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第38話 ようこそ、我がブレア領の隠れ里へ
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ユーリスに案内され、ベアトリスがたどり着いたのは、ブレア領内にある森の中の邸宅だった。
「さあ、どうぞ」
冬にはまだ早いが、秋風が寒々しいこの季節。
屋敷内は暖炉の火で温められており、身も心もホッと癒される。
燕尾服を着た執事が出迎えに現れ「おかえりなさいませ」と恭しく頭を下げた。
「先ほど旦那様もお見えになりました。居間でお待ちでございます」
「分かった。俺は兄と会うから、彼女をを客間に案内してくれ」
「かしこまりました」
「ユーリス、私も先にブレア伯爵にご挨拶がしたいわ。いいかしら?」
「君が良いなら、もちろん」
「ありがとう」
廊下を進み、ユーリスが居間の扉を開けた直後、背の高い男性が両手を広げ「ユゥゥウリスゥーウ!」と突進してきた。
ユーリスは素早くベアトリスの身体を抱き寄せ、ひらりと身をかわす。
突撃してきた男性はそのまま勢い余ってドンッと廊下の壁に激突した。
「いったたた……久々の再会だっていうのに、兄に対してこの仕打ちは酷いじゃないかぁ! 僕のハグを受け止めたまえよ」
「お久しぶりです、兄上。相変わらず騒がしい、いえ、お元気そうでなによりです」
「今、騒がしいって言ったよな?」
「いいえ、お元気そうだなと」
「いいや。ちゃんと聞こえたよ、僕は地獄耳だからね」
黒髪の長髪を後ろで結わえた美青年は、ぶつけて赤くなった額を押さえながら、ハハッと笑ってベアトリスに片手を差し出した。
「やぁ、ベアトリス嬢。わたしはブレア伯爵家の現当主で、ユーリスの兄のルーカスだ。ようこそ、我がブレア領の隠れ里へ」
「初めまして、ベアトリス・バレリーと申します。この度は、ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ございません」
「いやいや、そんなに恐縮しないで。それに僕たち、会うのは初めてじゃないしね」
「え、そうなんですか?」
「そうだよ。といっても、僕たちが会ったのは、君がヨチヨチ歩きの頃だから覚えていないだろうけど。さあ、廊下は寒いだろう。まずは中へどうぞ」
入室を促すように、ルーカスがベアトリスの背中に手を添える。
だが次の瞬間、彼は整った顔をしかめて「いててて!」と呻いた。
見れば、ユーリスが不機嫌そうな顔でルーカスの手の甲を思いっきり抓っている。
(え……なぜ?)
「兄上、みだりに触れないでください」
「お前だって、さっきベアトリス嬢の腰を抱き寄せていただろう?」
「俺はベアトリスの護衛騎士なので良いのです」
「へぇ~、騎士ねぇ~。へぇええ~」
ルーカスが訳知り顔でニヤニヤする。
それを一切無視して、ユーリスはベアトリスを居間にエスコートした。
気さくな兄とクールな弟。
容姿は似ているものの性格は真反対のようだが、気安い口調と軽口をたたき合う姿から、仲の良さが窺える。
ベアトリスとユーリスが着席すると、正面に腰かけたルーカスが「それにしても、大変だったねぇ」とさっそく話を振ってきた。
「すでに大体の事情は聞いて知っているが、ベアトリス嬢の口から改めて詳細を聞いても良いかな?」
ルーカスは相変わらず陽気な笑顔を浮かべているが、その眼差しは真剣そのもの。
ベアトリスは姿勢を正して経緯を話し始めた。
「今回の事件の発端は、騎士ポールがワインボトルでセレーナを殴り、それを私がやったとフェルナン殿下に証言したことから始まりました」
「罪を着せられたということだな。話を続けて」
「はい。その後、私はドクロの刺青を入れた暗殺傭兵に襲われました。彼らの会話から、殺害を指示したのはポール。そしてそのポールが、セレーナを崇拝している事が分かりました」
ベアトリスは見聞きしたことを余すところなく、ルーカスとユーリスに語って聞かせた。
