまま、ぴたりと動きを止めた。

「それでは、お互い頑張りましょうね。ごきげんよう」

 ソフィアはしとやかに美しくお辞儀をして名も知らぬ彼女に背を向けると、凜と胸を張って門をくぐった。




 一方、その場に取り残された少女は呆然としながら、強烈な印象と、花のような良い香りを残して颯爽と立ち去ったソフィアの背中を見つめていた。

「なに……あの上品オーラ。『北の貧しくて野蛮な国から来た女』なんて、一体どこのどいつが言い始めたのよ。大間違いじゃない。……あ、あたしかな? まぁいいや……。ふん! 意外にやるわね、ソフト・クレープ!」

 彼女がソフィアの本名を知るのは、もう少し先。

 学院でただ一人の迎賓館職員合格者として、『ソフィア・クレーベル』という名が掲示板に張り出された時だった。






 2章:『芸術と文化のリベルタ王国』 完


 次章:『春の令嬢と冬の貴公子』

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