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第40話 破滅の足音
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その頃、ヘインズ公爵邸を追い出されたセレーナとフェルナンは、帰城するや否や王妃に呼びつけられ、小一時間ほど説教を受けていた。
「自分たちがどれほど愚かな事をしでかしたか、分かっているのですか!」
「すみません、母上」
「申し訳、ございません……王妃様……」
「はぁ、さっきから謝るばかり。事の重大さがまったく分かっていない! この愚か者!」
母親にぴしゃりと叱られ、フェルナンは子供のようにビクッと肩をすくめた。
一方のセレーナは、目を潤ませながらも内心では『あー、うるさい。ポールに頼んで殺してもらいましょうか』などと、物騒なことを考えていた。
今まさに命を狙われていることなど知るはずもない王妃は、書簡の束を机上に放り出して言う。
「一方的な聖女の派遣停止とセレーナの身代わりの件、さらにはベアトリスの処遇についてなど、すでにこれだけの抗議文と説明を求める声が王宮に届いています。対応を間違えれば、反乱になりかねない失態ですよ」
さすがのセレーナも『ちょっとマズイ?』と思い、チラリと隣を見ればフェルナンが顔面蒼白になっていた。
王妃はこめかみを手で押さえ、はぁと重苦しい溜息をつきながらセレーナを睨むように見つめる。
「性格が急に変わって違和感を抱いてはいましたが……まさか、わたくしと数回しか会っていないのを良いことに、ベアトリスに身代わりをさせていただなんて。あぁ、なにから叱れば良いのか……王子はいつからこんなに愚かになったのでしょう」
言外に『お前のせいでフェルナンが阿呆になった』と王妃に責められている気がして、セレーナはうつむきながら怒りを抑えるのに必死だった。
「ひとまず、この件はわたくしが対応いたします。今後一切、勝手な行動はしないように」
冷ややかにフェルナンとセレーナを見た王妃は、犬猫を追い払うように『出ていけ』と手で合図する。
王妃の私室を出た直後、説教が終わってホッとしているセレーナの耳に、ふいに地を這うような恨めしげな声が飛び込んできた。
「……せい、だからな」
「え?」
「こんなことになったのは、全部お前のせいだからな! お前が『聖女の派遣を止めて、ベアトリスを差し出すよう圧力をかけましょう』なんて言うから」
「まっ、待ってください……! わたしは、ブレア伯爵家がベアトリスを匿っているかも……と、言っただけです……」
ベアトリスを捕まえるついでに、気に食わない貴族連中に対して制裁を加えてやろう、などと言い出したのはフェルナンだ。
心の中では『はぁ? 責任を押しつけんなよ』と悪態を吐きながら、セレーナはさめざめと泣く。
いつもはセレーナの涙に弱いフェルナンだが、母親に叱られたのが相当堪えたのか「チッ」と忌々しげに舌打ちした。
「そうやって、いつも泣いて済ませようとする。セレーナ、君を見ているとイライラするよ」
フェルナンは片手で頭を掻きむしり、盛大な溜息をついて去っていった。
誰もいない空間にひとりっきり。
セレーナは涙を拭い、冷静に考えを巡らせた。
(ブレア家だって馬鹿じゃないもの、領民のためにベアトリスを差し出すに決まっている。あの女さえ捕まえれば、すべて上手くいく。フェルナンもすぐに機嫌を直すはず)
祈るような気持ちでいると、翌日さっそくポールが朗報を持ってきた。
「罪人ベアトリス・バレリーが騎士ユーリスに捕らえられ、本日王宮に連行されてくる、とのことです」
「ほら、やっぱりわたしの策は完璧だったんだわ!」
セレーナは自らの聡明さと有能さを自画自賛し、鼻歌をうたいながら身支度を整えた。
とびっきり綺麗な格好で、ベアトリスが破滅する瞬間を見届けてあげましょう──。
その時を今か今かと待っていると、ベアトリスがブレア領の騎士たちに囲まれて大広間に姿を現わした。
王妃とフェルナンの御前に歩み出たユーリスが、膝を折って頭を垂れる。
「殿下のご命令どおり、ベアトリス・バレリーを連れて参りました」
「よくやった。貴様はアトリスの味方をしていると思っていたが、まあいい。此度の働き、褒めてつかわすぞ」
一段高い場所からフェルナンが横柄に告げる。
王子と騎士が言葉を交わす中、セレーナはうつむくベアトリスを横目で見ながら、内心あざ笑っていた。
二度も断罪され、しかも一番信用していたユーリスに裏切られ連行されるなんて!
あぁ……なんて馬鹿で哀れな子なのかしら!
