9 / 29
7話 荒ぶる風
しおりを挟むしばらくして完全に倉庫内の音が止んでから、私たちは鍵を開け中に入った。この倉庫に収められているのは庭の整備に使う道具や掃除道具などであり、貴重なものはないとはいえ殆どが壊れているし、壁に小さな斧がめり込んでいたり、木箱の破片が散らばっていたり、なかなか酷い有様だ。……先ほどは中に入らなくて正解だっただろう。刃物が飛んでいたらと思うと恐ろしい。
『誰かいるか?』
「……おかしいですね。人がいるとは思えませんし、精霊はいたはずですが……」
ウルベルトの呼びかけに答える者はいない。……精霊が居るなら返事をしそうなものなのに。
散乱している物の下敷きになっているか、どこかに隠れているか。どちらにせよ何故こんなことをするのか理由を聞く必要があるため、探さなければならない。
「皆で手分けして精霊が隠れていないか探しましょう」
ゼアスやウルベルトが連れている従者もみな精霊が見える人間だったので、全員で倉庫の中を探す。この倉庫は二部屋続きになっているので別れて捜索することになった。
奥の狭い方の部屋を私とユタが、扉側の広い部屋を残りの三人が探す。奥の部屋も似たような散乱具合だったが、一つだけ倒れていない棚があるのが妙だった。
(何故これだけ無事なのかしら……?)
棚の中に収められていただろう物は床に落ちており、壊れた残骸になっている。そして同じような形の他の棚も倒れているのに、何故この棚は倒れていないのか。ユタに他の場所を見るように命じ、私はその棚を調べることにした。
すると一見分かりにくいが、棚の中段に突起があることに気づく。これは何かの仕掛けを作動させるためのボタンだ。……おそらくこの棚は隠し通路に繋がっている。城の隠し通路は王族しか知らない場合が多いため、あまり他の者に伝えるべきではないだろう。
「ウルベルト様、少しよろしいですか?」
『ああ、何か見つけたか?』
「少し、こちらへ。他の者に伝えるべきか分かりません」
隣の部屋のウルベルトに声を掛けた。他の者に聞かせて良いかどうか私では判断できないため、部屋の隅に呼び出す。書記官のゼアスもこちらを見てはいるが近づいてはこない。城に勤めているだけあって「聞いてはいけない話」があることも心得ているのだろう。
『どうした?』
「隠し通路らしきものがございます。……精霊はそこから別の場所に移動したのではないでしょうか?」
『……ああ、そうか。そういえばここにもあったな……この通路は王族専用という訳ではない。官吏ならいいだろう』
従者の二人を手前の部屋に残し、私とウルベルト、そしてゼアスは棚の前に立った。突起を押すと「カチリ」と何かが外れたような音がする。棚を横に押してみれば簡単に移動し、その裏に通路が現れた。
暗い穴のような通路だ。この道を進むにはランプが必要になるだろう。さすがにそこまでの準備はない。
「暗いですね。明かりがないと進めないでしょう」
「……明かりを取りに行く前に、とりあえず精霊を呼んでみませんか? ウルベルト様の声が聞こえたら出てくるかもしれません」
『そうするか。……誰かいるか!』
ウルベルトの声が通路の奥へと反響していく。少し間をおいて、風が悲鳴のような音を立てながら強く吹き付けてきた。
目を開けていられずぎゅっと目を閉じる。風に交じって泣き声が近づいてきた。再び目を開けた時、手のひらサイズの小さな精霊がウルベルトの腕に取りすがって泣いていた。
『うわああん!! ここから出してぇ!!』
「……ここから出してと言っています。……出られなかったんでしょうか?」
『……少し話を聞いてみるか。泣くな、何があったか話してみろ』
小さな精霊は泣きながら話し出した。しゃくりあげているので聞き取りずらいが、根気よく聞いて話をまとめるとこうだ。
彼は城の中を散歩していたところ、妙にこそこそしている人間を見つけ、好奇心から近づいた。その人間が入った部屋にくっついて入ったのはいいが、見慣れない部屋に好奇心を刺激されて見て回っている間に人間はいなくなっており、自分も部屋を出ようとしたら何故か扉に弾かれて出られなかったのだという。
それから毎日毎日、部屋の中で泣いて喚いて暴れていたらしい。通路を見つけて別の部屋に出られたが、そこからも出られずに二部屋を行き来しながら助けを求めて旋風を巻き起こしていたのが異音の正体だったようだ。彼らの声は普通の人間には聞こえないし、風や部屋の元がぶつかる音だけが外に聞こえていたのだろう。
