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第31話 有能な”偽物”と揺れ動く男心
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フェルナンが重い口を開きかけたその時、ガタンと馬車が大きく揺れて、目的地の公爵邸に到着した。
「あぁ、着いたようだな。今の話は夜会の後にしよう」
フェルナンが逃げるように馬車を降りると、ベアトリスは胡乱な目でこちらを見ながら、渋々といった様子で頷いた。
それぞれ身支度を整え共に大広間に入ると、当主のヘインズ公爵がすぐさま大仰な仕草で近づいてくる。
「おお! これはこれは、フェルナン殿下、それにセレーナ聖女。遠路はるばるお越しくださり、ありがとうございます」
「久しいな、ヘインズ卿」
フェルナンと公爵は互いに表向きは和やかに……だが水面下では絶えず腹の探り合いをしながら話を始める。
するとそこに、高身長の男性が颯爽と現れた。
「あぁ、殿下にご紹介いたします。こちらは、数日前から我が家に滞在している共和国の伯爵様でございます」
ヘインズ公爵から紹介された貴族が、さっそく共和国語で矢継ぎ早に話しかけてくる。
とりあえず頷きながら聞いてはいるが、正直なところ、早口過ぎて何を言っているのか全然分からない!
(クッ! 共和国人がいると知っていれば通訳を連れてきたものを……ヘインズめ、図ったな!)
このまま口を開かずにいたら、ヘインズ公爵はきっと嫌みったらしい口調でこう言うだろう。
『弟君のアラン様は共和国語がご堪能でいらっしゃるので、てっきり殿下もそうだと……これは失礼いたしました。まさか話せないとは……今後の共和国との外交が心配ですなぁ』
ちらりと公爵を見れば、案の情ニンマリと笑っていた。
その間もずっと、共和国貴族は一方的にしゃべり続けている。
(これだから陽気な外国人は嫌いなんだ!)
適当な相槌を打ってごまかしているが、そろそろ限界がきたようだ。共和国貴族は笑みをひっこめ、眉をひそめて怪訝な顔つきになる。
フェルナンの背中にツーっと冷や汗が流れた時、隣から突然、鈴の音のような声が聞こえてきた。
見れば、なんとベアトリスが流暢に共和国語を話しているではないか──!
共和国貴族は訝しげな表情から一転、満面の笑顔になって再び陽気にしゃべり出した。
ベアトリスは自身が話すだけでなく、まるで通訳のように会話を自然に繋げ、仲を取り持ってくれる。
おかげでフェルナンは赤っ恥をかくことなく、最後には握手をして共和国貴族はご機嫌に去って行った。もくろみが外れたヘインズ公爵は悔しげに眉間にしわを寄せ、ふん!と鼻息荒く退散する。
フェルナンはベアトリスに身を寄せ、コソッと尋ねた。
「お前、共和国語が話せたのか!?」
「ええ、日常会話程度なら。幼少の頃から習っていたので」
「そうだったのか、知らなかったぞ。それより、さっきの公爵の悔しそうな顔を見たか? まさか俺の婚約者がこんなにも有能だとは、完全に誤算だったのだろう。ハッハ、いい気味だ!」
「殿下、“本物”は共和国語を話せないので、怪しまれないよう用心してくださいませ」
「ああ、そうだな。“本物”にも学ばせなければいけんな」
今回、隣にいたのがベアトリスで本当に助かった。
セレーナであれば一言も話せず、ふたり揃ってヘインズ卿に馬鹿にされていただろう。
「先程からあの方がこちらを見ていますわ。きっと、殿下とお話したいのではないかしら?」
「おお、本当だ。よく気付いたな」
「鉱山で何ヶ月も囚人と対等に渡り合って暮らしていましたから、人間観察が得意になったようです。さぁ、参りますよ」
そう言ってフェルナンの腕に手を添えるベアトリスの存在が、とても頼もしかった。
(セレーナとは、大違いだな)
教育係にほんの少し注意されただけで部屋に閉じこもり、母上に叱られたら泣き崩れて熱を出す。淑女教育は進まず、公務はほとんど欠席のセレーナ。
その点、ベアトリスはどんな困難にも一緒に立ち向かってくれる。戦友を得たかのような心強さだ。
(ベアトリスと共にいるのも、悪くないな)
その後も宴はつつがなく進み、明日からの会談に備えて早々にお開きとなった。
ベアトリスの優れた補佐のお陰で、初日の挨拶回りを完璧に終えられたフェルナンは、ほろ酔い気分も相まって有頂天になっていた。
(まだ飲み足りないな。そうだ、労いもかねてベアトリスの所へ行こう)
思いつきのまま護衛も連れずベアトリスの部屋を訪ねると、なぜかユーリスが室内から姿を現わした。
「なぜ、お前がここにいる?」
「至急ベアトリス様のお耳に入れたい事がございまして、参上いたしました」
「至急? どんな要件であれ、夜更けに俺の婚約者の部屋に入るなど言語道断。慎め、無礼者めが!」
フェルナンが唾を飛ばして怒鳴ると、ユーリスがすっと目を細め低い声で呟いた。
【──今は、アンタの婚約者じゃねぇだろ、このペテン師が】
「あぁ、着いたようだな。今の話は夜会の後にしよう」
フェルナンが逃げるように馬車を降りると、ベアトリスは胡乱な目でこちらを見ながら、渋々といった様子で頷いた。
それぞれ身支度を整え共に大広間に入ると、当主のヘインズ公爵がすぐさま大仰な仕草で近づいてくる。
「おお! これはこれは、フェルナン殿下、それにセレーナ聖女。遠路はるばるお越しくださり、ありがとうございます」
「久しいな、ヘインズ卿」
フェルナンと公爵は互いに表向きは和やかに……だが水面下では絶えず腹の探り合いをしながら話を始める。
するとそこに、高身長の男性が颯爽と現れた。
「あぁ、殿下にご紹介いたします。こちらは、数日前から我が家に滞在している共和国の伯爵様でございます」
ヘインズ公爵から紹介された貴族が、さっそく共和国語で矢継ぎ早に話しかけてくる。
とりあえず頷きながら聞いてはいるが、正直なところ、早口過ぎて何を言っているのか全然分からない!
