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いつか手放す愛

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「ちょ、リオンさん!?本当に何か変な物でも食べた?なんでそんなギラギラした目してるのさ」

「お前じゃないんだから、拾い食いなんてしない」

「失礼なっ!僕もしないよ!」

 学生時代に戻ったみたいに騒ぎながら、俺達はベッドの上で声をあげて笑った。
 そして、会話がふと途切れた瞬間、どちらからともなく、唇を重ねる。

 恋人になりたての頃は、お互いキスするのも気恥ずかしくて。手をどこに置いていいやら、視線をどこに向けていいやらで、随分慌てた記憶がある。
 
 あぁ、このキスも、今日で最後なんだな――なんて考えると、目の端にじんわり涙が滲んだ。

 誤魔化すように、ユーリの頬に手を添えて、吐息ごと飲み込むように深く彼を招き入れた。
 舌が擦れるたび、無意識に体が跳ねる。

 いつもならピクリと揺れる自分の体が恥ずかしくて、キスもほどほどで行為に移るのだけど、今日は最後だから、いつもより長く、深く唇を重ね合わせた。

 彼の膝の上に乗り上げ、首の後ろに手を回して隙間なくぎゅっと抱きつくと、触れあった唇の端からユーリが笑いをこぼした。

 くるりと体勢を入れ替え、俺を押し倒した彼が「今日は随分甘えただね」と掠れた声で呟く。

 その言葉に、俺は曖昧な笑みを浮かべると「そういう日もあるんだよ」と言いながら両手を伸ばした。
 猫っ毛の金髪を撫でて、自分の方に引き寄せる。

 俺の首筋に鼻先を押し付けたユーリが何度も「すき」と囁いた。
 
 好き。大好き――彼の嘘偽りのない言葉を聞くたび、泣きそうになる。

「おれも、すき」

 そう告げると、俺の胸元を舌先で弄んでいたユーリが顔を上げて、ちょっと困ったように笑った。
 月明かりに照らされた彼の耳と頬が、赤く染まっている。
 
 いつも穏やかで涼しい顔をしている彼には珍しい表情だ。

「ごめん。僕、今日あんまり余裕ないかも」

「ん。いいよ。きつくしていいから」

「それは僕が嫌だよ。余裕はないけど、優しくする」

 ユーリは俺の足の間に体を滑り込ませると、手早くズボンを脱がせて、そこに顔を伏せた。

「リオン。壁薄いから、ちょっと声。我慢してね」

 大きな手に腰を撫ぜられ、熱い口内に招き入れられた瞬間、俺は両手で口をふさいだ。
 
「ん……まっ、て」

 もう何度も体を交えているのに、こうされると、毎回ちゃんと恥ずかしくなる。
 傷つけないように優しく触れられて、ただ愛情と気持ちよさを与えられることに、俺はいつまでも慣れない。

 大概の痛みには動揺しないのに、愛されると途端に困ってしまう。
 ただただ、惜しみない愛情を向けられることに、どうして良いか分からなくなって、すがるように手を伸ばした。
 
「ん。なぁ、やっぱり、そういうの、俺がするから。口、はなせって。おれ、そう、いうの。んっ、にがて」
 
 駄目もとで言うと、案の定ユーリはちらりと上目遣いでこちらを見て、あやすように俺の右手を握った。
 瞳が『大人しく僕に愛されててよ』と無言で伝えてくる。

 周囲に「ユーリ王子」なんて呼ばれている爽やかな男が、俺の顔を獣のような飢えた瞳で見つめながら、蜜をこぼす中心に舌を這わせている。
 
 自分は彼に、何てことをさせているんだろう。
 俺と出会わなければ、ユーリがこんな風に、男の抱き方に慣れることはなかったのに。

「……ぁっ」

 考え事をしていた時、後ろに触れられて、俺は思わず声をあげた。
 長くてしなやかな指先が、縁をなぞり、少しずつ中に入ってくる。ほぐして、とかしてゆく。

 物覚えのいい彼は、俺が痛がる所には二度と触れない。気持ちよくて、どうにかなってしまいそうな場所にだけ、触れて、擦って、俺の体をひらいていく。
 
「……ん……ぁ、ユーリ」

「痛い?」

「ぜんぜん、へいき。なぁ、もう、いいって」

 恥ずかしさを堪えて、普段は絶対に口にしない「欲しい」という言葉をこぼすと、ユーリは頷いた。
 俺の膝裏を抱えて、ゆっくり、少しずつ体重をかけながら入ってくる。

 ユーリの首筋から鎖骨にかけて汗が伝い、細身に見えて逞しい腹筋が収縮していた。
 訓練でも飄々している彼が余裕なく自分を求めている。喜びに、胸が切なくうずいた。

 無意識に体に力が入ってしまい、中にいる彼を締め付けてしまう。
 体の奥を貫く熱を意識して、俺は両手で口を押えながら、ぎゅっと目をつぶった。

「ふふ。恥ずかしい?」

「うるさ、ぁっ。やめ、んっ、んんっ」

 俺が口を開いた瞬間を見計らって、ユーリが腰を揺らめかせる。
 
 耐えきれなくなった俺は、体をしならせて、シーツを強く握り締めた。涙でぼやける視界に恋人の姿を捉えて「なにしやがる」と言いながら睨みつける。

「今日のリオンは積極的なくせに、たまに考え事してるから。ちょっと悪戯してみちゃった」

「みちゃった、じゃねぇよ。べつに、考えごとなんて、してない」

「へぇ?」

 俺の嘘を咎めるようにユーリが少し強めに腰を打ち付ける。
 普段の優しくて甘い責めじゃない、いじわるな恋人の気配に、俺は『まずい』と思った。

 こういう顔をしている時のユーリは、絶対に俺を逃がさない。追い詰めて、昂らせて、なき声をあげそうになるまで、甘く責め立ててくるのだ。
 長年の経験でわかる。今は、非常にまずい。

 とっさに腰が引けて、逃げそうになった俺の腰を、ユーリはやけに良い笑顔でつかんだ。
 その衝撃でさっきより奥にあたって、俺は腰を跳ねさせる。

 ふー、ふーという荒い息をついて快感を逃がそうとする俺を見下ろして、彼は「ね、言ったでしょ」と呟いた。

「僕、今日余裕ないんだ。外泊許可だして宿に行けば良かったな。そうすれば、こんな風にリオンが声を我慢することもなかった」

「俺のことは、気にすんな。好きに動けよ」

「気にしない訳ないだろ?こういうのは、二人でするものなんだから。片方が苦しかったら意味ないよ。ねぇ、僕は本当に、周囲にバレてもいいんだ。リオンさえいれば――」

 その先の言葉は、言わせなかった。声を封じるように、唇を重ねる。

「その話、今じゃなきゃ駄目?俺、辛いんだけど」

「そう、だね」

 ユーリは少し寂しげに微笑むと、俺を正面からやんわりと抱きしめた。
 落ち着く香りに包まれて、優しさと、愛情と、温もりを与えられる。

 
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