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7話 荒ぶる風

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 しばらくして完全に倉庫内の音が止んでから、私たちは鍵を開け中に入った。この倉庫に収められているのは庭の整備に使う道具や掃除道具などであり、貴重なものはないとはいえ殆どが壊れているし、壁に小さな斧がめり込んでいたり、木箱の破片が散らばっていたり、なかなか酷い有様だ。……先ほどは中に入らなくて正解だっただろう。刃物が飛んでいたらと思うと恐ろしい。


『誰かいるか?』

「……おかしいですね。人がいるとは思えませんし、精霊はいたはずですが……」


 ウルベルトの呼びかけに答える者はいない。……精霊が居るなら返事をしそうなものなのに。
 散乱している物の下敷きになっているか、どこかに隠れているか。どちらにせよ何故こんなことをするのか理由を聞く必要があるため、探さなければならない。


「皆で手分けして精霊が隠れていないか探しましょう」


 ゼアスやウルベルトが連れている従者もみな精霊が見える人間だったので、全員で倉庫の中を探す。この倉庫は二部屋続きになっているので別れて捜索することになった。
 奥の狭い方の部屋を私とユタが、扉側の広い部屋を残りの三人が探す。奥の部屋も似たような散乱具合だったが、一つだけ倒れていない棚があるのが妙だった。

(何故これだけ無事なのかしら……?)

 棚の中に収められていただろう物は床に落ちており、壊れた残骸になっている。そして同じような形の他の棚も倒れているのに、何故この棚は倒れていないのか。ユタに他の場所を見るように命じ、私はその棚を調べることにした。
 すると一見分かりにくいが、棚の中段に突起があることに気づく。これは何かの仕掛けを作動させるためのボタンだ。……おそらくこの棚は隠し通路に繋がっている。城の隠し通路は王族しか知らない場合が多いため、あまり他の者に伝えるべきではないだろう。


「ウルベルト様、少しよろしいですか?」

『ああ、何か見つけたか?』

「少し、こちらへ。他の者に伝えるべきか分かりません」


 隣の部屋のウルベルトに声を掛けた。他の者に聞かせて良いかどうか私では判断できないため、部屋の隅に呼び出す。書記官のゼアスもこちらを見てはいるが近づいてはこない。城に勤めているだけあって「聞いてはいけない話」があることも心得ているのだろう。


『どうした?』

「隠し通路らしきものがございます。……精霊はそこから別の場所に移動したのではないでしょうか?」

『……ああ、そうか。そういえばここにもあったな……この通路は王族専用という訳ではない。官吏ならいいだろう』


 従者の二人を手前の部屋に残し、私とウルベルト、そしてゼアスは棚の前に立った。突起を押すと「カチリ」と何かが外れたような音がする。棚を横に押してみれば簡単に移動し、その裏に通路が現れた。
 暗い穴のような通路だ。この道を進むにはランプが必要になるだろう。さすがにそこまでの準備はない。


「暗いですね。明かりがないと進めないでしょう」

「……明かりを取りに行く前に、とりあえず精霊を呼んでみませんか? ウルベルト様の声が聞こえたら出てくるかもしれません」

『そうするか。……誰かいるか!』


 ウルベルトの声が通路の奥へと反響していく。少し間をおいて、風が悲鳴のような音を立てながら強く吹き付けてきた。
 目を開けていられずぎゅっと目を閉じる。風に交じって泣き声が近づいてきた。再び目を開けた時、手のひらサイズの小さな精霊がウルベルトの腕に取りすがって泣いていた。


『うわああん!! ここから出してぇ!!』

「……ここから出してと言っています。……出られなかったんでしょうか?」

『……少し話を聞いてみるか。泣くな、何があったか話してみろ』


 小さな精霊は泣きながら話し出した。しゃくりあげているので聞き取りずらいが、根気よく聞いて話をまとめるとこうだ。
 彼は城の中を散歩していたところ、妙にこそこそしている人間を見つけ、好奇心から近づいた。その人間が入った部屋にくっついて入ったのはいいが、見慣れない部屋に好奇心を刺激されて見て回っている間に人間はいなくなっており、自分も部屋を出ようとしたら何故か扉に弾かれて出られなかったのだという。
 それから毎日毎日、部屋の中で泣いて喚いて暴れていたらしい。通路を見つけて別の部屋に出られたが、そこからも出られずに二部屋を行き来しながら助けを求めて旋風を巻き起こしていたのが異音の正体だったようだ。彼らの声は普通の人間には聞こえないし、風や部屋の元がぶつかる音だけが外に聞こえていたのだろう。
 ちなみにゼアスには精霊の声もウルベルトの声も聞こえないため、記録に残せるよう私が逐一状況を説明した。彼は笑顔でそれを書き記しており、自分の言葉を赤の他人が何の疑いもなく受け入れている状況が少し不思議だった。……私は嘘つきとされているのに。