(クッ! 共和国人がいると知っていれば通訳を連れてきたものを……ヘインズめ、図ったな!)
このまま口を開かずにいたら、ヘインズ公爵はきっと嫌みったらしい口調でこう言うだろう。
『弟君のアラン様は共和国語がご堪能でいらっしゃるので、てっきり殿下もそうだと……これは失礼いたしました。まさか話せないとは……今後の共和国との外交が心配ですなぁ』
ちらりと公爵を見れば、案の情ニンマリと笑っていた。
その間もずっと、共和国貴族は一方的にしゃべり続けている。
(これだから陽気な外国人は嫌いなんだ!)
適当な相槌を打ってごまかしているが、そろそろ限界がきたようだ。共和国貴族は笑みをひっこめ、眉をひそめて怪訝な顔つきになる。
フェルナンの背中にツーっと冷や汗が流れた時、隣から突然、鈴の音のような声が聞こえてきた。
見れば、なんとベアトリスが流暢に共和国語を話しているではないか──!
共和国貴族は訝しげな表情から一転、満面の笑顔になって再び陽気にしゃべり出した。
ベアトリスは自身が話すだけでなく、まるで通訳のように会話を自然に繋げ、仲を取り持ってくれる。
おかげでフェルナンは赤っ恥をかくことなく、最後には握手をして共和国貴族はご機嫌に去って行った。もくろみが外れたヘインズ公爵は悔しげに眉間にしわを寄せ、ふん!と鼻息荒く退散する。
フェルナンはベアトリスに身を寄せ、コソッと尋ねた。
「お前、共和国語が話せたのか!?」
「ええ、日常会話程度なら。幼少の頃から習っていたので」
「そうだったのか、知らなかったぞ。それより、さっきの公爵の悔しそうな顔を見たか? まさか俺の婚約者がこんなにも有能だとは、完全に誤算だったのだろう。ハッハ、いい気味だ!」
「殿下、“本物”は共和国語を話せないので、怪しまれないよう用心してくださいませ」
「ああ、そうだな。“本物”にも学ばせなければいけんな」
今回、隣にいたのがベアトリスで本当に助かった。
セレーナであれば一言も話せず、ふたり揃ってヘインズ卿に馬鹿にされていただろう。
「先程からあの方がこちらを見ていますわ。きっと、殿下とお話したいのではないかしら?」
「おお、本当だ。よく気付いたな」
「鉱山で何ヶ月も囚人と対等に渡り合って暮らしていましたから、人間観察が得意になったようです。さぁ、参りますよ」
そう言ってフェルナンの腕に手を添えるベアトリスの存在が、とても頼もしかった。
(セレーナとは、大違いだな)
教育係にほんの少し注意されただけで部屋に閉じこもり、母上に叱られたら泣き崩れて熱を出す。淑女教育は進まず、公務はほとんど欠席のセレーナ。
その点、ベアトリスはどんな困難にも一緒に立ち向かってくれる。戦友を得たかのような心強さだ。
(ベアトリスと共にいるのも、悪くないな)
その後も宴はつつがなく進み、明日からの会談に備えて早々にお開きとなった。
ベアトリスの優れた補佐のお陰で、初日の挨拶回りを完璧に終えられたフェルナンは、ほろ酔い気分も相まって有頂天になっていた。
(まだ飲み足りないな。そうだ、労いもかねてベアトリスの所へ行こう)
思いつきのまま護衛も連れずベアトリスの部屋を訪ねると、なぜかユーリスが室内から姿を現わした。
「なぜ、お前がここにいる?」
「至急ベアトリス様のお耳に入れたい事がございまして、参上いたしました」
「至急? どんな要件であれ、夜更けに俺の婚約者の部屋に入るなど言語道断。慎め、無礼者めが!」
フェルナンが唾を飛ばして怒鳴ると、ユーリスがすっと目を細め低い声で呟いた。
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