33 / 47
第33話 聖女と悪女、本物と偽物
しおりを挟む
「わたし……心配で、来てしまいました……」
その口ぶりから、彼女が『本物』のセレーナだと瞬時に察する。
(王都の隠れ屋敷にいる彼女がなぜここに?)
疑問に思っていると、セレーナが近づいてきて小声で囁いた。
「報道を知って……いてもたってもいられず……」
「そうか。ありがとう、セレーナ」
「婚約者ですもの当然ですわ……どんな時も、ふたりで乗り越えます……」
孤立無援でささくれ立っていた心に、彼女の優しさが染み渡る。
セレーナの登場によりフェルナンが自然と剣を下ろしたことで、会場の張り詰めていた空気が若干やわらいだ。
「みなさま……父の件で、お騒がせしてしまい……申し訳ございません。詳細につきましては、後日、必ずお伝えします……」
両目に涙をにじませ深々と頭をさげるセレーナに対し、人々はそれ以上なにも言えなかった──。
会場を後にしたふたりは、人払いを済ませた部屋で再会を喜び抱き合う。
「君のおかげで助かった」
「お役に立てたのなら……嬉しいです」
彼女のいじらしい姿を見ると、やはり自分が好きなのはセレーナなのだと実感する。
「わたし……もう、殿下と離れたくありません……」
「俺もだよ、セレーナ」
「それでは……身代わりは、もう終わりで……良い、ですよね?」
フェルナンがうなずくと、セレーナは嬉しそうに微笑み涙を流した。
「泣かないでおくれ」
「すみません……わたし、とても怖くて……あの子は、いつもわたしの大切なものを奪うから……殿下の心がベアトリスに向いてしまうんじゃないかと……」
セレーナが不安そうにこちらを見上げ、フェルナンの手を取って婚約指輪を撫でる。
内心、ぎくりとした。
事実、ベアトリスに心が傾きかけ、隣にいて欲しいと願っていたからだ。
フェルナンは不埒な己の心を隠すため、わざとベアトリスのことを悪しざまに罵った。
「やめろよ。あんな自己中心的で高飛車な女、俺が好きになるわけないだろう。今だって、俺が大変な思いをしているのに、まったく役に立たない!」
悪態をつけばつくほど、胸の内から憎しみが湧き上がってくる。
なぜだろう? 怒りの感情が止まらない……。
「そうだ。あいつは呪具を使いセレーナを虐げ、力を奪った罪人だ! 一瞬でも信じた俺が馬鹿だった!」
「殿下。それでは……わたし、これからベアトリスの部屋に行って……身代わりの終了を伝えてきます」
「ダメだ! 相手はあのベアトリスだぞ。君ひとりでは危険だ」
「護衛を連れて行きますから……平気です。今ベアトリスは怒っているのでしょう? ……殿下が行けば、きっと喧嘩になってしまいます……」
「……そう、だな。分かった、ひとまずセレーナに任せるよ」
「はい。では行って参ります……」
いつもどおりの微笑を浮かべ、セレーナが部屋を出ていった。
それから数分後──。
「きゃああああッ!!」
隣の部屋からガシャーンと何かが割れる音がした後、突如として甲高い悲鳴が聞こえてきた。
驚いたフェルナンは慌てて自室を出て、隣の部屋に駆け込んだ。
「……っ! なんということだ……」
全身真っ赤に染まり、床に倒れ込むセレーナの姿を見て、思わず息を飲む。
「セレーナ! セレーナ!」
急いで助け起こすと、ぐったりとしたセレーナが薄く目を開けた。
「……殿下……」
フェルナンは近くで棒立ちになっているポールを怒鳴りつけた。
「いったい、どういうことだ!」
「すっ、すみません……! ベアトリス様がいきなりワインボトルでセレーナ様をなぐり……急なことで反応できずに、も、申し訳ございません……」
「違う……私はそんなこと、していない!」
ポールの言葉を遮りベアトリスが叫ぶ。
フェルナンはセレーナを守るように抱きしめながら、顔面蒼白のベアトリスを睨んだ。
「俺の大切な婚約者を再び傷つけるとは、貴様はやはりとんだ悪女だな」
「違います! きちんと話を聞いてください、お願いします!」
「黙れ! 改心したなどという言葉を信じようとしたのが間違いだった。お前は責務を放り出した挙げ句、あまつさえ再びセレーナを傷つけた。もう許せん! ベアトリス・バレリー、貴様を殺人未遂で断罪する!」
「だ、断罪…………」
「ちょうどこの領には大監獄があるな。おい、衛兵! この罪人を監獄へ連れていけ!」
無罪だと叫ぶベアトリスを、騎士が拘束して無理やり部屋から引きずり出した。
「もう大丈夫だよ、セレーナ。君を脅かす者は俺が排除する」
「フェルナン殿下……」
セレーナは瞳を潤ませて弱々しく頷いた後、担架に乗せられ処置室へと運ばれていった。
出ていく彼女と入れ替わりで、騒ぎを聞きつけた人々が続々とやってくる。
事態の収拾に追われるフェルナンには、婚約者の声などまったく聞こえていない──。
「ベアトリス。貴女には、悪女の異名がお似合いよ……」
あまりにも小さな女の囁きは、誰にも聞き届けられることなく、喧噪に紛れて跡形もなく消え去った。
その口ぶりから、彼女が『本物』のセレーナだと瞬時に察する。
(王都の隠れ屋敷にいる彼女がなぜここに?)