「そうだったのか……大変な思いをしたのに、問いただすような聞き方をして申し訳なかったね」
「いえ、ルーカス様は領民を守るお立場、慎重になるのは当然のことです。私を匿うことでブレア家にご迷惑をおかけしてはいけないと思っています。もしも、そんな気配がありましたら、すぐにお暇いたします」
「ベアトリス嬢の気持ちは良く分かった、ありがとう。だが、我が家は簡単にやられたりしないから安心してくれ。──それに、お前だって無策で彼女をここに連れてきた訳じゃないだろう?」
そう言って、ルーカスは弟に視線を向けて問いかけた。
ユーリスは「もちろん」と深く頷く。
「ポールとセレーナが暗殺傭兵と繋がっているのなら、奴らを追い詰める手段はある」
「ほんと? 良かった……」
「この状況を逆転させる起死回生の策を練ろう」
「ええ!」
ユーリスと向かい合って話していると、ふいに視線を感じてベアトリスは正面に顔を向けた。
ルーカスが頬杖をつき、ニコニコ笑いながらこちらを眺めている。
ユーリスが「なんです、兄上?」と尋ねれば、ルーカスは嬉々として「いやぁ~、とってもお似合いだねぇ」と更に笑みを深めた。
「ベアトリス嬢は逆境にも負けず前向きで、本当に素敵だね。さすがは僕の弟が選んだ女性だ」
「兄上! 余計なことを言わないでください」
うんうんと頷くルーカスを、ユーリスがなぜか若干焦りながらたしなめる。
(弟が選んだ女性?……ってつまり、騎士として守るべき人を選んだってことよね?)
ベアトリスが内心そう結論づける一方で、兄弟は机越しに身を乗り出し、なにやら潜めた声でコソコソ話し合っている。
「てっきり二人は恋人同士だとばかり……え? 違うのかい?」
「さあ、どうぞ」
冬にはまだ早いが、秋風が寒々しいこの季節。
屋敷内は暖炉の火で温められており、身も心もホッと癒される。
燕尾服を着た執事が出迎えに現れ「おかえりなさいませ」と恭しく頭を下げた。
「先ほど旦那様もお見えになりました。居間でお待ちでございます」
「分かった。俺は兄と会うから、彼女をを客間に案内してくれ」
「かしこまりました」
「ユーリス、私も先にブレア伯爵にご挨拶がしたいわ。いいかしら?」
「君が良いなら、もちろん」
「ありがとう」
廊下を進み、ユーリスが居間の扉を開けた直後、背の高い男性が両手を広げ「ユゥゥウリスゥーウ!」と突進してきた。
ユーリスは素早くベアトリスの身体を抱き寄せ、ひらりと身をかわす。
突撃してきた男性はそのまま勢い余ってドンッと廊下の壁に激突した。
「いったたた……久々の再会だっていうのに、兄に対してこの仕打ちは酷いじゃないかぁ! 僕のハグを受け止めたまえよ」
「お久しぶりです、兄上。相変わらず騒がしい、いえ、お元気そうでなによりです」
「今、騒がしいって言ったよな?」
「いいえ、お元気そうだなと」
「いいや。ちゃんと聞こえたよ、僕は地獄耳だからね」
黒髪の長髪を後ろで結わえた美青年は、ぶつけて赤くなった額を押さえながら、ハハッと笑ってベアトリスに片手を差し出した。
「やぁ、ベアトリス嬢。わたしはブレア伯爵家の現当主で、ユーリスの兄のルーカスだ。ようこそ、我がブレア領の隠れ里へ」
「初めまして、ベアトリス・バレリーと申します。この度は、ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ございません」
「いやいや、そんなに恐縮しないで。それに僕たち、会うのは初めてじゃないしね」
「え、そうなんですか?」
「そうだよ。といっても、僕たちが会ったのは、君がヨチヨチ歩きの頃だから覚えていないだろうけど。さあ、廊下は寒いだろう。まずは中へどうぞ」
入室を促すように、ルーカスがベアトリスの背中に手を添える。
だが次の瞬間、彼は整った顔をしかめて「いててて!」と呻いた。
見れば、ユーリスが不機嫌そうな顔でルーカスの手の甲を思いっきり抓っている。
(え……なぜ?)
