26 / 47
第26話 『すみません』の真意
しおりを挟む
「毒虫事件の黒幕は、以前セレーナと共に神殿の下働きをしていた侍女だった。どうやら投身自殺を図ったようで、騎士が見つけた時には既に事切れていた」
自殺現場に残された遺書には『幸せそうなセレーナが羨ましく憎らしくて、縁談をぶち壊してやりたい衝動に駆られました』などと、これまでの犯行を全面的に認める内容が記されていたらしい。
さらに『これ以上は逃げられない、許されない。だから自ら命を絶ちます』とも書かれていたそうだ。
鏡の向こうで話を聞いていたセレーナが、めそめそと涙をこぼす。
「あぁ……なんてことでしょう。正直に話してくれれば、わたしは彼女を許したのに……死ぬなんて……」
犯人の自死というなんともスッキリしない終わり方に全員が黙り込む。
その沈黙を打ち破ったのは、控えめなポールの発言だった。
「あの……犯人が捕まったということは、セレーナ様の身の危険はなくなった、ということですよね? では、身代わり作戦は終了ですか……?」
ポールの問いに、泣き崩れていたセレーナがハンカチで目元を拭いながら「そうですね」とうなずく。
「フェルナン殿下、そしてベアトリス。今まで、迷惑をかけてしまって、すみませんでした……わたし、すぐに王宮へ戻りま──」
「いや、身代わりは続行する」
「…………え?」「え? なんで?」
セレーナとベアトリスは驚き、ほぼ同時にフェルナンを見た。
「殿下……? どうして、ですか……?」
「それは、遺体で見つかった侍女が本物の犯人だという確信が無いからだ。例えば、身の危険を感じた真犯人が、侍女にすべての罪をなすりつけ殺害した線も否めない。少なくとも、来月の国内視察が終わるまでは、ベアトリスに身代わりを続けてもらう」
「そんな…………」
(まだ続けなきゃいけないの!? ああ、最悪だわ~)
てっきり、これで任務終了だと思っていたベアトリスは、ひどく打ちひしがれた。
落胆しているのはセレーナも同じようで、先ほどから必死に「おそばに置いてください」とフェルナンに懇願している。
「わたしはもう大丈夫ですから、どうか……」
「いいや、まだ駄目だ。完全に身の危険が排除できるまでは、もうしばらく隠れていてくれ」
「…………そう、殿下がおっしゃるのなら……」
「セレーナ、分かってくれてありがとう。というわけだ、ベアトリス。あともう少し影武者を頼んだぞ!」
ここで『えー、嫌です、もう解放してください』と申し出ても、どうせフェルナンは聞き入れてはくれないだろう。
仕方ない、乗りかかった船。最後まで仕事を完遂して、後腐れ無く成功報酬をいただこう。
「殿下。本当に、あと少しですよね? 無事に視察を終えたら、今度こそ私はお役御免。すみやかに契約を履行してくださいますか?」
「ああ、約束する」
「それでは、ここまで頑張ったのですから一旦、ご褒美をください」
「はあ? 褒美? 全く抜け目がないというか、えらく欲深い奴だな。……一応聞いてやる、なにが欲しいんだ?」
「お父様に会わせてください。聞いたところによると、父は今、来月視察に行くヘインズ公爵領の監獄にいるのでしょう? 数分で良いので、面会時間をください」
フェルナンは眉間にしわを寄せ、腕組みをして考え込んだ。
「…………分かった。検討する」
(了承ではなく、検討? どうしてここまで渋るのかしら?)
ベアトリスは僅かなひっかかりを覚えたが、文句を言ってフェルナンの機嫌を損ねたらまずいと思い、ひとまず口を挟まないことにした。
「ありがとうございます、殿下! ご褒美、楽しみにしてますわね!」
満面の愛想笑いで礼を言うと、フェルナンは複雑そうな表情でうなずいた。
✻ ✻ ✻
にこやかに笑うベアトリスと、それを見つめるフェルナン。
ふたりの様子を眺めていたセレーナは通信をぷつりと遮断した。
先ほどまでベアトリスの姿が映し出されていた鏡の中には、今はセレーナだけが映っている。
ほの暗い目で一点を見つめる、死人のように青白く覇気のない自分の顔が……。
「うそつき」
自分のものじゃないような、ぞっとするほど低い声だった。
「フェルナン殿下のうそつき!」
ひとこと発したら、恨み言が次から次へと口からこぼれる。
「このまま、わたしを遠ざけるつもり? まさか、今さらベアトリスの方が良いとか思っているんじゃないわよね。冗談じゃないわ! ここまでわたしがどれほど苦労したと思っているのよ」
あぁ、だめよ。聖女は清らかで、慈悲深い心を持っていなくちゃ。心が汚れたら、聖なる力が失われてしまう。
セレーナは心を落ち着かせると、両手を胸の前で組み、神に祈った。
「あぁ、神様……」
──フェルナン殿下の愛を疑ってしまい。
「すみません……」
──わたしのことを嫌う王妃様を煩わしく思って。
「すみません……」
──目障りなベアトリスを、殺したいほど憎んで……。
「すみません」
──心から謝罪しますから、どうかわたしの心が。
「綺麗なままでありますように」
自殺現場に残された遺書には『幸せそうなセレーナが羨ましく憎らしくて、縁談をぶち壊してやりたい衝動に駆られました』などと、これまでの犯行を全面的に認める内容が記されていたらしい。
さらに『これ以上は逃げられない、許されない。だから自ら命を絶ちます』とも書かれていたそうだ。
鏡の向こうで話を聞いていたセレーナが、めそめそと涙をこぼす。
「あぁ……なんてことでしょう。正直に話してくれれば、わたしは彼女を許したのに……死ぬなんて……」
犯人の自死というなんともスッキリしない終わり方に全員が黙り込む。
その沈黙を打ち破ったのは、控えめなポールの発言だった。
「あの……犯人が捕まったということは、セレーナ様の身の危険はなくなった、ということですよね? では、身代わり作戦は終了ですか……?」
ポールの問いに、泣き崩れていたセレーナがハンカチで目元を拭いながら「そうですね」とうなずく。
「フェルナン殿下、そしてベアトリス。今まで、迷惑をかけてしまって、すみませんでした……わたし、すぐに王宮へ戻りま──」
「いや、身代わりは続行する」
「…………え?」「え? なんで?」
セレーナとベアトリスは驚き、ほぼ同時にフェルナンを見た。
「殿下……? どうして、ですか……?」
「それは、遺体で見つかった侍女が本物の犯人だという確信が無いからだ。例えば、身の危険を感じた真犯人が、侍女にすべての罪をなすりつけ殺害した線も否めない。少なくとも、来月の国内視察が終わるまでは、ベアトリスに身代わりを続けてもらう」
「そんな…………」
(まだ続けなきゃいけないの!? ああ、最悪だわ~)
てっきり、これで任務終了だと思っていたベアトリスは、ひどく打ちひしがれた。
落胆しているのはセレーナも同じようで、先ほどから必死に「おそばに置いてください」とフェルナンに懇願している。
「わたしはもう大丈夫ですから、どうか……」
「いいや、まだ駄目だ。完全に身の危険が排除できるまでは、もうしばらく隠れていてくれ」
「…………そう、殿下がおっしゃるのなら……」
「セレーナ、分かってくれてありがとう。というわけだ、ベアトリス。あともう少し影武者を頼んだぞ!」
ここで『えー、嫌です、もう解放してください』と申し出ても、どうせフェルナンは聞き入れてはくれないだろう。
仕方ない、乗りかかった船。最後まで仕事を完遂して、後腐れ無く成功報酬をいただこう。
「殿下。本当に、あと少しですよね? 無事に視察を終えたら、今度こそ私はお役御免。すみやかに契約を履行してくださいますか?」
「ああ、約束する」
「それでは、ここまで頑張ったのですから一旦、ご褒美をください」
「はあ? 褒美? 全く抜け目がないというか、えらく欲深い奴だな。……一応聞いてやる、なにが欲しいんだ?」
「お父様に会わせてください。聞いたところによると、父は今、来月視察に行くヘインズ公爵領の監獄にいるのでしょう? 数分で良いので、面会時間をください」
フェルナンは眉間にしわを寄せ、腕組みをして考え込んだ。
「…………分かった。検討する」
(了承ではなく、検討? どうしてここまで渋るのかしら?)
ベアトリスは僅かなひっかかりを覚えたが、文句を言ってフェルナンの機嫌を損ねたらまずいと思い、ひとまず口を挟まないことにした。
「ありがとうございます、殿下! ご褒美、楽しみにしてますわね!」
満面の愛想笑いで礼を言うと、フェルナンは複雑そうな表情でうなずいた。
✻ ✻ ✻
にこやかに笑うベアトリスと、それを見つめるフェルナン。
ふたりの様子を眺めていたセレーナは通信をぷつりと遮断した。
先ほどまでベアトリスの姿が映し出されていた鏡の中には、今はセレーナだけが映っている。
ほの暗い目で一点を見つめる、死人のように青白く覇気のない自分の顔が……。
「うそつき」
自分のものじゃないような、ぞっとするほど低い声だった。
「フェルナン殿下のうそつき!」
ひとこと発したら、恨み言が次から次へと口からこぼれる。
「このまま、わたしを遠ざけるつもり? まさか、今さらベアトリスの方が良いとか思っているんじゃないわよね。冗談じゃないわ! ここまでわたしがどれほど苦労したと思っているのよ」
あぁ、だめよ。聖女は清らかで、慈悲深い心を持っていなくちゃ。心が汚れたら、聖なる力が失われてしまう。
セレーナは心を落ち着かせると、両手を胸の前で組み、神に祈った。
「あぁ、神様……」
──フェルナン殿下の愛を疑ってしまい。
「すみません……」
──わたしのことを嫌う王妃様を煩わしく思って。
「すみません……」
──目障りなベアトリスを、殺したいほど憎んで……。
「すみません」
──心から謝罪しますから、どうかわたしの心が。
「綺麗なままでありますように」
4
お気に入りに追加
1,464
あなたにおすすめの小説
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
もう私、好きなようにさせていただきますね? 〜とりあえず、元婚約者はコテンパン〜
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「婚約破棄ですね、はいどうぞ」
婚約者から、婚約破棄を言い渡されたので、そういう対応を致しました。
もう面倒だし、食い下がる事も辞めたのですが、まぁ家族が許してくれたから全ては大団円ですね。
……え? いまさら何ですか? 殿下。
そんな虫のいいお話に、まさか私が「はい分かりました」と頷くとは思っていませんよね?
もう私の、使い潰されるだけの生活からは解放されたのです。
だって私はもう貴方の婚約者ではありませんから。
これはそうやって、自らが得た自由の為に戦う令嬢の物語。
※本作はそれぞれ違うタイプのざまぁをお届けする、『野菜の夏休みざまぁ』作品、4作の内の1作です。
他作品は検索画面で『野菜の夏休みざまぁ』と打つとヒット致します。
悪役令嬢は永眠しました
詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」
長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。
だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。
ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」
*思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m
乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?
シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。
……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

そちらがその気なら、こちらもそれなりに。
直野 紀伊路
恋愛
公爵令嬢アレクシアの婚約者・第一王子のヘイリーは、ある日、「子爵令嬢との真実の愛を見つけた!」としてアレクシアに婚約破棄を突き付ける。
それだけならまだ良かったのだが、よりにもよって二人はアレクシアに冤罪をふっかけてきた。
真摯に謝罪するなら潔く身を引こうと思っていたアレクシアだったが、「自分達の愛の為に人を貶めることを厭わないような人達に、遠慮することはないよね♪」と二人を返り討ちにすることにした。
※小説家になろう様で掲載していたお話のリメイクになります。
リメイクですが土台だけ残したフルリメイクなので、もはや別のお話になっております。
※カクヨム様、エブリスタ様でも掲載中。
…ºo。✵…𖧷''☛Thank you ☚″𖧷…✵。oº…
☻2021.04.23 183,747pt/24h☻
★HOTランキング2位
★人気ランキング7位
たくさんの方にお読みいただけてほんと嬉しいです(*^^*)
ありがとうございます!
悪役令嬢に転生しましたが、行いを変えるつもりはありません
れぐまき
恋愛
公爵令嬢セシリアは皇太子との婚約発表舞踏会で、とある男爵令嬢を見かけたことをきっかけに、自分が『宝石の絆』という乙女ゲームのライバルキャラであることを知る。
「…私、間違ってませんわね」
曲がったことが大嫌いなオーバースペック公爵令嬢が自分の信念を貫き通す話
…だったはずが最近はどこか天然の主人公と勘違い王子のすれ違い(勘違い)恋愛話になってきている…
5/13
ちょっとお話が長くなってきたので一旦全話非公開にして纏めたり加筆したりと大幅に修正していきます
5/22
修正完了しました。明日から通常更新に戻ります
9/21
完結しました
また気が向いたら番外編として二人のその後をアップしていきたいと思います

婚約破棄ですか。ゲームみたいに上手くはいきませんよ?
ゆるり
恋愛
公爵令嬢スカーレットは婚約者を紹介された時に前世を思い出した。そして、この世界が前世での乙女ゲームの世界に似ていることに気付く。シナリオなんて気にせず生きていくことを決めたが、学園にヒロイン気取りの少女が入学してきたことで、スカーレットの運命が変わっていく。全6話予定

[完結] 私を嫌いな婚約者は交代します
シマ
恋愛
私、ハリエットには婚約者がいる。初めての顔合わせの時に暴言を吐いた婚約者のクロード様。
両親から叱られていたが、彼は反省なんてしていなかった。
その後の交流には不参加もしくは当日のキャンセル。繰り返される不誠実な態度に、もう我慢の限界です。婚約者を交代させて頂きます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる