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第9話 なぜ貴方がここに……?
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「これはいったい、なんの騒ぎですか?」
咎めるようなユーリスの問いに、見習いたちは一斉に肩をびくつかせた。
ベアトリスの腕を折ろうとした例の少女が、こちらを指さして叫ぶ。
「聞いてください、ユーリス様! この人が『仕事の邪魔をした』って言いがかりをつけてきたんです!」
少女の言う「この人」とは、もちろんベアトリスのことである。
さすがに、その言葉でプツンと堪忍袋の緒が切れた。
「はあ? よくもまあ、ぬけぬけと。被害者面するのはやめなさい! こっちは洗い立ての洗濯物を台無しにされて、冷水をぶっかけられたあげく、腕を折られそうになったのよ! どう見ても被害者は私でしょうがっ!」
思う存分、怒りをぶちまけると、少女たちは猛獣に遭遇した子ウサギのように身を縮こませ「ヒッ」と怯えた。
そこでベアトリスは『まずい』と悟る。
目をつり上げて怒るベアトリスと、涙ぐむか弱い乙女。
状況を知らず、この現場だけを目撃した人は、果たしてどちらの味方をするだろう……?
答えは明白。
集まってきた聖女見習いや騎士は、怯えて立ちすくむ少女らに同情の眼差しを向け、その一方で、ベアトリスを蔑むように睨んでいた。
(あぁ、そう……結局、私が悪者にされるのね)
バッカスは『人生やり直せる』と言っていたけれど、そんなの嘘。
ひとたび悪女の烙印を押されてしまえば、それを覆すのは不可能。
釈明してもどうせ誰も信じてくれない。
(ユーリスだって、みんなと同じように、私のことを軽蔑した目で見ているんでしょうね)
孤立無援の状況に、悔しくて悲しくて、じわりと目に涙がにじんだ。
泣き顔を見られたくなくて、慌てて服の袖でゴシゴシと目元を拭う。
すると頭上から、ぶっきらぼうな声が降り注いだ。
「これ、どうぞ」
目の前に真っ白なハンカチを差し出され、ベアトリスは思わず「へ?」と気の抜けた声を出してしまった。
弾かれたように顔をあげると、昔と同じクールな澄まし顔のユーリスと視線が交わる。
すっと通った鼻筋に、引き結ばれた薄い唇。切れ長の目は深海を思わせる群青色。
年はたしか……ベアトリスより二、三歳ほど上だった気がする。
元から整った顔立ちの美青年だったが、数ヶ月ぶりに会うユーリスは、少し見ないうちに精悍さが増し、凜々しい大人の男性へと変貌を遂げていた。
彼は呆気にとられるベアトリスの手にハンカチを握らせると、見習いの少女たちに向き直った。
「先ほどの発言、偽りはございませんか?」
「えっ? えぇ、もちろんです」
「おかしいですね。通報者の証言と異なる」
「つっ、通報?」
「そうです。『白いローブを着た聖女が、寄ってたかって下働きの女性に危害を加えている』という話を聞き、私はここに駆けつけました」
「そ、そんなの嘘だわ。見間違いじゃありませんこと?」
「目撃者は複数人おります。それでもまだ身の潔白を主張しますか?」
ユーリスが切れ長の目をすっと細めて問い詰めれば、少女たちは動揺して視線を泳がせた。
「自身の過ちを素直に認めた方が、減点はまだ少ないと思いますよ」
ユーリスの言う通り、この研修は見習いにとって、聖女に昇級するための重要な試験のひとつ。
査定でマイナス評価になれば、不合格の確率は格段に高まる。
「わ、わたしは悪くないわ! この子が、ベアトリスを虐めてやろうって言い出したのよ」
「はぁ!? わたしのせいにしないでよ! 洗濯物を泥だらけにしたのは貴女じゃない!」
「そ、それを言うなら、水をかけて暴力を振るった方が悪いじゃない!」
ひとりを皮切りに、少女たちが責任の押し付け合いを始める。
しばらく様子を眺めていたユーリスは、ふぅと溜息をつき手を叩いた。
突如として響いたパンパンッ──という音に、彼女らがハッと我に返る。
「貴女たちの教官がお待ちです。弁明は、そちらでどうぞ」
「ああ……落ちた……まちがいなく……おちた……」
少女たちは騎士に連れられ、この世の終わりのように項垂れて、とぼとぼと去っていった。
取り残されたベアトリスは、地面に座ったまま呆然とする。
(もしかして、ユーリスは私を庇ってくれたの? え、どうして? というか、なんでここに?)
聞きたいことは山ほどあるが……。
結局、ベアトリスの口から発されたのは「へくちゅん!」という、なんとも間抜けなくしゃみだった。
恥ずかしさで真っ赤になりながら、濡れた自分の体を見下ろしてぶるりと震える。
そうだった。全身びしょ濡れなんだった。
「うう、さ、さむいぃ……」
思わずそう呟けば、ユーリスは「仕方ない」といった様子で、上着を脱いでベアトリスの肩にかけてくれる。
「あ、ありがとう、ユーリス」
「…………え」
ただお礼を言っただけなのに、ユーリスはひどく驚いたように目を見開き固まった。
「…………い、いま、なんと?」
「え? ありがとう。助けてくれて、あと上着も貸してくれてありがとう。これ、洗って返すわね」
至って普通のことを言っているはずなのに、ベアトリスが喋るたび、ユーリスの顔つきがますます険しくなっていく。
「素直に感謝するなんて、信じられない……貴女、本当にあの性格のきっついベアトリス様ですか?」
「はあ? それ以外の誰に見えるって言うのよ。というか、今サラッと悪口言ったわね」
「ああ、その高飛車な喋り方、間違いありませんね」
「ちょっと! 判断するところがおかしいじゃない! というか、貴方どうして、ここに……はぅ、はくちゅっ、くちゅん! うっ、ううぅ……」
ぶるぶる震えるベアトリスを見下ろして、ユーリスが「説明はあとで」と歩き出した。数歩進んで、ぴたりと足を止め、こちらを振り返る。
「なにしているんです? 風邪を引きますよ、ついてきなさい」
彼はベアトリスの返事も待たずに再び歩き出す。
(はぁ!? 高飛車なのはそっちじゃない!)
ベアトリスは心の中で不満をこぼしながら、それでも大人しくついて行くのだった。
✻ ✻ ✻
案内されたのは、役人たちが寝泊まりする宿舎だった。
掘っ建て小屋のような囚人用の施設とは異なり、設備も整っており温かい。
ユーリスは廊下を進み二階に上がると、『来客室』と書かれた部屋の鍵を開け中に入った。
「どうぞ」
「失礼します……」
てっきり取り調べ室に連行されるかと思いきや、そこは暖炉に火が灯った立派な客間だった。
「え、これどういう状況? 私、さっきの件の事情聴取、というか尋問されると思って覚悟していたんだけど」
「尋問? そんな事しませんよ。それとも、なにか尋問されるような後ろ暗いことでもあるんですか」
王都に戻って復讐するため、救護室の備品窃盗犯を見逃したあげく、一緒になって脱獄計画を実行しようとしました!
……とは、口が裂けても言えない。
「ま、まっさかぁ~。後ろ暗いことなんてナイナイ! ひとつもないわ! あははは……」
「驚くほど嘘が下手ですね。俺がなにも知らないとでも?」
「ギクッ」
「まぁ、いい。今回だけは見逃します。貴女に、していただきたい事があるので」
「していただきたいこと?」
首を傾げるベアトリスに、ユーリスは隣室を指さして言った。
「あちらが浴室です。まずは風呂に入ってきてください。話はそれからです」
「へっ?」
咎めるようなユーリスの問いに、見習いたちは一斉に肩をびくつかせた。
ベアトリスの腕を折ろうとした例の少女が、こちらを指さして叫ぶ。
「聞いてください、ユーリス様! この人が『仕事の邪魔をした』って言いがかりをつけてきたんです!」
少女の言う「この人」とは、もちろんベアトリスのことである。
さすがに、その言葉でプツンと堪忍袋の緒が切れた。
「はあ? よくもまあ、ぬけぬけと。被害者面するのはやめなさい! こっちは洗い立ての洗濯物を台無しにされて、冷水をぶっかけられたあげく、腕を折られそうになったのよ! どう見ても被害者は私でしょうがっ!」
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そこでベアトリスは『まずい』と悟る。
目をつり上げて怒るベアトリスと、涙ぐむか弱い乙女。
状況を知らず、この現場だけを目撃した人は、果たしてどちらの味方をするだろう……?
答えは明白。
集まってきた聖女見習いや騎士は、怯えて立ちすくむ少女らに同情の眼差しを向け、その一方で、ベアトリスを蔑むように睨んでいた。
(あぁ、そう……結局、私が悪者にされるのね)
バッカスは『人生やり直せる』と言っていたけれど、そんなの嘘。
ひとたび悪女の烙印を押されてしまえば、それを覆すのは不可能。
釈明してもどうせ誰も信じてくれない。
(ユーリスだって、みんなと同じように、私のことを軽蔑した目で見ているんでしょうね)
孤立無援の状況に、悔しくて悲しくて、じわりと目に涙がにじんだ。
泣き顔を見られたくなくて、慌てて服の袖でゴシゴシと目元を拭う。
すると頭上から、ぶっきらぼうな声が降り注いだ。
「これ、どうぞ」
目の前に真っ白なハンカチを差し出され、ベアトリスは思わず「へ?」と気の抜けた声を出してしまった。
弾かれたように顔をあげると、昔と同じクールな澄まし顔のユーリスと視線が交わる。
すっと通った鼻筋に、引き結ばれた薄い唇。切れ長の目は深海を思わせる群青色。
年はたしか……ベアトリスより二、三歳ほど上だった気がする。
元から整った顔立ちの美青年だったが、数ヶ月ぶりに会うユーリスは、少し見ないうちに精悍さが増し、凜々しい大人の男性へと変貌を遂げていた。
彼は呆気にとられるベアトリスの手にハンカチを握らせると、見習いの少女たちに向き直った。
「先ほどの発言、偽りはございませんか?」
「えっ? えぇ、もちろんです」
「おかしいですね。通報者の証言と異なる」
「つっ、通報?」
「そうです。『白いローブを着た聖女が、寄ってたかって下働きの女性に危害を加えている』という話を聞き、私はここに駆けつけました」
「そ、そんなの嘘だわ。見間違いじゃありませんこと?」
「目撃者は複数人おります。それでもまだ身の潔白を主張しますか?」
ユーリスが切れ長の目をすっと細めて問い詰めれば、少女たちは動揺して視線を泳がせた。
「自身の過ちを素直に認めた方が、減点はまだ少ないと思いますよ」
ユーリスの言う通り、この研修は見習いにとって、聖女に昇級するための重要な試験のひとつ。
査定でマイナス評価になれば、不合格の確率は格段に高まる。
「わ、わたしは悪くないわ! この子が、ベアトリスを虐めてやろうって言い出したのよ」
「はぁ!? わたしのせいにしないでよ! 洗濯物を泥だらけにしたのは貴女じゃない!」
「そ、それを言うなら、水をかけて暴力を振るった方が悪いじゃない!」
ひとりを皮切りに、少女たちが責任の押し付け合いを始める。
しばらく様子を眺めていたユーリスは、ふぅと溜息をつき手を叩いた。
突如として響いたパンパンッ──という音に、彼女らがハッと我に返る。
「貴女たちの教官がお待ちです。弁明は、そちらでどうぞ」
「ああ……落ちた……まちがいなく……おちた……」
少女たちは騎士に連れられ、この世の終わりのように項垂れて、とぼとぼと去っていった。
取り残されたベアトリスは、地面に座ったまま呆然とする。
(もしかして、ユーリスは私を庇ってくれたの? え、どうして? というか、なんでここに?)
聞きたいことは山ほどあるが……。
結局、ベアトリスの口から発されたのは「へくちゅん!」という、なんとも間抜けなくしゃみだった。
恥ずかしさで真っ赤になりながら、濡れた自分の体を見下ろしてぶるりと震える。
そうだった。全身びしょ濡れなんだった。
「うう、さ、さむいぃ……」
思わずそう呟けば、ユーリスは「仕方ない」といった様子で、上着を脱いでベアトリスの肩にかけてくれる。
「あ、ありがとう、ユーリス」
「…………え」
ただお礼を言っただけなのに、ユーリスはひどく驚いたように目を見開き固まった。
「…………い、いま、なんと?」
「え? ありがとう。助けてくれて、あと上着も貸してくれてありがとう。これ、洗って返すわね」
至って普通のことを言っているはずなのに、ベアトリスが喋るたび、ユーリスの顔つきがますます険しくなっていく。
「素直に感謝するなんて、信じられない……貴女、本当にあの性格のきっついベアトリス様ですか?」
「はあ? それ以外の誰に見えるって言うのよ。というか、今サラッと悪口言ったわね」
「ああ、その高飛車な喋り方、間違いありませんね」
「ちょっと! 判断するところがおかしいじゃない! というか、貴方どうして、ここに……はぅ、はくちゅっ、くちゅん! うっ、ううぅ……」
ぶるぶる震えるベアトリスを見下ろして、ユーリスが「説明はあとで」と歩き出した。数歩進んで、ぴたりと足を止め、こちらを振り返る。
「なにしているんです? 風邪を引きますよ、ついてきなさい」
彼はベアトリスの返事も待たずに再び歩き出す。
(はぁ!? 高飛車なのはそっちじゃない!)
ベアトリスは心の中で不満をこぼしながら、それでも大人しくついて行くのだった。
✻ ✻ ✻
案内されたのは、役人たちが寝泊まりする宿舎だった。
掘っ建て小屋のような囚人用の施設とは異なり、設備も整っており温かい。
ユーリスは廊下を進み二階に上がると、『来客室』と書かれた部屋の鍵を開け中に入った。
「どうぞ」
「失礼します……」
てっきり取り調べ室に連行されるかと思いきや、そこは暖炉に火が灯った立派な客間だった。
「え、これどういう状況? 私、さっきの件の事情聴取、というか尋問されると思って覚悟していたんだけど」
「尋問? そんな事しませんよ。それとも、なにか尋問されるような後ろ暗いことでもあるんですか」
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……とは、口が裂けても言えない。
「ま、まっさかぁ~。後ろ暗いことなんてナイナイ! ひとつもないわ! あははは……」
「驚くほど嘘が下手ですね。俺がなにも知らないとでも?」
「ギクッ」
「まぁ、いい。今回だけは見逃します。貴女に、していただきたい事があるので」
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