「兄上、みだりに触れないでください」
「お前だって、さっきベアトリス嬢の腰を抱き寄せていただろう?」
「俺はベアトリスの護衛騎士なので良いのです」
「へぇ~、騎士ねぇ~。へぇええ~」
ルーカスが訳知り顔でニヤニヤする。
それを一切無視して、ユーリスはベアトリスを居間にエスコートした。
気さくな兄とクールな弟。
容姿は似ているものの性格は真反対のようだが、気安い口調と軽口をたたき合う姿から、仲の良さが窺える。
ベアトリスとユーリスが着席すると、正面に腰かけたルーカスが「それにしても、大変だったねぇ」とさっそく話を振ってきた。
「すでに大体の事情は聞いて知っているが、ベアトリス嬢の口から改めて詳細を聞いても良いかな?」
ルーカスは相変わらず陽気な笑顔を浮かべているが、その眼差しは真剣そのもの。
ベアトリスは姿勢を正して経緯を話し始めた。
「今回の事件の発端は、騎士ポールがワインボトルでセレーナを殴り、それを私がやったとフェルナン殿下に証言したことから始まりました」
「罪を着せられたということだな。話を続けて」
「はい。その後、私はドクロの刺青を入れた暗殺傭兵に襲われました。彼らの会話から、殺害を指示したのはポール。そしてそのポールが、セレーナを崇拝している事が分かりました」
ベアトリスは見聞きしたことを余すところなく、ルーカスとユーリスに語って聞かせた。
「そうだったのか……大変な思いをしたのに、問いただすような聞き方をして申し訳なかったね」
「いえ、ルーカス様は領民を守るお立場、慎重になるのは当然のことです。私を匿うことでブレア家にご迷惑をおかけしてはいけないと思っています。もしも、そんな気配がありましたら、すぐにお暇いたします」
「ベアトリス嬢の気持ちは良く分かった、ありがとう。だが、我が家は簡単にやられたりしないから安心してくれ。──それに、お前だって無策で彼女をここに連れてきた訳じゃないだろう?」
そう言って、ルーカスは弟に視線を向けて問いかけた。
ユーリスは「もちろん」と深く頷く。
「ポールとセレーナが暗殺傭兵と繋がっているのなら、奴らを追い詰める手段はある」
「ほんと? 良かった……」
「この状況を逆転させる起死回生の策を練ろう」
「ええ!」
ユーリスと向かい合って話していると、ふいに視線を感じてベアトリスは正面に顔を向けた。
ルーカスが頬杖をつき、ニコニコ笑いながらこちらを眺めている。
ユーリスが「なんです、兄上?」と尋ねれば、ルーカスは嬉々として「いやぁ~、とってもお似合いだねぇ」と更に笑みを深めた。
「ベアトリス嬢は逆境にも負けず前向きで、本当に素敵だね。さすがは僕の弟が選んだ女性だ」
「兄上! 余計なことを言わないでください」
うんうんと頷くルーカスを、ユーリスがなぜか若干焦りながらたしなめる。
(弟が選んだ女性?……ってつまり、騎士として守るべき人を選んだってことよね?)
ベアトリスが内心そう結論づける一方で、兄弟は机越しに身を乗り出し、なにやら潜めた声でコソコソ話し合っている。
「てっきり二人は恋人同士だとばかり……え? 違うのかい?」
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