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10話 枯れる庭

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「シモン=ベルマンはお二人を歓迎いたします」


 歓迎されている気はしないがこれは定型の挨拶である。私たちも来訪の許可に感謝するという挨拶を返し、早速屋敷を案内するという話になった。
 とはいえ、事件が起こっているのは庭である。シモンは屋敷の中でまずは一服休憩をと提案してくれたが、歓迎されていない家の中に喜んで入る気にはなれない。ウルベルトも同じ気持ちだったのが先に庭を見たいと言っていたので、それを伝えた。


「……ノクシオン公爵がそのようにおっしゃっていると?」

「ええ、そうおっしゃっていますが」

「……何もお話ししていらっしゃらないようですが。公爵が無口であることをいいことに、貴女が勝手なことをおっしゃっている可能性は?」

「……ウルベルト様に確認いただければ分かりますよ、ベルマン男爵」


 シモンにはウルベルトの声が聞こえない。私が彼の言葉を伝えても信用ならないのか、不信そうな目で私を見た後ウルベルトへと笑顔を向けて「それでよろしいのですか?」と確認していた。……腹は立つが私は「偽耳令嬢」だ。嘘を吐くことで有名な人間に信用がないのは当たり前である。


『助けを求める相手に取る態度ではないな。ネズミ捕りに足を挟まれて鳴く獣の方が――……これ以上はお前に聞かせられんな、やめておこう。……だが不愉快だ』


 今日のウルベルトはマスク型の仮面で口元を隠しているため、長々と話したとしても私にしか聞こえない。シモンの問に笑顔で頷きながら悪態を吐こうとしていた彼は途中で言葉を止めた。私が強い言葉を心苦しく感じることを知っているのでやめてくれたようだ。


「そうでしたか。では早速ご案内を……とはいっても、すでにご覧になっているかとは思いますが……」

『勝手に調べさせてもらうぞ』

「……好きに調べたいとおっしゃっています」

「ええ、どうぞ。公爵のお好きになさってください。うちの従者を一人お付けしますので、何かありましたらその者にお申し付けを」


 ベルマン家から若い使用人が一人、私たちの後をついてくる。妙におどおどした態度から察するに新人のようだ。……熟練の使用人を出してこないあたり、私たちを軽視しているのが伝わってくる。
 その使用人は会話が聞こえないくらいには離れた場所にいる。呼ぶまでは邪魔にならないよう、離れているつもりらしい。


「ベルマン男爵は私たちのことをあまり信用なさっていないようですね」


 シモンは私の耳、そしてウルベルトの声のどちらも信用していなさそうだった。そんな彼が何故私たちに依頼することになったのかというと、少し事情がある。
 彼は直接ウルベルトに助けを求めた訳ではない。精霊の困りごとについては相談を受け付けている部署があり、原因が分からずそこでは対処のしようがない物がウルベルトへと回されるのだ。
 国に相談をしたら派遣されてきたのが私たち、という訳で、シモンからすればその人選が不満なのだろう。


『口無しと偽耳だと思っているのだろうな。爵位よりもプライドの方が高……あの男の話はやめにしないか? 余計な言葉を口にしそうだ』

「そうですね。精霊の仕業なのは間違いありませんし、調査に集中しましょうか」


 シモンの態度について考えるのはやめて、さっそく庭を見て回った。前回のように精霊がどこかに移動していたり、隠れていたりしたら探すのに苦労するなと思っていたら、妙な姿の精霊が目に入る。
 茶色く枯れた地面の上で、くたりと横たわる枯れ枝のような精霊。しかし特徴から考えればそれは植物の精霊のように見えた。


「ウルベルト様……あの精霊は……」

『弱っているように見えるな。……あの精霊が原因のようだ』


 その精霊が倒れている場所は庭の枯れた部分の中心にあたる。普通に考えればその精霊が原因なのだけれど、この場合は悪戯や価値観の相違といった問題ではなさそうだ。
 ぴくりとも動かない精霊に私たちは近づいた。目線を合わせ、頷き合う。……会話ができる状態ならいいのだが。


『おい、大丈夫か?』

『…………よう……ぶ、ん……』

「……養分、かしら。これは植物の精ですよね。栄養剤を渡せば多少は回復しないでしょうか?」


 私たちの力は精霊と会話するもの。会話ができない状態の精霊では話が聞けず、原因が分からない。水をやり忘れた植物のようにしなびて茶色くなってしまっているが、葉や枝が絡みついているので植物の精霊には違いない。彼らは植物やその栄養となるものを好む傾向にあるし、栄養剤がエネルギーになる可能性はある。


『これだけ枯れていればたしかに養分は必要かもしれない。植物用の栄養剤でいいか?』

『……う、ん……』


 今はまともに話す元気がなさそうだ。ひとまず栄養剤を与えて、多少回復しないか試すしかないだろう。


「そこの貴方、植物用の栄養剤を持ってきてくれる?」

「は、はい……!」


 待機していた使用人に命じ、植物に使う液体の栄養剤を持ってこさせた。倒れたままの精霊をウルベルトが抱き起し、私が唇と思われる部分に栄養剤を垂らす。
 濃厚な緑色の液体は口に入ることなく流れてしまい、顎を伝って下半身へと落ちたが、そこからスッと吸収された。……なるほど、人に似た形をしているからと言って、口から栄養を補給するとは限らないらしい。
 残りの栄養剤は精霊の脚へと掛けてみた。すると足元から少しずつ、精霊の体が淡い緑色を帯びていく。


『……ああ……少し楽になった……ありがと……』


 ウルベルトの腕の中からむくりと起き上がった精霊は、それでも地面に座り込んだままであり、花瓶に差した萎れかけの花のように頭をもたげている。


『話せそうか?』

『うん……恩人だもんね、訊きたいことあるなら……答えるよ』

「……なんとか話せそうです。訊きたいことがあれば答えると言っています」


 ウルベルトの問は私に向けたものだったが、顔を上げられない精霊は自分に問われたと思ったらしい。
 どちらにせよ私が通訳することには変わりないので、そのまま彼に話を聞いた。


『何があった? 何故こんなに植物が枯れている?』

『土の中に……毒があるんだ……そのせいで疲れて……周りの栄養を吸っても……足りなくて……』
 
「土の中に毒が……? ウルベルト様、この庭の何処かに精霊にとって良くないものがあるようです。どの辺りに埋まってるか訊いてください」

『それはどこにある?』

『……ん……あそこ……』


 精霊が差した場所もまた茶色く枯れた地面だ。……別段おかしなところはない。しかし何となく、嫌な空気を感じた。


『人を呼んで掘らせてみるか。その毒とやらを取り除けば、この精霊は力を取り戻すかもしれない』

「ええ、そうしましょう」


 庭に住んでいる植物の精霊は本来、植物たちを生き生きと育ててくれるものだ。それが逆に生命力を奪い、枯らしていたのは彼にとっての毒が庭にあったせいである。
 ミルセナ花園の精霊もそうだが、植物系の精は棲家と決めた場所から移動しない性質がある。私はそれを極力移動したがらないだけだと思っていたのだけれど、どうやら違うらしい。
 この精霊も死にかけるほど弱ったのにベルマン家の庭から出て行かなかったほどだ。テリトリー内であれば素早く移動できるが、テリトリーの外には出られない。住む場所に根を張る、そういう精霊なのだろう。

(不利益があっても移動しない、できない……本当に生まれた場所に縛られる精霊なのね。ミルセナのあの精霊も、自分の住む花園に子供を集めたいと考えるわけだわ……)

 自分の棲家に毒物を撒かれても逃げ出せない。そんな精霊のためにも、庭に埋まっているという「何か」を取り出すために人を集めた。
 庭を掘り返すと言われたシモンは嫌そうな顔で現れ、どうしてもそんなことをしなくてはいけないのかとぶつぶつ不満を述べていたが、穴が深くなっていくにつれて次第に様子が変わっていく。


「……酷い臭いです」

『……腐臭だな』


 土を掘り返すほどに悪臭が強くなり――そして、それは現れた。まだギリギリ、原形をとどめているから一目で理解できる。……それは、人間の遺体だった。

 
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