他人の不幸は蜜の味。落ちぶれたベアトリスの様子に愉悦がこみ上げる。
セレーナは勝ち誇った笑いをこらえるのに必死だった。
婚約者の悪辣な内面など知るよしもないフェルナンは、右手を挙げて「ベアトリスを拘束しろ!」と命じる。
だがユーリスは命令を実行することなく、いつもどおり冷静に告げた。
「その前にひとつ申し上げてもよろしいでしょうか」
「自分たちがどれほど愚かな事をしでかしたか、分かっているのですか!」
「すみません、母上」
「申し訳、ございません……王妃様……」
「はぁ、さっきから謝るばかり。事の重大さがまったく分かっていない! この愚か者!」
母親にぴしゃりと叱られ、フェルナンは子供のようにビクッと肩をすくめた。
一方のセレーナは、目を潤ませながらも内心では『あー、うるさい。ポールに頼んで殺してもらいましょうか』などと、物騒なことを考えていた。
今まさに命を狙われていることなど知るはずもない王妃は、書簡の束を机上に放り出して言う。
「一方的な聖女の派遣停止とセレーナの身代わりの件、さらにはベアトリスの処遇についてなど、すでにこれだけの抗議文と説明を求める声が王宮に届いています。対応を間違えれば、反乱になりかねない失態ですよ」
さすがのセレーナも『ちょっとマズイ?』と思い、チラリと隣を見ればフェルナンが顔面蒼白になっていた。
王妃はこめかみを手で押さえ、はぁと重苦しい溜息をつきながらセレーナを睨むように見つめる。
「性格が急に変わって違和感を抱いてはいましたが……まさか、わたくしと数回しか会っていないのを良いことに、ベアトリスに身代わりをさせていただなんて。あぁ、なにから叱れば良いのか……王子はいつからこんなに愚かになったのでしょう」
言外に『お前のせいでフェルナンが阿呆になった』と王妃に責められている気がして、セレーナはうつむきながら怒りを抑えるのに必死だった。
「ひとまず、この件はわたくしが対応いたします。今後一切、勝手な行動はしないように」
冷ややかにフェルナンとセレーナを見た王妃は、犬猫を追い払うように『出ていけ』と手で合図する。
王妃の私室を出た直後、説教が終わってホッとしているセレーナの耳に、ふいに地を這うような恨めしげな声が飛び込んできた。
「……せい、だからな」
「え?」
「こんなことになったのは、全部お前のせいだからな! お前が『聖女の派遣を止めて、ベアトリスを差し出すよう圧力をかけましょう』なんて言うから」
「まっ、待ってください……! わたしは、ブレア伯爵家がベアトリスを匿っているかも……と、言っただけです……」
ベアトリスを捕まえるついでに、気に食わない貴族連中に対して制裁を加えてやろう、などと言い出したのはフェルナンだ。
心の中では『はぁ? 責任を押しつけんなよ』と悪態を吐きながら、セレーナはさめざめと泣く。
いつもはセレーナの涙に弱いフェルナンだが、母親に叱られたのが相当堪えたのか「チッ」と忌々しげに舌打ちした。
「そうやって、いつも泣いて済ませようとする。セレーナ、君を見ているとイライラするよ」
フェルナンは片手で頭を掻きむしり、盛大な溜息をついて去っていった。
誰もいない空間にひとりっきり。
セレーナは涙を拭い、冷静に考えを巡らせた。
(ブレア家だって馬鹿じゃないもの、領民のためにベアトリスを差し出すに決まっている。あの女さえ捕まえれば、すべて上手くいく。フェルナンもすぐに機嫌を直すはず)
祈るような気持ちでいると、翌日さっそくポールが朗報を持ってきた。
「罪人ベアトリス・バレリーが騎士ユーリスに捕らえられ、本日王宮に連行されてくる、とのことです」
「ほら、やっぱりわたしの策は完璧だったんだわ!」
セレーナは自らの聡明さと有能さを自画自賛し、鼻歌をうたいながら身支度を整えた。
とびっきり綺麗な格好で、ベアトリスが破滅する瞬間を見届けてあげましょう──。
その時を今か今かと待っていると、ベアトリスがブレア領の騎士たちに囲まれて大広間に姿を現わした。
王妃とフェルナンの御前に歩み出たユーリスが、膝を折って頭を垂れる。
「殿下のご命令どおり、ベアトリス・バレリーを連れて参りました」
「よくやった。貴様はアトリスの味方をしていると思っていたが、まあいい。此度の働き、褒めてつかわすぞ」
一段高い場所からフェルナンが横柄に告げる。
王子と騎士が言葉を交わす中、セレーナはうつむくベアトリスを横目で見ながら、内心あざ笑っていた。
二度も断罪され、しかも一番信用していたユーリスに裏切られ連行されるなんて!
あぁ……なんて馬鹿で哀れな子なのかしら!
他人の不幸は蜜の味。落ちぶれたベアトリスの様子に愉悦がこみ上げる。
セレーナは勝ち誇った笑いをこらえるのに必死だった。
婚約者の悪辣な内面など知るよしもないフェルナンは、右手を挙げて「ベアトリスを拘束しろ!」と命じる。
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