疑問に思っていると、セレーナが近づいてきて小声で囁いた。
「報道を知って……いてもたってもいられず……」
「そうか。ありがとう、セレーナ」
「婚約者ですもの当然ですわ……どんな時も、ふたりで乗り越えます……」
孤立無援でささくれ立っていた心に、彼女の優しさが染み渡る。
セレーナの登場によりフェルナンが自然と剣を下ろしたことで、会場の張り詰めていた空気が若干やわらいだ。
「みなさま……父の件で、お騒がせしてしまい……申し訳ございません。詳細につきましては、後日、必ずお伝えします……」
両目に涙をにじませ深々と頭をさげるセレーナに対し、人々はそれ以上なにも言えなかった──。
会場を後にしたふたりは、人払いを済ませた部屋で再会を喜び抱き合う。
「君のおかげで助かった」
「お役に立てたのなら……嬉しいです」
彼女のいじらしい姿を見ると、やはり自分が好きなのはセレーナなのだと実感する。
「わたし……もう、殿下と離れたくありません……」
「俺もだよ、セレーナ」
「それでは……身代わりは、もう終わりで……良い、ですよね?」
フェルナンがうなずくと、セレーナは嬉しそうに微笑み涙を流した。
「泣かないでおくれ」
「すみません……わたし、とても怖くて……あの子は、いつもわたしの大切なものを奪うから……殿下の心がベアトリスに向いてしまうんじゃないかと……」
セレーナが不安そうにこちらを見上げ、フェルナンの手を取って婚約指輪を撫でる。
内心、ぎくりとした。
事実、ベアトリスに心が傾きかけ、隣にいて欲しいと願っていたからだ。
フェルナンは不埒な己の心を隠すため、わざとベアトリスのことを悪しざまに罵った。
「やめろよ。あんな自己中心的で高飛車な女、俺が好きになるわけないだろう。今だって、俺が大変な思いをしているのに、まったく役に立たない!」
悪態をつけばつくほど、胸の内から憎しみが湧き上がってくる。
なぜだろう? 怒りの感情が止まらない……。
「そうだ。あいつは呪具を使いセレーナを虐げ、力を奪った罪人だ! 一瞬でも信じた俺が馬鹿だった!」
「殿下。それでは……わたし、これからベアトリスの部屋に行って……身代わりの終了を伝えてきます」
「ダメだ! 相手はあのベアトリスだぞ。君ひとりでは危険だ」
「護衛を連れて行きますから……平気です。今ベアトリスは怒っているのでしょう? ……殿下が行けば、きっと喧嘩になってしまいます……」
「……そう、だな。分かった、ひとまずセレーナに任せるよ」
「はい。では行って参ります……」
いつもどおりの微笑を浮かべ、セレーナが部屋を出ていった。
それから数分後──。
「きゃああああッ!!」
隣の部屋からガシャーンと何かが割れる音がした後、突如として甲高い悲鳴が聞こえてきた。
驚いたフェルナンは慌てて自室を出て、隣の部屋に駆け込んだ。
「……っ! なんということだ……」
全身真っ赤に染まり、床に倒れ込むセレーナの姿を見て、思わず息を飲む。
「セレーナ! セレーナ!」
急いで助け起こすと、ぐったりとしたセレーナが薄く目を開けた。
「……殿下……」
フェルナンは近くで棒立ちになっているポールを怒鳴りつけた。
「いったい、どういうことだ!」
「すっ、すみません……! ベアトリス様がいきなりワインボトルでセレーナ様をなぐり……急なことで反応できずに、も、申し訳ございません……」
「違う……私はそんなこと、していない!」
ポールの言葉を遮りベアトリスが叫ぶ。
フェルナンはセレーナを守るように抱きしめながら、顔面蒼白のベアトリスを睨んだ。
「俺の大切な婚約者を再び傷つけるとは、貴様はやはりとんだ悪女だな」
「違います! きちんと話を聞いてください、お願いします!」
「黙れ! 改心したなどという言葉を信じようとしたのが間違いだった。お前は責務を放り出した挙げ句、あまつさえ再びセレーナを傷つけた。もう許せん! ベアトリス・バレリー、貴様を殺人未遂で断罪する!」
「だ、断罪…………」
「ちょうどこの領には大監獄があるな。おい、衛兵! この罪人を監獄へ連れていけ!」
無罪だと叫ぶベアトリスを、騎士が拘束して無理やり部屋から引きずり出した。
「もう大丈夫だよ、セレーナ。君を脅かす者は俺が排除する」
「フェルナン殿下……」
セレーナは瞳を潤ませて弱々しく頷いた後、担架に乗せられ処置室へと運ばれていった。
出ていく彼女と入れ替わりで、騒ぎを聞きつけた人々が続々とやってくる。
事態の収拾に追われるフェルナンには、婚約者の声などまったく聞こえていない──。
「ベアトリス。貴女には、悪女の異名がお似合いよ……」
あまりにも小さな女の囁きは、誰にも聞き届けられることなく、喧噪に紛れて跡形もなく消え去った。
2
お気に入りに追加
1,464
あなたにおすすめの小説
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
もう私、好きなようにさせていただきますね? 〜とりあえず、元婚約者はコテンパン〜
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「婚約破棄ですね、はいどうぞ」