ちなみにゼアスには精霊の声もウルベルトの声も聞こえないため、記録に残せるよう私が逐一状況を説明した。彼は笑顔でそれを書き記しており、自分の言葉を赤の他人が何の疑いもなく受け入れている状況が少し不思議だった。……私は嘘つきとされているのに。
『隠し通路のある部屋には精霊避けのまじないがしてあるからな。精霊が勝手に入り込んで悪戯などしないように……それが人間について入ったせいで、逆に閉じ込められてしまったんだろう』
本来、風の精は風の通る隙間さえあれば抜けることができる。実際、この精霊は隠されたままの通路を行き来していた。しかし部屋には精霊の出入りを禁じる術がかけられていたせいで暴れるしかなかったという訳だ。
「それにしても、この子を部屋に入れてしまった人はこの子に気づかなかったんですかね」
『見えていれば気づきそうなものだがな。……その人間はお前に気づかなかったのか?』
『俺は風の精だぞっ! 人間から隠れる時は透明になるに決まってるだろ!』
「……なるほど、風の精は透過できるんですね。上手く隠れたようです」
精霊が見える人間からさらに隠れる手段を持っていたなら気づかれなくても不思議はない。この風の精を外に出してやればこの事件自体は解決だ。
この精霊から聞けることはもう他にないだろうし、まだぐすぐすと泣いているのが可哀想なので早く外にだしてあげたい。
「他に訊くことがなければ外に出してあげましょう。……閉じ込められて、とても怖かったでしょうから。早く外に行きたいはずです」
『……そうだな。今から外に出してやろう』
『ほんとか!? ありがとなー恩に着るよ! 絶対この恩は忘れないから!』
扉を大きく開け放つ。精霊はそこから突風のような勢いで出て行った。
残されたのは散らかって、あらゆるものが壊れゴミと化し、酷い有様の部屋と人間が五人。
「……精霊は出ていきましたしもう二度と異音がすることはないと思いますが……ウルベルト様、精霊のやらかした後の始末までがお仕事ですか?」
『そうだな。……しかしもともと使われていない倉庫だ。ここはいいだろう』
「……ウルベルト様、ディオット嬢。ここはともかく、もう一部屋は資料室なのですが……」
資料室とはつまり大事な記録が残された部屋だ。そこが酷い有様になっているのは、かなりまずいのではないだろうか。……しかも容易に人を入れられない、と言われている部屋である。
「重要な資料も多く、紛失や損失がないかの確認が必要です。整理には時間がかかりそうですが……入れる人間も限られます。それに、精霊の言っていた人物も気になるので、余計な人間を入れたくありません。私は元からあの部屋の管理を任されていますし、ウルベルト様とディオット嬢は国王の指名された方ですので問題ないかと思いますが他は……」
「それはつまり……?」
「つまりですね……私ども三人で、せめて資料の確認だけでもしたいと……平民は資料室に入れられませんので、あの二人には手伝わせられませんし……」
ゼアスの言葉に私は恐る恐るウルベルトを見上げた。彼は相変わらず楽しそうな顔をしながら、私を見下ろしている。
『たまにはのんびり資料を眺めるのも悪くない。ゆっくり話をしながら、な。楽しそうではないか』
「……絶対楽しくありませんよ」
「いえいえ、結構楽しいですよ。資料と向き合うのは!」
大荒れであろう資料室を想像して、私は深くため息をついた。
紙と文字ばかりを見ることの何が楽しいのか、私にはさっぱり分からない。しかし彼らはそれが楽しいらしいので、私には理解できない世界があるようだ。
(それにしても誰なのかしら。……その人のせいで面倒な後片付けをすることになったわ)
精霊の話から察するに、城の部屋の方から入ったようなので、彼が後をつけた人間は資料室に入ったはずだ。しかもそこは重要な資料が収められており、普段人の出入りがなく、なんなら制限までされている。
そんな場所に入り込んだ何者かのおかげで精霊は閉じ込められ、私たちは後片付けに奔走している。……是非責任を取ってもらいたいものだ。
23
お気に入りに追加
198
あなたにおすすめの小説


「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた
菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…?