『隠し通路のある部屋には精霊避けのまじないがしてあるからな。精霊が勝手に入り込んで悪戯などしないように……それが人間について入ったせいで、逆に閉じ込められてしまったんだろう』


 本来、風の精は風の通る隙間さえあれば抜けることができる。実際、この精霊は隠されたままの通路を行き来していた。しかし部屋には精霊の出入りを禁じる術がかけられていたせいで暴れるしかなかったという訳だ。


「それにしても、この子を部屋に入れてしまった人はこの子に気づかなかったんですかね」

『見えていれば気づきそうなものだがな。……その人間はお前に気づかなかったのか?』

『俺は風の精だぞっ! 人間から隠れる時は透明になるに決まってるだろ!』

「……なるほど、風の精は透過できるんですね。上手く隠れたようです」


 精霊が見える人間からさらに隠れる手段を持っていたなら気づかれなくても不思議はない。この風の精を外に出してやればこの事件自体は解決だ。
 この精霊から聞けることはもう他にないだろうし、まだぐすぐすと泣いているのが可哀想なので早く外にだしてあげたい。


「他に訊くことがなければ外に出してあげましょう。……閉じ込められて、とても怖かったでしょうから。早く外に行きたいはずです」

『……そうだな。今から外に出してやろう』

『ほんとか!? ありがとなー恩に着るよ! 絶対この恩は忘れないから!』


 扉を大きく開け放つ。精霊はそこから突風のような勢いで出て行った。
 残されたのは散らかって、あらゆるものが壊れゴミと化し、酷い有様の部屋と人間が五人。


「……精霊は出ていきましたしもう二度と異音がすることはないと思いますが……ウルベルト様、精霊のやらかした後の始末までがお仕事ですか?」

『そうだな。……しかしもともと使われていない倉庫だ。ここはいいだろう』

「……ウルベルト様、ディオット嬢。ここはともかく、もう一部屋は資料室なのですが……」


 資料室とはつまり大事な記録が残された部屋だ。そこが酷い有様になっているのは、かなりまずいのではないだろうか。……しかも容易に人を入れられない、と言われている部屋である。


「重要な資料も多く、紛失や損失がないかの確認が必要です。整理には時間がかかりそうですが……入れる人間も限られます。それに、精霊の言っていた人物も気になるので、余計な人間を入れたくありません。私は元からあの部屋の管理を任されていますし、ウルベルト様とディオット嬢は国王の指名された方ですので問題ないかと思いますが他は……」

「それはつまり……?」

「つまりですね……私ども三人で、せめて資料の確認だけでもしたいと……平民は資料室に入れられませんので、あの二人には手伝わせられませんし……」


 ゼアスの言葉に私は恐る恐るウルベルトを見上げた。彼は相変わらず楽しそうな顔をしながら、私を見下ろしている。


『たまにはのんびり資料を眺めるのも悪くない。ゆっくり話をしながら、な。楽しそうではないか』

「……絶対楽しくありませんよ」

「いえいえ、結構楽しいですよ。資料と向き合うのは!」


 大荒れであろう資料室を想像して、私は深くため息をついた。
 紙と文字ばかりを見ることの何が楽しいのか、私にはさっぱり分からない。しかし彼らはそれが楽しいらしいので、私には理解できない世界があるようだ。

(それにしても誰なのかしら。……その人のせいで面倒な後片付けをすることになったわ)

 精霊の話から察するに、城の部屋の方から入ったようなので、彼が後をつけた人間は資料室に入ったはずだ。しかもそこは重要な資料が収められており、普段人の出入りがなく、なんなら制限までされている。
 そんな場所に入り込んだ何者かのおかげで精霊は閉じ込められ、私たちは後片付けに奔走している。……是非責任を取ってもらいたいものだ。

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