婚約者から、婚約破棄を言い渡されたので、そういう対応を致しました。
もう面倒だし、食い下がる事も辞めたのですが、まぁ家族が許してくれたから全ては大団円ですね。
……え? いまさら何ですか? 殿下。
そんな虫のいいお話に、まさか私が「はい分かりました」と頷くとは思っていませんよね?
もう私の、使い潰されるだけの生活からは解放されたのです。
だって私はもう貴方の婚約者ではありませんから。
これはそうやって、自らが得た自由の為に戦う令嬢の物語。
※本作はそれぞれ違うタイプのざまぁをお届けする、『野菜の夏休みざまぁ』作品、4作の内の1作です。
他作品は検索画面で『野菜の夏休みざまぁ』と打つとヒット致します。
悪役令嬢は永眠しました
詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」
長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。
だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。
ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」
*思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m
乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?
シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。
……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。
そんなに妹が好きなら死んであげます。
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』
フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。
それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。
そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。
イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。
異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。
何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

そちらがその気なら、こちらもそれなりに。
直野 紀伊路
恋愛
公爵令嬢アレクシアの婚約者・第一王子のヘイリーは、ある日、「子爵令嬢との真実の愛を見つけた!」としてアレクシアに婚約破棄を突き付ける。
それだけならまだ良かったのだが、よりにもよって二人はアレクシアに冤罪をふっかけてきた。
真摯に謝罪するなら潔く身を引こうと思っていたアレクシアだったが、「自分達の愛の為に人を貶めることを厭わないような人達に、遠慮することはないよね♪」と二人を返り討ちにすることにした。
※小説家になろう様で掲載していたお話のリメイクになります。
リメイクですが土台だけ残したフルリメイクなので、もはや別のお話になっております。
※カクヨム様、エブリスタ様でも掲載中。
…ºo。✵…𖧷''☛Thank you ☚″𖧷…✵。oº…
☻2021.04.23 183,747pt/24h☻
★HOTランキング2位
★人気ランキング7位
たくさんの方にお読みいただけてほんと嬉しいです(*^^*)
ありがとうございます!
悪役令嬢に転生しましたが、行いを変えるつもりはありません
れぐまき
恋愛
公爵令嬢セシリアは皇太子との婚約発表舞踏会で、とある男爵令嬢を見かけたことをきっかけに、自分が『宝石の絆』という乙女ゲームのライバルキャラであることを知る。
「…私、間違ってませんわね」
曲がったことが大嫌いなオーバースペック公爵令嬢が自分の信念を貫き通す話
…だったはずが最近はどこか天然の主人公と勘違い王子のすれ違い(勘違い)恋愛話になってきている…
5/13
ちょっとお話が長くなってきたので一旦全話非公開にして纏めたり加筆したりと大幅に修正していきます
5/22
修正完了しました。明日から通常更新に戻ります
9/21
完結しました
また気が向いたら番外編として二人のその後をアップしていきたいと思います

婚約破棄ですか。ゲームみたいに上手くはいきませんよ?
ゆるり
恋愛
公爵令嬢スカーレットは婚約者を紹介された時に前世を思い出した。そして、この世界が前世での乙女ゲームの世界に似ていることに気付く。シナリオなんて気にせず生きていくことを決めたが、学園にヒロイン気取りの少女が入学してきたことで、スカーレットの運命が変わっていく。全6話予定
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる