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第25話 チョロくないわよ、失礼ね!
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「な、なにっ!? 犯人が見つかっただと! それで、そいつは今どこにいるんだ!」
「騎士団に安置しております」
「安置? どういうことだ」
「それが……発見時には既に、犯人は死んでおりましたので……」
ポールの報告の後、フェルナンは詳細を確かめるため急ぎ騎士団本部に向かい、王妃との会談はそのままお開きとなった。
セレーナに扮したベアトリスは自室で待機を言い渡され、かれこれ二時間が経つ。そろそろ待つのも疲れてきた。
(真犯人が捕まったのなら、私はお役御免よね? でも、まさか遺体で見つかるなんて……)
自分の知らないところで、確実になにかが起きている。
得体の知れない恐怖に身震いすると、ユーリスがそっと目の前にティーカップを置いた。湯気に乗ってふわりと、柑橘系の良い香りが匂い立つ。
「リラックス効果のある飲み物を侍女に用意させました。冷めないうちにどうぞ」
促されて一口飲むと、温かなお茶とユーリスの気遣いが身体に染み渡り、ほっと肩の力が抜けた。
彼はいつも冷静沈着だから一見冷たそうに見えるが、実際は相手の心の機微に聡く、気遣いのできる優しい人だとベアトリスは思っている。
(こういうさりげない思い遣りが一番癒されるのよねぇ~)
ユーリスの顔を見上げながら、ベアトリスはふわりと笑みを浮かべた。
「俺の顔になにかついていますか?」
「いいえ、なにもついてないわよ」
「では、なぜ笑っているのです」
「う~ん、ユーリスって、いい人だなぁって思って」
心のまま素直に告げると、彼は驚いた様子でまばたきした後、視線をそらしてぶっきらぼうに言った。
「…………別に、普通ですよ」
「あれれぇ~、もしかして照れているの? ユーリスってば意外にウブなのね」
「君こそ。お茶一杯でほだされるなんて、案外チョロいんだな」
「チョロ……! チョロくないわよ、失礼ね!」
腕組みしてフンとそっぽを向くと、ユーリスが目を細めてクスッと微笑んだ。
そして、なにかに気付いた様子で「ところで──」と別の話題を振ってくる。
「マリアが毒虫事件の実行犯だと、よく気付きましたね。なにかヒントがあったのですか?」
「うん、あの子、見るからに仕草というか目つきが怪しかったの。私の着替えを手伝い始めた時点で『あぁ、この子、盗み癖があるな~』ってすぐに気付いたわ。いわゆる【スリ目】ってやつ」
「スリ目? 俺には、ごく普通に見えましたが……」
「大鉱山には、手癖の悪い囚人がゴロゴロいたのよ。診察室の物を盗まれたら私が看守に怒られるから、警戒しているうちに、なんとなく窃盗犯の仕草を見抜けるようになって……といっても、ほぼ勘のようなものだけど」
「なるほど。今回はその勘がマリアに反応したと?」
「ええ。だから試しに『毒虫』の話をしてみたの」
すると彼女は、まさか自分が疑われていると思わず、一般人が知るはずのない『アカムカデ』という単語をポロッとしゃべってしまった。
そこでベアトリスは、追跡魔法をかけたリボンをあえて盗みやすい化粧台の上に放置し、自分は浴室へ。
たかがリボンとはいえ、上質な絹に金の刺繍が施された高価な逸品。
盗み癖のある彼女は必ず食いつくと思ったのだ。
「マリアが出て行った後すぐにお風呂から上がって確認したら、予想通りリボンが消えていたってわけ」
「ああ、なるほど。だからあの時、あのような悩ましい姿で『質屋に向かうマリアを逮捕して』と俺に連絡してきたわけですね」
「悩ましい姿? ……ハッ! ユーリスのおバカっ! あれは忘れて! ねぇ、ほんとに忘れてよ!!」
「はいはい、分かりました。なにはともあれ、マリアが君の思惑通り質屋に行ってくれて助かりました」
「ほんとうね。あの日、すぐにマリアを現行犯逮捕できたお陰で、王妃様の謁見に間に合ったもの。ユーリス、ありがとう」
「お礼を言うのはこちらの方です。今回の活躍、お見事でした。それにしても、追跡魔法に防音・録音魔法……てっきり俺は、君が聖魔法をほとんど使えなくなっているものだと思っていましたが、そうでもないんですね」
「え? あっ、ほんとだ」
言われてみれば、マリアの件だけでも、追跡、録音、防音、鏡を使用した連絡、合計で四種類の聖魔法を連続して使用していた。
「ちょっと前までは、簡単な治癒魔法を一回使っただけで疲れていたのに……」
そこでハッとしてユーリスを見上げる。
「ち、違うわよ! 呪具で他人の力を盗んでいるとかじゃないからね!」
「別にそれは疑ってない。今の君はそんなことをしないと、信じていますから」
「そう? なら良かった」
こちらを見つめるユーリスの眼差しは穏やかで、疑念の影はない。
本当に私のことを信じてくれているんだ……と思うと、言い知れぬ喜びが胸いっぱいに広がった。
それと同時に、トクン、トクンと鼓動が早まる。
なぜか急にふたりっきりの状況を意識してしまい、ベアトリスは慌てて取り繕うように言った。
「そっ、それにしても、騎士団に行ったフェルナン殿下、遅いわね~」
「そうですね。真犯人が亡くなっているせいで難航しているのでしょう」
そんな話をしていた時、ノックの音が響き渡り、険しい面持ちのフェルナンとポールが部屋にやって来た。
ベアトリスはフェルナンたちの物々しい雰囲気を察して部屋全体に防音魔法をかけ、いつも通り通信魔法で鏡にセレーナの姿を映し出す。
ベアトリスがすべての準備を整えると、フェルナンが『セレーナ殺害未遂の真犯人』について語り始めた。
「騎士団に安置しております」
「安置? どういうことだ」
「それが……発見時には既に、犯人は死んでおりましたので……」
ポールの報告の後、フェルナンは詳細を確かめるため急ぎ騎士団本部に向かい、王妃との会談はそのままお開きとなった。
セレーナに扮したベアトリスは自室で待機を言い渡され、かれこれ二時間が経つ。そろそろ待つのも疲れてきた。
(真犯人が捕まったのなら、私はお役御免よね? でも、まさか遺体で見つかるなんて……)
自分の知らないところで、確実になにかが起きている。
得体の知れない恐怖に身震いすると、ユーリスがそっと目の前にティーカップを置いた。湯気に乗ってふわりと、柑橘系の良い香りが匂い立つ。
「リラックス効果のある飲み物を侍女に用意させました。冷めないうちにどうぞ」
促されて一口飲むと、温かなお茶とユーリスの気遣いが身体に染み渡り、ほっと肩の力が抜けた。
彼はいつも冷静沈着だから一見冷たそうに見えるが、実際は相手の心の機微に聡く、気遣いのできる優しい人だとベアトリスは思っている。
(こういうさりげない思い遣りが一番癒されるのよねぇ~)
ユーリスの顔を見上げながら、ベアトリスはふわりと笑みを浮かべた。
「俺の顔になにかついていますか?」
「いいえ、なにもついてないわよ」
「では、なぜ笑っているのです」
「う~ん、ユーリスって、いい人だなぁって思って」
心のまま素直に告げると、彼は驚いた様子でまばたきした後、視線をそらしてぶっきらぼうに言った。
「…………別に、普通ですよ」
「あれれぇ~、もしかして照れているの? ユーリスってば意外にウブなのね」
「君こそ。お茶一杯でほだされるなんて、案外チョロいんだな」
「チョロ……! チョロくないわよ、失礼ね!」
腕組みしてフンとそっぽを向くと、ユーリスが目を細めてクスッと微笑んだ。
そして、なにかに気付いた様子で「ところで──」と別の話題を振ってくる。
「マリアが毒虫事件の実行犯だと、よく気付きましたね。なにかヒントがあったのですか?」
「うん、あの子、見るからに仕草というか目つきが怪しかったの。私の着替えを手伝い始めた時点で『あぁ、この子、盗み癖があるな~』ってすぐに気付いたわ。いわゆる【スリ目】ってやつ」
「スリ目? 俺には、ごく普通に見えましたが……」
「大鉱山には、手癖の悪い囚人がゴロゴロいたのよ。診察室の物を盗まれたら私が看守に怒られるから、警戒しているうちに、なんとなく窃盗犯の仕草を見抜けるようになって……といっても、ほぼ勘のようなものだけど」
「なるほど。今回はその勘がマリアに反応したと?」
「ええ。だから試しに『毒虫』の話をしてみたの」
すると彼女は、まさか自分が疑われていると思わず、一般人が知るはずのない『アカムカデ』という単語をポロッとしゃべってしまった。
そこでベアトリスは、追跡魔法をかけたリボンをあえて盗みやすい化粧台の上に放置し、自分は浴室へ。
たかがリボンとはいえ、上質な絹に金の刺繍が施された高価な逸品。
盗み癖のある彼女は必ず食いつくと思ったのだ。
「マリアが出て行った後すぐにお風呂から上がって確認したら、予想通りリボンが消えていたってわけ」
「ああ、なるほど。だからあの時、あのような悩ましい姿で『質屋に向かうマリアを逮捕して』と俺に連絡してきたわけですね」
「悩ましい姿? ……ハッ! ユーリスのおバカっ! あれは忘れて! ねぇ、ほんとに忘れてよ!!」
「はいはい、分かりました。なにはともあれ、マリアが君の思惑通り質屋に行ってくれて助かりました」
「ほんとうね。あの日、すぐにマリアを現行犯逮捕できたお陰で、王妃様の謁見に間に合ったもの。ユーリス、ありがとう」
「お礼を言うのはこちらの方です。今回の活躍、お見事でした。それにしても、追跡魔法に防音・録音魔法……てっきり俺は、君が聖魔法をほとんど使えなくなっているものだと思っていましたが、そうでもないんですね」
「え? あっ、ほんとだ」
言われてみれば、マリアの件だけでも、追跡、録音、防音、鏡を使用した連絡、合計で四種類の聖魔法を連続して使用していた。
「ちょっと前までは、簡単な治癒魔法を一回使っただけで疲れていたのに……」
そこでハッとしてユーリスを見上げる。
「ち、違うわよ! 呪具で他人の力を盗んでいるとかじゃないからね!」
「別にそれは疑ってない。今の君はそんなことをしないと、信じていますから」
「そう? なら良かった」
こちらを見つめるユーリスの眼差しは穏やかで、疑念の影はない。
本当に私のことを信じてくれているんだ……と思うと、言い知れぬ喜びが胸いっぱいに広がった。
それと同時に、トクン、トクンと鼓動が早まる。
なぜか急にふたりっきりの状況を意識してしまい、ベアトリスは慌てて取り繕うように言った。
「そっ、それにしても、騎士団に行ったフェルナン殿下、遅いわね~」
「そうですね。真犯人が亡くなっているせいで難航しているのでしょう」
そんな話をしていた時、ノックの音が響き渡り、険しい面持ちのフェルナンとポールが部屋にやって来た。
ベアトリスはフェルナンたちの物々しい雰囲気を察して部屋全体に防音魔法をかけ、いつも通り通信魔法で鏡にセレーナの姿を映し出す。
ベアトリスがすべての準備を整えると、フェルナンが『セレーナ殺害未遂の真犯人』について語り始めた。
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