※他サイトでも掲載中しております。
夫と息子は私が守ります!〜呪いを受けた夫とワケあり義息子を守る転生令嬢の奮闘記〜
梵天丸
恋愛
グリーン侯爵家のシャーレットは、妾の子ということで本妻の子たちとは差別化され、不遇な扱いを受けていた。
そんなシャーレットにある日、いわくつきの公爵との結婚の話が舞い込む。
実はシャーレットはバツイチで元保育士の転生令嬢だった。そしてこの物語の舞台は、彼女が愛読していた小説の世界のものだ。原作の小説には4行ほどしか登場しないシャーレットは、公爵との結婚後すぐに離婚し、出戻っていた。しかしその後、シャーレットは30歳年上のやもめ子爵に嫁がされた挙げ句、愛人に殺されるという不遇な脇役だった。
悲惨な末路を避けるためには、何としても公爵との結婚を長続きさせるしかない。
しかし、嫁いだ先の公爵家は、極寒の北国にある上、夫である公爵は魔女の呪いを受けて目が見えない。さらに公爵を始め、公爵家の人たちはシャーレットに対してよそよそしく、いかにも早く出て行って欲しいという雰囲気だった。原作のシャーレットが耐えきれずに離婚した理由が分かる。しかし、実家に戻れば、悲惨な末路が待っている。シャーレットは図々しく居座る計画を立てる。
そんなある日、シャーレットは城の中で公爵にそっくりな子どもと出会う。その子どもは、公爵のことを「お父さん」と呼んだ。

継母の品格 〜 行き遅れ令嬢は、辺境伯と愛娘に溺愛される 〜
出口もぐら
恋愛
【短編】巷で流行りの婚約破棄。
令嬢リリーも例外ではなかった。家柄、剣と共に生きる彼女は「女性らしさ」に欠けるという理由から、婚約破棄を突き付けられる。
彼女の手は研鑽の証でもある、肉刺や擦り傷がある。それを隠すため、いつもレースの手袋をしている。別にそれを恥じたこともなければ、婚約破棄を悲しむほど脆弱ではない。
「行き遅れた令嬢」こればかりはどうしようもない、と諦めていた。
しかし、そこへ辺境伯から婚約の申し出が――。その辺境伯には娘がいた。
「分かりましたわ!これは契約結婚!この小さなお姫様を私にお守りするようにと仰せですのね」
少しばかり天然、快活令嬢の継母ライフ。
▼連載版、準備中。
■この作品は「小説家になろう」にも投稿しています。
【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜
光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。
それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。
自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。
隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。
それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。
私のことは私で何とかします。
ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。
魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。
もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ?
これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。
表紙はPhoto AC様よりお借りしております。
後宮の裏絵師〜しんねりの美術師〜
あきゅう
キャラ文芸
【女絵師×理系官吏が、後宮に隠された謎を解く!】
姫棋(キキ)は、小さな頃から絵師になることを夢みてきた。彼女は絵さえ描けるなら、たとえ後宮だろうと地獄だろうとどこへだって行くし、友人も恋人もいらないと、ずっとそう思って生きてきた。
だが人生とは、まったくもって何が起こるか分からないものである。
夏后国の後宮へ来たことで、姫棋の運命は百八十度変わってしまったのだった。
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる